面倒くさい話をしよう。
ゲームを小説に置き換えた時、問題となるのが設定の矛盾ってヤツで、ゲームではある程度無視していいものが小説に落とし込もうとすると途端に厄介になる。
ありていに言えば……ゲームでは『なぜ?』に至る経緯を描く必要がないため、矛盾そのものが存在しないのである。
それを補完するのが、こういう小説の在り方……だと面白いなぁとちょっとだけ思っている。
……さて、そういうわけで蛇足完了。
帰還編7、クダケたココロの始まり始まり♪
※いつも通りに、グロ注意。
帰還編7:クダケたココロ
知らないの? 知ってるの? 知りたくないの?
めでたしなんてないんだよ。
日帰りにしないとゆいさんにしこたま怒られるので、博麗さんに頼んで神社まで戻ってもらうことにした。
神社に着いた時は既に真っ暗で、空を飛んで村に戻ることは無理だった。
博麗さんに礼を言って、暗い夜道を屋台を引いて歩き出す。
村の人たちには明日避難することは伝えてあるから問題ない。
生まれ育った村をいきなり離れることに反発を覚える村人もいたが、現状の危険を伝えると、わりと簡単に納得してくれた。
自然災害ってのは、今も昔も人の生活を脅かすものだから。
「……………」
不意に襲ってきた違和感に、俺は口元を歪めていた。
ああ……そろそろ頃合だと思っていた。俺がこっちで商売を始めてから少しばかり日数が経っている。そろそろ、出てくるんじゃないかと思っていた。
「初めまして、異世界のお嬢さん」
圧倒的な威厳と存在感。目の前の妖怪の手にかかれば、俺ごとき小市民程度なら手を払っただけで殺すことができるだろう。
紫色を基調とした衣装に身を包んだ彼女は、にっこりと笑った。
「私の名前は八雲紫。幻想郷の人間からは、隙間妖怪と呼ばれているわ」
「………………」
隙間妖怪……隙間……スキマ……すきま……。
てっきり日本妖怪にありがちな紫ババァ的ななにかだと勝手に思い込んでたけど、こんな綺麗なお姉さまだとは思いもしていなかった。
露出がちと足りないが……まぁ、幻想郷の女の子って大体そんな感じだしな
「あの、なにか全然別の、今の状況とは関係ないことを考えてない?」
「隙間妖怪って聞いたから、てっきり日本妖怪にありがちな紫ババァ的ななにかだと勝手に思い込んでたけど、こんな綺麗なお姉さまだとは思いもしていなかった」
「………………」
思ったことをそのまま口に出すと、紫さんは思い切り口元を引きつらせた。
うん、とても可愛い。こういう自信満々な人はものすごく困らせたい。
「じゃ、俺そろそろ帰るよ。あんまり遅くなるとゆいさんに怒られるから……」
「ちょ……ちょっと待ちなさい! 人が意味ありげに姿見せたんだから、なんかあると思うのが普通でしょっ!?」
「思ってるけど仕方ないよ。帰らないとゆいさんにおっぱい揉まれるし……」
「いい年頃の女の子がおっぱいとか言わないの! はしたないでしょうがっ!?」
「ゆっへっへ、俺を呼び止めたかったらちょっと美味しい料理とかなり美味しいお酒を奢る以外に何一つ方法なんてありゃしないね」
「死にたいのかしら?」
「殺してくれるのか?」
その言葉は、反射的に出ていた。
紫さんはまじまじと俺の顔を見つめて……ゆっくりと溜息を吐いた。
「美味しいご飯とお酒を奢れば、私の話を聞いてくれるのね?」
「ああ、なんでも聞くし、なんでも話すよ」
「……やたら素直ね」
「綺麗系のおねーさんには優しくしろってのが、親父が常々言ってたことでな。……ま、ちょいと気分が悪いから多少いじわるになっちまうのは勘弁してくれ。あと、殺したいんだったら、いつでも殺してくれ」
