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製作者お受験のため、本編は約半年ほど休止中。
ただし、小説の方はあと蓬莱編も残っているのでモリモリ更新するよ!

と、いうわけで帰還編第五話、始まり始まり〜♪

注:なんかもう毎回のことだけど、帰還編は流血描写が普通にあるのでご注意されたし。
帰還編5:アナタをオモウ
 因果は回る。くるくる回る。
 歯車が壊れるまで、孤独に楽しく回り続ける。


 博麗の巫女という仕事は、わりと忙しいものらしい。
 暇そうに見える博麗さんだったが、実際のところはフットワークの軽い人だった。
 神社にやってきた里の使いの人は頭を下げて『最近、めっきり川の魚が減ってしまった。里にとっては死活問題に関わることなのですぐ調べて欲しい』と、巫女に異変の解決を頼み込んだ。
 巫女は二つ返事でOKを出し、そのまま異変解決に向かった。
 と……まぁそこまではよかったんだが。
「……あの、博麗サン? なんで俺まで同行させんの?」
 博麗さんの背中に乗る形で、俺は空を飛んでいた。
 言うまでもなく、安全性が確保されていない状態で空を飛ぶという感覚は恐怖以外のなにものでもなく、正直おしっこちびりそうだった。
 博麗さんは肩をすくめて、にやりと楽しそうに笑う。
「空を飛んでる所が見たいって言ってたでしょ? 帰ってきたら泥棒に入られましたっていうのも嫌だし」
「いや、別に俺は飛びたくないし。超怖いから今すぐ降ろせ。あと、人をさりげなく泥棒扱いすんな。そもそもアンタの神社には盗むものなんてありゃしねぇきゃあああああああああああああああああああああああっ!?」
 何の前触れもなく縦横無尽に回転され、俺は思わず悲鳴を上げる。
「ちょ、馬鹿かお前! 殺す気か、殺す気なんだなっ!? そもそも、女の子の背に跨るってだけで、罪悪感で精神的に死につつあるのに肉体的にも殺す気ですかっ!?」
「大丈夫よ。この高さなら落ちても死にはしないから」
「それって絶対に『大丈夫』ではないよねっ!?」
 大丈夫の使い方を間違えてはいけない。嘘、大げさ、紛らわしい表現、絶対ダメ。
 俺の慌てっぷりを、博麗さんはにやにやしながら見つめていた。
 とりあえず……ゆっくりと息を吸って、呼吸を落ち着ける。
「で、今回の件について、博麗さんはどう考えてるんだ?」
「ぶっ飛ばす」
「おいおい、ぶっ飛ばすって言っちゃったよ。とても言語を解する文明人の発言とは思えねーよ。とりあえず話し合いとか説得とか、そーゆー概念は……」
 あるわけねぇ。
 言ってて途中で馬鹿らしくなった。話し合いで引き下がる妖怪はいないだろうし、この巫女は口より先に手が出るタイプの人間だ。
 説得より、恫喝とか脅迫の方が似合う。
 肩をすくめながら、博麗さんはゆっくりと溜息を吐く。
「……で、今回の件について、おでん屋さんはどう考えてるの?」
「どうって……なんで俺に意見を求めるんだよ。アンタの仕事だろうが?」
「私の仕事だから、手がかりはどんな些細なことでも欲しいのよ。妖怪相手にするより、人間相手の方が厄介な場合が多いんだから」
 ちなみに、黙秘を貫くようなら宙返りとか色々します、と巫女は言った。
 ホント……したたかなんだかぐーたらなんだか、気難しいんだか気安いんだかよく分からない女である。分かるのは鬼畜ってことくらいだ。
 少しだけ考えて、俺は口を開いた。
「いや……やめとこう。今からウダウダ言ってもなんにもならんだろ」
「確かにそうだけどさ。なーんか……嫌な予感がするのよね」
「博麗さん、勘は当たる方か?」
「わりと。百発百中とはいかないけどね」
 あっけらかんと、博麗さんはとんでもないことを言ってのけた。
「………………」
 色々と思うことはあったが、俺は口を閉ざすことにした。
 後回しにした結果、どんな結末をもたらすかも知らずに。
 なにも知らぬかのように、とぼけていた。


