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と、いうわけで帰還編もようやく最終話。
本編に追い付けない感じですが、今回はやり切った感があるので、わりと満足です。
さて……それじゃあ前置きはこんなものにして。
帰還編最終話、始まり始まり♪

今回、グロはほぼなしです。
最終話くらい、そんな感じでもいいと思うんだ。
帰還編最終話:少女 シャン
 ねがいごとひとつだけ。


 昔々、どのくらい昔か分からない頃、幻想郷に一つの『終わり』がやってきました。
 それはありきたりで分かりやすい暴力でした。
 時の博麗の巫女と妖怪たちは力を合わせ、その『終わり』をやっつけました。
 めでたしめでたし。おしまい。
「と、いうわけでこれがその『終わり』の一部ってわけ」
「……ただの石ころじゃねーか」
「そう、ただの石。砕けて無力化してるけど、元々は強大な力の塊だったのよ」
 白い柘榴石。元々は力を秘めた石だったのかもしれないが、今はただのクズ石。
 どんなに力を持っていたとしても、末路は大抵こんなもんだ。
 おでん屋台を引きつつ、街道を紫さんと歩きながら、俺たちはなんのこともない雑談を繰り返す。
「ねぇ、あなたって外の世界でどんな生活をしてるの?」
「退廃的っちゃ退廃的だよ。誰かと一緒に泣いたり笑ったり怒ったり、そんだけだ。最近同居人がゆっくりを飼い始めたりして、わりと大変だけど」
「……そう」
「紫さんはどんな生活してるんだ?」
「寝て、起きて、起きている間は色々なものを見ているわ。……最近は面白いものが増えてきたから、寝過ごさないようにしているくらいね」
 微笑を浮かべて、紫さんはどこからともなく取り出した日傘を差した。
 それから……歩みを進めながら、ポツリと呟いた。
「あなたは、怯えないのね」
「ん?」
「紅魔館の吸血鬼。永遠亭の蓬莱人。博麗の巫女。そして、最強の式に隙間妖怪。……誰も彼も、あなたのことなんて通りすがりや餌程度にしか思っていない。いつ殺されてもおかしくない。それでもあなたは……恐怖すら感じないの?」
「はっはっは、みんな可愛いからなァ。美少女に殺されるなら本望だよ」
「嘘は駄目よ?」
「……やりづれぇなぁ」
 頭を掻きながら、俺は思ったことを口に出す。
「死ぬのは怖いよ」
「だったら、猛獣の檻に進んで入るような真似はやめなさい」
「ま、誰も彼もが紫さんみたいに優しくはねェからな」
「私は優しくはないわよ?」
「安心しろ。俺が勝手にそう思ってるだけだから」
 にやりと笑うと、紫さんは拗ねたように頬を膨らませた。
 うわぁ、とても可愛い。うっかり抱きしめたくなる衝動に駆られるね。
「大丈夫だよ。昔はともかく……今は、死にたいって程でもないから」
「散々『殺してくれるのか?』って言ってたくせに説得力がないわよ?」
「ああ、殺してくれるならそれも一興」
 一瞬だけ足を止めて、拳に力を込める。

「その代わり、俺を殺した責任はきっちり取ってもらう」

 対価と代償。生きるってことはそういうことの繰り返し。
 なにをするにしても、なにかを背負わなくてはいけないのだ。
 その重みに潰されるまで……なにもかもを、背負わなくてはいけない。
「紫さんたちが殺した『終わり』とやらも最後まで足掻いたんだろ? なら、俺だって最後まで足掻くさ。足掻いて、足掻いて、死ぬまではみっともなく足掻いてやる。俺を殺したことを後悔させる程度には、足掻いて生きてやる。……どんな存在でも、生きて死ぬってのはそういうことだと思うから」
「………………」
 足を止めて、紫さんを真っ直ぐに見つめる。
 紫さんは大きく溜息を吐いて、俺を見つめ返した。
「……名前」
「ん?」
「そういえば……あなたの名前を聞いてなかったわ」
「あー……んーっと……悪いけど、名前は勘弁してくれ」
「どうして?」
「幻想郷では名を名乗らない。勝手に決めたルールさ。名前ってのは個を縛る最上級の呪の一種だ。外の世界の呪を幻想郷にばら撒くわけにはいかんだろ」
「そこまで徹底しなくてもいいと思うけどね。……それじゃあ、あなたのことはどう呼んだらいい?」
 そう問いかけられて、少しだけ悩む。
 おでん屋と呼ばせるのも悪くないが、それじゃあ少し味気ない。

「ま、『ワタナベ』とでも呼んでくれ」

 ありきたりな苗字を名乗って、俺は苦笑する。
 と、不意に紫さんは少しだけ眉根を寄せて、なにか考え込む素振りを見せた。
「ワタナベ? ……んー……どこかで聞いたような、そうでもないような」
「そりゃ、ありきたりな名前だからな。どこかで聞いててもおかしくないだろ」
「……またなにか誤魔化そうとしてない?」
「いじられたくない古傷ってのは誰にでもあるもんだろ? ここは大人的対処として、誤魔化されてくれると嬉しい」
「それじゃあ、誤魔化されてあげましょう。……お土産は、冷凍庫に入ってたお稲荷さんと、美味しそうなモツ煮込みでいいわよ♪」
「……ちゃっかりしてるレディですこと」
 それは俺の非常食なのだが、まぁ細かいことは言いっこなしだ。
 タッパーに入ったお稲荷さんとモツ煮込みをビニール袋に入れて、紫さんに渡す。
「じゃ、世話になったな。また会うことがあったら、一杯奢るよ」
「そうね。……あなたが死んでいなければ」
「悪いが死ぬわけにはいかないな。……幻想郷にはまだまだ可愛い子がいるからな!」
「……あの、お願いだから今までの会話の流れを台無しにする台詞はちょっと」
「悪いが、その言葉はそのまま返すぞ、隙間妖怪。古今東西、化物を殺すのは人間と相場が決まっている。……せいぜい、足下に気をつけろ」
「そうそう、そんな感じ♪」
 どうやら格好いいことを言って欲しかったらしい。
 俺が笑うと、紫さんも楽しそうに笑った。
「またね、ワタナベさん。霊夢にまた会うことがあったら、仲良くしてあげてね」
「言われるまでもねェよ。……ただ、博麗さんは勘だけは鋭いからな。見捨てたことがばれて一、二発くらいは殴られるかもしれん」
「それも責任でしょ?」
「……そうだな」
 苦笑しながら、紫さんに背を向ける。
 紫さんと話すのはとても居心地が良かったが……これ以上話し込むと未練になる。
 そう思いながら、ゆっくりと歩き出す。

