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あらかじめ断っておくけど、よっちゃんが嫌いなわけじゃないので勘違いしないでよね!
鈴仙はわがままで臆病だったらしいけど、それは上司だったよっちゃんの感想で、本人は果たしてどうだったんだろうと考えると微妙な所だと思う。
あと、バカルテットは本当にいい働きをしてくれる。ありがとう、リグル!

さてさて、そういうわけで帰還編第8話の始まり始まり♪

注意:毎度毎度アレだけど、グロ注意。

9/1追記
うっかり宇宙には慣性がないとか訳の分からないこと書いてたので修正。
どうしてそんなことを書いたのかは分からない。深夜のテンションで書いたものを翌朝見直すと『……あるェ?』みたいな感じになるのはいつものこと。……しかしこれはひどい(笑)
指摘してくれたミッシェルさんには多大なる感謝を。
帰還編8:糸を繋ぐ
 人と人を繋ぐ糸。
 ニンゲンカンケイ。


 想像通り、酒も食べ物も美味しかった。
 マヨヒガと呼ばれる場所。幻想郷のどこに存在するのかも分からない場所。
 実際には城砦なのかもしれない。本当は日本家屋なのかもしれない。
 しかし……今のマヨヒガは、ただの一軒家だった。
 のどかで静かで、どこにでもある、ただの家だった。
 まぁ、目の前の大妖怪にかかれば家をリフォームするなんて楽勝だろう。
 それこそ、一軒家を豪邸にしたり、あばら家を城に変えたり。自由自在だ。
「さて……それじゃあ、そろそろ話を聞かせてもらいましょうか?」
 俺と一緒に縁側でお酒をちびちびと飲んでいた紫さんは、俺の目を真っ直ぐに見つめて話を切り出した。

「あなた、どうしてあの村を見捨てたの?」

 目を逸らしたくなる自分の行動は、言葉にしてしまえばなんのことはなかった。
 紫さんは真っ直ぐに俺を見つめながら言葉を続ける。
「あなたには分かっていたはずよ。川の増水は鉄砲水や氾濫を示すものではなく、山の一部が崩れかかっていることだと。そして……あなたは恐らく知っていたはずよ。山が崩れ、村が巻き込まれるのがちょうど『明日』だってことを」
「……どうしてそう思う?」
「あなたの能力と私の能力は似ている。だから……私に分かることは、あなたにも分かるんじゃないかと思っただけよ」
 紫さんの言葉は簡潔だった。
 煙草に火を点けて……少しだけ考えて、俺は口を開く。
「買いかぶりだよ。俺とアンタの能力が似ているなんて……そんなことはない。そもそも俺みたいなチンピラと紫さんのようなレディの能力が似通うなんてことは世界が許さないし俺も許さない。そう……許さない、絶対にだ!」
「いやまぁそれはいいけど……見捨てたことは否定しないのね?」
「ああ、それは事実だ。俺はあの村の連中を見捨てた」
 明日山が崩れることは分かっていた。
 村が土砂崩れに巻き込まれることも分かっていた。
 分かっていて……見捨てた。博麗さんまで騙して見捨ててきた。
「俺は外の世界で生きる人間だ。幻想郷のことに口を出すべきじゃない」
「それは嘘よね? あなたは別にそこまで突き詰めてモノを考えたわけじゃない」
「まぁ、嘘っちゃ嘘なんだけど、ちょい前に幻想郷で調子こいた時に死にかけたことがあって、それから慎重に行動するようにしてるんだよ」
 見抜かれた嘘に、嘘ではない事実を塗り固めて、俺は夜空を見上げる。
「それでも――俺は嘘を吐くさ。いつか報いを受けるだろうけど、破滅するまでは嘘を続けようと思ってる。だって、幻想郷で正しさを貫くためにはそれしかないから」
 それが、俺にとっての正しさだった。
 誰かを見捨てようが知ったことじゃない。嘘を吐くことが俺の正しさだった。
 自分の体も心もどうでもいいから、見捨てることくらいはできた。
 罪悪感さえ殺せれば、人はなんでもできるのだ。
「自分の心の始末って……そういう意味?」
「ああ、そうだよ。俺が我慢すればなんとでもなる。元々俺は誰かに生かされているから仕方なく生きているだけの人間だ。……今更、我慢なんてへでもないさ」
「死にたいの?」
「殺してくれるのか?」
「嫌よ。残念ながらね……私は、あなたと同じくらいお節介な妖怪なのよ」
 なにもかも見透かしたように、紫さんは微笑んだ。
 微笑は悪戯っぽい笑いに変わり……紫さんは、ゆっくりと口を開いた。

