不誠実な騎士様に愛の手を
どこかで読んだことのありそうな、そんな何の変哲もないお話です。
「ようリリアナ、久しぶり」
晴れやかな青空にふさわしいぐらいの爽やかな笑顔でそう言った青年に、わたしはあんぐりと口を開けてヤツを凝視することしかできなかった。
「カ……カミル……!あんた……!?」
「おう、おれ」
ようやくわたしの口から漏れ出た意味のないつぶやきに、太陽のような笑顔のカミルもまた、意味のない返事をする。なにこの会話は。
いや、ていうか。もう、なんていうか。
「カミルの、ばか―――――っっっっ!」
わたしの右こぶしがうなる。平凡な18歳の村娘より数段体格のいいはずの男はきれいにふっとぶ。
夢見た再会は、夢見たほど感動的にはならなかった。
***
カミルとは、生まれたときから一緒だったといっても過言ではないほどの仲だ。
王都からはだいぶ離れたこの小さな村で、わたしとカミルは隣の家同士だった。生まれた日も一日違い。もちろん両親たちも仲が良かったし、当然のようにわたしたちは一緒に育った。
わたしたちは常に一緒だった。買い物をするのも、畑を耕すのも、水遊びも、昼寝も、学校も、夕食も、ずっと一緒だった。明るくて面白いカミルと過ごすのは本当に楽しかったし、ちょっとちゃらんぽらんなカミルを叱って世話を焼くのだってわたしの当然の役目だと思っていた。
今だから言うけど、わたしはカミルのことが好きだった。
なんの不思議もなく、彼と結婚して、わたしはこれからもずっとカミルと一緒にいるものだと思い込んでいた。
3年前のあの日までは。
3年前の、あの日。忘れもしない、カミルの15歳の誕生日の翌日。つまり、その日はわたしの誕生日だった。わたしは朝起きて、父と母からおめでとうの言葉をもらってから、朝食も取らず隣の家に急いだ。カミルにおめでとうを言ってほしかったのだ。
でも、わたしを出迎えたのはいつものようなまぶしいカミルの笑顔でも、おばさんの優しい微笑みでも、おじさんの元気な挨拶でもなかった。
おじさんとおばさんは、戸惑ったような、申し訳ないような、泣きそうなような、そんな表情で扉を開けたわたしに告げた。
『リリアナ……カミルは、王都へ行ってしまったの』
『突然、本当に突然だった。急に行ってくる、と荷物を持って……』
最初、何を言っているのかよくわからなかった。そして次には、彼らがわたしに誕生日のサプライズをしかけているのだと思った。
でも、いくら待ってもわたしの幼馴染は帰ってこなかった。
15歳の誕生日は、わたしにとって人生最悪の誕生日になった。
これからもずっと一緒にいられると思っていたのはわたしだけだった。好意を持って、結婚するのだと思っていたのもわたしだけ。本当にばかだった。カミルにとってわたしは単なる隣の家の幼馴染で、遠く離れた王都に行くのにさよならも告げない程度の仲でしかなかったのだ。
絶望と、悲しみと、そして怒りがわたしの胸を支配した。比喩でもなんでもなく、1か月は食事がまともに喉を通らなかった。
両親とおじさん、おばさん、それから村の友人や大人たちに励まされ、慰められ、それでもちゃんと立ち直るには1年はかかったと思う。
3年間、カミルは手紙ひとつ寄越さなかった。近況を知らせる王都からの便りをほんのわずかに期待していたけれど、むなしい期待は2年でやめた。
風の噂では、カミルは王都で騎士になったらしい。騎士になった理由は「かっこいいから」だって。
それから、貴族や町の娘さん方をとっかえひっかえして遊んでいて、泣かせた女は数知れずだという噂も少なからず聞いた。昔から顔は良かったし、花形職業の騎士様だし、その上人懐っこくて明るい性格だもの、王都でだってそりゃあモテるでしょうよ。ちゃらんぽらんで不誠実なくそ騎士様みたいだけれどね!