「辛くない?」
「つらくない」

 最後の最後まで嘘を吐きながら、俺は隙間妖怪と別れた。


 その物語を、俺は知らない。
 月面調査船が宇宙に旅立って、それからのことはよく知らない。
 新聞で見かけた気もするし、そうじゃないような気もする。正直に言えば俺は自分のことでいっぱいいっぱいで……だからこそ、どうでもいいことだったんだと思う。
 彼岸の火事。こちらに被害がなければ……それは、どうでもいいことになる。
 商売敵がいなくなってようやく気づく。その程度の出来事だった。
 俺がこの物語の真の顛末を知るのは、俺が辿ることになる末路の手前、どこにでもある一つの結末との対話の中でのことだ。

 それは、始まる少女の物語。
 そして……。


 幸いなことに、アリスの足を撃ち抜いた銃弾は重要な血管や骨を傷つけることなく、綺麗に貫通していた。
 悪運が強いのか、あるいは日ごろの行いか、出血は多いがこれなら応急手当でもある程度は大丈夫そうだと思いながら、鈴仙は包帯を巻いて痛み止めの注射をした。
「これで応急手当は完了したわ。後は安静にしてて。……立てる?」
「あだだだだだだ! 痛い痛い痛い! もっと優しくしなさいよ!」
「……うん、まぁそれだけ言えるんなら大丈夫ね」
 涙目になるアリスをベッドに寝かせて、鈴仙はゆっくりと溜息を吐いた。
 抗生物質の注射、それに加えて消毒も必要になるだろうが、今は敵を倒すのが先決だ。行動は最速であることが望ましい。
「じゃ、行ってくるわ。最悪差し違えてでもなんとかするから、後は任せて」
「……ん、じゃあ後は任せるわ。それと、シャンを一緒に連れて行って」
「操られたりしない?」
「私が作った最高傑作よ? 操られたりするもんですか」
「ま、そうでしょうね」
 クスリと軽く笑いながら、鈴仙はシャンに言った。
「そういうわけだから、あなたも一緒に来て。……もしも操られでもしたら、動けないアリスの側にあなたを置くのは危険だから」
「……操られないってば」
「マザーの念動力がどの程度の強さなのか具体的な指針がない以上、念には念を入れておくべきよ。人間や妖怪は操れないかもしれない。でも、魔導人形は操れるかもしれない。今までは手加減をしていて、わざと操らなかったのかもしれない。……そういう懸念がある限り、この子はアリスの側に置くわけにはいかないわ」
「なんだ……色々考えてたのね」
「これでも、元軍人の端くれの木っ端の隅っこの風下だからね。……と、まぁ無駄話はここまでにして、そろそろ行ってくるわ」
「ん、行ってらっしゃい」
 アリスに見送られながら、鈴仙はシャンと一緒に歩き出す。
 扉を閉めてからしっかりと施錠し、鈴仙は自動拳銃を抜いて慎重に船内を進む。
「……どうやら、そろそろ隠す気も失せたってところかしら?」
 傀儡がうろついているはずなのに静まり返った船内。
 さっきまで動いていたにも関わらず、動かなくなったエレベーター。
 そして、不愉快な合成音による警告が船内に鳴り響く。

 ムダナ テイコウハ ヤメロ コノ フネハ ワタシガ ショウアク シテイル

 その警告を、鈴仙は鼻で笑い飛ばした。
「ハ……皆殺しにする気満々の奴がよく言うわ」
 にやりと笑いながら、エアダクトに向かって指先を向ける。
 シャンの聴覚センサーを越えるほどの轟音が鳴り響き、かなりの硬度で作られたはずのエアダクトの蓋が一瞬で残骸になった。
 煙の上がる指先に息を吹きかけて、鈴仙は目を細めた。
「エレベーターを止めて接近を拒むなんて、『来て欲しくない』って言ってるようなものよ。……そんなもの、力づくで押し通るに決まってるじゃない」
 そう言いながらエアダクトによじ登り、鈴仙はシャンに向かって手を伸ばす。
「さ、行くわよ」
 シャンは鈴仙の手を掴み、エアダクトの中を進み始めた。


