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はいそっ 作者:相野仁

九話

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クリスマス番外編

あくまでも特別編です。
本編とは(以下省略)
「クリスマスパーティー?」

 俺は思わず訊き返し、話を持ってきた小早川の美しい顔をまじまじと見つめる。
 彼女は恥ずかしそうに目をそらしながら、うなずいた。
 お嬢様がたのクリスマスパーティーがどのようなものか、興味がないと言えば嘘になる。
 しかし、残念ながら大きな問題があった。

「着ていく物がないよ」

「制服でいいわよ? パーティー会場で着替えればいいのだし」

 小早川の切り返しは想定していなかった。
 制服でいいのはともかく、パーティー会場で着替えるだなんて、そんなこと許されるのだろうか? 
 疑問を口にするとお嬢様たちは微笑で言う。

「別にいいわよ。正規のパーティーじゃないのですから」

 持つべきものは友情に厚いお嬢様ということになるのだろうか。
 他に憂いはないし、クラスメートからのせっかくのお誘いを断るのも忍びない。
 喜んで応じることにした。

「当日は迎えの車を出しますね」

 そのようなことを言われるのは今更である。
 むしろ自力で来いと言われた方が驚いただろう。
 すっかり英陵のカラーに染まってしまった自分がいると、思わずにはいられなかった。
 妹に言うと大いにうらやましがり、土産をねだられて困った。
 別に自慢したわけじゃなくて、クリスマスイブの夕方に外出して夜遅くまで帰ってこない理由を説明したのだが……。

「いいなー。お土産が欲しい」

 言えばあのお嬢様たちのことだから、用意してくれそうではあるが……。
 両親の帰宅時間を確認してみると、いつもの通りだった。
 つまり、妹は一人でクリスマスイブを家で過ごすことになってしまう。
 ……やっぱり行くのはよそうかな。
 自宅とはいえ、妹を夜遅くまで独りぼっちにしておくのはダメだ。
 小早川の家に連絡を入れて断りの言葉を継げる。
 急に断っただけに不審がられ、理由を聞かれたので正直に答えた。

「妹が一人で家に留守番することになりそうなんだよ」

 そんなことできないと言うと、彼女は一秒ほど迷ってから言う。

「じゃあ妹さんも連れて来るといいわ。ご両親の許可をもらってね」

「えっ? いいのかい?」

 俺は一応英陵の生徒だけど、妹は部外者にすぎない。
 英陵のお嬢様たちのパーティーに呼ばれていいのだろうか。

「じゃないとあなたが来れないとなると、きっと誰も反対しないわよ」

「そ、そうかな?」

 小早川の発言は疑問だったが、せっかくのお誘いを台無しにしなくてもいいなら、その方がいい。
 一応千香と両親に伝えておかなきゃな。

「えっ? いいの?」

 妹は目を丸くしたものの、行けるなら行きたいと言う。
 母親は困惑していた。

「千香まで呼ばれていいのかしら」

 父親の方はそれを笑い飛ばす。

「大丈夫だろうよ。相手は大金持ちのお嬢様しかいないんだろ。俺たちの感覚で言えば、出費が十円増えたとかそれくらいの違いさ」

「じゅうえん……」

 母と妹が絶句してしまったのも無理はない。
 人間一人を送迎し、飲み食いする金額が十円で済むのかと思ったのだろう。
 たぶん、十円じゃなくて一円くらいなのが正しいのだろうが、あえて訂正はしなかった。
当日、俺たちはそれぞれ制服に身を包んで待つ。
 俺はもう慣れてしまったが、妹の方は終始落ち着かずそわそわしている。

「ねえ、変なところない?」

 何度目か分からない質問にも辛抱強く答えた。

「ああ、大丈夫だよ」

 公立中学の紺のブレザーと膝が隠れるほどのスカートは、野暮ったくはあるが千香には似合っている。
 俺とは違って細部までだらしないところが見られず、隙がない。
 審美眼が鍛えられているお嬢様たちの目にも耐えられるはずだ。
 やがてインターホンが鳴り、千香の体がびくりと震える。
 俺が出ると聞き覚えのある男性の声が届く。
 これはたしか、小早川の家の運転手さんだ……とっさに名前は出てこなかったが。