「あなた……本当のところは、霊夢を危険から遠ざけたかっただけよね?」

 幻想郷の巫女。博麗霊夢。
 なにもかもが絶対的で完璧で……そのくせ努力が嫌いな天才肌。
 のんびりと神社でお茶を飲み、異変となれば率先して行動する巫女。
「はは、馬鹿を言うな。博麗の巫女は天才で完璧で最強で究極で……それこそ、八雲紫すら凌駕するかもしれない存在だぞ? 山崩れなんて平気の平左ではねのけて村人を助けちまうに決まってるだろうが」
「ええ……もしも、うっかり、万が一があったりしなかったら、だけど。……事故と病気は二番目に怖い。そして、悪意と絶望は一番怖い。あなたの目はそういうことを知っている人間の目よ」
「………………」
「博麗の巫女が死ねばどうなるのか……そんな事態は、これまでもあったかもしれないしなかったのかもしれない。もしかしたら幻想郷が崩壊する事態になってしまうのかもしれない。そしてなにより……霊夢を危険から遠ざけるために、あなたは村人全員を見捨てた。他の誰よりも、霊夢の安全を優先した。……違うかしら?」
「……はっはっは、ジュースを奢ってやろう」
 理由なんて、それだけだ。
 たったそれだけの理由で……博麗の巫女を騙して村人を見捨てた。
 まさしく、最悪の理由だ。
「分かってます。フツーは逆です。多くの人を助けるのが筋です。そもそも、博麗の巫女ならぶっちぎりの楽勝で村人を助けてしまうでしょう。しかし、博麗さんは完璧っぽく見えて色々と脇が甘い。ついでに言えば……アヤツの生活態度を見てると、どーも口出ししたくなるんですね。きっちりしてるように見えてわりとズボラで、特に人の気持ちに鈍感というかなんというか。人の顔色見ながらじゃないと生きていけなかった俺としては、博麗さんの将来がとっても不安なわけですよ。人間関係とかちゃんとやっていけるのかとか、こいつの婿は尽くしたがりじゃないと駄目だとか」
「……やっぱり、お節介じゃない」
「だから言いたくなかったんだよ。お節介で殺戮とか、ホント洒落にならん」
「あなたのせいじゃないわよ。山崩れは、どう見てもあそこに住む人間の自業自得よ」
「知ってる。だから、これは俺の心の問題であって、それ以上でも以下でもない。『見捨てた責任』は……ちゃんと背負うさ」
「村人たちを助けてくれとは言わないの?」
「助けちゃくれないだろ?」
「……どうして?」
「だって……アンタ、幻想郷が大好きだろ?」
「………………」
「世界を越える奇妙な人間がうろついてるからって理由で、その人間の様子を見に来るくらいだ。幻想郷に異変がないか、常にアンタは目を光らせてる。……つまり、幻想郷を愛してるってことで、そんな奴が自然破壊してる人間を助けてくれるわけねーじゃん?」
「ええ、その通りよ」
 紫さんは静かに頷いた。
 酒をちびちび飲みながら……俺は夜空を見上げる。
「……まだ、間に合うかな」
「もう間に合わないわ。あなたの見立ては正しかったけど、零時も明日には違いない」
「そっか。もうそんな時間か」
 紫さんの酒は……味としちゃ最高だったが、気分的には最悪の味だった。
 ゆっくりと息を吐いて、お猪口を脇に置いて、俺は縁側に寝転んだ。
 月を見上げているつもりだったが……月は、紫さんの顔に取って代わられた。
「あなた、幻想郷は好き?」
「ああ。……多分、紫さんほどじゃねぇけどな」
「じゃあ、絶対に殺さない。残念ながら、私は同好の士を喜んで殺すほど趣味が悪いわけじゃないの。あなたが幻想郷を愛する限り……私はあなたを殺してあげない」
「ちぇ……そりゃ残念だ」
 にやりと笑いながら、俺は彼女を見つめる。
 彼女も、俺と似たような笑顔で笑っていた。