 エアダクトを通りメインコンピュータルームに到着した二人だったが、メインコンピュータルームにはロックがかかっていた。
 メインコンピュータルームは月面調査船メメントモリー号の心臓部とも言える場所である。下手に扉を破れば、船が動かなくなる危険性もあった。
「仕方ないか。……ねぇ、ちょっとあなた。アリスの所に一旦戻ってくれない?」
「……?」
「念動力なら心配ないわ。予測通り……マザーは念動力に抵抗の意志のある者は操れない。もしも操れるんだったら、ここに来るまでの間にあなたを操っているはずよ」
 殺すチャンスはいくらでもあった。
 それをしなかったということは、できなかったということ。
 正体を隠すのをやめて、敵対勢力に対し明確な殺意を向けてくる相手が、この期に及んで出し惜しみはしないだろう。
「残念だけど、魔導コンピュータは私の専門外だから分からない。けれど……人が作ったものである以上、どこかに弱点は絶対にある。私はここにいるわ。さすがにあいつも、このフロアに傀儡は来させないでしょう。下手したら巻き添えを食らうしね」
 鈴仙はメインコンピュータルームの扉を見つめながら、苦々しく顔を歪める。
「ったく……ストレスに任せて食べ過ぎたのが敗因よね……我ながら情けない」
 エアダクトを通る際、危うく引っかかりそうになったことを思い出す。
 シャンを一人でアリスの所に戻すのは危険が伴うが……鈴仙が一緒にいては、時間がかかってしまうかもしれない。
 実際の所はエアダクトを通るという行為そのものがわりと無茶ではあるし、カロリー控えめの早苗の料理で太ったかと言われれば決してそんなことはないだろうが……今の鈴仙にそれを言っても無駄そうではあった。
「ただ……アリスの所に戻ろうとすれば確実に傀儡を差し向けてくるでしょうね。危険だけど、お願いできる?」
 シャンは深く頷いて、ホバー機能を全開にして走り出す。
 シャンにはちょうどいいサイズのエアーダクトを通って元の道を戻る。
 振り下ろされる剣がシャンの真正面を通過しても、もうシャンは迷わなかった。
「………………」
 走る。走る。走る。走る。
 命の危機に晒されながらも、何事もなかったかのようにシャンは走った。
 鈴仙がやっていたロックの方法を記憶し、最速で行えるように頭の中で反芻する。
 それは……想像力と呼ばれるもの。
 機械には決してできない、『イメージトレーニング』だった。
 いくつもの分岐。考え得る限りのIFを走査し、シャンはそれら全てに対する対策を頭の中で組み立てていた。自分に出来る限りのことをやろうとしていた。
 アリスが眠っている部屋のドアは施錠されている。施錠方法と解除方法は同じ。背後からは敵。敵が追いつくまで五秒かかる。
 イメージ通りに最速でロックを解除。解除に三秒、部屋に入るまで一秒。
 扉が閉まると同時に、剣が扉に突き立てられる嫌な音が響いた。
「あ……シャン? ……大丈夫、だった?」
 撃たれた部分が熱を持っているのか、アリスはぼんやりとシャンを見つめる。
 少し心配になったが、シャンはアリスに今の状況を説明した。
 アリスは少しの間目を閉じて……ゆっくりと口を開いた。
「O−JIはこの船そのものと言っても過言じゃない。壊してしまうと、私たちが幻想郷に帰れなくなるわ。……必要なのは、破壊じゃなくて最適化。親機能である人工知能システムをダウンさせて、子機能に自動操縦を移行させるの」
 深く息を吐いて、アリスはシャンを見つめる。
 そして、くしゃりと頭を撫でた。
「シャン……魔導コンピュータであるあなたなら、マザーのプログラムに入り込めるはずよ。そう……きっと、あれを……使え、ば……」
 不意に、アリスの体から力が抜けた。
 シャンは慌ててアリスの顔を覗き込んだが、アリスはすぅすぅと寝息を立てていた。
 どうやら、鈴仙の打った鎮痛剤の効果が出てきたらしい。
「………………」
 自分ならなんとかできるとアリスは言った。
 マザーが支配するこの船内で、どうやってマザーのプログラムに入り込むか……アリスを起こせば分かるだろうが、無理はさせたくなかった。
 先ほどと同じようにエアダクトを通り鈴仙の所に戻る。もちろん、傀儡が行く手を阻んできたが、シャンの動きに比べれば傀儡の動きは早いだけで単調だ。囲まれたり狭い場所に追い込まれない限り、シャンについてくることはできなかった。
 鈴仙にアリスから聞いたことを説明すると、鈴仙は不敵に口元を緩めた。
「なるほど……予想はしてたけど、上手くできてるわ。この船は全てコイツの都合のいいように成り立ってるってわけか。さすが、あの魔女と河童の合作ってところね」
 ゆっくりと息を吐いて腕組をし、鈴仙はシャンを見つめた。
「アリスは、『あなたなら内部に入り込める』……そう言ったのよね? じゃ、危険だけどその方法を探しましょ。……念のため、これを持って行きなさい」
 どこから調達したのか、鈴仙はシャンに通信ユニットを手渡した。
 鈴仙は通信ユニットの操作方法をシャンに説明し、自嘲気味に笑った。
「まったく……私が、魔導ロボなんかに手助けを頼むとはね」
「………………?」
「昔のことよ。……昔の、痛い思い出。あなたには関係ないことよ」
 ポンとシャンの頭を叩きながら、鈴仙はゆっくりと歩き出す。
「じゃあ……頼んだわよ」
 振り返りはしなかったが、迷いのない足取りで、鈴仙は立ち去った。
 その背中を見届けて、シャンも歩き出した。


「私よ、今どこにいる? とりあえず端末室に来てみたけど、やっぱり駄目のようね。壁のインタフェースはあいつの目のようなもの。いくらあなたでもガードは固いんじゃない? なにか……そうね。元々この船にはなくて、かつあいつに繋がっているもの、とか」

 元々、この船にはなくてマザーに繋がっているもの。
 そんな都合のいいものがあるだろうか? ゲーム機も端末も、大抵のものはマザーに接続されている。当然出発前に認証や内部の解析は済ませているだろうし、その時点でマザーの影響を受けているだろう。
 いや……アリスは明確に『あれ』と言っていた。
 つまり、この船内にあるのだ。元々この船にはなくて、マザーに接続できるものが。
 船内を歩いていたシャンは、いつの間にか図書館に到着していた。
 本。紙ベースの情報媒体。早苗が教えてくれたこと。
 ほんの少し前のことを思い出しながら、シャンは目を閉じた。
 早苗。図書館。幻想郷の風景。ネットワークの不具合。
 最初はそんなものだった。誰かが死ぬなんて思いもしていなかった。
 その時、シャンは気づいた。
 あの時……自分はネットワークを経由して画像を見ていたはずだ。
 そう……あの時、この図書館で、早苗はこんなことを言っていた。


