はっはっは、またストーリー的に進んでねェよ。オリジナル要素入れすぎだよ。製作者様を含めた製作スタッフにめっちゃ怒られる。おまけにシャンの出番が少ないってどういうことだろう;;
と……自分に突っ込みを入れつつも、これはこれでいいかなと割り切ってる自分もいる。
さて、これからどうしたもんか。少し悩みどころではあるわけで。
注:毎度のことだけど、グロ注意!
帰還編6:ギシンとギワク
全てのものは非可逆だ。
似たようなものには戻れるが、同じものには戻れない。
おいいいいいいいいいいいいィィィィィィィィィ!
声が裏返るほどの咆哮を発したいのを堪えながら、俺は目を逸らす。
俺はなにも言わない。言える立場にない。なぜならここは異世界だから。
俺は幻想郷に関係してはいけない。外の世界のオーバーテクノロジーや知識を持ち込んで崩壊した世界なんざ腐るほどあるのだ。
ここでどんな風に誰かが生きようが死のうが、知ったこっちゃない。
「で、おでん屋さん。どうして魚は減っちゃったんだと思う?」
そう思いたかったのに……わりと綺麗に見える川の中を覗き込みながら、博麗さんは俺に問いかける。
俺は答えずに、煙草をもみ消して携帯灰皿に放り込んだ。
「ンなもん、俺が知るわけねぇだろ。川の水はちょいと濁ってるが、見た感じゴミが捨てられてたりとかそういうこともない。至って普通の川じゃねぇか」
「………………」
博麗さんは同意しなかった。ただ、真っ直ぐに俺を睨みつけていた。
どうして嘘を吐くんだと言いたげに、睨みつけていた。
ゆっくりと溜息を吐いて……博麗さんを睨み返す。
「あんだよ? 言いたいことがあるんだったらはっきり言えばいいじゃねぇか」
「じゃ、率直に言うけど、私には結果は予想できても原因までは分からないの。村の人を避難させても、原因を突き止めなきゃ『異変解決』とは言えないわ。……それに、このままじゃ最悪、雨が降ったら人が死ぬかもしれない」
「………………」
なんだかんだ言いつつも……博麗さんはとてもアクティブな人のようだった。
いや、分類するなら『仕事ができる女』ってところか。
自分主義に動いているように見えて、やることはきっちりやるタイプ。
特別も特殊もなく。誰とでも同様に付き合う人間。人の顔色を伺うことを知らず、最後まで我を貫ける人間。
俺みたいに弱い人間には嫌われるが、同類には好かれる。
同類……そう、かの有名な隙間妖怪のような連中には好かれるだろう。
人外の規格外。……あるいは、超越者。
だからこそ、本来村人が気づかなければいけないことを、あっさりと気づく。
川の水が増水しているのは気づいているだろうが……その増水が、いつもよりもはるかに危険なものであることの認識はないだろう。
「……ちなみに、話したくないって言ったらどうなるんだ?」
「異変に対する障害は、もれなくぶっ飛ばすことにしてるの」
「あー……そうだったな」
それが彼女の仕事だ。邪魔されりゃそりゃ怒るに決まってる。
仕方なく、溜息を吐きながら、俺は口を開いた。
「博麗さんも気づいた通り、この川はかなり増水している。川が増水すれば魚の卵が下流に流されたりして正常に孵化しないから、魚が減るんだ」
「どうして川の水は増水したの? それに……なんだか泥が混ざってるし」
「増水した理由は、上流で大規模に木を切ったからだ」
山に雨が降る。雨を木が吸い取る。最低限の水が川に流れる。
山は樹木があってこそ秩序が保たれる。もしも木がなければ、砂山に水を流した時のようにあっさりと崩れてしまう。
詳しいことはゆいさんにでも聞けば分かるだろうが、俺の知識じゃこんなもんだ。
「泥が混ざってるのは、上流から流れてきたんだろうな。この川の上流じゃ石炭が採掘できるから必要のない土砂は川に捨ててるんだろうさ」
「……なるほどね」
ようやく合点がいったように、博麗さんは頷く。