夢見たことは、ある。
カミルと再会する夢だ。きっと、カミルはいつもとおんなじ笑顔を浮かべていて、わたしはきっと泣いてしまう。そしたらカミルは少しだけ困った顔でいうのだ。「リリアナ、黙って出て行って、ごめんな」と。
***
残念ながらそんなロマンチックで感動的な再会はなされなかった。わたしの涙腺はどうやら枯れ切っていたようだったし、カミルは想像以上に不誠実だった。それに、わたしの右腕は脊髄反射で不誠実な男を殴るようにできていた。
「いてえな。ほんと、お前それでも18歳の女かよ」
口ではぶつくさ言いながらも、カミルはそれほど痛みを感じていないような軽い口調で言う。でも、荒みまくったわたしにはこう聞こえた。「王都の女はもっとしとやかだ」と。
「どーせ可愛くもおしとやかでも女らしくもないもの」
「はあ?」
何言ってんだ、とカミルがいぶかしげな顔をする。わたしはふん、とそっぽを向いた。本当ならこんな男の顔、すこしも見ていたくない。なのにカミルは実家に向かうところだというし、わたしは森から家に帰る途中だった。ああ、なんでこんなのと幼馴染なんだろう。ばかカミル。くそやろう。
途中すれ違った村の人たちはみんな一様に驚いた表情で「お前、カミルか!?」「なにしてんだお前!?」とカミルに声をかけていた。それをこの男は「おー、また後で家行くわー」「あとでゆっくりなー」とかなんとか返す。それを聞いてわたしは、少なくとも急いで王都には戻らないんだわ、とほっとした。そして、ほっとしてしまった自分に無性になんだか腹が立った。
会話らしいまともな会話もしないまま、家についてしまった。小さな村だから仕方ない。
清々したわ、というのが伝わるようにわたしはそっけなく「じゃあね」とカミルに言って自分の家の扉を開ける。カミルはそんなわたしの態度を一切気にせず笑って「おう」と応える。
なによ。
なんなのよ。
腹が立つ。胸がもやもやして苦しい。3年ぶりなのに。3年間音沙汰もなかったくせに、突然帰ってきて、昔より大人びて、すごくかっこよくなったくせに、昔と全然変わらないまぶしい笑顔で、昔みたいにわたしを呼んで、伸ばした髪のことにも、3年間で覚えた化粧のことも何一つ触れてくれないし、でも王都のことも何一つ言ってくれない、黙って村を出たことを謝ってもくれないし、なのに何事もなかったかのように現れて、それから、それから。
なにより、あの不誠実なカミルに会えたことを心から嬉しいと思っている自分に腹が立つ。
***
カミルが突然里帰りしたことは村中の話題らしい。村を通り越して隣町まで伝わってきたわ、と買い物から慌てて帰ってきた母が言った。夕方、父も「カミルが帰ってきたって!?」と仕事から飛んで戻ってきた。
あの不誠実男、相変わらず村で愛されてるわね、とまたむかむかしていたら両親は優しい顔でわたしに微笑んだ。
「リリアナ、よかったわね」
「ああ、本当に」
「……なんでわたしが良かったのよ」
不満げに、わたしにはよかったことなんて一つもないわ、というように言ったのに、両親には伝わらなかった。
そして夜、わたしたちはカミルのおじさんとおばさんに言われてお隣で一緒に夕食をとることになった。
本当は行きたくなんてない。カミルの顔なんて見たくもないし、一緒に夕食なんてとりたくない。そう主張したのに両親はどうも壮絶なる勘違いをしているらしく、「照れなくてもいいのよ」「久しぶりに会ったから恥ずかしいのか?」などとにやにやしていた。
「違うってば!あんな不誠実男、わたし今はこれっぽっちも好きじゃないのよ!本当よ!」
わたしの主張をは誰も信じてくれず、結局手土産として作らされたミートパイを持ってわたしと両親はお隣へ出かけた。
「リリアナ、本当にうちのばか息子がごめんなさいね」
「いや、しかしこうやって騎士になって里帰りしてくれたんだ。よかったじゃないか、なあリリアナ」