 鮮やかな肌色。生きているような瑞々しさ。
 焼け焦げている箇所はいくつかあるものの、妖怪はその程度じゃ死なない。
 それでも、ベッドに寝かされていた彼女は呼吸をしていなかった。
 生まれたばかりのシャンにも分かるほど、終わっていた。
 死ぬ。
 それは、全停止ということ。
 なにもかも終わってしまうということ。
 全てが終わった亡骸を前に、シャンは立っていた。
 真っ直ぐに、ミスティアの結末を見つめていた。
「………………」
 死に理由はない。いついかなる時も、死に至る可能性は存在する。
 だから、これは不幸な事故なのだろう。そう処理されるべきことなのだろう。
 理解力の乏しい子供だったなら、なにが起こったのか分からなかっただろう。
 諦観している大人だったら、仕方ないで割り切っただろう。
 だが、シャンは魔導人形だった。生まれたばかりだが、先人の生み出した数々のソフトウェアを搭載した『機心』を抱く少女だった。
 数々の状況が、ミスティアの死が事故ではないことを告げている。
 しかし、シャンには理解できない。

 どうしてそんなことをしたのか、シャンには分からない。

 分かることは一つ。
 ミスティア=ローレライを殺した誰かはこの船の中にいる。
「………………」
 どうしたらいいのか分からずに、シャンは遺体からゆっくりと離れた。
 最後に振り返って、動かなくなったミスティアを見つめる。
「………………?」
 頬を伝う水を拭って、シャンはゆっくりと歩き出す。
 それがなんなのか……シャンはまだ理解していなかった。


 ミスティアが幻想郷から宇宙に持ち込んだものは、思ったより多くなかった。
『お土産は月の石くらいだし、大事なものは信頼できる所に預けてきたからね』
 その言葉の通り、部屋に置かれていたのはメモ帳とびっしり書き込みのされているノートと、自分で持ち込んだであろう数冊の本と、図書館から借りてきたであろう専門書くらいなものだけだったので、後片付けはとても簡単だった。
 昨日まで誰かが住んでいたとは思えないくらいに、簡単に済んでしまった。
 小さなダンボール一つに収まってしまった遺品に少しだけ胸を痛めながら、アリスはゆっくりと溜息を吐く。
 信じられないが、受け入れるしかない。それは分かっていた。
「死者を弔う……ね。そんなこと、してあげられるだけ幸せなものよ……」
「え?」
 ミスティアが残したノートを見つめながら、鈴仙は呟く。
「戦場じゃ死者を弔う暇なんてなかった。生きるために見捨てなきゃいけなかった」
「………………」
「ここは、戦場じゃないけどね」
 苦笑いを浮かべながら、鈴仙はノートのページをめくる。
 その苦笑いが泣き顔に見えたのは、アリスの気のせいだっただろうか?
 深く溜息を吐きながらノートを閉じて、鈴仙はアリスにノートを渡した。
「……発想は悪くないけど、てゐに怒られそうなメニューだわ」
「どういう意味?」
「読めば分かるわよ」
「………………」
 アリスは少しだけ首をかしげながら、ノートを開いた。


 追記:鳥のない飲み屋について。
 ふてぶてしくも、私の屋台の真正面で屋台を出すおでん屋に鳥のメニューを一切使わない飲み屋をやるにはどうしたらいいのか聞いてみたが、返答は『飲み屋なんてやめて、美声を生かして歌手になればいいんじゃね?』という意味の分からないものだった。
 詳しく聞いてみたが、どうにも要領を得ない返答が続く。
 さらに突っ込んで聞いてみると、彼女は言い放った。
「あんたみたいな可愛い女の子に嫌われたくないからあんま言いたくないけど、飲み屋で鶏肉使わないってのがまずないから。そもそも鶏ってのは繁殖力が強いから生産性が高く、豚肉や牛肉より安価でおまけに用途が広いってのが特長でな、唐揚げでも作ってやれば世間のお父さんたちはみんな満足なんだ。焼き鳥も焼肉に比べれば食べやすい値段だし、人間でも妖怪でも鶏肉嫌いって奴はあんまりいないよ」
 皮の触感が嫌いって奴もいるにはいるけどな、と彼女は言った。
 なんという……盲点ッ!
 最初に聞いた飲み屋のおっちゃんの歯切れが悪かったのもそういうことなのか!
「まぁ、鳥を使いたくないんだったら兎でも蛙でも使えばいいだろ」
 兎! そういうのもあるのか!
 なるほど、確かに兎肉はあっさりしていてサラダにも使えるし、揚げても美味しい。幻想郷でも兎は人気のある食品の一つだ。
 鰻も悪くはないけど……ここは、飲み屋として武器を増やすのも悪くはない。
「そんなことより、いつも通り鰻四匹で二匹は土産に包んでおくれ♪」
 おでん屋のいつも通りの注文を聞いて、鰻を焼く。
 おでん屋はその鰻を白いご飯に乗せて食べるのだが、その顔は実に幸せそうだ。
「……ねぇ、ふと思ったんだけど」
「ん?」
「アンタが私の屋台の正面に屋台出すのって、このため?」
「いや、商売敵は真っ先に潰しておいた方が集客率が良くなるだろ?」
「二度と近づくなー!」
 考え方がなかなかえげつなかった。
 そういうのも必要なんだよ、とおでん屋は嘯いていたけれど、私は絶対信じない。
 みんなが幸せになれる飲み屋を作ってやるんだから!