博麗さんには黙っていたが、空から見た山の中腹あたりは……俺が殺したゆっくりたちが起こした被害なんて点に見えるほどに、無残に禿げ上がっていた。
いつの世も、人間がやることに際限はないのだろう。
「分かった。今日は事情を話して、明日にも村の人たちを避難させましょう」
「……それがいいだろうな。川の氾濫だけならまだしも、土砂崩れや鉄砲水があったら洒落にならないからな」
「教えてくれてありがとう。これで、手っ取り早く片付きそうだわ」
「勘違いすんな。俺は博麗さんぶっ飛ばされるのが嫌だから教えただけなんだからな」
「まぁまぁ、あとでちゃんとお礼はするからさ。ありがとね♪」
「………………」
仕事が早く片付いたからか、博麗さんは上機嫌で村に向かって歩いて行った。
俺は外の世界の人間だ。異世界の人間だ。
幻想郷の事情には関わっちゃいけない。幻想郷に外の世界を持ち込んじゃいけない。
ここは、世界に見捨てられた者が最後に行き着く果ての先で。
俺は、あっちの世界に見捨てられたわけじゃ、ないのだから。
「……くそったれ」
なんとなく腹が立って、石を蹴り飛ばした。
石は増水した川に落ちて、あっという間に見えなくなった。
緩やかに、何事もなかったかのように、戦争は終わりを告げた。
今回の事態を重く見た上層部は、ようやく重い腰を上げ月の都の守備を任されている綿月依姫を前線に派遣。兎など及びもつかないほどの能力を秘める姫騎士は、あっという間に敵を殲滅し、戦争終結への突破口を開いた。
そんなことができるんなら、さっさとして欲しかった。
「……もう、どうでもいいけどさ」
最後の敵は四脚を持つ、奇妙な機械だった。
試作型だかなんだか偵察部隊からの報告にはあったが、もう名前に意味はない。
試作品の暴走なんてよくあることだし、もう……私には関係のないことだ。
動けなくなったそいつの装甲の一部を手榴弾で引き剥がすと、そこには小さなディスプレイが、最後の文字を刻んでいた。
『ワタシタチハ……ドウグデハ、ナイ』
空になった弾倉を捨てて、最後の弾倉を銃底に叩き込む。
装弾数は十六発。マザーコンピューターを完全に破壊するには至らないが、もうそんなことはどうでもいい。
なにもかも、どうでもよかった。
ビギィッ!
フルオートで、十六発の弾丸全てをマザーコンピュータに叩き込む。
ディスプレイが砕け、中の部品に弾丸が食い込む。この魔導機械がどんな風に構築されているのかはどうでもいい。とにかく全部壊せば済む話だ。
黒煙を上げるディスプレイに向かって、思い切り拳を振り下ろした。
指が折れる音が響いたが、それすらもどうでも良かった。
どうでもいい。なんでもいい。どうなったってかまいやしない。
もう……私にはなんにも残っていない。
戦い方を教えてくれた教官や先輩も、一緒に戦った仲間も、自分のの命を狙ってたはずなのに……なんだか妙な感じで懐いてしまった後輩も、もう誰もいない。
みんな、死んでしまった。
みんな、殺されてしまった。
姫騎士だかなんだか知らないが……彼女が来るまでの時間稼ぎに使われて、死んだ。
「…………ふふっ」
無性に笑いたい気分だった。
道具であることを拒絶した道具が……まるで、道具のような自分に殺される。
「……あはっ……ははっ……あはははははははっ!」
再度、ディスプレイに拳を叩きこんで鈴仙は笑った。
その頬に流れるものがあることを気づかないまま、彼女は拳を振るい続けた。
「……返してよ」
己も意識せぬまま、口から出たのは悲願の言葉。
「なんでもするから……道具が嫌なら反逆も手伝うし、戦争もする。……だから、返してよ。私の仲間を返してよ。私なんて死んでも構わないから、私はどうなったって構わないから……だから、みんなを返してよ!」
真っ赤に染まる拳を無理矢理握り締めて、鈴仙は叫び続けた。
狂気に沈むことができれば、どれだけ楽だっただろう。
