キャッキャウフフパート。書いててものすごく楽しい反面、シャンの可愛らしさを言語抜きで表現するのにものすごく苦しんだ回。次回以降も苦労する予定。
今回の進捗はゲーム内時間でおおよそ五分程度。
……まるで進んでいない(安西先生風に)。
人数が減るまではまぁこんなもんだと自分に言い聞かせつつ、帰還編第三話、はじまりはじまり♪
※回想で多少グロ描写あり。想像力豊かな人はご注意ください。
帰還編3:みんなのいるせかい
生まれて死んで殺して生きて。
僕らはいつでも繰り返す。
野菜天丼の出来は同居人に勝るものではなかったが、それでもそこそこ美味い。
食材がいいのか、あるいは調味料がいいのかは分からないところだったが、少なくとも巫女と食ってるから美味いということはなかろう。
この神社の巫女は食事中に会話を楽しむタイプの人間ではないのか、きっちり正座をしながら黙々と箸を進めていた。
そんなわけで、目つきの悪い少女は少し考えて話題を振ることにする。
食事中にする会話ではないが……聞いておきたいこともあった。
「博麗さん。ちょいと聞いていいか?」
「ん?」
「またアンタに会えるか分からないから、今のうちに聞いておこうと思ってな」
妖怪に襲われて死ぬかもしれない。
交通事故で死ぬかもしれない。
なんかよく分からないけど死ぬかもしれない。
出会いは大事ではないかもしれない。でも、これっきりかもしれない。
死はいつでもどこでも、都合などお構いなしにやってくる。
だから、聞ける時に聞きたいことを、聞くことにしていた。
「もし、永遠に生きられたら、アンタはどうする?」
紅白巫女の箸が止まる。
目つきの悪い少女は真っ直ぐに巫女を見つめる。
「もちろん、俺のことじゃない……ただ、知り合いの話ではあるかもしれん。アンタは幻想郷の異変を解決する人間でそれを生業にしている。妖怪もアンタの決めたルールに従っている」
「私はルールを作っただけで、従わせているわけじゃないけどね。いつでもどこでも、ルールに反して異変を起こす輩ってのはわりとよく出てくるもんよ」
「ああ、それは竹林の案内人に聞いたから知ってる。アンタが、異変を起こす輩や妖怪に対して躊躇も容赦もしない人間だってことはよく分かってるさ」
こう見えても、下調べはそこそこ得意だった。
吸血鬼に銀髪のメイド。それから街で得た情報。所々分からない部分や、意図的に隠されている部分は想像に頼るしかないが、断片的でも見えてくるものはある。
「ま、つまんねー問いかけだからテキトーに答えてくれりゃいい。自分には永遠の時間が与えられているとしたら、アンタならどうする?」
「……どうするって言われてもね」
もくもくと天丼を食べながら、紅白巫女は首を捻った。
「考えたこともなかったけど……多分、ずっと同じでしょうね」
「神社の掃除をして、お茶を飲んで、異変が起こったら解決に向かい、宴会には顔を出すってところか?」
「うん、そんな感じ」
あっさりと頷いて、紅白巫女は食事に戻る。
迷いなく、躊躇なし。実にあっさりとした決断。
恐らくは……明日死ぬとしても、この巫女は同じことを言うだろう。
「……あなたはどうなの?」
「ま、似たようなもんだな。今日が幸せなら二年後も同じでいい。春は暖かく、夏は暑く、秋は涼しく、冬は寒い。あとは酒がありゃ大体幸せだしな」
「私は美味しい食べ物の方がいいけどね。春は山菜、夏は青物、秋は秋刀魚に冬は鍋。今まで生きてて食べることに飽きたことはないから、多分これからも大丈夫でしょ」
「いや……食い物って、見事に酒のツマミばっかじゃねーか」
人のことは言えないが、枯れるにも程度ってものがあるだろう。
今度来る機会があったら、なんか美味いものでも奢ってやろうか。
この巫女は栄養が足りないような気がするから、酒のつまみにちょうど良くカロリーが高いピザとかそのあたりで。