 アリスはノートをゆっくりと閉じた。
「確かに、怒られそうね。……ミスティア、そういえば時々言ってたっけ……いつかは人里に店を設けて、本格的な飲み屋を開くんだって」
「カラオケバーみたいになりそうね」
「からおけばー?」
「自由に歌を歌える環境を作った飲み屋の総称よ」
「ミスティアは、客寄せ雀ってところ?」
「あら、意外とうけて大流行するかもしれないわよ。ミスティアの歌には人を寄せる力があるわけだし。お金になるんだったら手伝ってもいいかもしれないわね」
「あれ? 鈴仙って貧乏だっけ?」
「やー……私というより、師匠がちょっとやりくりに困って……」
 苦笑しかけて、鈴仙は不意に目を細める。
 それから、大きく、疲れたように溜息を吐いて、口元を歪めた。
「やめましょう。……もう、ミスティアはいないんだから」
「……うん。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいわよ。先に話を振ったのはこっちなんだし」
「でも……ごめんなさい」
「………………」
 アリスの殊勝な態度に、鈴仙は口元を緩める。
 衝突していたわけではないが、鈴仙はアリスに苦手意識を持っていた。
 努力家で、才能があって、宇宙旅行など初めてのはずなのにあっという間に知識を吸収し活用するアリスを、少しだけ羨ましく思っていた。
 羨ましく思うと同時に……ほんのちょっとだけ、憎らしくも思っていた。
 砂を噛むような苦々しい感覚に、鈴仙は顔をしかめる。
「……ごめん、ちょっと頭を冷やしてくるわ」
「大丈夫? こっちはもう終わったから、休んでてもいいのよ?」
「大丈夫よ。このくらいで倒れちゃいられないもの」
 適当に言い訳をしながら、ミスティアの部屋を出る。
 ゆっくりと溜息を吐いてから、壁にもたれかかって力を抜く。
「……はは、私も甘くなったもんだ」
 頬を伝うなにかを誤魔化すように、師に渡された常備薬を口に放り込む。
 水がなくても飲めるタイプの鎮静剤で、気が昂ぶって眠れなくなる満月の夜なんかによく飲む薬だった。
(意外と、精神的にきてるわね。やれやれだわ)
 心の消耗は判断を狂わせる。休息がなるべく早く必要だった。
 ほんの少しだけ……五分だけ眠ろうと決めて、鈴仙は目を閉じた。