心を壊してしまえば、どれだけ楽だっただろう。
「返して! みんなを返してよ! みんなを返して! 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
けれど、それはできなかった。
鈴仙には狂気が見えた。心の壊れる様が見えた。
彼女にはありとあらゆるものの『波長』が見えていた。
だからこそ、幻覚を見せる薬で誤魔化すこともできず、妄想にも逃げ出せず、心を壊せず、狂気に至らず……最初から最後まで、冷静に戦場を歩くことができた。
それが、どうしようもない悲劇だったとしても、鈴仙はそうするしかなかった。
死にたくないから。
『ホント……最後まで心配かけるんだから、このダメれーせん……め』
生きたいから。
『あー……ごめん。おねーさんはここでリタイアだ。……じゃ、地獄で待ってるね♪』
みんなと一緒に生き延びたかったから。
『ごめんなさい……。友達を殺して生きた私でも、最後に誰かのためになれたなら、それで許してくれるかなって思っちゃって。……ばかですよ、ね』
生きるのに疲れても、誰かと一緒なら生きることはできたはずなのに。
「みんなを……返してええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
拳を真っ赤に染め、血の涙を流しながら、鈴仙は絶叫した。
届かない願いだと分かっていながらも、叫ばずにはいられなかった。
早苗がミスティアに刺された、数分後。
コールドスリープルームに逃げ込んだ鈴仙は、全員が部屋に入ったことを確認してからドアロックをかける。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば、大丈夫ね」
船員が無防備になるコールドスリープルームは、他の部屋よりも頑丈に作られている。仮に、あの状態になった早苗が能力を使ったとしてもドアを破ることはできない。
壁にもたれかかりながら、アリスはゆっくりと息を吐く。
「一体……どうなってるの? 死体が動き出すなんて」
「もしかして、ゾンビとかいうやつか? ほら、地霊殿の猫とかが同じようなことしてたし、この前見た映画にだって似たようなことがあったじゃないか」
映画のことはともかく、幻想郷には実際に死体を操る火車猫が存在する。
しかし、鈴仙はゆっくりと首を振った。
「違うわ。……あれは、強力な妖力による念動力よ」
「妖力は分かるけど……なんだい、念動力って」
「強い力で、離れた場所の物体を操る技よ。リグルの虫を操る力や、博麗の巫女の陰陽玉も広義的には念動力に当たるわね。もっとも……リグルの場合は虫の意志にある程度依存してるし、巫女の陰陽玉はどういうロジックで動いているのかすら分からないけど、妖力を用いた念動力は訓練によっては人間や妖怪を人形のように操ることも可能よ。……私の昔の仲間は、念動力によって機械を操っていたわ」
「人形って……まさか」
アリスの方を見たリグルのおでこを、アリスはぺちんと叩いた。
「馬鹿なこと言ってるんじゃないっての。死体に手を出すほど私は悪趣味じゃないわよ。それに……私の魔法ってそんなに器用じゃないし」
「そうなの?」
「シャン以外の人形は、全部魔法の糸で操ってるからね。魔理沙みたいに単純思考にはなれなかったし、パチュリーみたいになんでもできるわけでもなかったし」
口元を自嘲気味に緩めて、アリスは肩をすくめる。
「ただ……仮に念動力が使えたとしても、使おうとは思わなかったでしょうけど」
「どういうこと?」
「念動力に抵抗する意志がある者には効果が薄い。……パニックに陥れる意味もあったでしょうけど、だからこそ死体を操ったんじゃないかしら?」
「そうなの? 鈴仙」
「その通りよ。念動力が、どれだけの精度と威力で行使されたかにも依るけどね」