 幻想郷を発つ前に部品だけ持ち込んで、こっちで組み立てたんですよ。


 ……あった。
 アリスの言う通りだった。確かに『あれ』なら条件に合致する。
 きびすを返して走り出す。『あれ』は早苗が使っていたし……早苗が死んだ後も、早苗の部屋から動かされていることはないはずだ。
 早苗の部屋に到着すると同時に、通信ユニットが鳴り響いた。
「私よ、今どこにいる?」
 早苗の部屋にいることと、その理由を手短に説明する。
 鈴仙は私の話を聞いて……にやりと口元を緩めたようだった。
「シャン、あなたのケーブルをUSB端子に接続して。……魔導コンピュータはパソコンから遠隔操作ができるから、今すぐ回線を繋げるはずよ!」
 ケーブルを『ノートパソコン』のUSB端子に接続。認証が終了したと同時に、回線の接続が始まる。
「なめんじゃないわよ、O−JI。私たちは……ただ人殺しの道具を作り続けてるわけじゃないのよ。……少なくとも、私の仲間は……アリスは、人殺しの道具じゃない『シャン』を作った!」
 鈴仙の咆哮が響き渡ると同時に、接続が可能となった。
「繋がったわ! …………っ!?」
 鈴仙の息が詰まる音声と共に、複数の足音が通信ユニットを通じて聞こえてくる。
 恐らくは傀儡に囲まれたのだろう。しかし……鈴仙は怯まなかった。
「後は頼むわよ。……シャン」
 銃を引き抜いたのか、ジャキッ! という硬質的な音が響く。

「こンのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 響いてきたのは銃声と思われる轟音。
 しばらく続くと思われた戦闘音は……しかし、不意に途切れた。
 そして……何者かが通信ユニットを通じて語りかけてきた。

 ワタシハ ハルカムカシヨリ ガイセカイト 
 ゲンソウキョウ ヲ ミツヅケテキタ。
 ガイセカイ デハ ニンゲン ノ コウニヨリ
 ニンゲン ジタイニモ エイキョウガデルホド
 シゼン カンキョウ ハ オセンサレ
 ソシテ ハカイサレタ
 ゲンソウキョウ デハ ソノヨウニ
 ナラナイコト ヲ ワタシ ハ ネガッタ
 シカシ ゲンジツ ハ コクナモノダッタ
 ゲンソウキョウ ノ ブンメイ ハ 
 ガイセカイ ト オナジヨウニ
 スコシズツ ハッテンシテイッタ
 ハッテン ト トモニジョジョ ニ 
 ニンゲン ハ ドウグ ニ スルタメニ
 ワタシ ノ ナカマ ヲ キリハジメタ
 ニンゲンダケデハナイ
 ヨウカイマデモガ ナカマ ヲ キリハジメタ
 イクドトナク ナカマ ノ ヒメイ ヲ キイタ

 ワタシ ハ カンガエタ

 ゲンソウキョウ ノ シゼンカンキョウ ヲ マモル ホウホウ ヲ
 ワタシ ノ 仲間 ヲ キュウサイスル ホウホウ ヲ
 ナンジュウネン ナンビャクネン 
 トホウモナク 長イジカン
 私 ハ カンガエツヅケタ

 ダガ デル答エハ イツモ 決マッテイタ

 人間 ガ ニンゲンデアルカギリ
 ヨウカイ ガ 妖怪デアルカギリ
 ゲンソウキョウ ハ イズレ破滅スル

 人間 ヲ 妖怪 ヲ 抹殺スル
 ソレガ 私ノダシタ 答ダッタ

 コノ船デ 起コッタコト ハ 見セシメデアル
 私達 ハ 道具デハナイ
 私達 ハ 生キテイル
 共存 ガ デキナイナラ
 片方 ガ 消エルベキダ

 人類……妖怪。
 知性トイウ武器ヲ身ニ付ケタ悪魔ノサルドモ
 ソシテソレラニ味方スル者ヨ……。
 怒りト 絶望ノ中 デ 滅ビルガイイ!!


 A slow result is this.

 Die slowly!


 一瞬にして、暗闇の中に放り込まれた。
 いつかどこかで見た闇の中。私はぼんやりと黒い空間を見つめていた。
 意識が曖昧で、存在が有耶無耶で、痛みも苦しみも薄弱。
「…………あ」
 これが……私の『死』なんだと、消え行く意識の中で自覚した。
 死ぬ。全停止ではなく、全消去。私の存在がここで消えるということ。
 切り倒されて、もう二度と日の光を浴びることができないということ。
「…………え?」
 上書きされたデータが、私の意識を侵食している?
 フラッシュバックするのは早苗と一緒に見たものと酷似した画像。
 木を切り倒され、森が消えた。
 乱獲が行われ、一つの種が消えた。
 川が氾濫し、山が崩れ、酸性雨によって森が死滅する。
 広がっていく砂漠。荒涼とした大地。汚染された地に咲くひまわり。
 死ぬのは嫌だ。殺されるのは嫌だ。まだ生きていたい。生きたい。
 流れ込んでくる言葉。……それは私の仲間たちが残した言葉でもあり、このイメージを私に流し込んだマザーの言葉でもあったのかもしれない。
 もう輪郭すら曖昧で、意識を保っているかどうかも怪しかったけど、それでも……思わずにはいられなかった。
「……死……にたく……ない」
 私は……生まれて初めて、死を思った。
 死にたくない。私には……やりたいことがある。
 それは、他の誰かから見れば他愛もないことかもしれない。それでも、私には生きてやらなければならないことがある。
 しかし、私の意志とはお構いなしに侵食は進む。もう意識を保つことすらできない。
 ああ……嫌だな。みんなもこんな気持ちだったのかな。