 とっくにおかしくなっていた私は、なぜか周囲に受け入れられた。
 非道な決断をしてもみんなが賞賛してくれたし、仲間を見捨ててもあんまり反発が出ることはなかった。
 戦場では悩んでいる時間が命取りだ。即決即断。決めたらすぐに動かないと死ぬ。
 今回は要員交代の補給部隊が来て私たちは後方に下がることができたが、次も上手くいくとは限らない。
 パンとスープとベーコン。簡素な食事だったけど、携帯食に慣れた舌は極上の美味に感じた。恐らく……今後こんな美味しい食事をすることはないだろうと思う。
 ダブルのコーヒーに同量の砂糖を溶かして、ちょっとずつ飲む。
 生きてるんだな、と感じた。
「これが飲み終わるまで、待ってくれないかしら?」
「………………」
「あの、コールタールみたいな匂いの携帯食は苦手なのよ。いつも無理矢理押し込んでるけど……ホント、いつまで経っても慣れないもんだわ」
 背中には銃口が突きつけられている。
 背後を取られるのは初めてではなかったけど、『取らせた』のは初めてだった。
 銃口を突きつけているのは、私が仲間を見捨てた時に掴みかかってきた彼女。
 ああ……そういうのも悪くない。私には似合いの末路だ。
「なんで、あの子を見捨てたんですか?」
「敵を連れてきたから」
「それなら……私だってそうじゃないですか! でも、鈴仙さんは私を助けてくれた。なんで私は助けて、あの子は助けてあげられなかったんですか!」
「………………」
 確かに、その通りだ。彼女の言うとおりだ。
 敵を連れて来た彼女は助けた。彼女の友達は助けられなかった。
 そこには歴然とした差があったけど、多分些細なことなんだろうと思う。
「機銃が足りなかったのよ」
「…………え?」
「あの子を助けても、敵を掃討するだけの力がなかった。だから見捨てた」
「そんな……機銃がなくても、他にもやりようはあったはずです!」
「そうね。それは認めるわ。でも……タイミングが悪かった」
 あの子は、最悪のタイミングでやって来てしまった。
 あと一日持ちこたえれば撤退できるというタイミングで来てしまった。
 だから見捨てた。仲間も納得した。彼女だけは納得できなかった。
「私だって好きで見捨てたわけじゃない。感情論を切り捨てても銃器の知識がある人員はそれだけで貴重だわ。医薬品は今回の補給で届くことは分かってたし、携帯食料も一人分くらいならなんとかなる量はあった。……普通に考えれば、仲間を見捨てるなんて選択肢はどこにも存在しない」
「……でも、鈴仙さんは見捨てました」
「私はともかく、撤退って聞いて浮き足立ってる他の子に『死ね』とは言えないわよ」
 私は、それでいいと割り切って見捨てた。
 あの子が助けを求めて走っているのを分かっていたのに、進んで見捨てた。
「撃ちたければ、撃ちなさい。それであなたが満足するなら、引き金を引きなさい」
「…………っ」
「でも……忘れないでね。私を殺しても、あなたは確実に思い知る」
「別に、あなたを殺すことなんてなんとも思いません!」
「違うわよ」
 ゆっくりと振り向いて、真っ直ぐに見据える。
 殺すことは罪でもなんでもない。当然の権利だ。
 私が言いたいのは……もっと深く、ありきたりで、狂おしいほどの罪業。

「あなたも、食べたでしょ?」

 パンを食べた。スープを飲んだ。ベーコンを食べた。
 天国のように甘ったるく地獄のように苦い、コーヒーを飲んだ。
 生きる喜びを、知ってしまった。
「パンも、スープも、ベーコンも、コーヒーも、美味しかったでしょ?」
「…………う」
「戦いはね……そういうことの繰り返し。生を実感する度に死ぬのが怖くなる。怖いけど逃げ出すことは許されないから、みんな狂ったふりをするの。真正面から受け止めたら潰れて死んでしまうから、言い訳を嘘で塗り固めて、それでも戦うの」
「……鈴仙、さん」
「ホント……機銃があと一丁あればね。もっとちゃんと整備を徹底しとくんだった」
 未練はそれだけ。他に思い残すこともない。
 みっともなく足掻いて生き続けた結果がこれだ。いい加減に……いいだろう。
「さ、撃ちなさい。正直、私はもう疲れ……」
「れーいせーん!」
 不意に響いてきた笑い声に、背後の彼女は慌てて銃を背中に隠した。
 また死に損なったと心の中で舌打ちして、笑う仲間に向かって怒鳴る。
「あんたらね……後方に下がったって言っても、絶対安全ってわけじゃないのよ!」
「分かってる分かってる。みーんな分かってるから♪」
「そーよ、鈴仙。おねーさんたちは励ましに来たんですよ?」
 手には酒瓶やらカラオケのマイクやら、無秩序なものを握り締めている。
 どうやら、もう手遅れらしい。止めるには遅すぎた。
「というわけで、歌え、踊れ、脱げ! 夜はこれからなのぜ!」
「こら、服を引っ張るな! 私は一応上官なのよっ!?」
「まぁまぁ、今日は無礼講で堅いこと言いっこなし。あ、君も来なさい。今日は無礼講だから、この生意気な上官の胸を好きなだけ揉んでいい権利を与えましょう」
「え? ……え? えぇっ!?」
「ちょ、馬鹿! やめろ! この話題は早くも終了ですね!」
「おいお前ら。今の聞いたか?」
「聞いてない」
「私のログにはなにもないわね」
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」
 力で数人に敵うはずもなく、私はズルズルとテントに引きずられていく。
 かくて、カオスな宴は朝方まで続いたのだった。