おばさんは涙目だった。3年も音信不通だった息子が帰ってきたんだもの、それはうれしいと思う。でもなんでそこでわたしに謝るの。おじさんも、なぜわたしに振るの。なぜカミルが帰ってきたことでわたしを祝福するの。
「あ、おじさん、おばさん、ご無沙汰してます」
奥から爽やかに笑顔を浮かべたカミルがやってきて、うちの両親にあいさつした。
「あらあらあら、かっこよくなっちゃって、カミル!」
「いやあ、騎士様か!立派だなあ!」
両親も嬉しそうにカミルを見上げる。割と大柄なわたしの父もカミルを見上げるということは、カミル、ずいぶん背が高くなったんだわ。昔はそれこそわたしと変わらないぐらいだったのに、今は顔を見るにも首が痛い。なのに、たくましい筋肉がついているにもかかわらず、なぜかすらっとして見える。
本当に、無駄に見目だけはいい。田舎育ちのくせになんというか洗練されているというか、昔からそういう雰囲気はあったけれど、王都での生活のせいなのか、輪をかけて素敵になった。認めるのはシャクだけれど、事実なんだもの、仕方ない。
胸のあたりがもやもやするのを感じていると、カミルがわたしに顔を向けた。整った顔で見つめられてどぎまぎする。幼馴染相手に、なんなのよもう。そう思っていたら、カミルはわずかに口角を上げて薄く笑った。昔はしなかったその笑い方に、心臓が跳ねる。
「なんだお前、まだ拗ねてんのか?」
「は、はあ?なんでわたしが拗ねなきゃならないのよ」
喧嘩腰で返すと、カミルのおばさんが「夕食にしましょう」とわたしたちを呼んだ。会話は中途半端に終わって、わたしたちは無言でテーブルに向かった。
夕食の席での話題は、当然のことながらカミルの王都でのことになる。3年も帰ってこなかったんだもの。聞きたいことも言いたいこともあるでしょうからね。
「へえ、今は騎士団に所属しているのね」
「はい。1年間見習いをしてまして、去年から第3師団にいるんです。給料もそこそこ良くて、社交界に出る機会もあるんですよ」
へーえそこで貴族のお姫様たちを泣かせまくっていたわけね。
「王都では一人暮らしをしてるのか?」
「見習いの時は寮だったんですが、今は小さな家を買って一人で住んでます」
どうだか。だれを連れ込んでいるんだかわかったもんじゃないわ。
両親やカミルの両親がいろいろ聞いて、カミルがそれに答える。わたしは言葉を発さず、もくもくと夕食を食べながら心の中でカミルに疑いの目を向けていた。
騎士様っていうのは、とにかく、あこがれの職業だ。今は平和な世の中だから、することと言えば王都の警備とか王族の方々の護衛らしいのだけれど、強さ、見た目の麗しさ、それから性格なんかも問われるらしい。
かくいうわたしも昔は騎士様にあこがれていた。かっこいい、と思っていた。だけど、カミルがまさかその騎士様になるなんて。よっぽど人材不足だったのかしら騎士団。
「ねえ、素敵ねえリリアナ」
「ああ、本当にカミルはいい男になったな」
両親がまたわたしに言う。だからなんでわたしに話を振るのよ!わたしはカミルのおばさんが作った牛の煮込みをもぐもぐしながら「はいはい」と答えた。
わたしの最低な態度を気にしないのか、カミルは自分の皿のミートパイをナイフで切り分け、フォークで口へ運んだ。咀嚼しながら、嬉しそうな笑顔になる。
「お前のミートパイ食うの久しぶりだな。やっぱりうまいよ」
「……ありがと」
そうだったわ。料理のそんなに得意じゃないわたしが唯一自慢できるのがこのミートパイで、昔からこればっかりカミルに食べさせてたっけ。
そんなカミルの姿が、昔の彼と重なる。笑顔は変わらない。うまいよ、という口調も。
でも、昔カミルはナイフなんて使わなかった。フォークで切ってはぼろぼろパイ生地をこぼして、わたしはいつもそれをぷりぷり怒っていた。
