納豆はとても美味しいと思うんだ。
幻想郷にも普通に納豆はある。とはいえ、大量生産品の納豆とは味も風味も違うはずだ。
外の世界から納豆を持ち込めるような妖怪は……まぁ、言わずとも分かるだろう。
ちなみに、紅魔館の面子は門番を除いて納豆とか食べたことなんじゃないかと勝手に思っている。
まぁ……イメージ優先した結果なんだけども。
門番編1:真っ赤な女の話
これは、真っ赤に生きる女の物語。
吸血鬼として生まれて、たくさんの時間を生きてきた。
たくさんの命を殺して生きてきた。
憎まれ、恨まれ、嫉まれ、疎まれて生きてきた。
そのことに悔いはない。だって、つまるところ《生存》とはそういうことだから。
生まれ、生きて、殺し、死ぬ。どんな生き物だってその不文律からは逃げられない。
運命を操る程度の力を持つ私でも、運命のさらに上位に存在するルールそのものを変えることなどできはしない。
世界というものは、《定め》とはそういうものだ。
ああ……けれど、世界がどんなものであっても、私は目の前の光景を忘れない。
この綺麗なモノを忘れるなんてことは、絶対にできはしない。
血で真っ赤に染まった両手。
血で真っ赤に染まった両足。
ほつれた髪は、見るも無残に血で真っ赤に染まっている。
立っているのもやっとな体を支えながら、彼女は立っている。
ゆっくりと息を吐いて、少しだけ血を吐いて……彼女は私に向かって言った。
「大丈夫ですか? お嬢様」
それは、どこまでも綺麗で澄み切った笑顔。
真っ赤で汚く薄汚れていたけど、間違いなく世界で一番綺麗な笑顔。
怒りに満ちた醜い世界だけど、美しいものは確かにあるのだ。
思わず泣いてしまいそうになるくらいに……真っ赤な彼女は、美しかった。
私の名前は紅美鈴。ほんめいりんと読む。
みんなからは中国だのほんみりんなんて呼ばれたりすることもあるけど、そっちの方は認めていない。
職業は門番をやっている。
私の勤めているお屋敷の名前を紅魔館という。妖怪の山の麓、霧の湖にある島の畔に建つ真っ赤な洋館だ。この館を守るのが私の仕事である。
もっとも……この館に好き好んでやって来る者なんて、実力的に大したことのない妖精と、実力的に大したことのない人間と、実力的には大したことのないくせにやたらめったら火力は高いコソドロくらいなものだけど。
そんなわけで、門番の仕事はわりと暇だ。
「………………」
妖怪は人間よりも長く生きられる。そのぶん暇の潰し方を知っている。
私の場合、暇な時は大抵眠っている。
静けさに集中して意識を落とす。心静かに穏やかに、小波のように緩やかに。
意識を落として、神経は研ぎ澄ます。襲撃はいつ何時訪れるか分からない。その時に備えて体を休めておくのは、悪いことではないだろう。
そう、今は体を休めているだけで、いざ戦いとなれば……ぐぅ。
と、私が午後の午睡を楽しんでいた、その時。
凄まじい速度でなにかが飛来する。
飛び道具。着弾まで0.3秒。速度から考えて魔法の類ではない。
紅魔館にはナイフを人の頭にぶん投げてくるメイド長という役職の鬼畜がいるので、たぶんナイフだろう。当たったらまずい頭部は特に警戒しておく。
そう思いながら振り向いた私の眼前に迫っていたのは、赤ん坊の頭ほどの石だった。
「へ?」
想定外の事態に行動が一瞬止まる。
ゴスッという鈍い音が響いた。
「ぎにゃあああああああああああああああああああああああああっ!?」
激痛で目の前が真っ赤に染まる。妖怪といえど、石のように硬い物が顔面に食い込んだりすればさすがに痛い。耐えられないこともないけど、痛いものは痛いのだ。
あまりの痛みにごろごろと転がっていると、不意に背中を踏みつけられた。
「げぐっ!?」
「随分と楽しそうね、中国。それは新しい一人遊びかしら?」
「えっと……」
私を見下ろしていたのは、紅魔館のメイド長。名前を十六夜咲夜という。
特徴的なのは銀髪に切れ長の瞳とメイド服。基本的にも応用的にも厳しい人で、職務に忠実で遊びがない。常に神経を尖らせているのは紅魔館の警護もかねているためだ。
やたら広い紅魔館。敷地面積は考えたくもないほど広い。その広い館の一切を任されているのが、この咲夜さんなのだ。
一切と一言で言っても、咲夜さんが任されている仕事量は尋常じゃない。掃除洗濯料理に始まりレミリアお嬢様の世話やら、泥棒に本を盗まれたパチェリー様の愚痴に付き合ったり、他の妖精メイドたちの相手などなどを平気の平左でこなしてしまう。
ここに来た頃はただの小娘だったんだけど、いまや紅魔館に欠かせないほどの人になってしまっているのだ。
咲夜さんの中でなにがあったのかは分からないけど、色々と凄まじい成長を遂げてしまったもんだと思う。
本気で戦って私と五分五分に渡り合えるくらいに、強くなってしまった。
「美鈴? なんだか急に不愉快になったんだけど、妙なコトを考えなかったかしら?」