ゆっくりと首肯しながら、鈴仙は言葉を紡ぐ。
「私たちの中に犯人がいないとすれば……」
「船長……ね。あまり考えたくはないけど」
「まさか! 船長はそんなことをするような妖怪じゃない!」
「言われなくても分かってるわよ。確かに船長が犯人だとは考えたくないけど……ミスティアが死んだ時の船長の様子はおかしかったし、ここに至っても通信すら寄越さないってのは……さすがに、おかしいでしょ?」
「…………う」
アリスの言葉に、リグルは思わず口を閉ざす。
実際の所、アリスも言ってて船長が……河城にとりが犯人だとは思いたくなかった。
シャンを作る時に色々なことを助けてもらったし、なにより月面調査という目的を誰よりも真摯に果たそうとしていたのは、誰であろう河城にとりだったからだ。
そんな彼女が……いきなり船員を殺して回るようなことをするはずがない。
と、そんなアリスの思いを断ち切るように、ジャキンッという硬質的な音が響いた。
「ま……とにかく、行ってみれば分かることよ」
「鈴仙……それは」
「ああ、昔の癖でね。自分の寝る場所の下に武器を隠しておいてるのよ」
鈴仙は自分のカプセルの下から、傷だらけの自動拳銃とホルスターを取り出し手馴れた様子で身に着けていた。
「そ……それ、ピストルだろ?」
「弾幕より使い勝手は悪いけど、サブウェポンとしては上々よ。ま、万が一の備えだから多分使うことはないわよ。もしもこの船の重要な部分に被弾しようものなら、私たち全員宇宙の藻屑になっちゃうだろうし」
苦笑しながら語る言葉は、リグルの背筋を凍えさせるのに十分だった。
テキパキと準備を進める鈴仙に対し、アリスは少しだけ顔を曇らせていた。
「待って! 船長室は、パスワードがないと開けられないわ」
「だからなに? いざとなったらこじ開ければいいだけのことよ」
「もしも開かなかったら? 鈴仙がこういうことに詳しいのは分かるけど、仮に船長が犯人だとして……以前から計画されたものだとしたら、自分の個室は拳銃や弾幕が歯が立たないくらいに強化しておくんじゃないかしら?」
「……かもしれないわね。じゃあ、どうするの?」
「メインコンピュータルームに行って、船長室のパスワードを聞き出す」
「メインコンピュータそのものをいじられている可能性は?」
「ほぼ、ないと思っていいわ。メインコンピュータに関しては、ハードウェアは船長が担当したけど、ソフトウェアの開発に関しては別の人間が関わってる。お互いに最終調整くらいはしたでしょうけど……船長がいじれた時間はないわ」
「なるほど……。で、誰がメインコンピュータルームに行くの?」
「………………」
当たり前のことだが、それが一番の問題だった。
外には電撃剣を持った元仲間だった敵が二つ。メインコンピュータルームまでの道のりを、敵に発見されずに潜り抜けるのは難しい。もちろん、電撃剣に触れればいくら妖怪や魔法使いでも即死は免れないだろう。
リグルは鈍い方ではないが、能力の使えない船内においては無力な存在だし、シャン以外の人形を所有していないアリスも同じだ。
鈴仙に行ってもらうのは悪くはないが……それでは、問題が起こる可能性がある。
アリスはゆっくりと溜息を吐いて、シャンに向かって口を開いた。
「シャン、お願いがあるの。端末室に行って、メインコンピュータから船長室のパスワードを調べてきて欲しいの。緊急事態であることを告げれば、教えてくれるから」
「なぜその子なの?」
「シャン以外じゃ、端末室に行ってもなにもできない可能性があるからよ」
重要な場所にあるパスワードは毎日変更されるのが基本的だが、船長室のパスワードはどの程度の硬度で構成されているのか分からない。
「仮に、パスワードが五十文字の英数字とかだったら絶対に覚え切れないけど、シャンなら記憶媒体があるからどんなパスワードでも大丈夫よ。……それに、私たちよりも小柄で小回りがきくから、襲われても逃げやすい」