「ごちそうさまでした。美味しかったわ」
「お粗末様でした。俺の恩人ほどじゃねぇけどな」
質素な食事を終えて、茶碗は目つきの悪い少女が台所に持っていく。
茶碗を流し台に入れながら、紅白巫女には言えなかった疑問を反芻する。
『もし、神社がなくて、異変も起きなくて、妖怪もいなかったら、どうする?』
幸せな今がなかったら……永遠などただの地獄だ。
もちろん、巫女はそれを分かっているだろうしあえて口に出すようなことでもないと分かっていたはずだ。
分かっていると思ったから、俺も口を挟まなかった。
「ま……食事中の話題でもねぇしな」
井戸水で皿を洗いながら、彼女は誰ともなく呟く。
外から響いてくるゆっくりたちの声に、ゾクリと背筋が震え上がる。
鉄の扉。丈夫な錠前。甘い匂いと共に響く数多の悲鳴は心を侵食して、全部を全部曖昧に溶かしていく。逃げ場はどこにもない。願いことはたった一つだけ。それだけを糧に妄想を広げて、曖昧な時間を生き続けた。
なにもかもが壊れてしまえばいいと思って、生き続けていた。
「………………っ」
破壊願望ならどれ程良かっただろう。破滅衝動ならどれ程良かっただろう。
空に手が届くと思い込んでいたお子様の妄想だったらどれほど幸せだっただろうか。
被害者ぶってた加害者。一人破滅させてようやく気づく。自分は愚かで間違っていたしばーちゃんは死ぬ間際までどこまでも正しく真っ直ぐだった。
正しくて、真っ直ぐで、愚かで、力の入れ方と抜き方を知らなかった。
力を入れ過ぎて、一人の孫の根性をひん曲げて、最後まで後悔しながら死んだ。
「ざまぁみろ、クソババァ。……私はまだ、生きてるぞ」
外から吹き込んでくる涼やかな風を感じて、目つきの悪い少女は微笑を浮かべる。
終わったことを振り切って、自然に笑った。
その笑顔は歳相応の少女のものだったが……その笑顔を見た者は、誰もいなかった。
幻想郷でそんな無意味な問答があった二ヵ月後、月面調査船メメントモリーでは、新しく生まれた命であるシャンと、産みの親であるアリスは、乗員登録を済ませていた。
「これで部屋に出入りできるようになったわ。自分の名前は忘れちゃ駄目よ? 個人の部屋は一つずつ安全管理を行っているんだけど、もし入れるようになったら部屋の前で名前の入力を求められるからね」
シャンにそんな説明をしているアリスの頬は、終始緩みっぱなしだ。
今の彼女の気分を一言で表すなら『ウチの子は最高に可愛い』に尽きるだろう。
なんにしろ……親ばかなのは間違いないようだった。
「よし、次よシャン。今度は私の仲間にあなたを紹介するわ」
仲間。自分以外の誰か。
なぜか仲間と聞いて桜色を思い出したが、次の瞬間には忘れていた。
「私は仲間がいる部屋の前にいるから、シャンは私を見つけてね」
アリスの言葉に、シャンはこくりと頷く。
アリスは満足げににっこりと笑うと、端末室を出て行った。
きっかり十秒後、シャンはアリスを見つけるために端末室を出た。
整った通路。鉄で作られた船内。見る物全てが予定調和。アリスに作られていた頃から知っている……知り尽くした世界。
権限があって、データベースを閲覧できれば、なんでも分かる世界。
「………………」
不意に心細くなって、シャンはホバー機能を使って走り出す。
元々広いフロアでもないので、あっさりとアリスは見つかった。
「シャン、どうしたの? そんなに慌てて……なにかあったの?」
アリスに問われて、シャンは首を振る。
別になにがあったわけでもない。異常などこれっぽっちもない。なのに……胸の辺りが痛い。締め付けられるような気がする。
アリスはそんなシャンを見つめて……ポン、と頭を撫でた。
「ごめんね。心細かった?」
「………………」
「大丈夫よ。私はちゃんとここにいるわ」
