さて、そういえば蓬莱編開始。
毎度の如くオープニングは限りなく進捗が遅い。この第一話は最初の最初……両目がポツンと浮かんでいるあのシーンをイメージして作成。
ただ、それだけじゃ面白くないので読者様には無意味な工夫をしてみたり。
第一話というより、序章のほうが的確かな。
ま、期待しないでお読みください。
蓬莱編1:鬼と鉄
つまんねー話をしよう。
幻想郷でドンパチってのは、わりとよくある日常茶飯事だ。
だから、その異形どもがドンパチ始めた時も俺は特に気にも留めなかった。
スペルカードだかなんだか。そういうもンだと思っていたのさ。
「ったく……毎度毎度、異変だかなンだか知らンが迷惑なこった」
昼のランチタイムが終わり、皿を洗いながら溜息を吐く。
ケチの付き始めってェわけでもねぇが、去年の今頃に賭け仲間が結婚した。
『嫁さんがどーしても安産祈願に行きたいってことでさ、一日店を空けなきゃなんねェんだ。一人目は妖怪の山の神社で祈願したから、二人目は博麗神社に行ってみるんだと』
仲間が結婚して、今じゃ二人のガキの親ときた。
しかしまぁ……その嫁さんは体があまり強くない方なので、安産祈願にしろなんにしろ一人でいさせるわけにもいかず、亭主となった仲間も一緒について行くらしい。
『てなわけでグリフ、留守番を頼む。……なァに、お前さんの昔の負けぶんくらいはチャラにしてやるからよ』
別に売れちゃいないが、鍛冶屋もそんなに暇じゃねぇ。
しかし、そう頼み込まれちゃ……なかなか断れねェってもンだ。
「やれやれ、ちィと寂しくなるかね」
人里の入り口にある、立地としちゃ一番いい場所にある宿屋。
交通の便が多少良くなった今の幻想郷じゃ、宿泊客はそれなりに多い。
ただ……店主不在で宿を開けるわけにもいかンので、俺のやれるこたぁ飯時にちょっとしたものを作ることと、掃除を欠かさないことくれぇだろう。
文字通り、留守番くらいしかやることがねぇのだった。
もっとも――退屈だと思っていたのは、この日の夕暮れまでだったンだが。
「はっはっは、見かけによらず意外と弱いなぁ、妹紅ちゃんよ?」
「ちゃん付けすんなっつってんだろ。これくらい、飲んだ内に入らないね!」
俺が作る料理を肴にしながら、女が二人酒を持ち込み飲み比べ。
一人は地獄の鬼みてェに目付きの悪い女。
一人は真っ白な髪の竹林への案内屋。
俺が言うのもなンだが……変な組み合わせだった。
注意してやろうかとも思ったンだが、その鬼みてぇな女が渡してきた酒がこれまた鬼が作ったンじゃねぇかってくれぇに、馬鹿うめェ。
飲み比べてるだけできっちり飯は食ってるし、他の客はいないので迷惑もかかっていねぇわけで、結局なンにも言えずに酒の肴を作っていた。
しかし……まァ、なンつうか、予想通りというか……当然というか。
案内屋の方が先に潰れて、机に突っ伏して寝息を立て始めた。
鬼みてぇな女はようやくそこで溜息を吐いて、俺の方を見てにやりと笑った。
「協力してもらって悪いな、オッサン」
「……別に、協力したわけじゃねェがな」
目を逸らしながら、もらった酒をコップに注いで、イカを炙って肴にする。
アルコール度数を少しずつ増やしてくれと言われてその通りにした。
言われるまでもねぇが、勝負に勝ちたいとかそンな下ン理由だったら鬼みてぇな女の酒に色々と細工をしてやったが……こいつは、顔をしかめながら言った。
『誰にだって、ぐっすり死んだように眠りたい時だってあるだろ?』
否定できるわけもねぇ。
なにがあったのかなンぞ知りたくもねェが、そういうことならと協力した。
そンだけだ。
鬼みてぇな女は煙草に火を点けて……ゆっくりと、紫煙を吐き出した。
「なぁ……オッサン」
「オッサンはやめろ。俺にはグリフレットって名前があらぁ」
「じゃあ、グリフのとっつあんよ」
どうやらオッサン扱いをやめる気はないらしい。
淀んだ目で酒をちびちびやりながら、女はぽつりと呟いた。
「アンタ、今幸せか?」
死ンだような目で……疲れ果てたように、そいつはそんなコトを言った。
少し悩んで、俺はありきたりなことを口に出す。
「幸せっちゃ幸せかもな。飢えることもねぇし、家もある。おまンまが毎日きっちり食えて、遊びに付き合ってくれるダチもいる。頼りになる仲間もいる。……まぁ、俺自身は目的もなく、生きるために生きてるだけのちんびらだがな」
「………………」
女は少しだけ口元を緩めて、それからゆっくりと息を吐く。
「……目的、か」
「ン?」
「目的を持って生きてる連中は、この世界でどんだけいるんだろうな?」
それは、多分残酷な問いかけだったンだろうよ。
俺のダチには目的がある。女房を大事にして店を繁盛させて、ガキを育てること。
俺にはない。俺はその日が楽しけりゃそれでいいンだ。なンのために生きてるかなんざ三十二年生きてきて、一度も実感したことはない。