「常識的に考えて、そんなパスワードを組む人がいるかしら?」
「船長のやることよ? 用心し過ぎても足りないくらいよ」
「……確かにね」
今までの悪ふざけを思い出し、鈴仙は苦々しく口元を歪める。
船長、河城にとりはちょっとしたおふざけが大好きな船長である。
パイロットスーツに仕込まれたゴム風船が破裂しパニックに陥ったミスティアがえらいことになったり、リグルに通信技術を教えている最中にえっちな動画が流れ出して顔を真っ青にしながら焦ったり、あんまり美味しくない携帯食を大量に持ち込んでひんしゅくを買ってみたり、早苗のブラを見せびらかしたりと……笑えないおふざけが多かったが。
ちなみに、最後のいたずらを行った時点で早苗に本気の説教をされ、それからは多少大人しくなったのだが……そういう意味でも、要注意人物といっていい。
アリスは溜息を吐きながら、シャンを真っ直ぐに見つめる。
「あなたには……もっとたくさん、楽しいことを学んで欲しかった。……ごめんね」
そして、シャンのことをぎゅっと抱きしめた。
「今、船内が危険な状況なのは分かっているわ。でも……これは、シャンにしか頼めないの。大丈夫、きっと上手くいくわ。一緒に幻想郷に帰りましょ」
シャンは力強く頷いた。
成功する保証などない。自分が破壊されてもおかしくない。
しかし……それでもシャンははっきりと頷いた。
自分がアリスと同じ立場でも、そうして欲しいだろうと思ったから、頷いていた。
甲高い音が鳴り響き、振るわれる剣が電撃を放ち、光が爆ぜる。
シャンは追われていた。予想できたことではあるが……相手はこちらのやることを知り尽くしているかのように追いかけてきた。
「………………」
振るわれる剣を紙一重でかわす。壁に当たって嫌な音が鳴り響く。
泣きそうになりながらも、シャンはホバー機能を全開にして走り続けた。
自分に襲い掛かってくるモノを……直視するのが怖かった。
その瞳はなにも映さず。
その体は軋みを上げ。
その心は既にどこにもない。
ただ動くだけ。ただ剣を振るうだけ。ただただ……自分を殺そうとするだけ。
痛いほどに思い知る。苦しいほどに実感する。
ここで泣いてしまいたくなる衝動を堪えながら、シャンは遅まきながら理解した。
あれが『死』なのだ。
全停止どころではない。停止ならまだましだ。
止まってしまうだけなら……それは、死とは呼べない。
死とは停滞ではなく、喪失なのだ。
在ったものが消え去る。存在したものがなくなる。もう既に……ミスティア=ローレライと東風谷早苗は存在しない。シャンの中には彼女たちの笑顔は焼き付いているが、あの笑顔を見ることは、絶対にできない。
「………………っ!」
叫び声にならない悲鳴を上げながら、シャンは端末室に飛び込む。
熱を持った体の温度を下げるために、外気を取り入れて熱い息を吐き出す。
頬を伝うものがある。それは、心の温度を下げるために、アリスが組み込んでくれた機能。本来の魔導人形には不要だけど……今のシャンには必要な機能だった。
泣くという行為を、シャンはようやく自覚した。
泣いてなにかが解決するわけではない。泣くことによって敵を呼んでしまう可能性だってある。自然界で生き抜くためには、あるいは機械が存在するのには不必要な機能。
それでも……泣くことによって、少しだけ熱が冷めた。
今はそれが必要だ。心を少しでも冷静に保っていたい。
胸の痛みが消えることはなかったが、息を吐いてシャンは端末に向かう。
アリスが教えてくれた通りに端末を操作し、メインコンピュータにアクセスする。
センチョウシツノパスワードデスネ? ショウショウオマチクダサイ
ハンメイシマシタ
ムゾウサナモジレツノクミアワセノヨウデス
パスワードハ・・・N K M R A R
マチガイアリマセン。
ソレカラ……ユックリシテイテネ!