「残念だけど……死にたがってる人間を殺すのは趣味じゃないの」
「じゃ、飯と酒だけ奢ってくれよ。あとは……ちゃんとするからさ」
「……ちゃんとって?」
「自分の心の後始末くらいは、ちゃんとするよ」
「………………」
紫さんは少しだけ目を細めた後、なにも言わずに境界を開いた。
両端がハートマークの可愛い境界に沈みながら、俺は口元を緩める。
今日は家に帰れそうになかったけど、不味くはなさそうな酒が飲めるみたいだった。
戦争終結後、戦場での功績が認められ私は綿月豊姫お付のペットになった。
ペット……つまり、愛玩動物。
やんごとなき立場の方々は、兎のことなど同格には見ない。
それは、どこの世界でもあることだろう。
私としては自分に危険が及ばない場所で働くのは望ましいことだった。
新しい生活。危険に怯えなくてもいい日々。弾幕が飛び交うことはなく、誰かを犠牲にすることもなく、仲間が死ぬことも無い。
穏やかで、平穏で、当たり前のように続く日々。……仲間が望んでいた日々。
そんな日々は、あっさりと壊れてしまった。
「近々、また争いが起こるかもしれないわ」
発端は、月に打ち立てられた一つの旗。
月の都に直接侵入されたわけでもなく、なにか実害があったわけでもない。
しかし、月の上層部の方々はこの事態を軽視してはいなかった。
「外の人間がこの月の都に到着することは在り得ない。……でも、これがもしも外敵の思惑だとしたら? 我々を油断させるための策略だとしたら? もちろん意味はないかもしれないけど、なにかアクションがあるまで警戒は怠るべきではないわ」
「……はい」
「鈴仙、あなたには新兵の訓練を行ってもらうわ。一月以内に、なるべく多くの人員を使えるようにしておいてちょうだい」
「了解しました」
返事をしながらも、真っ直ぐに姫様の目を見返しながらも、私は思っていた。
ああ、この人はなんにも分かっちゃいない。
玉兎一匹を戦場で使い物になるために教育するのに、どんなことを経験させなければならないか、それをさっぱり分かっていない。
確かに彼女は有能で、月の都の守護者というだけあって洒落にならないほど強い。
けれど……だからこそ見えないことがある。天上の姫には、地べたを這いずり回る兎の姿なんて見えちゃいないのだ。
一月で殺し合いができるようになるんだったら。誰も苦労などしない。
兵士を一人作るのに一体なにが必要なのか……まるで分かっていない。
気が強そうに見えても、銃の引き金が引けない子もいる。気が弱そうに見えても、いざ戦場に立てば先陣を切って戦う子もいる。
個人ごとの適正を切り捨てるにしても、せめて銃の扱いくらいは熟知させたい。
よほど突出した子じゃなきゃ……一月で使い物になりはしないだろう。
「では、失礼します」
「ええ。良い結果を期待しているわ」
慰めにもならない言葉を背に受けながら、私は姫の部屋を出た。
ゆっくりと息を吐く。あの姫様の相手は……なんとなく、とても疲れる。
外から響いてくるのは、のどかで穏やかな笑い声。
「…………っ」
暇なのか、あるいはさぼっているのか、新兵たちはのほほんとくつろいでいた。
その光景に……微笑ましさではなく、激烈な怒りを感じる。
私の仲間たちが勝ち得た平和を、なんの疑問もなく謳歌している彼女たちに理不尽な怒りと憎悪を向けながら、私は拳を握り締めた。
この平和は、本当は死んだ仲間のものだったはずなのに!