 新兵の子たちは、決して悪い子たちじゃなかった。
 動きは悪く、物覚えも悪く、ついでに言えば兵士としての出来も悪かったけど……悪いことだらけだったけれど、それでも暖かい子たちだった。
 決して、仲間を見捨てたりしない……いい子たちだったと思う。
「はい、そういうわけで今日の訓練はここまで」
『………………』
 当たり前のことだが、返事はない。
 息も絶え絶えに地面に寝転がっている新兵たちを見回して、私は溜息を吐いた。
「分かってると思うけど、最終日の今日もあなたたちの出来は最悪。戦場に出たら熱湯で作れる携帯食が完成する前に死ぬのは間違いない。……そんな兵隊はいるだけ無駄。死体を処理する手間が増えるだけだから、さっさとやめれば?」
 誰一人として立ち上がれない状況の中、私はきっぱりと言い放つ。
 この一ヶ月で新兵の数は半分になっていた。半数があまりの訓練の辛さに音を上げ、半数は怪我やストレスで脱落した。
 逆を返すと、この程度の訓練で脱落するようじゃ戦場では役に立たない。
 私たちなど銃の扱い方だけ教えられて戦場に叩き込まれたのだから、この子たちはまだ恵まれている方だ。
 その中で……わりと抜きん出た才能を持っていた一人がゆっくりと手を上げた。
「あの、教官。……今日で、訓練は終わりなんですよね?」
「だからなに?」
「えっと……その、きょ、教官の通信周波数を教えていただきたいのであります!」
「…………は?」
 基本的に、玉兎への通信は耳のアンテナを媒介にして行われる。
 災害速報や軍事通達やごく親しい相手との私的な通信などなど、用途は多岐に及ぶ。
 とはいえ、鬼教官相手と通信したいなんて……。
 この子、マゾヒストなんだろうか?
 と、私がかなり不安になっていると、今まで息も絶え絶えになっていた新兵たちはギラリと目を見開いて全員一斉に起き上がった。
「なにを抜け駆けしとるかキサマアアアアアァァァァァァ!」
「協定を忘れたとはいわさんぞコラァ!」
「知るかあああああァァァァァ! 大体、訓練が終わったら教官と会う頻度が減るから今日が最後のチャンスだと前々から思ってたね! これが私のジャスティスじゃ!」
「その覚悟やよし! しかし協定違反はぶっころしょ!」
「愛は死なん! 殺せるものなら殺してみやがれこのクソ虫どもが!」
「やってやんよ■■■が! 初日は家に帰ってママのシチューが食べたいとか言ってた分際で生意気な!」
「うるさい、■■! アンタだって三日目におしっこちびってたでしょうが!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
 女の子の言い争いとは思えないほどの口汚いスラングが飛び交い、乱闘が始まる。
 や……まぁ、スラングに関しては私のせいなんだけども。
 これくらいやんないと軍隊の訓練なんてとてもじゃないけど、やってられないし。
 まぁ、それはそれとして、これは一体どういう騒ぎなんだろうか?
「ほっほっほ、これだからツンデレは。自覚がないのも困り者ですなァ。意地を張るキミの可愛らしさはいつだって部下たちを萌えさせていたというのに」
「……あなた誰?」
「三日前から訓練にこっそり参加していた部外者ですサー!」
「………………へ?」
 部外者。民間人。不法侵入。減給。懲罰。退役。
 いや……下手すると、処刑?
「ああ、心配しなくていいよ。ちゃんと試行錯誤して、私のことはきちんと忘れるようにあらかじめ仕組んであるから」
「忘れるように……って」
「彼我の認識を組み替えて、忘却速度を速めるの。誰だって印象が残ったことはいつまでも頭の中に残っているけど印象に残らないことはすぐに忘れる」
「……意味が分からないわ」
「おととい食べたご飯とか、そういうことはすぐには思い出せないでしょ? つまり、あなたにとって、私はその程度の存在になるってこと」
 あなたになんの影響も及ぼさない。背景のごとき存在。
 意味もなく、価値もない。ただそこにいるだけの背景。
 目を凝らしても彼女のことを認識できない。いないようでそこにいる。そこにいるけれど薄弱。存在感そのものが希薄で、彼女がこの場から立ち去ればすぐに忘却してしまいそうだった。
 そんな彼女は……口元だけを悪魔的に歪めて言った。
「新人って可愛いよねェ。なんにも知らなくて、初々しくて。そんな子たちを戦場に放り込むなんて、ホントどうかしてるよねェ」
「……なにが言いたいの?」
「んにゃ、言いたいことはない。単に、気に食わないだけかな」
 乱闘騒ぎは続いているにも関わらず、新兵たちの声が遠ざかっていく。
 薄ぼんやりとした彼女。認識が薄い彼女。なのに……なのに、言葉だけが届く。
「いくらなんでも、無責任じゃない?」
「……知ったことじゃないわよ、そんなこと」
「最初は責任感にあふれてたのにねェ。どうしてそうなったんだか」
「あなたに……なにが分かるの?」
「分からないよ。教官さんの事情なんて、知ったこっちゃないもん」
 あっさりと、酷い言葉で、彼女は私を突き放す。
 突き刺すように突き放して……悪魔のように笑いながら言葉を続けた。
「でも、忠告はしておくよ。あなたの行動は最悪で最低だ。非道な私から見てもさらに外道。悪鬼羅刹も越えて、畜生にすら劣る。……地獄に落ちることすら、生温い」
「……どうしてよ? 私みたいなのはたくさんいるでしょ?」
「本当にそう思ってる?」
「………………え?」
 いつの間にか、彼女の顔は目の前にあった。
 その目は……まるで、鏡のように私の顔を映し出している。
「教えられなければ分からない? それとも、思い知らなければ分からない?」
「………………う」
「それじゃあ、最後にサービスだ。……言葉だけ残してあげるから、思い知れ」
 彼女は大きく息を吸う。
 そして……まるで、呪詛のように。あるいは祝詞のように。
 美しい声音で、私に告げた。


 サクセンNO 0082883。
 チキュウヨリ キタ ウチュウセン オヨビ 
 チョウサセン ノ ジョウインヲ ミナゴロシニセヨ 
 マタ タイショウノ マザーコンピュータガ 
 マドウ コンピュータ ノ バアイ トクシュコード 
 ニュウリョクニヨリ ニンム ノ スイコウ ヲ ヨウイニセヨ
 ニンムセイコウ ニ クワエ セイカンシタバアイ 
 ワガグンハ アナタヲ カンゲイスル