「康弘様、そして千香様でございますね」

「本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いいたします」

 ガチガチに緊張している妹も、優しく紳士的にエスコートされてリムジンに乗り込む。

「り、リムジンだよ。本物の」

「いつもこうだぞ?」

 初めて乗ったせいで緊張と驚き、興奮が混ざった声を出す千香を、落ち着かせようと空気を読んでいないような発言をする。

「私は初めてなの! お兄ちゃんは乗りすぎ! 何でお嬢様の家の車に乗り慣れているのよ?」

 正論だと思うが、俺に拒否権なんてないようなものだと分かってほしいな。
 いや、これから嫌でも理解することになるのか?

「今日はお嬢様の家には行かないんだよね?」

「ああ、何でもパーティー会場を抑えているとか」

 妹の問いに答えながら、たぶん借りるんじゃなくて誰かの家の持ち物なんだろうなと思う。
 車で三十分ほどかけて、パーティー会場と言うよりはどこかの別荘じゃないかという場所にやってくる。
 家と言うよりは映像で見る外国の古城みたいな建物が並んでいて、まるで日本じゃないみたいだ。

「お兄ちゃん、ここどこ?」

「知らない。初めて来た」

 いくら何でも初めて来る場所のことなんて分からないよ。
 ただ、こういうところを持っている家は天下の英陵の人たちと言えども、限られているはずだ。
 まさかと思うけど、百合子さんも来ていたりするのか……?
 兄妹の驚きと疑問をよそにリムジンは滑らかに停車する。
 他の車もカタログでしか見ないような高級車ばかりなのは今さらだろう。
 俺たちが案内されるのはひときわ大きい、ヨーロッパの宮殿みたいな建物だ。
 ○ッキ○ガム宮殿というやつが一番近いかな?
 筋骨たくましいガードマンたちが十人以上庭にいるし、大きな正面口の前にも二人いる。
 何人かの顔には見覚えがあるから、お嬢様が登下校する際についている人たちが混ざっているんだろう。

「赤松康弘様、千香様がお見えになりました」

 男性が声をかけるとガードマンがうなずいて門を開けてくれる。

「いらっしゃいませ。ようこそ」

 するとそこには華やかに着飾った小早川とデジーレがいた。
 小早川は青、デジーレは情熱の赤で、デジーレは髪を結いあげている。
 お嬢様たちが立ったまま何分も待つなんて周囲の従者たちが許すはずがないため、俺たちが気づかないところ例の男性が到着を知らせていたのだろう。

「お招き、ありがとうございます」

 こういうあいさつで本当にいいのかと思うのだが、招いてくれる本人たちがいいと言ってくれているのだから従っている。

「は、初めまして。康弘の妹の千香です。いつも兄がお世話になっております」

 千香がおっかなびっくりあいさつすると、二人はにこやかに応じてくれた。

「ようこそ。皆さんお待ちかねでしてよ」

 小早川が言って俺たちを誘導する。
 案内された大ホールにはドレス姿のお嬢様たちと、忙しそうに動く執事たちの姿があった。

「皆さま、赤松さんがお見えですよ」

 小早川がよく通る声で言うと、いくつかの集団に固まっていた少女たちが一斉に集まってくる。
 誰も走ったりしないどころか、早歩きをしている子さえもいない、静かな移動だった。
 それでも四十人から五十人くらいが同時にとなると、けっこうな迫力がある。
 えっと、うちのクラスは全員いるのはいいとして、百合子さんがいて、生徒会の面子も全員いるな。
 とりあえず順番に目を白黒させている妹を紹介していく。

「生徒会の皆さんもいらしているとは」

 と俺が言えば

「あら、仲間はずれ?」

 と高遠先輩に切り返される。
 滅相もないと言うしかなかった。

「みんな、美人だね」

 あいさつがすんだ千香は圧倒されたようにつぶやいてから、意味ありげに俺を見る。

「こんな美人たちに囲まれていて、誰にも手を出さないなんてお兄ちゃんだいじょうぶ?」

「俺の理性と自制心を褒めるところだぞ」

 小声で言われたのを小声で応戦していると、準備が整ったとのことで食事が始まった。
 出されてくるのは野菜の前菜にスープ、七面鳥を焼いたものとどこかで見たことあるものが多い。
 俺たちに対する配慮だろうか。