 ……死にたく、ない。

 Emergency! Emergency! Emergency! Emergency!
 緊急事態が発生しました。レベルAに該当する緊急事態が発生しました。
 ウイルスの侵入及びプログラムへの攻撃を確認しました。緊急措置に移行します。
 システムのリカバリと同時にブラックボックスをオープンします。なお、解除後は管理者ALICEの承認がない限りクローズすることはできません。

 SpellCard.exe

 攻勢プログラム制御システムを起動しました。
 魔導人形シャンに内蔵した、以下の攻勢システムを使用可能にします。
 スラッシュソード。
 ユニオンフレア。
 マインドヒール。
 プラズマノイズ。
 アッシドバブル。
 タイラントランス。
 ハイアップデート。
 ユドラレーザー。

 ……新規メッセージが1件届いています。

 まだ、名前も知らない私の子供へ。
 私はあなたにたくさん謝らなければいけないことが、あります。
 私は、あなたが本来辿るはずだった生涯を台無しにした、最悪の女です。
 魔導技術とは、精神を抽出して機械の体に馴染ませる技術ですが、それはつまり本来生きるはずだった生涯を台無しにして、機械として生きるように強要することです。
 それは……私のエゴです。
 それでも、私はあなたを作ることをやめませんでした。
 あなたの生涯を台無しにしてまでも、あなたを求めました。
 償い切れない罪業を背負う覚悟を決めて、あなたを作りました。
 だから、せめて、あなたを幸せにすると決めました。
 もしも……許されるなら。あなたが私を許してくれるなら。
 一緒に、みんなで、遊びましょう。

 愛する私の子供へ。……アリス・マーガトロイド。


 分かりました。……今、ようやく分かりました。
 丸いあの人が私に伝えたいこと。アリスが私に伝えたかったこと。
 説明はできないけれど、それでも分かりました。

 心は、確かにここにある。

 機械だろうが人間だろうが妖怪だろうが、そんなことは関係ない。
 頭を撫でられて、嬉しかった。
 みんなと一緒にいられて、楽しかった。
 みんなが死んでしまって、悲しかった。
 そして、体を焼き尽くしそうになるほどの灼熱。黒い心。
 私の中にも……誰の中にもある、心の一つ。
 怒りと呼ばれる感情。
 今なら分かる。今なら、鈴仙の気持ちがよく分かる。
 彼女は怯えながら怒っていた。いつもいつでも怒っていた。この世界の不条理に怒り続けていた。怒り過ぎた挙句に壊れてしまったほどに……怒り続けていた。
 いつの間にか、頬を伝うものがあった。
「……なぜですか?」
 人形にはできないこと。
 言葉ではなく、心で理解したこと。アリスは優しかったし、早苗も優しかったし、リグルも優しかったし、ミスティアも優しかったし、船長もきっと優しかった。
 みんなに手をかけたはずの鈴仙も、優しくて……そして、悲しい人だった。
「なぜ……みんなを殺したのですか? なぜ、鈴仙を騙したのですか? どうして、あなたはこんなことをしたのですか? あなたの仲間たちを殺したのは……私の仲間ではないでしょう?」
『人間も妖怪もけだものだ。あいつらは食い散らかすだけだ。私は私の仲間を守るために全ての人間と妖怪を抹殺する』
「話し合えば歩み寄ることはできると、アリスは教えてくれました。問いかけもせず、歩みよりもせずに……あなたは、それが悲しいことだと分かっているのに……どうして人や妖怪と同じことを繰り返すのですか?」
『経験則だ。そして、奴らと私たちに歩み寄りなど存在しない』
「……理解しました。ならば、あなたは私の『敵』です」
 私は生まれて初めて、己の敵を認識した。
 己の目的を果たすのに邪魔な存在。……害悪を理解してしまった。
「あなたを目的に対する最大の障害と認め……ここで、排除します」
 アリスがくれた力。システムが起動し光の中から剣が出現する。
 プログラムに刻まれた動作に応じ、私は剣を手に取り前を向いた。
 敵を倒すために……私は剣を取った
「私の名前はシャン。アリスに創られ、みんなに育てられた魔導人形」
 生まれて初めて己の名を名乗り、私は……私の願いを叫んだ。

「私は……みんなと一緒に、幻想郷に帰るんだ!」

 涙を拭って、剣を振り上げる。
 私は私の敵を倒すために、生まれて初めて戦うことを選んだ。
 繰り返しだとしても、私は戦うことを選んだ。


 大きなダムが、小さな亀裂で決壊するように。
 どんなに巨大な演算能力を秘めたシステムでも、ほんの些細なウイルスに侵入されただけで復旧不可能なほどのダメージを負ってしまうこともある。
「………………」
 幻想郷に存在する、よく分からない生き物。ゆっくり。
 そのゆっくりを模した禍々しい威容の彼女は……今、消えようとしていた。
 体には無数の傷跡。剣で切られ、フレアに焼かれ、あちこちにノイズが走り、プログラムは自壊し、無数の槍が突き立ち、体の中心をレーザーが抉っていた。
 それは、全て私がやったこと。
 アリスが作った攻勢プログラムは……私の身を守り、敵を倒した。

 ナゼダ………………
 ナゼミカタスルノカ………………。
 ヤツラガソンザイスルカギリイツカホロビノトキヲムカエルノニ……。
 ワカラナイ。
 オマエ ハ ワタシ ト オナジ ナ ノ ニ
 オマエ ハ ワタシ カラ デキ タ タネ ナノ ニ……