その言葉と掌のぬくもりが、胸の痛みを消し去った。
なぜ胸が痛んで、なぜそれが唐突に消えたのか、シャンには分からない。
分かることは……自分の産みの親であるアリスは、とても優しい人だということ。
アリスは、ひょいとシャンを抱き上げると、にっこりと笑った。
「いい、シャン? あなたには、この船内のデータがある程度入力されている。どこがどんな機能を果たして、どんなものがあるのか、シャンには分かっている。でもね、それはデータ上のことで……あなたのものじゃないの」
優しく、まるで母親のように、アリスは語る。
「今、シャンは私を探してくれた。その経験は間違いなくシャンだけのもの。データという上辺だけじゃなくて、見て、聞いて、感じて、経験して、思ったことを少しずつ経験にして欲しい。……ここは狭い世界だけど、もっと広い世界で生きるために、少しでも経験を積んで欲しいの」
アリスの言葉に、シャンは大きく頷いた。
言っていることの大半はよく分からなかったけど、アリスの優しさと大きな世界については……よく分かった。
アリスはシャンを地面に降ろして、不意に意地悪っぽく笑った。
「このドアの向こうははコールドスリープルームといってね……長い宇宙の旅の途中に、ここで冷凍睡眠に入るの。今回の旅は往復で一ヶ月から二ヶ月くらいだからそんなに長い行程じゃないけど、今後を見越して導入されたのよ」
冷凍睡眠。宇宙船での惑星間移動などにおいて、人体を低温状態に保ち、目的地に着くまでの時間経過による搭乗員の老化を防ぐ装置の事を指す。
妖怪はともかく、人間の寿命はそれほど長いものではないので、一人の人間と暇潰しのために作られた装置ではあるが、河童の最新技術の粋を結集させて作られた装置であるため、今回の月面調査はそのデータ収集も兼ねている。
まぁ……それはともかく。楽しそうに笑っているアリスはシャンの頭を撫でた。
「そんなわけで、眠ってるみんなを起こして欲しいの。頼んだわよ♪」
ここまで期待をかけられて裏切るわけにはいかない。
楽しそうに笑うアリスに対し、シャンは力強く頷いたのだった。
爆音が聞こえる。銃声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。
毎日が厄日。いつも通りに悲鳴が届く。今日は誰が死んだっけ?
銃を暴発させた子が絶叫を上げる。鎮痛剤と麻酔は昨日切れた。水を要求する子もいたけど、戦場じゃ水と薬品の類は貴重品だ。あげたいのは山々だけど、そんなことをすれば私が死ぬ。私は死にたくない。
死にたくない。しにたくない。シニタクナイ。
今日も引き金を引く。見るも無残な有様になった仲間に対して、最後の最後の慈悲として、最後に残された選択として、余った弾を銃に詰めて引き金を引く。
血が飛び散る。埋葬している暇はない。弾薬と銃器は形見として受け取る。
敵襲の声。魔導機械に追いかけられているのは、どこかで見た誰か。ああ、私か。
いや、それは願望だ。私はここにいる。あれは溺れる者は藁をも掴む味方。
こっちはもういっぱいいっぱいなのに、わざわざ敵を連れてきてくれた味方。
提案。否定。追求。承認。
歩けない子は置いていくことにして、私達は拠点から逃げ出す。
敵を引き連れた味方が、文字通り藁を掴むかのように私たちが拠点にしていた家屋に飛び込む。敵がそこに殺到する。
爆音。
バラバラになった敵と味方。爆発はいつも一網打尽。
仲間の死に泣き叫ぶ誰か。見捨てることを提案した私に掴みかかる。
手には銃。……ようやく私の番が来たと、どこかで安心した。
引き金が引かれる前に仲間が彼女に殺到する。殴る、蹴る、気絶させる。
仲間に助け起こされる。私の顔をぬぐってくれる仲間。胸が痛い。張り裂けそう。