 五分間だけ夢を見る。
 確かに、あそこは地獄だったけど。
 ほんの少しだけ救いがあった。
「…………あは」
 目覚めれば悪夢が始まる。
 そうと分かっていて、鈴仙はまどろんでいた。


 なにをするでもなく、シャンはふわふわと船内を歩き回っていた。
 船内を歩き回りながら情報を集めていた。
『うーん……おかしいな。アンテナ自体に異常はないのに、どうして突然通信ができなくなったんだ? いや、そんなはずは……』
 通信回線の異常はハードウェアに限ったことではなく、ソフトウェアや通信状態の異常によって発生することもあるので、一概に原因は特定できない。
 ましてや、宇宙空間内でのことだ。船外に出てアンテナに異常がないんだったら、慌てずに復旧を待った方がいいだろう。
 もしかしたら、幻想郷の送信の方で異常が発生しているかもしれない。
『おかしいわね……このサイト、毎日更新のはずなのに出発時から変わってないわ』
 毎日更新とうたっているサイトが一ヶ月も放置することはよくあることだ。
「………………」
 しかし、違和感は拭えない。
 幻想郷に帰還するまであと一週間。このタイミングで通信アンテナが故障し、船内キッチンのガス管に亀裂が入ったことによるガス爆発が発生し船員が死亡。現在も通信は途絶中で、幻想郷に連絡は取れず船長の様子はなんだかおかしい。
 色々、起こり過ぎている。
「…………?」
 情報を整理している内に、なんだか違和感のようなものを感じた。
 重苦しい感覚。どこか落ち着かない感触。背中にちりちりとしたものを感じる。
 振り向いてみるがそこには誰もいない。
 首をかしげながら、再度医務室に足を運ぶ。遺体を再度検分したかった。
 しかし……そこには、なにもなかった。

 ミスティアの遺体がなくなっていた。

 シャンの思考能力が限界を超えて、一瞬フリーズする。
 死んだ者は動かない。死ねば動けなくなる。それは当然のこと。
 では、なぜ遺体はなくなった? どうしてここにあるはずの遺体がない? 誰かが持ち去った? なんのために? 理解不能、理解が追いつかない。理解できない……。
『分からないことがあったらすぐに誰かに聞くこと。みんな仲間なんだから遠慮しなくていいのよ?』
 そんな思考の迷路を打ち破ったのは、アリスの言葉だった。
 思考を中断して走り出す。ホバー機能を使わずに歩くのが好きなシャンだったが、今は止まっている暇はなかった。
 そして、数分後……アリスの連絡によってほぼ全員が医務室に駆けつけていた。
「……これは、一体?」
 リグルの問いかけに答えられる者はいない。
 アリスもシャンも困惑していたし、鈴仙は目を細めて考え事をしていた。
「リグル。そういえば、早苗さんは?」
「分からない。私はコックピットにいたからそのまま直行したんだけど……」
「急いで早苗さんの部屋に行きましょう。みんなで固まって動いて、なるべく一人にならないように……これは、どう考えても異常事態よ」
「う、うん。分かった」
 リグルが頷くと同時に、アリスは小走りで走り出す。
 鈴仙とリグルもそれに続き、少し遅れてシャンも走り出した。


 早苗はノートパソコンを前に、過去の履歴を洗っていた。
 メールの送受信履歴にエラーのログ。特に現在通信が途絶しているアンテナのログ情報に関しては、複数のツールを走らせてエラーの分類を行っていた。
 原因がはっきりすれば、再度通信が行えるようになるかもしれない。
 総合的な要因はリグルが調査してくれているだろうが、自分の方でなにかできないかとも考えたのだ。
「神奈子様の連絡もこれっきり……か」
 ふぅ、と重く溜息を吐いて、背伸びをする。
 映画でよく見るシチュエーションだなぁと思いながら、不謹慎さに苦笑する。
 絶対に大丈夫なんて保障はなかった。それでも、みんなでなんとかやってきた。
 あと一週間というところで……最悪の事態が起こった。
「……なんとか、しなきゃ」
 失われた命が戻らないことは、分かっている。
 それでも、自分にできる精一杯をやらなきゃ……ミスティアに顔向けできない。
 早苗は折れそうになる心を必死で持ち直し、再度ノートパソコンに向かう。