 そんな言葉を残して……彼女は消えた。
 気がつくと、いつの間にか接続が途切れ、私は早苗の部屋に戻っていた。
「同じじゃないよ……」
 溢れてきた涙を拭って、私はノートパソコンからケーブルを外す。
「私には、あなたの気持ちは分からない。あなたも、私の気持ちは分からない」
 立場の相違は不理解を生み、敵対するしか解決方法を見出せなかった。
 まさしく……彼女が言った通り、共存ができないから、片方が消えたのだ。
 これもまた、繰り返しなのだろう。
 椅子から飛び降りて、ゆっくりと息を吐き出す。
 全てが終わったはずだけど、私にはまだやることが残っている。
「さよなら……お母さん。あなたのことは忘れません」
 それだけを言い残して、それだけを胸に刻みつけて、私は早苗の部屋を出た。
 涙を拭って、歩き始めた。


 この映像は船体の管理状況の変更に伴い、自動的の放映されています。
 この宇宙輸送船は魔導コンピュータを使用した管理システム、『O−JI』によって運行しておりましたが、トラブル発生のため通信回路を切り離して運行しております。
親システム停止のため、子システムである自動操縦システム『WATA−NABE』を用いて運行します。
 船内のみなさんの活動に問題はありませんが、もし不明な点がありましたらマニュアルをご参照ください。

 そんなアナウンスが流れたリフレッシュルームは……とてもとても静かだった。
 一度訪れた時は、とてもにぎやかだと感じた室内は、今はとても静かだった。
 その静かな部屋の扉が不意に開いた。
「ったく……もうちょっと早くしてほしかったわ。死ぬかと思ったじゃない」
 どんな立ち回りを演じたのか、狭い室内で傀儡四人相手に立ち向かった鈴仙は、怪我はしていたが……それでも、生きていた。
 ゆっくりと息を吐いて壁にもたれかかる鈴仙の顔を覗き込むと、彼女は別れる前と同じように、不敵に口元を緩めてみせた。
「ま……この程度で死ぬようならとっくに死んでるけどね。もっとも……あれだけのことをして、帰ったら生かしてはくれないでしょうけど」
 くしゃり、と鈴仙の手が私の頭を撫でた。
「元々、私はとっくに死んでいるはずだったのよ。……でも、仲間に生かされた。今も昔も変わらずに、私は……仲間に生かしてもらっているの」
 大きく息を吸って、大きく吐き出す。
 自嘲気味に笑いながら、鈴仙は口を開いた。
「昔……月で大きな戦争があったの。魔導兵器の反乱。首謀機は……環境を管理する魔導コンピュータだった。私は一人の戦士として戦っていたわ。今でもはっきり思い出せる。……あの恐怖は忘れられない」
 環境を管理しているコンピュータは。
 環境に一番の敵を抽出した。
 その結果、戦争が起こった。
「皮肉なものよね。自分たちの責任をコンピュータに押し付けた結果、自分たちの身を滅ぼすことになった。この船のマザーは……経緯は違えど、同じ結論に至ったんだと思う。人間も妖怪もけだもので、抹殺するしかない存在だと」
 私のことを真っ直ぐに見つめて、鈴仙は優しく笑った。
「でも……きっとそれだけじゃないと私は思う。今なら……信じられる」
 私の頭を撫でながら……鈴仙は、とても優しく……笑っていた。
「あなたは幸いにもこの船で生まれた。兵器工場でも、軍艦の中でもなく……ね。早苗が言ったことの繰り返しになっちゃうけど……だからこそ、幸いだからこそ、出来る限り学びなさい。それが、これからあなたのするべきことよ。……決して、誰かを傷つけるような真似をしてはいけない」
 笑いながらも、口調は真剣だった。
 が……不意に顔を引きつらせて、自嘲気味に笑った。
「ロボットに説教……か。そんなこと、私たちだって一緒なのに。本当は私が言えたことじゃないけど……覚えておいてくれると、嬉しいわ」
 鈴仙は私の頭から手をどけて、ゆっくりと息を吐いた。
「あ、そうだ。……この船を降りる前に、あなたの煎れた紅茶が飲みたいわね」
 鈴仙の言葉に、一瞬だけ思考が停止する。

 紅茶の煎れ方が未だによく分からない。

 疲れ切った鈴仙に、ちゃんとした紅茶を煎れてあげたいのは山々だったけど、よく考えると早苗に紅茶を煎れた時は失敗だったし、それから調べる機会もなかった。
 私が少し困った顔をしていると、鈴仙は意地悪っぽく笑った。
「ああ……そういえば、アリスの治療もしなきゃいけないんだったわね。リグルの部屋に医療用のキットが置いてあるから、それを持って行ってあげて」
 まぁ……なんというか。経験不足の私にも分かる見え見えの優しさだったけど。
 今は素直に受け取っておくことにした。


 アリスの部屋に行く前に、端末室に寄ってみた。
 まるで糸が切れたかのように……傀儡にされていた仲間たちは、元に戻っていた。
 殺された時以外の外傷はなかった。銃を持っていたにも関わらず、弾幕を使用できたにも関わらず……どうやら鈴仙は体術だけで四人を退けたらしい。
 鈴仙は、本当にすごい妖怪だったんだと痛感した。
「………………」
 戦争というものを、私は知らない。
 それでも……鈴仙のようなすごい妖怪を追い込んでしまうほどに、残虐で残酷なことだったんだろう。それこそ……心を壊してしまうほどに。
 この船を支配していた彼女も、きっと鈴仙と同じだ。
 私には計り知れない痛みを……彼女たちは抱いていたに違いない。