 ゲツメングン ソウシレイブ


 鈴仙の部屋に届いていたメールには軍事通達と書かれていた。
 シャンは軍事というものを知識でしか知らないが、その重要性は認識していた。
 国という強大なものを守る要。敵に対する備え。
 あるいは……敵に対して攻撃する要でもある。
 シャンの記憶媒体には存在しないが、鈴仙がもしも月面軍に所属していて、今回の月面調査を憂慮する誰かが上層部に存在していたのなら、今回の事態は鈴仙が引き起こしたと考えるのが自然だろう。
「………………」
 しかし、シャンは真っ直ぐにその文面を見つめていた。
 その横顔は、自分の親……いや、七色の魔法使いと呼ばれる彼女そっくりだった。
 鈴仙の部屋に来る前にCOと書かれた大量のボトルを厨房で見つけた。
 CO……元素記号の一酸化炭素。状況から考えて、鈴仙が宇宙船内に持ち込んだと考えて間違いない。
 出発前には手荷物の検査は行われたはずだが、そんなものはどうとでもなる。
 例えば……宇宙船の完成直後。前と同じくパーティが行われたが、その時に仕込むこともできたかもしれないし、あるいは船員たちで宇宙船の説明を受けている際にどこかに隠すこともできたかもしれない。
 そう、そんなことは今更のことだ。
 シャンは睨みつけるように文面を読む。無機質なカタカナの文章を見つめる。
 自然に考えるな。違和感を抽出しろ。抜粋してまとめろ。自分の中で形にしろ。
 皆殺しにするメリットはなんだ? 仮に幻想郷との取引の材料に使うんだったら、捕虜にするのが妥当だ。宣戦布告にしても、この宇宙船内で殺す必要がどこにある? それこそ月に迫った時点でメメントモリーを撃墜すべきじゃないのか?
 そもそも、特殊コードとはなんだ? 幻想郷製のマザーコンピュータにそんなものが存在するのか? それとも魔導コンピュータ全てに内臓されているのか? 仮に存在したとしたら、念動力はマザーコンピュータが発揮しているのか?
 歓迎する? 歓迎するとはどういうことだ? 鈴仙は軍の命令でみんなを殺したはずなのに、軍に属していない? もしも軍に属していたとしたら褒章や勲章を出すといった文言になるはずだ。これはどういうことだ?
 少しだけ思考して……シャンはゆっくりと溜息を吐いてきびすを返す。
 辿り着いた結論は、シャンにとっては信じがたいものだった。
 だからこそ、すぐに行動を起こした。
 急いでコンピュータルームに向かう。通路をうろついている傀儡が持つ電撃剣が壁を掠めて火花が散る中で、シャンは走った。
 転がるようにメインコンピュータルームに飛び込むと同時に、扉が閉まった。
「シャン、大丈夫っ!?」
 驚くアリスがすぐにシャンに駆け寄るが、シャンは首を振ってアリスにUSBの端子を差し出した。
 アリスはそれを見て全てを悟ったのか、すぐにUSBを操作端末に接続し、シャンが見てきたものを見つめる。
「軍事通達? こ、これは…………! これで証拠は揃ったわ。あとは……」
 アリスにはもう全てが分かったのか、慌てながらも丁寧にシャンのUSB端子を引き抜いてから、シャンを真っ直ぐに見つめる。
「……シャン。今すぐ、あなたの全データをメインコンピュータにバックアップして、スリープ状態に入りなさい。もしも……私が失敗しても、あなたの体が壊されても、データさえ残っていれば、あなただけは生き残れるから」
 それだけを言い残して、アリスはゆっくりと立ち上がる。

 その立ち姿には、覚悟と決意があった。

 覚悟も決意も、シャンは言葉と知識でしか知らないが……それでも、真っ直ぐに前を見つめるアリスの姿は、シャンの心に焼きついた。
 シャンの頬を撫でて、アリスは笑った。
「楽しいことを教えられなくてごめんなさい。……もしも幻想郷に着くことができたら、白黒の魔法使いと図書館の魔女に『賭けは私の勝ち』って伝えておいてね」
「………………」
「じゃあ……行ってくるね」
 目の端ににじんだ涙を振り払って、アリスはゆっくりと歩き出す。
 結論に至っても、鈴仙が仲間を殺したと分かっても。
 やるべきことを貫くために、歩き出した。


 どうしてあなたは生きているの?
 どうして私は生きているの?
 仲間たちはみんな死んでしまったのに、どうして生きているの?
 ねぇ……どうして?

 どうして、死なないの?