「いえいえいえ。私は別になにも」
背骨がメキメキと音を立てたので、私は慌てて首を振る。
はい、そういうわけで、五分五分なんてとんでもありません。本気になったところでぶっちゃけ勝てる気がしません。
ホント……人間って生き物は、閃光のように生きていると思う。
と、咲夜さんは不意に溜息を吐いて、私の背中から足をどかした。
「……ったく。攻撃の種類も見分けられないなんて、かなり鈍ってるんじゃない? 昔の貴女だったら、今の攻撃くらい、受け止めた上で投げ返すくらいはしてたわよ」
「トレーニングは今も欠かしてませんよ。毎朝、ちゃんと太極拳をやってます」
「じゃあ、平和ボケね」
ざっくりとした切り返しに、私は思わず頬を引きつらせる。
心当たりがないどころか心当たりだらけだ。神経は常に研ぎ澄ましているつもりだし、体を鍛えることも怠っていないけれど……お日様の陽気から発生する眠気に勝てるのは、幻想郷にもほとんどいないと思う。少なくとも死神は勝てない。
「仮にも貴女は門番なんだから、もっとしっかりしてくれないと困るのよ」
「や……面目ないです」
「……やれやれ」
咲夜さんはゆっくりと溜息を吐いた後、右手に持っていたバスケットを差し出した。
「差し入れよ。まだ昼食にはちょっと早いけど、作りすぎちゃったから」
「あ……ありがとうございます」
受け取ったバスケットはまだ暖かく、香ばしいパンの香りが鼻をくすぐった。
時折咲夜さんが差し入れてくれるご飯は、私にとって生きる活力と言い換えても過言じゃないくらいに、美味しく、嬉しいものだ。
早速バスケットを開けてみると、そこにはいつも通りバリエーションに富んだサンドイッチと瓶詰めの緑色のドリンクが収められている。
「わぁ、今日も美味しそうですね」
「……そ、そう? 正直あんまり自信はないんだけど……」
「いえいえ、咲夜さんの料理はいつも絶品です」
頬が緩んでしまうのは仕方がない。私は早速、粘ついた茶色い豆が挟まったサラダサンドを一口頬張った。
うん、ちょっとクセはあるけどなかなか美味しい小粒の納豆とシャキシャキとした歯ごたえのサラダの組み合わせは絶妙。パンとサラダに合うソースは咲夜さん御手製だ。
「……あの、美鈴? その納豆、本当に美味しい?」
「里で作ってるのと少し違うみたいですけど、美味しいですよ。咲夜さんが作ったんじゃないんですか?」
「霊夢のお裾分けよ」
サンドイッチを思わず喉に詰まらせそうになった。
博麗霊夢。紅白と呼ばれることもある。博麗の巫女にして、幻想郷に住む全ての妖怪にとって鬼門とされる存在。
幻想郷で異変を起こすと、もれなく彼女がぶっ飛ばしにやって来る。
ちょっと前に、レミリアお嬢様が『ほら、日光って邪魔じゃない?』という理由で屋敷を紅い霧で覆ってしまったことがあった。私としては日光が遮られてしまってちょっと気分が沈みがちだったのだけど、人間にとってはそれどころじゃなかったらしい。
この事件は通称、『紅霧異変』と後に呼ばれることになる異変で、規模が大きかったせいか博麗の巫女が迅速に異変の解決に乗り出してきた。
私は立場上彼女と戦うことになったけど……相手になっていたかどうか。
博麗の巫女は尋常じゃないほど強かった。段違いじゃなく、次元が違う。その異変の時では、スペルカードルールという博麗の巫女が定めたルールに則って戦ったけれど、普通に戦っても歯が立たないんじゃないかってくらいに、強過ぎた。
当然のごとく私はボッコボコにされ……気がついたら異変は終わっていた。
その後、パチュリー様と某泥棒がわりと仲良くなったり、レミリアお嬢様が博麗の巫女をやたら気に入ったり、咲夜さんが二人と仲良くなったりと色々あったらしいけど、その辺は意識を失っていたり怪我の治療で忙しかったりしたのであまり詳しくはない。
と、そこで最初に気づくべき疑問に思い当たった。
「あの……素朴な疑問なんですけど、あのぐーたら巫女に醗酵物みたいなデリケートなものを扱えるとは到底思えないんですが?」
「気持ちは分かるわ。ただ、お酒に関してはやたら詳しいのよね。一部では神社でお酒を作ってるんじゃないかっていう声もあるくらいだし」
「いや、お酒はどうでもいいんですが……そもそも、この納豆って大豆にしちゃ小粒じゃありませんか? 以前食べたことのある納豆より、豆の匂いも薄いですし」
「……美鈴は心配性ねぇ」
咲夜さんはそう言って瀟洒に笑ったけど、その頬には冷や汗が一筋流れている。
咲夜さんのことだ。あの巫女から色々おすそ分けをもらったはいいけど、使い道に困って試しに私に食べさせたに違いない。
疑いの眼差しでじっと見つめると、咲夜さんはさりげなく目を逸らした。
「腐ってないことはちゃんと確認したわ。……その辺にいた氷精で」
いや、まぁ……確認してくれたのはありがたいんですけど、それはちょっと酷くないですか?