深く……深く溜息を吐きながら、女は今にも泣きそうな……あるいは、今にも死にそうな表情を浮かべながら、天井を見上げた。
「不老不死ってなぁ……どんな気分なんだろうな?」
反射的に『知るか』と答えそうになった。
言えなかった理由は目の前の女が、そんなことはとっくに理解していたから。
今は幸せじゃないし、不老不死にもなりたくない。
生き続けたいとは思えない。
「幻想郷じゃ知らないが、外の世界には人魚伝説ってのがある。……曰く、人魚の肉を食った者は不老不死になるんだとか」
「絶対に嘘だろ、そりゃあよ」
「ああ、嘘さ。しかし……こういった与太話には色々な尾ひれが付くもんでな、神通力が使えるようになるだとか、水の中で呼吸ができるようになるだとか、栄華が約束されるとか、欲望の塊になっちまうわけだ。……さて、もしも人魚が仮に存在したとして、人間に間違ってとっ捕まっちまったら、結末は分かり切ってるだろ?」
結末。
分かり切っている、結末。
悲劇。
「不老不死ってのはロクなもんじゃない。地獄すらも桃源郷に思えるほどの最悪だよ」
「……お前さん、なにが言いてぇンだ?」
「愚痴が言いてェんだよ。そこで寝こけてる妹紅ちゃんに、とんでもなくへこむことを色々聞かれちまってな。……ちょいと吐き出したい気分なんだよ」
疲れ切った顔で酒を飲みながら……そいつは口元を緩めた。
熱燗を一本飲み干した頃だろうか、鬼みてぇな女は上着を羽織って立ち上がった。
「とっつあん。ちょいと悪いがこの子を今日だけ泊めてやってくれ。金は後で払う」
「泊めるのは構わンがよ……お前さんはどうするんだ?」
「妹紅ちゃんの身元引受人みたいな人に、外泊することを伝えなきゃいけないだろ?」
「………………」
さてはて、どうしたもンだか。
分かっちゃいる。分かっちゃいるが……首を突っ込んでいいものか。
少しだけ悩ンだが、まぁそンなもんだろう。
「馬鹿こいてンじゃねぇよ、小娘」
「え?」
「こんな夜道を女一人で出歩かせるわけにゃいかんだろうが。……ったく」
酒を飲み終わり、コップは流し場に置いて厨房を出る。
「ほれ、部屋の鍵だ。その子を部屋に寝かしたらさっさと行くぞ」
「……どういうことだよ?」
「その身元引受人……まぁ、寺小屋の上白沢先生の家だろうが、そこまで送ってやる」
「必要ない。オッサンはオッサンらしく、酒でも飲んで寝てろよ……」
「おめェの事情なんざ知らねぇよ。俺は俺の好きにやる。そンだけだ」
「………………」
なにかしらの事情があるのは分かっていたンだ。
それでも、悪い奴ではなさそうだし……放って置くのも後味が悪い。
生きるために生きちゃいるが、無闇に痛みを抱える必要もねぇだろうよ。
「多分……後悔するぞ?」
「ハ、後悔なンざ腐るほどしてきた。……全部今更のこったろうが」
「……馬鹿野郎だな、あんたは」
そう言って、そいつは軽く笑った。
相変わらず目付きは悪かったが……まぁ、笑顔だけは歳相応だった。
笑ってりゃそれなりに可愛いし男も寄り付くだろうに。いっそのこと里の若い衆でも紹介してやろうかと思ったが……まぁ、そりゃいらン世話ってもんだろう。
「身の危険的な意味で参考までに聞いておくけど、とっつあんの女の趣味は?」
「胸と尻がでかくて可愛くて元気な女だ。少なくともオメェじゃねぇな」
「いやいや、男の趣味なんざ乙女心と秋の空程度のもんだろ。……とっつあんだって、いつどこでなにがどうなって、色々あった挙句に胸も腰も薄いし元気もないけど、可憐で笑顔が可愛い嫁さんとかもらっちゃっても、不思議じゃないんだぜ?」
「……それは、どこのどちら様の話だ?」
「俺の親父の話さ」
そう言って、小娘はケラケラと笑った。
その笑顔だけは本当に歳相応で……ちょいと不憫になった。
彼女の話をしよう。
彼女は不老不死だった。不老不死で生き続けた。
生き甲斐とも言える宿敵がいて、けれどその宿敵はいなくなった。
どこかに行ってしまって……彼女は待つことしかできなくなった。
待ち続けることを思って、泣いていた。
けれど、それすらも無意味なんだろう。
決して終わらない。だから終わっているし意味なんて無い。
なにより……関係がない。彼女はただ首を突っ込んだだけだ。
自業自得の一括払い。今までのツケを払っただけだ。
彼女以外の誰も彼もが……そのことに気づいていなかった。
彼女の心を、俺は知らない。
だから――――ここだけは、俺自身の言葉で語ることにしよう。
これは、食い散らかした物語である。
蓬莱編を書くに当たって少しだけ自重解除。
テーマがもろ『生命』なので、それに沿って、きっちりと、書き進めることにした。
何回も何百回でも繰り返そう。
生きて死ぬってのは、きれいごとじゃない。
それでも、きれいごとを語らないと生きていけない。
そういうことを念頭に置いて、読み進めてください。