 カチカチカチカチとなにかが鳴り響いている。
 寒くもないのに歯の根が噛み合わず、震えが止まらず涙が流れる。
「……いやだ」
 戦場から帰って、新兵に訓練を施して、上司に怒られて。
 そういう日常があった。当たり前で穏やかで静かな……そういう日々があった。
 それが壊れたのはいつからだろう?
 いや……壊れていたのは私の方だ。戦場で、私は壊れてしまった。
 仲間を失って……完全に壊れ果ててしまった。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。……戦うのはもういやだ」
 天国から地獄。敵の襲来は、そのストレスは少しずつ私を蝕んだ。
 銃を持つ手が震える。銃声と爆音に存在を持って行かれそうになる。
 新兵たちの前では気丈に振舞っているつもりだったけど、もう限界だった。
「なにをしているのかしら、鈴仙?」
「………………」
 上司の声に、私はゆっくりと振り向いた。
 綿月依姫。月の都の守護者。私なんか及びもつかない……天上の人。
 彼女は腰に携えた剣に手を添えながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「鈴仙。あなた……私たちを裏切るつもりなの?」
「………………」
「分かっているでしょ? その緊急用の小型ロケットには片道ぶんの燃料しか積んでいない。最後の最後……月の都が陥落する時に使われるものよ」
「ええ……分かってますよ」
 最後の最後、もう駄目だって時に使われる脱出ロケット。
 行き先は地球。月の民が月で暮らして行けなくなった時、最後に目指す地だ。
 業腹だが死ぬよりは地球に逃げ延びた方がましだということだろう。
「鈴仙……あなたには失望したわ。前戦争での実績があったからわがままにも付き合ってあげていたけど、ここまで臆病だとは思わなかった」
「……わがまま?」
「最新の装備を寄越せだの、食糧事情を良くしろだの、そんな甘ったれた環境で育てても半分程度の玉兎しか育てられないなんてね……あなたには本当に失望したわ」
 肩をすくめながら、綿月依姫はゆっくりと腰から剣を引き抜く。
 それは祇園様の力を具現化した神剣。八百万の神々に祝福された剣。
 ああ……そっか。そういうことか。
 かみさまなんて……どこにも、いなかったんだ。
 私の中でなにかが切れた。
 堪忍袋の緒などという生易しいものではなく……もっと、決定的なもの。
「…………あは♪」
「鈴仙?」
「そっかぁ……そうだったんだ。そうだよねェ。なんで私たちばっかり苦労するんだろうって、ずっと思ってた。携帯食はまずい。医薬品は高い。装備は未だに旧態依然としたものが平気で使われているし、地図だって最新に更新されていない。……そんな状況でさ、頑張って戦っても……」
 腰のホルスターから拳銃を引き抜く。
 銃底にマガジンを叩き込んで、私は思い切り息を吸って、叫んだ。

「勝てるわきゃァねェんだよ!」

 今まで内に封じ込めていた感情を全て叩きつけるように。
 私は……喉が張り裂けるほど叫んだ。
「お前らのせいだ……全部、お前らが悪いんだ! 戦場のことなんて知りもしない! 戦争のことなんて他人事の、お気楽姫の指揮で勝てるわきゃなかったんだ!」
「口を慎みなさい、鈴仙!」
「じゃあ、姫様は目の前で仲間が殺されるのを見たことがあるんですか?」
「そんなものあるに決まっているでしょう。……戦場に立つ者が、仲間の死を見るのは当然のことよ」
「ですよね♪ ……当然、一ヶ月はお肉が食べられませんでしたよね?」
「……なんのこと?」
「あらあら、その様子だと綺麗な死体しか見たことがないんですね? 前線なんて、原型も留めない死体なんて珍しくもなんともないですよ。火の海で踊り狂いながら消し炭になったり、塹壕の中に爆弾を放り込まれたり……一番かわいそうだったのは、敵に捕まって囮に使われちゃった別の部隊の子でしたねェ。頭の先からつま先まで、少しずつ少しずつ肉片にされていくんですよ。あれは……本当に残酷でしたねェ」
 その子も見捨てた。
 その子を助けに飛び出した途端、狙撃されるのは分かっていたから。
 最初から最後まで……断末魔の絶叫を聞きながら見捨てた。
 そうしないと生きていけなかったから。
 死にたくなかったから。
「あーあ……かわいそう。私の仲間たちはこんな無知なお姫様の指示に従って死んじゃって、戦場に散った子たちもみんなこいつらの馬鹿な指示に人生狂わされて、死にたくない死にたくないって叫びながら……みんな死地に追いやっていく」
「……鈴仙。それ以上は侮辱とみなすわ」
「あははははは! 侮辱? 侮辱ですって? 姫様って本当に馬鹿なんですね。死ねばいいのに! 馬鹿だから生きて死ぬことがどんなことかも分からずに、ぬくぬくと月の都で育ってきた結果がこれですよ! 八百万の神様がなんですか? 私たちを助けてくれもしない連中の力を借りて、お山の対象気取ってればいいじゃないですか! 私の関係のないところで、いつまでも!」
 狂ったように笑いながら、私は姫に銃口を向ける。
「鈴仙! あなたは……狂っている!」
「狂わせたのは戦場で、あなたたちじゃないの!」
 依姫は引き抜いた剣を地面に向ける。
 綿月依姫は八百万の神々の力を使役する。その力は、前戦争で示された通り絶対にして強大。少なくとも……私程度の兎が対抗できるはずもない。
 でも、その神様の力を使役するのは、月の都で育った温室育ち。
「………………ぐっ!?」
 不意に、綿月依姫はその場に倒れた。
 いや……不意でもなんでもない。私の思惑通りに、戦闘不能になった。
 当たり前のことだが気絶はしているだろう。
 私はゆっくりと彼女に歩み寄り……彼女を気絶させたスタンガンを拾い上げた。
「……トラップのことも考えずに突っ込んでくるなんてね」
 想像通りの結末に、私は失望を覚えた。
 彼女がもう少し注意深ければ、天井に吊るされたスタンガンに気づいたはず。
 私の能力で音と仕掛けを誤魔化していたとしても、敵が待ち構えていると知っていれば罠があると考えるのは必然。
 そう考えなかったということは……トラップなんて経験したこともないってことだ。
「……もう、いいや」
 極度の疲労を感じて、私はロケットに向かって歩き出す。