「早苗さん!」

 と、その時だった。
 自動ドアが不意に開いて、アリスが飛び込んできた。
「大丈夫? なんともない? 怪我とかしてない?」
「ちょ……ど、どうしたんですか? 私はなんともありませんけど……」
「やっぱり違ったか……そりゃそうだよね」
 安心したように溜息を吐きながら、リグルは苦笑する。
 なにが起こっているのか分からない早苗は首をかしげた。
「あの、どうしたんですか?」
「実は……」
 アリスが説明しようと口を開いた所で、ドアが開く音が響いた。
 最初、アリスはシャンだと思った。シャンが少しだけ遅れていたからだ。
 リグルもシャンだと思った。鈴仙も同じように思っていた。
 だから……『それ』がなんなのか正常に認識できたのは、『それ』の真正面にいた早苗と、鈴仙よりほんの少しだけ遅れて……自動ドアが閉まる前に滑り込むように部屋に入ったシャンだけだった。
「……生きてた、の?」
「え? 早苗さ…………ん?」
 早苗の視線の先に振り向いて、アリスは目を見開いた。

 ミスティア=ローレライがそこに立っていた。

 治療した痕跡である包帯が痛々しかったが、それだけだった。
 まるで……生きているかのように、そこに立っていた。
「そ、そんなはずはない! 確かに目の前で……」
 一番最初に我に返ったリグルが叫ぶ。
 全員が、リグルの言うことが正しいことを分かっていたが、体が動かなかった。
 死人が動く。その異常事態に……シャンと同じく、思考能力が限界を超えた。
 静止したのは数瞬だっただろう。とても、とても短い時間だったはずだ。
 たったそれだけの時間だが……なにかが終わるには、十分な時間。

 ドズッ!

 刃が肉に食い込む、鈍い音が響く。
 生気のない笑顔を浮かべたまま、ミスティアは背中に隠した剣で早苗を刺していた。


 体が動かない。指先一つくらいしか動かない。
 信じられないほど血が流れているのに、痛みはまるで感じない。
 人体にそれほど詳しいわけではないが、抉られた場所は心臓だ。
 血を吐きながら、腹を押さえる。ありえないほど地面が真っ赤に染まっていた気がするが、もうどうでもいいので見なかったことにした。
 間違いなく致命傷。自分は死ぬ。この船でなにも分からないまま、仲間に刺されて。
 幻想郷の土を踏むこともなく、唐突に、何の前触れもなく……。
 死ぬ。
(しにたく……ない、なぁ)
 当たり前のようにそんなことを思う。
 死ぬんだったら、何かを残して死にたかった。せめて、幻想郷にいる二人の神様に言葉を残して死にたかった。悔いや未練は山ほどあるけど時間は残り少ない。

『友達でも家族でもない奴に、容赦なんて要らないでしょ?』

 不意に、そんな言葉を思い出す。
 摩訶不思議で奇妙で奇怪。気まぐれの権化のような先輩を思い出す。
 校舎裏に当時自分をいじめていた連中と自分を呼び出して、したり顔で自分を除く全員に全力でビンタした後、『目には塩を! 歯にはペンチを! 右頬を殴られたら伊達にして帰すべし!』という名目で早苗に金属バットを持たせて、いじめっ子全員をどつき回すことを強要した。
 あまりの恐怖に首を横に振ると、彼女は腕組をして言った。
『うんうん、早苗ちゃんはいい子だね。分かったよ……こいつらは私が責任を持って、従順な雌豚に調教しておくから!』
 話が通じない人間こそが本物の化物なのだと、早苗はその時悟った。
 見るに見かねた諏訪子が助けてくれなかったらどうなってたか分からない。
 神様は見守るのが仕事だし、早苗もこの件に関しては自分で解決するつもりだったのだが、それを全部根こそぎにしてしまうほどの行動だった。
 彼女曰く……『女のネチネチした喧嘩って見てて腹立つ』とのことだ。
『だって、いじめとか視界に入ると最高にイラッと来ない? 飛び火が嫌だから基本は黙ってるけどさぁ、いくらなんでも限度ってもんがあると思わない?』
『……気持ちは分からないでもないけどさぁ、あれはやりすぎでしょ』
『むぅ……幼女に諭されるとちょっとへこむわ。でも、やりすぎってことはないよ。私の痛みが分からないんだったら、体で覚えさせるしかないでしょ?』
『……『私の』って……ただの私怨じゃん! 自分がイラッときてたから全員に制裁加えただけじゃん!』
『最初は全員金属バットでぶっ飛ばそうと思ってたけど、早苗ちゃんが思った以上に美少女だったからやめたんだ♪ えらいでしょ?』
『えらくないし怖いよ! 激怖いよ! どこからどう見てもアンタが一番の危険人物じゃんか!』
『えー? 友達でも家族でもない奴に、容赦なんて要らないでしょ?』
『最悪の発想だー!』
 そんな……漫才のような会話を、思い出す。
 やり方は絶望的に間違えていたけれど、確かに自分はあの時救われたのだ。
 ああ、そうだ。残り時間が少ないなら、やらなきゃいけないことをやろう。
 ミスティアが最後の最後までやり通そうとしたことを、やろうと思った。
 あの時の自分にはなかったけど、今の自分にあるもの。
 仲間を……友達を守るために。