少なくとも……私のような狂人や、あいつらのような間抜けが当たり前のような顔をして貪っていいものじゃない。
本当は、私なんかじゃなくて、私の仲間たちが笑わなきゃいけなかったのに。
友達が命を賭して作った世界を……私は、守らなきゃいけない。
守らなきゃいけない。守らなきゃ合わせる顔が無い。
「……ちゃんと、しなきゃ」
いつの間にか……そんなことを呟きながら。
私は、これからのことを考えることにした。
月面調査船メメントモリーの船長である河城にとりは、既に事切れていた。
力なく椅子に腰掛けているにとりを検分していたリグルは、ゆっくりを息を吐いた。
「……駄目だ。船長はもう……」
「そんな……どうして、こんなことに?」
次々と死んでいく船員たち。
事故の一言で片付けるにはあまりに不自然な要素が揃い過ぎている。
うなだれる二人を横目に、鈴仙はゆっくりと溜息を吐いた。
「これで、生きてるのは私たちだけね」
「……鈴仙、なにが言いたいの?」
「さっさと吐きなさいよ。私には動機はないわ。あなたたちがどういがみ合っていたのかは知らないけど……これだけのことをしでかしたんだもの。さぞかし、愉快な理由があるんでしょうね?」
「いがみ合い? ……なによ、私たちを疑ってるわけっ!?」
アリスの叫びを、鈴仙は嘲笑う。
「ええ、疑ってるわ。ミスティアの時までは事故で済んだかもしれない。でも、死んだはずのミスティアが動き出して、早苗と船長を殺し、今も私たちを殺そうと船内をうろついてる。正直に言えば……あなたが一番疑わしいのよ、アリス=マーガトロイド」
「………………」
「あら、無言ってことは否定しないのかしら?」
「疑われても仕方ないのは自覚してるわ。魔法使いってのは胡散臭さで成り立ってるような商売だからね」
肩をすくめながら、アリスはゆっくりと溜息を吐いた。
それから、真っ直ぐに鈴仙を睨みつけ、きっぱりと告げた。
「でもね……仲間を殺すほど、堕ちちゃいないつもりよ。ミスティアには夜食を差し入れしてもらったし、船長はシャンの製作に協力してくれた。早苗には人間関係でどれだけフォローしてもらったか分からない。リグルにも、鈴仙にもたくさん助けてもらったわ」
「……口だけじゃなんとでも言えるわ」
「ええ、そうね」
口だけでなんとでも言えるような、器用な生き方はして来なかったけれど。
アリスはそれを口に出すことはしなかった。
胡散臭く、陰気で、自分の世界を広げることにしか興味の無い人種。
魔法使いと呼ばれるモノ。
アリスはそんな自分が嫌いではない。自分を排他する連中の気持ちも分からないというほどではない。
確かに……端から見れば、人形を作り、人形を操る自分はさぞかし気味悪く映るだろうという自覚もある。
だからこそ、それを認めてくれた仲間を大切にしたいと思っていた。
「大体、私たちが月面に降りてる間に、何者かが侵入した可能性だってあるじゃない。まだ犯人を決め付けるには……」
「そうだ……そうだよ!」
少しだけ喜びを含んだ声が、部屋の中に響いた。
そこでアリスは……致命的な失言をしたことを悟った。
「そうだよ! きっと、侵入者が宇宙船の中にいるんだ! ……そいつがみんなを殺して操っているんだよ!」
「リグル! ちょっと……まだそうと決まったわけじゃ……!」
「確か、対地球外生物用の武器があったはずだ。私が取ってくるから、二人はそれまでここにいて! すぐに戻るから!」
アリスの制止を振り切って、リグルは船長室から出て行ってしまった。
知識として知ってはいたことだった。しかし……思い出すことができなかった。
外敵の存在は、閉鎖空間において魅力的に映るということを。
仲間の中に犯人がいるというストレス。
いつ殺されるかもしれないという恐怖。
戦闘技術を持っている鈴仙や、いざとなれば奥の手を使えるアリスはともかく、今のリグルには戦う力が無い。どちらかが犯人ならば……真っ先に自分が殺される。