と、心の中で思いながらも、私はそれを言葉にすることはできなかった。
私だって生きているのだ。我が身可愛さに発言を躊躇うことだってある。
まぁ、匂いは少しきついけど基本的には美味しいのだ。氷精も文句はないだろう。
「ところで、咲夜さん。納豆ってサンドイッチに挟むものでしたっけ?」
「んー……人里で似たようなものを売っているのは見たことがあったけど、今まで扱ったこともなかったし、そもそもこの納豆が入っていた容器も白くてすべすべした、見たこともない素材だったわ。さすがにちょっと怖くなって、美鈴に試食してもらったってわけ。一応、氷精で確認したけどね」
うーん、確かに所在不明のモノは怖いけど、それを私や妖精に食べさせるのはどうかと思う。美味しいからまぁいいやって気分になるけど。
「んー……この味なら、お嬢様にもお出ししていいかもしれませんね」
「馬鹿を言わないで、中国。レミリアお嬢様が納豆なんて食べるわけないじゃない」
「あれ? 吸血鬼は炒った豆は駄目で、納豆はOKって昔聞いたような気がしたんですけど……違いましたっけ?」
「違うわ、美鈴。そういう問題じゃないの」
咲夜さんは、見たこともないような真面目な顔で、きっぱりと断言した。
「お嬢様のような美少女が、納豆なんて食べるわけないじゃない」
いや……まぁ、えっと。ごめんなさい。
十六夜咲夜。紅魔館のメイド長。超優秀で有能。
そして、多分、間違いなく、美少女が大好き。
頭へのナイフが怖かったので以上突っ込むことはせずに、私は納豆サンドの最期の一口を口の中に押し込んだ。
さっきの言葉は聞かなかったことにして、続いて茶色い具の挟まったサンドイッチを頬張る。
「んー……なんか、複雑な味のサンドイッチですね。これも美味しいですけど」
「そーすやきそば……とか、霊夢は言ってたわ」
「素御酢焼き蕎麦? 蕎麦を御酢で焼くとこんな味になるんですか?」
「大丈夫よ、氷精で確認したから」
咲夜さん。答えになってないっす。
大方、博麗の巫女に押し付けられた意味不明の品々をなんとか処分しようと尽力したんだろうと思う。館の一切を取り仕切っているだけあって、咲夜さんは色々と気苦労が多い人だったりするのだ。
美少女大好きなだけあって、レミリアお嬢様を見れば疲れも吹き飛ぶらしいけど。
その後も、青いカビの生えたチーズとレタスのサンドイッチ、白い幼虫の揚げ物にタルタルソースをからめたものを挟んだサンドイッチと、緑色でドロッとした栄養ドリンクをご馳走になったけど、どれも美味だった。
咲夜さんは、私がそれらを食べている間ずっと引いていた。
「ご馳走様でした。今日もとても美味しかったです」
「……ええ。えっと……ごめんなさい」
「いや、そこで謝られるとなんかすごく怖いんですけど!」
「今度はもっと美味しいものを持ってくるわ。……今度があれば、だけど」
「本当に勘弁してください!」
私の叫びを瀟洒にスルーした咲夜さんは、そそくさと紅魔館に戻ってしまった。
うーん……大丈夫だと分かってはいるんだけど、妙な不安が胸を締め付けている。
と、私が食中毒の恐怖に怯えていると、こちらに歩み寄ってくる黒い影が見えた。
……訂正。こちらに歩み寄ってくる、黒い泥棒が見えた。
「よっ!」
右手を軽く上げて軽い挨拶をするその泥棒の名前は、霧雨魔理沙。ウェーブの金髪が可愛らしいと言えなくもない女の子。黒の三角帽子にお洒落なんだか良く分からない白と黒を基調とした衣服を纏っており、その右手には箒が握られている。
その箒は伊達や酔狂ではない。霧雨魔理沙は魔法使いだ。もっとも、魔法を使う人間であって、生来の魔法使いであるパチュリー様や後から魔法使いに成った人形遣いの少女とは違う。その辺はあまり詳しくないからどうでもいいことだとは思うけど。
私にとっては、目の前の彼女は間違いなく敵だからだ。
「またあなたですか……最近来すぎじゃないですか?」