 軽く、体を押されたような気がした。

 太ももから、なにかが生えている。
 見たこともない……奇妙なモノが生えている。
「……れい……せんッ!」
 スタンガンの当たり方が悪かったのか、あるいはクソったれた神様の恩恵か。
 綿月依姫は、焦点の合わない目を私に向けながら、地面に剣を突き刺していた。
 地面に突き刺せば無数の刃が対象を襲う祇園様の剣。
 私の足を貫いたのは……その剣の刀身の一部。
「………………」
 痛みは感じない。
 苦しみも感じない。
 悲しみも感じない。
 ふとももから刀身を引き抜いて、私はゆっくりと振り向いた。
 私を睨みつけてくる元上司に向かって、私は口元を緩めた。
「死にたくないんです」
「………………」
「戦ってる時は死んでもいいと思ってました。死ぬべきだと思ってました。仲間たちが死んで、生きようと思って、結局……死ねなくなりました」
 死にたくない。
 戦うのは嫌だ。
 他のどんなものを犠牲にしても構わない。
 そう思う私の心は……とっくの昔に壊れていた。
「さよなら。あなたたちのせいで仲間が死んだことは……絶対に、許さない」
 血の流れる足を引きずりながら、私はロケットに向かう。
 今度こそ気絶したのか、あるいは諦めたのか、綿月依姫はもう追っては来なかった。


 生まれてからそれほど時間は経っていないが、シャンは初めてアリスに逆らった。
 完全な自律人形を目指して製作されたシャンには『自己の意思』以外の命令権限は存在していないが、それでも製造者であるアリスの言うことに逆らったのは初めてだった。
 シャンの想像が正しければ、メインコンピュータに自身のバックアップを取るという行為が危険なこともあったが……なにより、シャンにはアリスの命令に逆わねばならない理由があった。
 初めて、自分の意志でなにかをしようと思ったから。
「……っ!」
 銃声が響く音を聞き、シャンは船長室に向かった。
 ドアが開いた先には……銃を持った鈴仙と、足を撃たれたアリスがいた。
「あなたたちだけは助けてあげようと思ったのに……残念ね。そうよ……私がマザーコンピュータを使って、みんなを殺したのよ」
 アリスに銃口を向ける鈴仙は、ちらりとシャンを見たがすぐにアリスに視線を戻す。
 アリスは撃たれた足を押さえながら、真っ直ぐに鈴仙を見据えた。
「あなたは……騙されている」
「騙される? 一体誰に? あなたも見たんでしょ? 軍事通達を……」
「その通達は偽物よ。いえ……そもそも、この船のアンテナは最初から機能していなかったのよ。幻想郷じゃ今頃大騒ぎでしょうね。……飛び立った月面調査船から一ヶ月もの間連絡が途絶えていたことになるんだから」
「嘘を吐かないで。リグルに通信操作を教えたのは私よ? 機能障害があったんだったら管理ログに出力されるし、早苗が見てたウェブページや、幻想郷からの連絡は一体どう説明をつけるつもりなの?」
「…………説明、ね」
 傷が痛んでいるのか、顔を歪めながらアリスは溜息を吐く。
「リグルってさ……馬鹿よね」
「そんなことはこの船にいる誰もが知っていることよ」
「ええ、そうよね。そうだったわね。……ホント、あいつはいつでも大馬鹿だわ」
 そう言いながら、アリスは一枚の写真を取り出す。
 そこに映っていたのは……真っ暗な空と、輝く星々と、無機質なアンテナ。
「……なによ、それ?」
「ソフトウェアでの異常が見つからなかったら、最後にはハードウェアの異常を疑う。でも……ログからそれが分からなかったら、直接アンテナを見に行くしかないでしょ?」
「見に行くって……この宇宙船は今も動いているのよっ!? どんな危険があるのかも分からない。どんな大きさであれデブリに衝突しようものなら命はない! 万一宇宙船から離れてしまえば、もう二度と戻って来れない!」
「ええ、そうね。でも、リグルはやり遂げた。馬鹿だから理を知らず、馬鹿だから結果を考えない。……ただみんな仲良く幻想郷に帰りたい一心で、やり遂げたのよ」
「そんな……っ!」
 結果的に、アンテナに異常はなかった。
 宇宙船内では異常が発生しているのに……アンテナに異常はなかった。
 ならば、考えられるのは誰かの自作自演。
 誰かがこの異常を演出し、仲間たちを死に追いやった。
「あと、メインコンピュータの中にプロテクトがかかっていたファイルがあった。その中には、早苗さんがよく見るページのHTMLファイルと、幻想郷から送られたとされる内容の文書ファイルと、同じ内容の文書ファイルが詰まっていたわ」
 誰か。それは、アリスではないし、シャンでもない。
 そして、アリスとシャンで調べ上げた数々の証拠が……鈴仙がその『誰か』ではないことを指し示していた。
「もちろん、あなたに送られた軍事通達もあったわ」
「ということは……まさか」
 メインコンピュータにアクセスし、プロテクトをかけることができる人物。
 それは、生き残った誰でもなく、この船で最大の力を持つ者。
 シャンと同じ……あるいは、シャンと似て非なるモノ。
「すべてはマザーコンピュータによる、自作自演だったのよ」
 利用するのではなく、利用されていた。
 アリスの言葉はあまりにも突飛だったが……数々の証拠がそれを裏付けていた。
「で……でたらめ言ってるんじゃないわよ! なにを根拠に……そんなこと」
「根拠はあるわ」
「私、知ってるのよ……本当に月からの通達ならあなたのその耳に送信されるはずよ」
「だ……だからなによ! 私は軍を逃げた妖怪よ? 事情を知らない私の後輩たちや戦友の私信ならともかく、正式な通達が送信されるわけないでしょ!」
「ええ、そうね」
 アリスは、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、真っ直ぐに鈴仙を見据えて、真っ直ぐな言葉で、矛盾を明らかにした。