それは……アリスには計り知れないほどの重圧だっただろう。
だからこそ、外敵を求めた。自分たち以外の誰かが敵という状況は、リグルにとっては望ましいものだった。
もう、仲間を疑わなくてもいいという安心。
敵かもしれない二人が、味方であって欲しいという願望。
人は自分の都合のいいものを見たがる。そういう性質を持っているが故に。
アリスはすぐリグルの後を追おうとしたが、鈴仙に肩を掴まれた。
「放って置きなさい。……死にたく、ないならね」
鈴仙の言葉に、アリスはほんの少しだけ迷った。
その……ほんの少しの迷いを恥じながら、アリスは鈴仙の手を払う。
「リグルは仲間よ」
「………………」
「やっぱり……仲間を放ってはおけないわ」
鈴仙がなにを考えているのかは分からなかったが、アリスは走り出す。
後ろは振り向かず、ただ前だけを見つめて走り出した。
鈴仙が部屋を出て行ったのを確認してから、シャンは出会ったことのない船長……あるいは、既に出会っていたかもしれない彼女の部屋を探っていた。
なにかを探していたというわけではない。
なにかを見つけたかったわけでもない。
ただ……誰も教えてくれるはずがないことを、探し続けていた。
船長の部屋で見つけたのは、音声レコーダーだった。
そこに録音されていたのは……彼女がこの船にいる間、ずっと続けてきた記録行動。幻想郷にレポートを送る前はいつもそうしていたのだろう。
一ヶ月の音声データが、そこに入っていた。
『……ザザ……ザ……というわけで、今日から……ザザ……』
『全く、鈴仙にも……ザザ……悪い子じゃないんだけどね、アリスも』
『………ザザ……今日は早苗に怒られた……ザザ……ブラのサイズは思った以上……』
部屋のドアを壊したショックか、部屋に備え付けてあるレコーダーも壊れていた。
それでも、彼女がなにを思っていたのかは十分に伝わってきた。
『よし、これで送信完了。こいつが最後の連絡になると思うと、ちょっと感慨深いかな。……さて、ミーティングも終わったことだし、本でも借りてこよう……』
『な、なにこれ……扉が開かないっ!?』
『ゲホッ、い、息が…………う……』
それが最後の記録。河城にとりが残した、最後の言葉。
シャンは黙ってレコーダーのスイッチを切った。
頬を伝うものがあった。
誰も教えてはくれなかったが、シャンの中に確かにそれは存在していた。
言葉としては知っている。知識としては分かっている。
だが……言葉や知識だけではなんの意味もないことを、シャンは悟った。
涙を拭い、シャンは顔を上げる。
アリスを探そう。リグルに死んで欲しくないと思っているのは、自分も同じことだ。
たった一つの確かな思い。シャンが生まれて初めて抱いた目的。
その目的を果たすために……シャンは走り出した。
私は、どうしようもないクズ虫だった。
協調性がなくてどうしようもないなと思っていたアリスは……あんなにも仲間を思いやっていた。
それなのに、私は一時でも仲間を……早苗を、アリスを、船長を、鈴仙を疑った。
疑うのは悪いことじゃないかもしれない。
でも……仲間を疑うのは、絶対にやっちゃいけないことだった。
「リグル……」
だからこれは、きっと罰が当たったってことなんだろう。
アリスの悲痛な表情が、とても痛々しい。
全く……こんな顔をさせるくらいだったら、軽率に行動しなきゃ良かった。
「あはは……ドジ、踏んじゃった」
「もう喋っちゃ駄目よ! 急いで医務室に運ぶわ!」
「もう手遅れだよ。……はは、帰ってからの宴会、楽しみにしてたんだけどね」
みんなで帰って、ミスティアの屋台料理でもつまみながら、お酒を飲んで大騒ぎ。
それから……森に戻って、しばらくは地に足の着いた生活を送る。
ああ、そうだ。チルノやルーミアとも遊んでないから……弾幕ごっこで遊ぶのも悪くはないかもしれないな。
……なるほど。みんなもこんな感じだったのか。早苗も、こうだったのか。
やりたいことはたくさんあって、でも……もうそれはできないから。