思わず、コンソールに拳を叩きつけそうになった。
体内の熱が思った以上に高まっていることに驚き、シャンは慌てて冷却を開始する。
「………………?」
爆発的に高まる熱。一瞬で冷めたなにか。
戸惑いを覚えながら、シャンはUSB端子を接続しパスワードを記憶する。
記憶しながら、別の領域で今の現象がなにかを考える。
アレを感じたのは今が最初ではない。爆発的な熱。ともすれば……自身の体を焦がしてしまいそうな、そんな感覚。もちろん冷却機能が正常に働いているのでそんなことはありえないのだが……自分が変質してしまいそうな、そんな感覚があった。
そう……まるで、魔導人形という自分自身の根底を覆してしまいそうな。
そこまで思考して、シャンは口元を緩める。
そんなことがあるわけがない。そんな概念は存在しない。自分の根底にあるものがなんだったとしても、自分は自分だという確信がある。
アリスに作られて、みんなと出会った。
まだそれだけでなにも理解できていないけれど……今は、それだけでいい。
それが今の自分なら、貫き通すまでだ。
「………………」
パスワードを記憶して、シャンはゆっくりと立ち上がる。
さて、勇気を振り絞って戻ろう。あの人のいる場所に戻ろう。
この事態が……少しでも好転することを願いながら、シャンは走り出した。
シャンが無事戻ってきたことを確認したアリスたちは、そのまま船長室に向かった。
船長が犯人だったらどうしよう。……あるいは、誰も言葉にしなかったが、最悪の可能性を考えながら、アリスは船長室にパスワードを打ち込む。
「…………え?」
しかし……表示されたのは『パスワード・エラー』の文字。
入力したパスワードが、間違いだったということ。
「おかしいわね……ちゃんと入力したと思ったけど」
スペルミスの可能性を考え、アリスは再度入力を行う。
しかし、またもや『パスワード・エラー』の文字が表示された。
「嘘……あ、開かない!?」
「どきなさい!」
鈴仙がアリスを押しのけ、ドアロックに向かって人差し指を突きつける。
なにをしようとしているのか一瞬で悟ったアリスは、反射的に耳を塞いだ。
タタタタタタタタタタタタタンッ!!
弾丸状の弾幕を無数に叩き込まれて、ドアロックは完全に沈黙した。
「ちょ……鈴仙。いきなりなにするんだよっ!?」
「パスワードが通らないんだから仕方ないでしょう。もたもたしてたら危ないし……それに、この船の個室のドアロックはドアの重さと電磁石によるロックよ。なら、電磁石の方を完全に破壊してしまえば、あとは重さをなんとかするだけでいい」
「……つまり?」
「リグル、手伝って」
「あー……そんなことだろうと思ったよ」
渋々ながらも、リグルと鈴仙は力の限りドアを引っ張る。
重量があるとはいえ、元々スライド式に開くように設計されたドアだ。二人の渾身の力に負け、少しずつだがドアは開いていった。
やがて……一人分がようやく入れる程度の隙間を確保した時、アリスたちは見た。
「……………あ」
「………………」
「せん、ちょう」
アリスたちには後姿すら見えない。彼女は椅子に座っていたからだ。
それでも、分かってしまった。
椅子から力なく垂れた左手が、全てを物語っていた。
かくて、過去は捻れ、現在は狂い、未来は混濁する。
本当に失われたものがなんなのか。
それを知る者は……まだ、誰もいない。
おねだーん以上にーとりー。
本編でも外伝でも出番がロクに作れなかった彼女が召されました。本当に残念でございます;;
さて……次回からいよいよ大詰め。ようやく帰還編にも終わりが見えてくる頃合です。
次回、帰還編第七話『クダケたココロ』。
停滞は終わらない。
悲劇は終わらない。
時間は終わらない。
地獄は終わらない。
これは、終わらない少女の物語。
+注意+
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