本当にカミルは遠くへ行ってしまったのだと、手の届かない存在なのだと、カミルが帰ってきた今日、なぜだかわたしは実感して泣きたくなった。
***
「夜遅くに外出るなよ」
「……なんであんたが来るのよ」
夕食会が終わると、両親たちはそのまま宴会へとなだれ込んだ。お酒が飲めないわたしは楽しげな雰囲気に紛れてそっと家を出ると、裏庭にやってきて座り込んだ。
カミルとわたしの家の間にある裏庭。小さな池のほとりは、昔からカミルとわたしの遊び場だった。怒られたときや落ち込んだ時もここで日がなぼーっとしていた。そうしたらいつのまにかカミルが来ていて、何も言わず隣に座ってくれたんだっけ。
あの頃と同じようにやってきたカミルは、わたしの隣に座った。
「危ないだろうが。もうそんなにあったかい季節でもないし」
「余計なお世話よ。ていうか近い。もっと離れなさいよ」
「うるせえ」
ぐ、とカミルの左腕を押すけど、固い筋肉がそこにあることがわかっただけで、カミルの体はびくともしない。なんだか悔しくなって、わたしは膝を抱えた。
「だから、何拗ねてんだよ」
「拗ねてないわよ。何言ってんのよ」
本当は拗ねてるけど。でも、突然言葉もなしに幼馴染が出て言っちゃって、と思ったら連絡もなく突然帰ってきて謝罪もないんだから、拗ねるのって当然じゃないの。
「3年間連絡しなかったことか?それは悪かったよ。忙しくっていっつも忘れちゃうんだよな」
「違うって言ってんでしょ」
縮こまったわたしに、カミルは明後日の方向の言い訳をする。
「あ、土産ならあとで渡すよ。王都で人気の菓子買ってきたからさ」
「うるさい、ばか、いらない」
そんなんじゃないのに。王都王都言いやがって。ばかカミル。
少し強めの北風がふいた。小さくくしゃみをすると、カミルが自分のジャケットをぬいでわたしの肩にかける。こんなキザなこと、いつからするようになったのよ。腹が立って、わたしはそれをカミルに押し返す。
「いらない」
「ほんとお前可愛げないな。いいから羽織っとけよ」
「うるさい、いらないったら!どうせわたしは王都の女の子みたいに可愛げないわよ!」
「だから、なんなんだよそれ」
カミルは気が長いほうだと思うんだけど、さすがにわたしの態度にいらついたのか、少し声を荒げた。昔より少し低くなった声に問われて、鼻の奥がつんとした。
「カミルなんて知らない。なんでいきなり帰ってきたのよ」
泣きそうなのをこらえて独り言みたいに呟くと、カミルは「はあ?」と言った。なにその反応。
「はあって……なによ!あんたの事情なんて知るわけないでしょ?」
泣きそうどころか、ちょっと涙目だったと思う。ようやくカミルの方を向いてわたしが言うと、カミルが眉をしかめていた。綺麗な顔ってこういう時でも綺麗なのね。のんきにそんなことを頭の片隅で考えていたら、とんでもない爆弾をカミルが放った。
「なんでって、何言ってんだ。お前と結婚するために決まってるだろうが」
***
「何するって?」
「結婚」
「誰が」
「おれが」
「誰と」
「お前だって、リリアナ」
こぼれそうだった涙はいつの間にか引っ込んでいた。目の前の幼馴染の言っていることがよくわからなくて、ゆっくり聞き返す。
「カミルと、わたしが、結婚?」
「そうだっつの」
はあ、とため息をつくカミル。ようやく通じたか、とかなんとか言ってるけど、いやいやいや、ちょっと待ってよ。
「な、なんで!」
「はあ?」
「いやだっておかしいでしょ、なんでいきなりそんな話になってんのよ?」
至極まっとうな質問だったはずなのに、わたしの疑問はまたカミルに「何言ってんだ」と一蹴された。
「昔約束しただろうが。18になったら結婚するって」
「そんなこともあったけど!」
でもそれは、小さい頃……いや、12、3歳ぐらいになってからも言ってたから小さくはないかもしれないけど、でも子供の時のたわいもない約束であって!