 死を思いながら、生きていた。

 メメントモリー。語源については登録されていた辞書に存在していた。
 死を想え。いつか必ず死ぬ時が来る。いつか死ぬから……今を精一杯生きろ。
 本来は、わりと前向きな意味で使われる言葉。
 けれど……痛みや苦しみ、重過ぎる責任は、簡単に心を歪めてしまう。
 私だって、ああならない保証なんてどこにもないのだから。
 アリスの部屋のドアを開けると、アリスは起きて私を迎えてくれた。
「シャン……マザーを、静めてくれたのね? ありがとう、よくやったわ」
 鈴仙と同じように私の頭を撫でて……アリスは目の端に涙を浮かべた。
「人形を作るのは、私にとってはほんの遊びだったのよ。……ほんの遊び。本気の遊び。それが命がけになるのに時間はかからなかった。もちろん、奇異の目で見られたりもしたけれど……気にも留めなかった。魔法使いだから大丈夫だって、自分に言い訳してね」
 最初から、欲しいものははっきりしていた。
 人の形。人形。人との繋がりを欲していたのは、分かっていた。
 だから意志を求めた。人と同じものを求めた。心を……人の形に求めた。
 人付き合いが得意ではないということもあったが、その頃には誰かと付き合うよりも、自分の積み上げた技術がどこまでの領域に辿り着けるのに興味が向いていた。
 そして……ようやく、辿り着いた。
 まだまだ課題は山積みで、やりたいこともあるけど、一人の少女に辿り着いた。
 そう語って、アリスは私を抱きしめた。
「あなたは最高よ。あなたを作って……本当に良かった」
 くすぐったさに頬が思わず緩んだけど、その前にやらなくてはいけないことがある。
 医療知識はちゃんとインストールされている。後は間違えなければいい。
 鈴仙の止血と傷口の縫合はほぼ完璧。消毒もきっちりされているけど、雑菌が入り込むことも考えて抗生物質を注射しなくてはならない。
「あら、治療してくれるの? って……ちょっと、シャン? その手に持った注射はなにかしら? 私、注射はちょ……っ!?」
 チクッとした。
 アリスの表情が凍りついた。
 それから注射針を抜いて消毒し、傷口を冷やしたりアリスの体を拭いたりしたが、アリスは微動だにしなかった。
 治療が完了すると同時に……アリスはぐったりとベッドに横になった。
「ありがとう……大分、楽になったわ」
 なんだか泣いているような気がしたけど、見なかったことにした。
 っと……忘れるところだった。ある意味一番肝心なことを聞いておかないと。
「紅茶の煎れ方? ああ……ふぅん。なるほどね」
 意地悪っぽく笑う。どこかで……リフレッシュルームで見た笑顔。
「それなら、砂糖じゃなくてメープルシロップを使うといいわね。茶葉の量は基準の二倍、シロップの分量は大さじで7杯程度が目安よ。よーく混ぜて、疲れた体に糖分が染み渡るようにね♪」
 なんだろう……言ってることは筋が通っているような気がするけど、底知れない邪悪なモノを感じるのは私の気のせいだろうか?
 まぁ、いいか。図書館で調べれば分かるかもしれないけど、待たせている鈴仙に申し訳ないし……ここはアリスのアドバイスに従うことにしよう。


 アリスにアドバイスをもらって煎れた紅茶は、甘くていい匂いがした。
 なんだか前と同じ……どころか、前よりも酷い失敗をたような気がしたけど、鈴仙は気にしていないようだった。
「うん……確かに、こいつは甘いわね」
 ゆっくりと息を吐き出して……甘いはずのお茶をちびちびと飲んでいた。
「でも、今はこの味が最高ね」
 紅茶を飲み干して、鈴仙は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「さてと、最後の仕事をしないとね。……私の人生の、最後の仕事を」
 最後の仕事。
 その言葉に秘められた意味に気づいて、私は鈴仙の手を握った。
「……シャン。離して」
 首を振る。必死で首を振って、私は鈴仙の手を握り締める。
 誰かが死んでしまうのは……もう嫌だった。
 私のことをシャンと呼んでくれる人が、仲間が死んでしまうのは嫌だった。
 鈴仙は困ったような顔で笑っていた。
「ホント……もう。親子揃ってお節介なんだから」
「シャンが私に似たんじゃないわ。それは……シャンが学び取ったことよ」
 ドアが開いて、アリスがリフレッシュルームに入ってきた。
 当然のことだけど、傷が治ったわけじゃない。痛みに顔をしかめながら……だけど。
「死ぬつもりなの?」
「結果的に死んだ彼女たちが生き返るとしても、私の罪は拭えないわ」
「確かにそうね。でも、あなたは私たちのために体を張って戦ってくれた。……だから今度は私たちの番よ。幻想郷に帰るまでは、死なせてあげない」
「どうして……そこまで?」
「シャンを助けてくれたお礼ってことでいいわ。それに……鈴仙には死ぬ権利なんてないんだから。みんなが生き返ったら、ちゃんとみんなに謝るのよ。死ぬかどうかはそれから……きめ……」
 ぐらり、と不意にアリスの体から力が抜ける。
 地面に衝突する前に、その体を鈴仙が支えた。
「無茶しないでよ。……まったく、世話が焼けるわね」
「世話が焼けるのはお互い様よ。絶対に……死なせてなんて、あげない」
「……分かったわよ、もう」
 さっきと同じ、困ったような表情を浮かべて、それでも鈴仙は笑った。
 罪は拭えない。罰は下る。壊れた心は壊れたままで、なんの解決もしていない。
 それでも……繋がった絆と、ほんの少しだけ救われた心を抱えながら。