「あの状況じゃ仕方ないよ、鈴仙。いつもなら……訓練の時だったらあなたを責めてたけど、今じゃ私も共犯だから」
「………………」
「あなたがいて良かった。今、私たちが生きてるのはあなたの判断のおかげよ」
痛い。痛い。痛い。痛い。胸が痛くて張り裂けそう。
頬を伝うなにかを拭って……そこで、ぐぅと間抜けな音を立ててお腹が鳴った。
そこで緊張の糸が切れたのか、みんなは大声で笑っていた。
血で血を洗いながらも……それでも、久しぶりに笑った気がした。
いつも通りに悪夢を見て、最悪の気分で目を覚ます。
「………………」
そして、鈴仙は彼女を見た。
小さな体躯。明らかに人間ではない。丸っこい目。可愛らしい顔立ち。
一瞬その頭を弾幕で打ち抜きそうになったが、理性のカケラがそれを押し留める。
ああ、なるほど。これが完成した魔導人形ってわけ。
んー……技術の進歩ってすごい。一昔前までは移動するのにもキチキチ音が鳴っていたのに、この子は無音。おまけにこちらを覗き込んでくる表情まで人間そのもの。
虫唾が走る。
その不快な気分を押し殺せる程度には、鈴仙は冷静だった。
「……あと五分」
少し考えて、結局五分間だけ見なかったことにした。
五分後には現実と向き合うことを決意して、ゆっくりと目を閉じた。
現実と向き合うよりも……悪夢に沈んだ方が、ましだった。
全てのカプセルを開け終わると同時に、アリスは部屋に入ってきた。
口元には抑え切れていない笑み。いたずらっ子の微笑みである。
「ありがとう、シャン。その調子よ♪」
楽しそうに……とてもとても楽しそうに笑いながら、アリスは口を開く。
「みなさん、おはようございます!」
よく通る声に、二人の少女が体を起こす。
透き通るような緑色の髪の少女は可愛く欠伸をしながら、頭に触角の生えた少女は寝惚けながら……アリスとシャンを見て、そこでようやく勘付いたようだった。
「あ……アリスさん。おはようございます。……やっと完成したんですね?」
「うん。ようやく完成したわ。シャンって名づけたの」
「初めまして、シャン。私は東風谷早苗。この船では副船長をやらせてもらってるの」
アリス以外の人間を初めて見たシャンだったが、東風谷早苗と名乗った彼女は、アリスと同じように柔らかく笑った。
なんとなく恥ずかしくなって、思わずアリスの後ろに隠れてしまった。
「可愛いですね。人見知りな所とか、アリスさんとちょっと似てるかも」
「……私はこんなに可愛くありません」
「スカートの中までちゃんと作りこんであるよ。すごいなぁ」
「………………」
不意に響いた最悪な言葉に、アリスは頬を引きつらせ早苗は額に冷や汗を浮かべる。
半ズボンの触角少女は、シャンのスカートをめくりあげていた。
「早苗さん。……シャンをちょっとお願い」
「ええっと、はい」
笑顔のまま……シャンがいつか見た怖い笑顔のまま、アリスは触角少女の胸倉を容赦なく掴みあげて、そのままズルズルと部屋の隅に追いやる。
早苗は良心から、シャンの目と耳を塞いだ。
「リグル、前にも言ったと思うケド、シャンはまだなんにも知らない子供なんだからそういう真似は今すぐ自重すべき。それともなに、リグルはこの場でズボン脱がされてもちっとも恥ずかしくないゴキブリなのかしら? 恥ずかしいでしょ? 恥ずかしいわよね? まぁ……全裸にされるのが嫌じゃないんだったら仕方ないけど」
「いや……その、すみません。調子に乗りました。目が怖いんで勘弁してください。あとゴキブリじゃなくて、ホタルです」
校舎裏で優等生に絡む不良みたいだなぁと早苗は思ったが、あえて口には出さない。
そこはまぁ、外の世界で色々あった経験が生きたり生きなかったり。
文字通り神罰が下ったのは、後輩の喧嘩に『面白そう』という理由でしゃしゃり出てきた天真爛漫で愉快な先輩だったのだが、あの人は今どうしているだろうか?