「じゃあ、どうしてあの軍事通達に従ったの?」

 ドクンドクンと音がする。
 心臓の音。生きてる音。鳥肌が立ち、頭が揺れる。
「どうしてって……だって、軍からの命令には、従わないと」
「軍は逃げたんでしょ? あなたは……軍属でもなんでもなくて、永遠亭の薬を無愛想に売る妖怪兎で、今は月面調査船メメントモリーのクルーでしょ」
「……なんで、って、え? ……あれ?」
 月に戻りたいわけでもなく、仲間がいない今未練もない。
 耳に送信されるものは他愛もない通信。後輩や別の部隊とのやり取りはあったが、公式な文書など送信されるはずもない。
 じゃあ……どうして?
 どうしてみんなを、今の仲間たちを、殺した?

『お前がやってるのは放棄でも逃避でもない。『転嫁』だ』

 空ろな言葉がフラッシュバックする。
 曖昧な誰かに聞いた。曖昧に誰かに聞いた。誰に聞いたかは思い出せない。
 けれど……確かにソレはそう言ったのだ。
『放棄は悪いことではない。なぜならこの世界の生きとし生ける者はなにかを捨てなければ生きていけず、故に放棄には善悪などなく放棄した責任を負うだけ。逃避も同じだ。あらゆる者が強くはない。本当に強い者は数少ない。それでもなんとかしようと足掻いて逃げるのだ。故に逃避には善悪などない。逃げたら逃げただけの責任を負うだけだ』
 責任を負う。
 捨てたら捨てたぶんだけ。逃げたら逃げたぶんだけ。
『お前のやっているのは、その責任を他者に押し付ける行為だ。それは最低で浅ましく餓鬼畜生にも劣る最悪の行為に他ならない。自分の悪性を他人に押し付けるなど、その行為そのものが悪だ。善悪などささいなことではあるが……吐き気をもよおすほどの邪悪は数少ない。お前のやっているのは、責任転嫁という邪悪なんだよ』
 私のせいじゃない。
 仲間が死んだのは私のせいじゃない。
 私を戦場に追いやるあいつらが許せない。
 現場のことを知らない上司が悪い。
 あいつらのせいで……全部なにもかも、最悪だった。
『もちろん、お前の言ってることは正論だ。しかし、正論で動くほど世界は甘くない。確かに戦場のお前は死に物狂いで戦い続けてきたのだろう。仲間を失って悲しいのだろうよ。だが……それは歩みを止めていい理由にはならない。誰かに責任を押し付けていい理由にはならない。仲間が死んだのも、お前が苦しいのも、全部お前の責任だ』
 ソレは、真っ直ぐに鈴仙を見据える。
 真っ直ぐに……鈴仙だけを見据えていた。
「狼少年は嘘を吐く。狼が来たと嘘を吐く。その結末は見ての通り。自分を騙し悪性を他者になすりつけるなんてことを続ければ、いずれ自分を見失う。知性を持った存在が善性を説く理由は……邪悪なんてものに、私たちは耐えられないからなんだよ?」
 カタカタと銃口が震える。
 その言葉の意味を、今なら理解できる。
 月に帰りたかったわけじゃない。今の生活もそこそこ楽しかった。
 でも、月面調査船のクルーに選ばれた時、鈴仙の中でなにかが変質を始めた。
 月が近づくにつれ、死んだ仲間たちが自分を誘う夢を見るようになった。
 夢の中で戦場がフラッシュバックした。自分は死んでいた。
 無理矢理薬で持ちこたえてきた。本当は月になんて行きたくなかったのに、二つ返事でクルーになることを了承した師匠のせいだと、心の中で師を罵倒した。
 軍事通達が届いた。最初は見なかったことにした。
 アリスが魔導人形を作った。反射的に手が出た。いつ暴走するか分からずに怯えた。
 限界だった。駄目だと思った。なにが駄目なのか分からずに、いつの間にか軍事通達を熟読している自分がいた。
 ミスティアを殺した。
 早苗が死んだ。
 船長を殺した。
 リグルも死んだ。
 みんな、わたしがころした。
「じゃあ……私は」
 銃が鈴仙の手から落ちる。重く、鈍い音を立てて、銃が地面を転がった。
 膝をついて……鈴仙はポツリと呟いた。
「私は……みんなに、自分の責任を押し付けて……殺しちゃったんだ」
「………………」
「軍事通達なんて関係なかった。私は逃げ道が欲しかっただけ。あはは……ホント、下らないにもほどがある。やっぱり、さっさと死んでれば良かった」
「…………そう」
 アリスは相槌を打って、足を引きずりながら鈴仙に向かって歩き出す。
 銃を拾って、少しだけ顔をしかめた。