最後にやるべきことを、やり遂げたんだ。
ごめんね、早苗。……私は早苗のやったことを無駄にしちゃったみたいだ。
いや……違うか。まだ無駄じゃない。
私は、私のやるべきことをやらなきゃいけない。
「アリス、それよりも、急いで離れた方が……じゃないと、私が……」
ごぷ、と音が響いた。
自分が吐いた血の量は尋常じゃなくて……ちょっとびっくりした。
「リグル!」
大丈夫と言おうとして、ふと気づく。
いつの間にそこにいたのか……鈴仙が、立っていた。
「こいつの言う通り、離れた方がいい。私は船長室に戻る。……少し、気になることがあるから。あなたたちは、部屋に戻って鍵でもかけてなさい」
言いながら、鈴仙は背を向ける。
歩み去る前に、ちらりと振り向いてポツリと言った。
「仮に私が犯人でもそれなら安全でしょ? 幻想郷まで、あと少しだから……」
そして、今度こそ……振り返ることなく、さっさと立ち去ってしまった。
握り締めた拳が少しだけ震えていたのが、私のところからはよく見えていた。
……ったく、もう。最初から最後まで素直じゃないでやんの。
散々馬鹿にして、こき下ろして、最初から最後まで一度も褒めてくれなかったけど。
大切なことはちゃんと教えてくれた。仲間だから仕方ないと、そう言いながら鈴仙は私に技術を叩き込んでくれた。
やれやれ……ホント、まったく、最初から最後まで世話が焼けるんだから。
「アリス、最後にちょっといいかな?」
「……なに?」
アリスが耳を寄せてくる。もうほとんど声は出ないけど、最後にお節介を焼こう。
死ぬ間際で申し訳ないけど……ない頭で、私なりに考えた答えを託した。
あとは……遺言のようなものだ。遺体は森に埋めて、新しい王は森の長老と前の王の意見を中心に、なるべく穏便に選出すること。
「……分かった。ちゃんと伝える。だから安心しなさい」
「うん……ありがとう」
「じゃ、行くね」
「……アリス」
「ん?」
アリスが背を向けたタイミングを見計らって、私は本当に言いたいことを伝えた。
「心配しなくてもいい。私たちは……仲間だから」
アリスはなにも言わなかった。ただ一つ頷いて、歩き出した。
その背中を見送りながら……私は口元を緩める。
「……あーあ……しにたく、ないなぁ」
仕方ないことだと割り切りながら、未練を噛み締める。
もう少し……ほんのちょっと、幻想郷に着くまででいいから。……この船の仲間たちと一緒にいられたらと思わずにはいられない。
ゆっくりと意識が闇の中に落ちていく。痛みや苦しみはもう感じない。
とりあえず……あの世に行ったらみんなに謝ろう。
謝って、それ、か……ら……。
シャンと共に部屋に戻ったアリスは、天井を見上げていた。
泣きもせず、笑いもせず、ぼーっと……真上を見上げていた。
シャンにはアリスがなにを考えているのか分からなかったが、アリスが途方に暮れていることは、よく分かった。
シャンがちらりと部屋のドアを見ると、アリスは苦笑してシャンを抱き上げた。
「シャン。外に出ちゃ駄目よ」
その言葉に力はなかった。
優しさに溢れていたけれど、アリスは疲れているようだった。
「ねぇ……シャン。私はどうすればいいかな?」
「………………」
シャンが答えられないでいると、アリスは苦笑しながらシャンをゆっくりとベッドに降ろし、シャンの隣に座った。
頭の中がぐるぐる回る。
もう、この船内には自分と鈴仙しかいない。
「二者択一。おまけに片方は自分自身。選択の余地なし……か。パチュリーの図書館にあった小説みたいなミステリーなんて、実際には存在し得ないわよね」
リグルが死ぬ前には確信していた。
どんな動機があったのかは知らないが、犯人は間違いなく鈴仙で、彼女がみんなを殺したのだろう。
自分が犯人じゃないんだったら、他者を疑うのが当然。
シャンはもちろん除外。シャンのことはアリスが一番良く知っている。