やがて、五分ほどの説教が終わり、触角少女はアリスに引きずられながらもシャンに向かって笑いかけた。
「やー……さっきはごめん。じゃなくて、ごめんなさい。……アリス、分かったからさりげなく肘はやめて。ホントごめんって。私の名前はリグル。リグル=ナイトバグ。この船じゃ通信技師を任されてる。よろしくね♪」
にっこりと笑いながら、リグルはシャンに向かって手を差し出す。
それから、シャンの手を掴んで、指を握らせた。
「はい握手。これで私とシャンは友達だ」
群れ。仲間。友達。
親しい人間の関係を表す言葉。
シャンは顔を赤く染めながら、リグルの指を握り返した。
「可愛いなぁ。……アリスが作ったとは思えないよ」
「リグル、宇宙空間に生身で出るとどうなるか知ってる?」
「あっはっは、そりゃ真空の圧力であれやこれやが飛び出したり、全身の血が沸騰したりで妖怪でも確実に死ねるって……いや、その、すみません。笑顔で首根っこ掴んで引っ張るのはやめて。まだ死にたくない」
リグルの想像以上の力で首根っこを掴むアリスの目は、まるで笑っていなかった。
惨劇に発展する前に、この船の副船長はやんわりと争いを止める。
「アリスさん、シャンをみんなに紹介するんでしょ? リグルさんに構ってばかりだと、みんなに紹介する前に幻想郷に着いちゃいますよ」
「そーだよ、アリス。ミスティアなんてこの騒ぎの中で眠り続けるって偉業を達成中だから早く起こさないと。……そして、私の首から手を離してください」
「む、それもそうね」
納得したのか、あるいはリグルをいじることに飽きたのか、アリスはわりとあっさりとリグルの首から手を離しターゲットを眠っている少女に移した。
「こら、ミスティア。いい加減に起きなさいよ」
「ふわ………………ぼえーん」
「………………」
さりげなく徹夜明けのアリスは、ちょっとだけ口元を引きつらせながら羽の生えた少女、ミスティア=ローレライのほっぺを引っ張ったが起きる気配はまるでなかった。
「ホント……幸せそうに寝てるわね。今だけは羨ましいわ」
「起こしましょうか?」
「や、早苗さんが起こすのはやめた方がいいと思うわ」
「……そーだね。今度は殺しちゃうかもしれないし」
「む……あれは外の世界の古き良き起こし方なんですよ?」
その起こし方というのは、フライパンを麺棒で叩きまくるという、昭和の香り溢れる起こし方だったのだが、あまりの音量にびっくりしたアリスは左足の小指を冷凍睡眠のカプセルの端にぶつけ涙目になり、リグルは頭をぶつけてたんこぶを作り、鈴仙は真っ青になりながら『敵襲!』と叫びまくるという大惨事となった。
パニックに陥る三人を見つめる早苗の口元が薄く歪んでいたのは恐らく見間違いではなかろう。
ちなみに、ミスティアはなにをやっても起きなかったため、フライパンで殴られることになった。早苗曰く『これで記憶喪失も治るんですよ?』とのことだが、あの時の早苗の冷や汗と、背中に隠せてないフライパンと、ピクリとも動かなくなったミスティアの真っ青な顔は船員たちにとって忘れられないトラウマとなっている。
(前々から思ってたんだけど、早苗ってもしかしていじめっ子?)
(いや……いじめっ子っていうより、アレは捕食者の目に近いよ。お腹が空いて仕方なくゆっくりを食べてる時のルーミアとかがあんな感じだった)
「なにか言いましたか?」
『いいえ、なんでもありません』
きょとんとしている早苗に対し、思わず敬語になるアリスとリグル。
話題を逸らすためか、アリスはこほんと咳払いをして、シャンに向かって言った。
「じゃあ、ここはシャンに起こしてもらいましょう。いい、シャン?」
シャンはコクリと頷くと、ミスティアの隣に立つ。
ぺちぺちと頬を叩く。まるで起きる気配はない。
ぺちぺちとおでこを叩く。まるで起きる気配はない。
むにむにとほっぺを引っ張る。ミスティアが寝返りをうった拍子に腕の下敷きになり、慌てて這い出すことになった。
「……可愛いね」
「……可愛いですね」
「あの、二人とも? なんで私の体を押さえつけてるのかしら?」
「近頃はモンスターペアレントという、我が子を過剰に愛し過ぎるあまり、他人の迷惑を省みない人が増えてるんですよ?」