「あいにく暇なんでね」
暇なら日光浴でもしていて欲しい。それが紅魔館の平和のためだ。
ともあれ、来てしまったものは仕方がない。私は拳を握って敵を見据える。
「あなた他にすることないんですか?」
「んーっと…………」
霧雨魔理沙は少しだけ悩む素振りを見せた後、不意ににやりと悪戯っぽく笑った。
「お前の連敗記録をギネスに載せることかな」
ギネス。ギネスブック。外の世界の世界一を記述してある書物だとパチュリー様から聞いたことがある。
どんな種目だろうが競技だろうが、とにかく世界で一番になればいいらしい。
確かに、この白黒には連続で負け続けているけど、そんな不名誉なことを容認できるほど私は妖怪ができていない。
「そんなことで………………」
全神経を研ぎ澄ます。拳を握り締め、私は一歩を踏み出した。
「載せられてたまるもんですか!」
距離は近い。魔理沙がどんな魔法を準備していようとも、この距離なら私が勝つ!
一瞬で距離を詰めて顔に向かって拳を放つ。ただ、この拳はフェイクだ。魔理沙が武術に長けているとは思わないけど、なにかしらの防御手段があるかもしれない。
拳でその防御を引きずり出し、必殺の回し蹴りでしとめてやる。
が、私の思惑とは裏腹に、魔理沙は一瞬で箒に乗って空に飛び上がった。
「悪いな、中国。あたしは魔法使いだからな、拳じゃなくて魔法で勝負するのが筋ってもんだろう?」
にやりと笑って、魔理沙は上空から私に向かって愛用の八卦炉を向ける。
「星符・ドラゴンメテオ!」
圧倒的な光が私の視界を埋め尽くす。
「そ…………そんな……!」
ちゅどーんというベタな音をどこか遠くに聞きながら、私は思い切り吹き飛ばされ、ドシャッというリアルに鈍い音を立てて、顔面から地面に着地した。
魔理沙はゆっくりと地面に着地すると、倒れた私を見つめてポツリと呟いた。
「門番を倒すことと、呼び鈴を鳴らすことは、何か似ている……なんてなっ!」
人を呼び鈴扱いするのはどうかと思う。問答無用で吹っ飛ばすのもどうかと思う。
この泥棒の傍若無人さは、異変が起きた時の博麗の巫女に匹敵する。
レミリアお嬢様や咲夜さんだって、ここまでじゃないだろう。
「ホイ、邪魔邪魔!」
魔理沙は倒れた私の体をどかしながら、紅魔館へと侵入を果たす。
それと同時に、私の意識も途絶えたのだった。
敗北の後は、大抵おしおきが待っている。
そのおしおきというのは、いつもだったら木に縛り付けられた上で咲夜さんにナイフを投げられまくるという鬼畜極まりないものなのだけど、今日は少し事情が違った。
「お呼びですかお嬢様……」
「ええ」
豪華な椅子に座ったまま鷹揚に頷いて、私の主はにっこりと笑う。
レミリア・スカーレット。紅魔館の主で可愛らしい少女。外見的には背中のコウモリの羽と口の端から見える際立った八重歯が特徴的。あまりに可愛らしいため、可愛いものが大好きな咲夜さんなんかは、レミリアお嬢様の側にいる時は終始ニコニコしており機嫌が良さそうにしている。
外見的な特徴はそんなもので、あとはありきたりなものだ。
人の血を吸う。ただし極めて小食。
蝙蝠を使役する。
体を霧にできる。
日光が苦手(出歩く時は日傘が必須)。
主な活動時間は夜。月の満ち欠けにより力を増す。
本当にありきたりで誰もが知っている特徴。夜の王にして不死王。
私の主、レミリア・スカーレットは500年以上生きている吸血鬼だ。
吸血鬼の特徴としては他にも、流れる水を超えられない、家に招かれないと中に入れない、通常の攻撃は効かず銀製の武器が効果が高い、炒った豆をぶつけられると肌がただれる、胸に杭を打たれると死ぬ(あるいは灰になる)というものが代表的だけど、レミリアお嬢様の場合それらを苦手としているイメージがあまりない。。
弱点だらけの吸血鬼だけど……レミリアお嬢様は、その中でも規格外だ。
思わず、震え上がるくらいに規格外で、ひれ伏してしまうくらいに無邪気で残酷。