「お味はいかがかしら?」

 小早川がかすかに不安そうな面持ちで聞いてくるのは、彼女の家のシェフが担当しているのかな。

「美味しいです。すごく美味しい。……ごめんなさい。他に言葉が思いつかなくて」

 千香は恐縮しきりだが、兄はその気持ちがよく分かるぞ。
 少なくとも庶民は本当に美味いものを食べたら、語彙が死んでしまうんだ。
 野菜もシャキッとしているし、スープもくどすぎないし、七面鳥の肉は柔らかいし肉汁も、ソースも。
 うん、俺の言っていることって、果たしてどれだけ的を射ているんだろうな。

「よかったわ」

 小早川はくすりと笑い、千香は縮こまる。
 可哀想だからそっと小声で教えておいた。

「あれは安心しただけで、お前を笑ったわけじゃないぞ」

「よく知っているのね」

 何故か妹ににらまれてしまう。
 こいつのフォローをしたはずなんだけどなあ。
 釈然としない思いを抱えながら言い訳をする。

「だってもうそこそこの付き合いだからね。半年は過ぎた」

「ふーん」

 何故かつまらなさそうな顔をされたが、周囲はお嬢様だらけなのだから兄妹喧嘩を始めるわけにもいかない。
 食事がすんだ後のティータイムでは千香がよく話しかけられていた。
 知り合いがいないこいつが孤立しないようにという配慮だろう。
 ありがたいかぎりだ。

「千香さんも我が校を受験なさるの?」

 小早川の問いに千香は迷いを口にする。

「迷っているのです。模試の判定だとA判定なのですが」

 合格偏差値七十以上とされる英陵でA判定を出しているだと……うちの妹はバケモノかよ。

「あら、康弘さんから妹さんはとても優秀だとうかがったことがありますけど、とても素晴らしいですわ」

 クラスの女子たちが口々に褒めるが、君たちも大体似たようなものじゃないか?

「でも、女子だと兄のような特別待遇はないのですよね?」

「いいえ、外部受験の方は申請されれば通ると思いますよ?」

 千香の問いに答えたのは、何と翠子先輩だった。

「翠子様」

 同級生たちにさっと緊張が走り、席があけられる様を見て妹も、大物の登場だと感づいたらしい。

「えっ、でも兄から聞いた話では……」

 困惑する千香に翠子先輩が応じる。

「ここ数年、彼以外に外部受験の合格者はいませんでしたから。彼がご存じないのは仕方ないでしょうね」

 言われてみれば、高校受験組とは一度も会ったことがなかったな。
 誰か一人でもいてくれたら、外部組の苦労を分かち合えたかもしれないのに。

「そうだったのですね」

 千香は頷いてから、彼女に聞いてみる。

「この間の模擬試験では県で一位だったのですが、それでも厳しいのでしょうか」

 それは学生に聞くことじゃないだろう、妹よ。
 翠子先輩に訊きたくなるのは分からないでもないが。

「県で一位だなんてとても素晴らしいですね。十分チャンスはあると思いますよ? 彼を見ていれば、妹さんも素敵な人なのだろうなと思いますし」

 お嬢様たちが一斉に同意し、何だかとても恥ずかしい気持ちになる。
 褒められているのは分かっているんだけどね……。
 千香は奇妙な顔でこっちを見てくる。
 「一体学校で何をしているのか?」と顔には書いてあった。
 言葉にしなくても生まれてからの付き合いだからな、いちいち言われなくても分かるよ。

「ところで先輩、いつになったら僕たちは着替えるのでしょう?」

 会場に着いたらすぐに着替えるのかと思っていたのに、結局制服のままご飯を食べてしまった。
 他の人は皆ドレス姿で俺たち兄妹だけ制服だから、場違い感が凄いことになっている。

「ふふふ、食事は終わったからそろそろですよ。わたくしたちもですけれど」

 お嬢様たちも? お色直しってやつか?
 まあ、お嬢様たちなら高そうなドレスを何着も持っていたところで違和感ないけど。
 会場で見られるメイドの数を見れば、着替えを手伝えるだけの人数はいそうだし。