「約束は約束だ」
カミルに力強く言われて、わたしは頷くことしかできなかった。けど、いや、おかしいでしょ。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って。ごめん、あの、話に全然ついていけない。一回整理させて!」
混乱してくらくらする頭を押さえながら主張すると、ああ、とカミルは答えた。わたしの肩に再びジャケットをかぶせる。必然的に距離が近くなってどぎまぎした。
「あんたは、わたしと約束したから、結婚するために戻ってきたってわけ?」
「ああ。まあ今回は1週間しか休みもらってないから、正しく言うと結婚式の打ち合わせに帰ってきた、って感じだけど」
あ、1週間はいるんだ、とわたしはなぜか安堵する。そうじゃないってば。
「いや、でもちょっとおかしいわよ。ふつうそういうのはプロポーズとか、交際とか、ちゃんとするでしょ。幼馴染だからって、そんな適当な」
わたしが言うと、真剣な表情でカミルはわたしの手をとった。
「リリアナ、結婚してくれ」
「そうじゃない!」
「いやなのか」
「いやじゃないけど……って、だからそうじゃないんだってば!」
そりゃ、嫌じゃないわよ。好きだった幼馴染だもの。昔はカミルと結婚するんだと信じ切っていた。嫌なはずはない。わたしは拗ねてたことも忘れて正直に言う。でも、おかしくなったのは全部カミル、こいつのせいなのよ。
「あんたが何にも言わず出て行ったんじゃない!わたしがあの時どれだか傷ついたか、わかる!?」
そうだ。わたしが言いたかったのは、ただこれだけ。3年前のあの日、朝起きたら大好きな幼馴染はいなかった。それがどれだけショックだったか。
「裏切られたと思ったわ。わたしは、さよならを言う価値すらない程度の仲なんだって。連絡をくれるのをずっと待ってみたって、結局それもなくって。あんたのことを聞いたのは、噂でよ。騎士様になったんだって。大好きなカミルのこと、わたしが一番知らない、それが、すごく悲しくって、腹が立って……」
「いや、最初は3年も出ていくつもりなくて」
「謝れ」
「は?」
言い訳を始めたカミルにわたしはできるだけ冷たく告げた。実際は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで面白い顔になっていただろうけど、これだけは譲れなかった。
「まず最初に謝って。じゃなきゃあんたの話なんて聞かないから」
逡巡した後、カミルは深々頭を下げた。
「すみませんでした」
3分間頭を下げさせて、わたしはようやくカミルに「顔を上げて」と許可を出した。
ふう。予定とは少し違ったけど、少し溜飲が下がったわ。
***
「最初は、本当に1年ぐらいで帰ってくるつもりだったんだよ。騎士の見習いが終わった後で、ちょっと里帰りでもすればいいかって。でもなんか忙しくて、団長はお前みたいな浮ついた人間帰らせるかって怒るし」
カミルがちゃらんぽらんなのは重々承知してるけど、騎士団でもそんなことしてたのか。苦労がしのばれるわ、見しらぬ騎士団長様。
カミルに謝らせた後、わたしはようやくカミルの言い訳を認めた。言い訳というか、終始こんなヤツだから、状況説明というのが正しい。
「さっきも言ったけど、手紙書くのも忘れてたしさ。ついでに18歳ももう過ぎてるし、さすがにこりゃヤバいと思って休みもぎ取ってきたんだけど」
「なんであんなにいきなり出て行ったのよ」
「15歳から騎士団は入れるって知ってたから、あ、おれ今日で15歳じゃん行かなきゃって感じで」
「ほんとばかじゃないの、あんたって……」
聞けば聞くほどあきれ返ってしまう。本当に、こいつって根本的なところが変わってないんだわ。
「でも、よくよく考えればあの日お前の誕生日だったよな。祝ってやれなくてごめんな、リリアナ」
ぽん、と頭に手を置かれて優しく囁かれ、少しだけほだされてしまったわたしの方が、ばかかもしれない。
「そういうわけだから、おれはずっとお前と結婚したいと思ってた。今でも気持ちは変わってない。今日久しぶりに会って、やっぱり結婚したいともっと思った。お前は、リリアナ?もうお前には別のやつがいるのか?」
急に告白されるものだから、顔の急激な火照りがどうしようもない。思わずわたしも、と言いかけたとき、ふと例の噂を思い出した。そうだった、まだあのことがあるじゃない!