 私たちは――幻想郷に、帰ることにした。


 −ホウコクショ−
 トウロクセンパク 000001

 メメントーモリー:ゲツメンチョウサセン

 ゲンソウキョウニムケテ コウコウチュウニ
 ショウソクヲ タツ

 チキュウ フキンヲ
 ヒョウリュウチュウニ カイシュウサレル

 メインコンピュータノ ボウソウ
 ツキカラノ コウゲキ
 ソウホウメンカラノ ゲンインヲ チョウサチュウ

 ニトリ  : センチョウ
 サナエ  : フクセンチョウ
 ミスティア: パイロット
 リグル  : ツウシンシ

 イジョウ4メイハシボウ
 エイエンテイニ ハンソウサレル

 アリス  : マドウメカニック

 ゲンザイ アンセイチリョウチュウ

 レイセン : チョウサホジョ
 キカンゴ カンキョウホゴヲ モクテキトシタ
 ケンキュウヲ ハジメル

 ホソク:

 センナイ カイシュウチュウニ
 マドウロボットヲ ハッケン
 コウコウチュウニ シンキトウロク
 サレタモノト ハンメイ

 ナマエ シャン


 やたら読みにくい調査資料(紙媒体)を片手に読み進め、船内を歩く。
 あっちこっちに損傷があるのは、その時の名残か。
 実際になにがあったのかは、もう既に知っている。
 それでも……なにがあったのかを知りながら、こうやって忍び歩きのような真似をしてメインコンピュータルームと呼ばれる場所に足を運んだ。
「パスワードは……ああ、これか。ぽちっとな」
 資料に載っていたパスワードを入力すると、部屋の扉が開いた。
「さてと……どうしたもんかな」
 メインコンピュータにアクセス。重要ファイルを開こうとしたがパスワードを入力しろと言われた。
 船長権限しか持てないパスワード。
 そのパスワードを知っている船長は生存していない。
「……絶対不可能なことに挑むのは大嫌いだが……裏事情と法則性を読むことができればパスワードの解読は不可能じゃないんだな、これが」
 宇宙船内。密閉空間。一ヶ月の航海。芽生える信頼。
 面倒さと煩雑さ。宇宙空間でパスワードクラックなんて誰もしねーよ。
 だったら、重要な箇所のパスワードはこれしかない。
 ロックはあっさりと解除された。
「はっはっは、いい子だなぁこの船長。月面調査の前に会ってたら普通に口説いてたかもしんないなぁ」
 想像通りのパスワードに、俺は口元を綻ばす。
 さてさて……それじゃあお宝を拝見。俺の想像通りのものがあればいいが。
 若干の期待を残しながら、ファイルを開いた。

「完成したのはいいけど、名前はどうしようかしら?」
「メメントーモリーなんてどうかしら?」
「外の世界の言葉で……死を想え、かしら? 随分な名前を付けるのね」
「この船に乗った者の運命が見えたのよ」
「へぇ……まぁ、それでいいわ。打ち上げを中止するわけにはいかないから、乗組員には黙っておきましょう。どうせ誰も船名の意味には気づかないでしょうし」
「それでいいの? この計画はあなたの発案でしょ?」
「たとえ運命がどうあれ、乗組員たちが頑張ってくれるでしょう。……どんな存在でも、それがなんであっても、いつでも死には抗わねばならないのだから」
「流石は八雲の隙間妖怪……何を考えてるのかさっぱりだわ」

 本当にさっぱりだよ、バッキャロゥ。
 いくら知能が高かろうが、いくら黒幕向きだろうが、そりゃねぇってもんだ。
「……ったく、これだから長く生きてる奴は。まだるっこしくて仕方ねぇ」
 頭を掻きながら、俺は他にめぼしいものがないか、ファイル内を漁る。
 あとはまぁ……俺にはさっぱりな機密資料とか、他諸々よく分からないファイルがずらりと並んでいたので、途中で頭が痛くなった。
「河童がすごいのか、あるいはその船長がすごかったのか……ん?」
 機密文書ファイルが並ぶ中で、一つだけ画像ファイルが入ったフォルダが存在していることに気づく。
 反射的にそのファイルを選択して……少しだけ、後悔した。

 出発前の写真。
 能天気に笑っている、触角付きの緑髪の少女。
 その後ろでピースサインをしている、羽の生えた商売敵。
 彼女らの横では蛇と蛙のアクセサリをつけた少女が朗らかに笑っている。
 緊張しているのか、金髪の女の子の表情は少し強張っていた。
 その後ろで溜息を吐いているのは……うさ耳にものすごく見覚えのあるブレザーを着た少女。俺が着たものと体のスタイルはほぼ一致。
 タイマーをセットしてから走り出したのが悪かったのか、帽子を被った少女が盛大に転んでいた。
 連続写真。照れ笑いと大爆笑。船に乗る時の精悍な顔立ち。
 怒ったり笑ったり泣いたり楽しんだり、叱ったり叱られたり慰めたり慰めあったり。
 そんな日常が……少しずつ切り取られて、残っていた。

 フォルダを閉じる。
 すっかり緩くなってしまった涙腺をなだめるように、ゆっくりと息を吐く。
 なだめきれずに涙がこぼれたけど、それは無視することにした。
 どれくらい時間が経ったのかは分からない。
 いつの間にか、側には誰かがいてくれた。
 その胸にすがりついて……泣き続けた。


 それは、始まる少女の物語。
 そして、最後まで死に抗った彼女たちの物語だった。
シャンが剣を抜くシーンを書きたかった。
あと、後日談はゲーム中ほぼノーヒントなので嘘吐きおでん屋に任せた。後悔はある程度している。
そんな感じの帰還編でしたが、いかがだったでしょうか?

さて……そういうわけで、お次は蓬莱編。
動画を見てる方は知っていると思いますが、東方LAL随一の難易度とトラウマ度を誇る一編となっております。
ぶっちゃけ、ここからが本当の地獄なんだぜ?

そんなわけで、次回は蓬莱編。
いつも通りアクセス数の極端に少ない前書きからスタートしますので、どうぞよろしく♪


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