レミリアお嬢様は薄く笑いながら、ゆっくりと口を開いた。
「話っていうのは貴方も解かってる通り、最近の門番の成績についてよ」
成績という言葉に、私は口元を引きつらせる。
いや……なんというか、まさか成績という形でチェックされているとは思わなかった。てっきり、咲夜さんの鬼畜な教育的指導で終わっているのかと。
「白黒に35連敗もして、パチュリーは本がなくなるって嘆いてたわ」
35連敗。最近負けが込んでいるなぁと呑気に考えていたけれど、いざ数字に出されるとかなりまずいことが良く分かる。
いや、まずいどころじゃない。解雇されてもおかしくない数字じゃないか。
「このままじゃいけないからってみんなで話し合ったの。……そして、決まったことをあなたに伝えるわ」
酷薄に笑い、失笑と共に、私の主は、私に告げた。
「紅美鈴、あなたは今を持って野外謹慎処分とする」
野外謹慎処分。
紅魔館に戻ることは許されない。紅魔館じゃ厳罰に近い処分。
紅魔館には給料はない。その代わり、食事と、暖かい寝床と、働ける場所と、心の安らぎだけはある。紅魔館は私の家も同然で、その番人であることに誇りを持っていた。
「そんな……あんまりです!」
「黙りなさい!」
主の一喝に、私は思わず身をすくませる。
それほどまでに……レミリアお嬢様は、お怒りになっていた。
厳然とした眼差しを私に向け、私の主は……レミリア・スカーレットは、きっぱりと私に向かって告げた。
「あなたは弱い。弱いなら弱いなりに強くなろうとしなさい」
私は弱い。強くない。お嬢様や咲夜さんと比べるべくもない。
私は……弱い。
「伝えることはコレで全部。さ、出て行きなさい」
レミリアお嬢様は冷酷に告げて、ゆっくりと席を立った。
私は、力なく頷くことしかできなかった。
とはいえ、持って行くものなんてほとんどない。
雨が降っていたけれど、体を温める方法なんていくらでも知っている。食べ物を調達する方法も知っている。生きようと思えばどこでだって生きていける。
だから、持って行くものは柄に無く人助けをした時にもらった小額のお金と、愛用の寝袋くらいなものだ。
ホント……私には、なんにもない。
紅魔館を去ろうとする私を見送るのは、咲夜さんだけだった。
「あなたがいない間、私が門番の代わりをするわ」
そう、門番は咲夜さんでもいい。侵入者なんて滅多にいないんだから誰だっていい。
私じゃなくても構わない。
私は必要ない。
「紅美鈴」
不意に名前を呼ばれて、私は顔を上げる。
私の名前を呼んだ咲夜さんは、苦笑しながら口を開いた。
「めーりんのくせに、諦めてるんじゃないわよ」
苦笑いを浮かべたまま背を向けて、咲夜さんは軽く手を振った。
「……じゃあね」
それだけを言い残して、次の瞬間には咲夜さんの姿は消えていた。
後姿と苦笑を見送って……私は今までの言葉を思い返す。
私は馬鹿だ。馬鹿妖怪だ。馬鹿だから見落として、馬鹿だから咲夜さんに余計なフォローをさせてしまうような……そんな、馬鹿だ。白黒に中国とか呼ばれても仕方がない。
「お嬢様は…………私に、強くなれと言った」
そう、レミリアお嬢様は強くなれと言ったのだ。
弱いなら強くなれ。強くなるための野外謹慎だ。
「だったら……修行して……強くなればすぐに戻れるはず……!」
そう、私はもう知っているじゃないか。
馬鹿な私だけど、強く生きる方法は教えてもらったじゃないか。
強くなる。強く生きる。鈍り切ったこの体を、一から鍛え直す。
「紅美鈴、お嬢様からもらったチャンス、無駄にはしません!」
決意を新たに、高らかに私は叫ぶ。
既に雨は上がって、太陽が顔を出していた。
次回、山での修行の話。
ブン屋登場。そして迫り来る白い影の正体とは!?
ゆっくりしていってね!
+注意+
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