いつかは……分からなくなってしまう時が来るかもしれない。シャンは自分で考え、自分で行動する自律人形だ。アリスが作ったとはいえ、子供が巣立つように……いつかきっと、シャンはアリスの理解を超える時が来る。
それでいいんだと、アリスは思っている。
成長すれば、すれ違いや食い違いが起こって当然。自分の思惑通りに育たぬことこそ、自律人形を作る意味なのだと、アリスは思っていた。
いい意味でも悪い意味でも……成長とはそういうものだ。
「シャン……このままじっとしていれば、幻想郷に辿り着けるかな?」
個室になにかが仕込まれた形跡はない。
仮に鈴仙がなにかをしようとしても、アリスの個室はシャンを作った場所であり、同時にアリスのテリトリーでもある。そこに踏み込んで襲ってこようとは思わないだろう。
魔法使いにとって『テリトリー』とは、最高の力を発揮できる場所でもある。
例えば、パチュリー=ノーレッジ。彼女にとって図書館とは研究と研鑽と実践の場だ。彼女はあの場所で己の魔法を練磨し続けている。書物を読み、書き留め、さらに編纂し編集し蔵書を増やし、己の魔法を積み上げていく。
彼女ほど魔法使いらしい魔法使いも多くはないが、アリスも似たようなものだ。
あっちにふらふらこっちにふらふらしている白黒の魔法使いもいるが、彼女だって自宅には膨大な量の資料と研究結果を隠しているに違いないのだ。
ただ、彼女の場合は、己のテリトリーを整理しようとは思っていないようだが。
「あはは……ったく、望郷なんて柄でもないってのに」
仰向けに寝転がりながら、アリスは幻想郷のことを思い返す。
一つ一つの思い出は……まぁ、わりとろくでもないものかもしれなかったが、それでも積み重ねて日々はそれなりに楽しかったような気がする。
こんな思いを残して。こんな風に未練を残しながら。
みんなは死んでしまったのかもしれないと――夢想しながら、拳を握った。
ああ……悔しいなぁ、ちくしょう。
こんな所で死にたくない。幻想郷に帰りたい。
シャンを作って……まだまだやりたいこともやらなきゃいけないこともある。みんなだってそうだったはずだ。やりたいことがたくさんあったはずだ。
なのに、こんな所で死んでしまうなんて、そんな理不尽なことが――――。
「…………?」
不意に、服の裾を引っ張られて、アリスは顔を上げた。
そこには彼女がいた。生まれたばかりで、まだなにも知らなくて、ただ状況に流されるままに走り続けてきた彼女が、真っ直ぐにアリスを見つめていた。
ただ、真っ直ぐに――決意を秘めた瞳を、アリスに向けていた。
なにも言わなくても、その瞳が雄弁に語る。
「シャン、あなた……犯人を見つけたいの?」
アリスの問いかけに、シャンはゆっくりと頷いた。
犯人を見つけたい。見つけてどうする? 問い詰めて追い詰める?
いや……違う。違うのだ。シャンはただ、アリスが教えた通りに、自分から学ぼうとしているだけなのだ。
悲しいけれど……必死で、仲間たちの死からなにかを学ぼうとしていた。
アリスはゆっくりと息を吐いて……シャンの頭を撫でた。
「私も同じ気持ちよ。ただ……証拠が少なすぎるわ」
鈴仙がなにを考えてこんなことをしたのか、現状ではなにも分からない。
最終的にはぶっつけ本番で衝突することになるだろうが……まずは、鈴仙のがみんなを殺した『証拠』と『動機』を探さなくてはならないだろう。
「ねぇ……シャン。あなた、なにか手がかりになるようなこと、知らない?」
アリスの問いかけに、シャンは今まで入手した情報を伝える。
「厨房の一酸化炭素濃度が87%だった? でも、ガス管に亀裂が入ってガスが充満してたんだから……」
そこで、アリスは気づく。
ミスティアの死因は一酸化炭素中毒。ガス爆発はその後に起きた。
ガス漏れが先に起きて、厨房に入ったミスティアが一酸化炭素中毒になり、なんらかの要因でガスに引火し厨房が爆発したと考えるのが妥当だが、ここで一つ疑問が生じる。
本当に、ガス漏れでミスティアは一酸化炭素中毒を起こしたのだろうか?