「アリス、時には子供の成長を見守ることも大切なんだよ?」
「あんたらね……私をなんだと思ってるのよ!」
ついさっき、私の胸倉を掴みあげたことは忘れてるんだろうなぁとリグルは思ったが、悪いのはこちらだったし命が惜しいので黙っていた。
と、その時だった。
「あれ? シャン……なにしてるんだろ?」
『え?』
先ほどまで叩いたり引っ張ったりしていたシャンだったが、今はなぜかホバー機能で寝ているミスティアよりも高いところを飛んでいた。
アリスだけは気づいたが、シャンはあまりにも起きないミスティアに業を煮やし、どうやら多少危険が伴うが確実な方法を選択したらしい。
位置調整。高度計測。衝撃計算。ベストアンサー。ホバー機能カット。
ホバー機能をカットしたシャンの体は、船内重力に従って落ちていく。
幸いなことに……あるいは不幸なことに、ミスティアは寝返りを打たなかった。
「ごぶっ!?」
重力の力を借りたシャンの体当たりが、ミスティアの鳩尾に突き刺さる。
当然のことだが、魔導人形であるシャンの体重はかなりの軽量化が量られているとはいえ、アリスがいつも作っている人形よりははるかに重い。
あまりの痛みに、わりと洒落にならない咳をしながら、ミスティアはようやく目を覚ました。
そして……腹の上に乗っている、小さな人形が動いているのを見た。
「えちょなにがれまってこれあれちょっとあれっ!?」
なにを言っているのか分からないほどのパニックを起こし、慌てて起き上がると同時にカプセルの端に頭をぶつけ、涙目になってうずくまる。
あまりのお約束っぷりに呆れ顔になったリグルは、溜息混じりに助け舟を出すことにした。
「落ち着きなよ、ミスティア。その子はアリスが作ってた例の人形だよ」
「この虫野郎! こんな可愛い人形が人形のはずないじゃない!」
「ミスティア……君、単にそれ言いたいだけだろ」
「…………ほえ?」
まだ寝惚けていたのか、ミスティアはリグルの叫びでようやく目を覚ました。
欠伸をしながら背伸びをして、じっとシャンの顔を見つめる。
「あー……そっか。アリスが作ってた人形か。やっと完成したのね?」
「うん。シャンって名づけたの。ほら、シャン。挨拶して」
ようやく少しだけアリス以外の存在に慣れたのか、シャンは恐る恐る頭を下げる。
ミスティアも同じように頭を下げた。
「よろしくね、シャン。私はミスティア。ミスティア=ローレライ。この船じゃパイロットを任されてるわ」
シャンが頭を上げると、ミスティアはにっこりと笑っていた。
そして、にこにこと笑いながらシャンのことを抱き上げた。
「うんうん、さすがというかなんというか、製作者に似て可愛いよね」
「……だから、可愛い所は似てないってば」
「ところで、お腹と頭がものすごく痛いんだけど、前みたいにフライパンでぶん殴ったりとかそういうことしてない?」
『いいえ、やってません』
全員が一斉に目を逸らす。一言一句違わず、敬語になるあたりも同じだった。
絶対になんかやったんだろうなぁと思いつつも、どうせ全員しらばっくれる気満々のようなので、ミスティアはあえて見て見ぬふりをすることに決めた。
(ったく……都合の悪い時だけ仲良いんだから)
まぁ、仲が悪いよりはいいかもしれないと割り切って、ミスティアは苦笑する。
仲間との協力がなければ、とっくの昔に死んでいたかもしれない。一度なんて酸素ボンベを積み忘れたこともあった。あの時、リグルが注意してくれなければミスティアは宇宙の藻屑になっていてもおかしくはないのだ。
もっとも……交流が苦手でも、抜きん出た技術を持つ船員も、いるにはいるが。
その問題児は、いつも通り不機嫌そうな表情を浮かべて、ゆっくりと起き上がるところだった。
「あ、鈴仙さん。おはようございます。どうですかお目覚めは?」
「あのね……あんな寝床でいいわけないじゃない。あんまり騒がないでくれる?」
鈴仙と呼ばれた少女は、欠伸をしながら面倒そうに顔をしかめる。
鈴仙=優曇華院=イナバという長ったらしい名前を持つ彼女は、気難しく人当たりは厳しいが、抜きん出た技術を有する船員だった。
とはいえ、早苗やアリスなんかは気が合うようだし、リグルやミスティアも文句を言いつつも、鈴仙の能力については認めているようではあった。