「でもカミル!あんたってやっぱり不誠実だわ!わたし知ってるんだから、あんたが王都で女の子をとっかえひっかえして泣かせまくってたって!」
鬼の首をとったように告げてやると、カミルはいぶかしげな表情をした。あれ、おかしい。もっと焦るかと思ったのに、そんな気配がない。むしろ思い当たる節がないというか……
ややあってああ、と呟いたカミルは爽やかに笑った。
「ヤキモチか、リリアナ」
「ちっが―――う!!!そうじゃないでしょ!?不誠実な男は嫌いだって言ってるのよばか!」
図星をさされて怒鳴るわたしの頭を、カミルは嬉しそうにわしゃわしゃ撫でる。
「だから、そんなの嘘だって。いや、嘘っていうか、まあ正直いろんな人に声かけられたり告白されたりはしたんだけど、おれにはリリアナっていう大好きな婚約者がいるって言い続けてたからな。それで泣かせたことも確かにあったけど」
返り討ちとはこのことか、と思う。不誠実をとがめようとしたら、なんだか逆にのろけられてしまった。しかもそののろけってわたしのことだ。真っ赤になって二の句が継げないわたしに、カミルは「もうないか?」と囁いた。
「もう聞きたいことはないか。お前の聞きたいことにはなんだって答える。それで満足したら、今度はおれの聞きたいことに、答えてくれ」
おれと結婚してくれるか、リリアナ。
カミルの聞きたいことは、わかっていた。なんだか気恥ずかしくて、わたしはカミルにもうひとつ聞いた。
「なんで、騎士様になったの」
カミルが忠誠心とかがあるような男じゃないのは知ってる。こんなちゃらんぽらん男、よく騎士様になったわと感心するほどだ。
だからこそ、不思議だった。カミルは騎士様にあこがれるような人じゃなかったのに、どうして突然。
そう思って尋ねると、カミルは笑って答えてくれた。
「騎士は給料がいいだろ。てっとり早く結婚資金貯めるにはちょうどいいと思ったし、それに」
「?」
「リリアナが言ったんだぜ。騎士様かっこいいって」
『あのねカミル、今日騎士様を見たの!』
『へえ、それで?』
『すっごく、すっごくかっこよかったわ!憧れちゃうわよね!』
昔の会話が、ふと思い出される。確かにそんなことを言ったこともある。けど、それは、ほんの些細な会話で。でも、どうやらそれをカミルは本気にとらえたようだった。
「お前がかっこいいって言ったから。だから騎士になったんだ」
ああ、もうだめだわ。
どれだけ拗ねて見せても、どれだけ素直じゃない言葉を言っていても、わたしはもう負けだった。心が、カミルを求めている。大好きな幼馴染は、3年たっても大好きなままだった。
カミルは、とうとうそこでわたしを向いて、少しだけ緊張したように言った。
彼の後ろに月が浮かんでいる。月の光が映し出す私の幼馴染は、とてもきれいだった。
「リリアナ。好きだ。結婚してほしい」
かっこよくて、明るくて、楽しくて、ちょっとどころかだいぶちゃらんぽらんだけれど。幼馴染に何にも言わないで村を飛び出すわ、音沙汰なしに勝手に結婚引っさげて帰ってくるわ、だいぶ不誠実だけれど。
「もちろんだわ、カミル!」
それでも大好きな騎士様に、わたしは抱き着いてキスをした。了
この小説で書いてみたかったもの
・王道
・幼馴染設定
・ツンデレ少女
・女の子から抱きつく場面
・「謝れ」