それは……単純な疑問。
船長であるにとりの設計に疑問を挟む余地がないからこそ、生じた疑問。
河童の技術は外の世界の模倣も多いが、危険物を取り扱う技術に関して……特に、妖怪すらも死に至らしめるものに関して、にとりは敏感だった。
ガス臭い独特の匂いは、異常を知らせるためにわざとつけている。
本当にガス漏れが発生し厨房に危険なガスが充満しているのだったら、ミスティアが気づかないはずがない。
気づかない理由は一つ。厨房に充満していたのはガス管の亀裂じゃ発生し得ない、匂いのついていない一酸化炭素だったということ。
「……いや、待って。そんなこと……どうして今まで気づかなかったの?」
理由は明確で簡単でありきたりだった。
混乱していたから。パニックになっていたから。そもそも……犯人を探そうなどと思い至らなかったから。
だから、当たり前のことを失念する。
「……まさか」
アリスはゆっくりと立ち上がる。
決意と覚悟を秘めた目は、真っ直ぐにシャンを見つめていた。
「私は、メインコンピュータルームで情報を集めるわ」
シャンの頭をくしゃりと撫でて、アリスは言った。
「なにか分かったら、来てちょうだい。いい? 絶対に無茶をしちゃ駄目よ?」
最後までシャンのことを心配しながらも、アリスは歩き出す。
その歩みに迷いはなく。その足取りは力強く。
七色の魔法使いは、いつも通りに行動を始めた。
笑っていた。笑っていた。笑っていた。笑っていた。
血を吐きながら、口元を緩めて、苦笑していた。
「…………うう」
胸の鈍痛に耐え切れずに、師に渡された薬を少しだけ多めに飲んだ。
胸が軽くなる。気持ちが落ち着く。
「……ぐっ……うぅ」
軽くなったはずなのに。落ち着いたはずなのに。
いつの間にか……鈴仙は頭を抱えてその場に蹲っていた。
「うっ……ぐづっ……げほっげほっ……」
笑っていた。笑っていた。笑っていた。笑っていた。
血を吐きながら、口元を緩めて、苦笑していた。
みんな、笑っていた。
死に行くはずのみんなは。
死にたくないはずのみんなは。
死にたくないと泣き言一つしか漏らさず。
鈴仙に、笑顔を向けながら、冷たくなっていった。
「……なんで」
ここに至れば……ここまで来れば、もうおおよそは分かっていただろうに。
それでも、リグル=ナイトバグは笑っていた。
微笑ましく笑いながら、鈴仙を見つめていた。
自分を■■した相手を見て……悪意一つすら向けることなく。笑っていた。
「アンタは……そんなに馬鹿なのよ」
拳を握り締めて、壁に叩きつける。
痛みが走ったはずだったが……もうそんなものはどうでも良くなっていた。
いや、もしかしたら。
最初から――――どうでもよかったのかもしれない。
なにもかも、全部。
後から思い返すと、あの人はとても不器用だった。
私から見てもそうなのだから、周囲の人たちはとてもひやひやしていたに違いない。
森の中で人形を作って生きる魔法使い。
なぜ人形を作るのかと問われても、明確な答えは返ってこない。なぜなら、彼女にとってそれは呼吸をするのと同じことだから。
ありていに言えば、趣味だからだろう。
趣味に理由は……多分、必要ないから。
理由も要らず。意味も不要で。ただの自己満足。
それでも……彼女は人形にこだわり続けた。
人形を作り続けた。
理由も意味も無いままに……なにかを求めて。
次回、帰還編第八話『糸を繋ぐ』
知らないし、分からない。
それでも……あなたに頼みたい。
+注意+
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