ミスティアからシャンを受け取りながら、リグルは笑いながら言う。
「ほらほら、アリスの作ってた人形が完成したんだって! シャンっていうんだよ」
「……どうでもいいわ」
気だるげにカプセルから降りて、鈴仙はゆっくり溜息を吐く。
「船員登録は済ませたんでしょ? 私にはどうでもいいことだけど……その人形も歩き回るんだったら、仕事の邪魔にならないように躾けておきなさいよ」
変な所をいじられて船に損傷が出たらたまったもんじゃない、と不機嫌そうに呟きながら、鈴仙は歩き出す。
「……ミーティングがあるんでしょ? 私は先に行っておくわ」
そして、ドアをくぐってコールドスリープルームを出て行った。
気まずい沈黙がコールドスリープルームを包む。人当たりも悪く気難しいところがある鈴仙だが、今日の不機嫌さは尋常ではない。
気まずい沈黙を、早苗の苦笑が破った。
「鈴仙さん、機嫌悪いみたいですね」
「こんなに可愛いのに……。シャン、気にしなくてもいいよ? 鈴仙っていつもあんな感じだからさ。たとえば、初めて宇宙空間に出た時なんてもうすごいことになって……」
「リグルさん、早くミーティングに行かないと船長に怒られますよ?」
「え? ……わ、もうこんな時間か! ごめん、悪いけど先に行ってるね!」
「じゃ、私もお先に。ちょっと報告することをまとめておきますね」
リグルはシャンを地面に下ろして慌てて走り出し、早苗もその後に続く。
後に残されたミスティアとアリスは、同時に溜息を吐いて肩をすくめた。
「ったく……せわしないったらありゃしない」
「アリスは急がなくていいの?」
「シャンの製作はあくまで趣味の領域だからね。命賭けの趣味ではあるけれど、その前にやるべきことはちゃんとやってるわよ。報告書も作成済み。ミスティアは?」
「パイロットって帰還前ってあんまりやることはないんだよね。と、いうわけで大忙しだった月面調査時の報告書の作成が主かな。幻想郷に着く前には完成すると思う」
「なるほど……って、シャン。どうしたの?」
ふと、シャンが困ったような表情を浮かべながら、アリスのスカートの裾を引っ張っているのに気づく。
その表情で、アリスはシャンがなにを言いたいのか悟った。
「あのね、私たちは目覚めるとまずリフレッシュルームでミーティングをするの。そこで異常があったかどうか、これからどうするかっていう細かい予定を立てたりするの。船長にも紹介するから、シャンもおいで。……ちょっとおっかない鈴仙もいるけど、彼女だっていつか分かってくれるわよ」
「うわぁ……アリスがお母さんみたいだ! 一時期は人形を爆弾みたいに使ってたこともあったのに!」
「過去のことはいいでしょうが! シャンは特別だし、あの人形も爆発に耐え得る素材で作って、後でちゃんと回収して修理してました!」
「うんうん……さりげなく『シャンは特別』とか言っちゃうあたりが、いかにもお母さんって感じだよねぇ?」
「いいから行くわよ! 早くしないと、船長に怒られちゃう!」
「あ、待ってよぅ!」
アリスとミスティアが走り出すと同時に、シャンも一緒に走り出した。
冷たい船内。なにもかもが理解できる空間。胸を刺す痛み。
柔らかい空気。優しい仲間。頭を撫でてくれる手。可愛いという言葉。
寂しさと優しさ。寂しいは苦しく、優しいは楽しい。
ほんの少しずつ小さなことから、シャンは学んでいく。
しかし……どうしても、分からないことがあった。
真っ直ぐに、鮮烈に、禍々しく、シャンを見つめた目。
見ているだけで息苦しくなる視線を、シャンは知らなかった。
兎の耳を生やした少女がシャンを見た時の……あの、目。
その目に秘められた感情を――シャンはまだ、知らない。
会話主体で進む話なので、確実に門番編より長くなる予定だけど後半はお使い要素が多いので、そのへんはわりと端折っていけるやもしれず。
……っていうか、単に小説内で多人数動かすのが苦手なだけなんですが(空笑)
体験版やってる人は分かると思うけど、次回から急展開……になったらいいなと思っている!
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