「鈴仙って意外と力持ちなのね」
「……え?」
「私だったらこんなモノ、片手で振り回したり、ましてや撃ったりできないわ」
 本で見た通りに安全装置をかけて、アリスは肩をすくめた。
「うん、やっぱり兵器ってのは性に合わないわ。人形を作ってる方がいいわね。……鈴仙にも今度教えてあげるわよ。うさぎのぬいぐるみの作り方とか」
「……なにを、言ってるの?」
「限界だったなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに」
 ゆっくりと溜息を吐きながら……アリスは笑った。
「私も限界だった。シャンを作ろうと頑張って、仕事と平行して色々無茶もやった。その度にみんなが助けてくれた。船長曰く『アリスは分かりやすいからね♪』ってことらしいんだけど。……まぁ、魔法使いとしては不本意よね」
「………………」
「鈴仙はなんでも余裕綽々にこなしてるように見えて、正直羨ましかった。私の知らないこともたくさん知ってて、どんな緊急事態にも慌てずに対処して……ほら、早苗さんが出港直後に大ポカやらかした時も、徹夜でなんとかしてくれたじゃない」
「……あれは、私にしかできなかったから」
「うん、知ってる。……でもさ、鈴仙にしかできないこともあるし、私にしかできないこともある。みんなにだって自分にしかできないことってあるのよ。鈴仙が感じていた限界だって、みんながサクッと解決してくれたかもしれない」
「……アリスは戦場なんて見たことないでしょ?」
「ええ。……でも、リグルが生きてる世界は、戦場より過酷よね。人と虫の差異はあるけど、やってることは変わらないもの」
「………………」
 鈴仙は口を閉ざしてうつむいた。
 自分は戦場を知っている。アリスは戦場を知らない。
 でも、リグルはもっと過酷な環境を知っているのかもしれない。
 知っているからいないから。……結局、そんなことに意味はなかった。
 不幸自慢によかった探し……戦場ではともかく、今ここではなんの意味はなかった。
 仲間だったのだから、もっと話し合えばよかった。ただそれだけのことだった。
「あなたがしてしまったことは、もう取り返しがつかない。けど……やれることは、まだあるはずよ。このままじゃ全滅するだけ……マザーコンピュータを止めて……幻想郷に生還するの。生きて、帰るのよ」
「……生きて帰ったところで、私は多分殺されると思うわ」
「かもね。でも、それは私も同罪よ。鈴仙の事情も知らなかったし、分からなかったし、気づくこともできなかった。それでも……私は、あなたに頼みたいの」
 ゆっくりと息を吸って、アリスは苦笑を浮かべながら、自分の願いを口にした。

「助けて、鈴仙」

 あれほど胸を締め付けていた痛みが、消えていった。
 傷は残っているけれど、それでも……今だけは痛みは消え去った。
 鈴仙は顔を上げる。そこには、もういじけて拗ねた様子はどこにもない。
「分かった。師匠なら、みんなを生き返らせることができるかもしれない。そのためには、なんとしてでも生還しなきゃ。……たとえ最後に殺されても、生きて帰るわ」
「ったく……納得まで本当に手間がかかるんだから。分かったなら、早く私を手当てしてよ。血を失い過ぎて……今、ちょっとまずい感じなんだから」
「あ……ごめん」
 鈴仙はアリスに肩を貸し、アリスは鈴仙にもたれかかるように歩き出す。
 分かり合えたとしても、もう手遅れかもしれなかったけど。
 それでも……分かり合うことはできた。
「………………」
 シャンはゆっくりと歩き出す。
 二人の後ろを守るように、ゆっくりと……歩き出す。


 そして、彼女も覚悟を決めた。
なにもない宇宙船内に、新たな命が生まれた。
それは無垢でなにも知らず、小さく儚い命。
しかし……幸運なことに、彼女は祝福されて生まれてきた命だった。
機械で、人形で、それでも誰かに望まれて生まれてきた、たった一つの命だった。
生まれてきた彼女の名前を、シャンという。
短いはずの旅の果てに、彼女は色々なものを見た。
彼女がなにを見て、なにを感じ、なにを思ったのかは、彼女にしか分からない。
私に分かるのは――彼女が望んだたった一つのことだった。

あの子が望んだこと。それは――――。

次回、帰還編第9話『少女 シャン』

そして、少女は白き剣を取る。