「……………かぜ、よ」

 自分にとって最後の力を振り絞り、能力を紡ぎ上げる。
(かなこ、さま……すわこ、さま……)
 本人たちに直接お礼を言えないことに未練を残して。
 ぷつんとなにか決定的なものが切れるのを感じながら、
 東風谷早苗は、一粒だけ涙を流した。


 次の瞬間、なにが起こったのかアリスには分からなかった。
 景色が反転する、体が宙に浮き上がり、訳の分からないままどこかに飛ばされる。
 堅いものに背中から叩きつけられて、一瞬息が詰まった。
 咳き込みながら起き上がり、そして全てを悟った。
「……早苗、さん?」
 自分とリグルと鈴仙。そしてシャンは早苗の部屋の外に放り出されていた。
 生気をなくしたミスティアと、血まみれの早苗だけが部屋の中に取り残されていた。
 その早苗を中心に風が吹き荒れている。まるで……部屋の中に入れさせまいとしているような、突風が吹き荒れていた。
「なによ……それ。やめてよ、早苗さん」
 アリスは拳を握り締める。
 風が吹き荒れている間、自分たちは安全だ。もっとも……それは、早苗を助けに行けないことを意味する。
 風が止んだ時……恐らく、早苗は死ぬだろう。
「なんで……なんでよ! 一緒に幻想郷に帰ろうって言ったじゃない!」
「アリス!」
 アリスを制止したのは、リグルだった。
 唇を噛み締めながら、リグルはきっぱりと告げる。
「……ここは危険だ。逃げるよ」
「アンタ、早苗さんを見捨てろって言うのッ!?」
「ここで私たちがなにもしなかったら、早苗がやったことが無駄になるんだよ!」
 目に涙を浮かべながら、リグルは叫んだ。
「……お願いだよ、アリス」
「………………うん」
 溢れ出しそうになる感情を押さえつけながら、アリスはそれ以上なにも言わずに走り出し、リグルは涙を拭いながら後に続く。
 鈴仙は、拳を握り締めて、後ろを警戒しながら走り出す。
 シャンもそれに続いた。


 シャンは見ていた。
 記憶の中に焼き付けていた。
 生まれてからさほど時間の経っていない彼女は、目を開いて全てを見ていた。
 ミスティアが死んで、早苗が死んだ。
 二人が生きて、微笑んで、死に至る所を全て見ていた。
「………………」
 そして、考えていた。
 普通のPCだったらとっくの昔にオーバーヒートを起こしているだろう速度で、思考に思考を重ね、推考に推考を重ね、幾重にも推論を列挙して考えていた。
 犯人のことではない。もっと他の事を考え続けていた。

 体を焦がすような、この感覚は一体なんなのだろうと考えていた。

 頬を伝うものはもう既にない。あるのは、胸を焦がすなにかだけ。
 胸の奥にくすぶるもの……その正体をシャンは知らない。
 それがなにかを悟るのは、彼女が、自分という存在を知った瞬間。
 物語が結末に至る、まさにその時であった。
と、いうわけで風神録のアイドル早苗さんがお亡くなりになる回でした。ミスティアもそうですが、キャラとして半端ねぇ扱いやすさだったので本気で残念です。
死に際の『足掻き』を描きたかったので、早苗さんが刺されるあたりの演出はゲームと少し違っています。

さて、次回は帰還編第六話『ギシンとギワク』。
本編で扱いが微妙かつ外伝でも出番を入れるのがきつそうなお値段以上それ以上の回になります。お楽しみに♪


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