「ではお召し替えの時間とさせていただきます」

 場を仕切るのはやっぱり小早川か。
 委員長も大変だな。
 お嬢様たちが席を立ち、千香はデジーレに案内され、俺は執事の人に別の部屋に連れていかれる。
 そこに用意されていたのはタキシードと赤の蝶ネクタイだった。 
 俺に似合うとは思えないんだが、言っても通らないんだろうなあ。
 執事に手伝ってもらうという稀有の経験をして、新しい衣服に身を包み会場に戻る。
 さてお嬢様たちの次のドレスは……と思っていた俺は我が目を疑い固まってしまう。
 何故なら彼女たちが着ていたのはドレスではなく、メイド服やサンタ服だったからだ。 
 しかもどういう理由か、全員見事な太ももがはっきりと露わになったミニスカートである。

「えっ? えっ? えっ?」

 状況に理解が追い付かなかったとしても、気持ちは理解されていいと思う。
 ミニスカサンタの小早川と翠子先輩が俺のところへ近づいてきて、恥ずかしそうに尋ねる。

「ど、どうでしょうか? 似合っていますか?」

 美少女がミニスカートを着用しててしかも恥ずかしがっているとか、破壊力が反則級なんですが。
 おまけに人数がたくさんとなると掛け算になると思う。

「は、はい。反則です。理不尽です。究極に似合ってます」

 自分はいったい何を言っているのだろうと思うようなことが、ポンポン出てくる。

「よかった。勇気を出した甲斐がありましたわ」

 お嬢様たちは俺に似合っていると言われたのがよほど嬉しかったのか、口々に喜びの言葉をつむぐ。

「でも皆さんどうしてその姿なんですか?」

 メイドは身近な存在なんだろうからともかく、サンタの衣装なんてどこで情報を入手してきたのだろうか。

「え、殿方は喜ぶと調べたら出てきたのですが……」

「あ、赤松さんの好みではないのですか?」

 お嬢様たちが一斉に動揺しはじめる。

「い、いえ、好きですよ」

 おかげで全力で彼女たちを肯定しなければならなかった。
 似合っているかどうかで言えば似合っているし、好きかどうかで言えば好きである。
 目のやり場に困ることは困るけど、水着の時ほどではないし……。

「私たちはどうですか?」

 次に聞いてきたのは百合子さんを代表にしたメイドチームである。

「もちろん、似合っていますよ。しかしどうしてまた?」

「えっと、クリスマスプレゼントの一環と申しますか」

 百合子さんはモジモジとしながら答えてくれた。
 まさかと思うけど、俺へのクリスマスプレゼント代わりなのか……。
 恥ずかしいのを我慢して着てくれたなんて最高すぎるな。

「お兄ちゃん?」

 千香のじとっとした目が非常に痛い。
 嬉しいけど、俺が頼んだわけじゃないから。
 心の中で言い訳しつつ、疑問に思う。
 家の人たちは誰も反対しなかったのか?

「誰にも反対されなかったのですか?」

「反対はされましたが、多くのことを知るのもまた上に立つ者の役目だという理屈で説き伏せました」

 百合子さんがにこりと笑うと、翠子先輩も続く。

「ええ。こすぷれでしたか? そういった楽しみがあるとは知っています。どのようなものか知らずして語るのは愚かではないですか。こすぷれを楽しむ人の気持ちを知る為にこすぷれをしてみると申し上げたのです」

 英輔さんなら、たしかにその理屈で納得しそうだなあ。
 他の家の人も似たようなものなのか。
 感心して唸っていると、お嬢様たちが不安そうな顔でこっちを見つめている。

「不愉快ではないのですか? 私たちは上に立つ者、あなたとは違うと言ったようなものなのですが」

 百合子さんはそんなことを言うけど、それはただの事実だからなぁ。
 ただ、庶民の楽しみ、庶民の考え方を知ろうと思う分、知ろうともしない連中よりもよっぽど立派なんじゃないかな。

「人の気持を考えろ。相手の身にもなれってのは万人共通なのかもしれないね。そしてみんなはそれをやろうとしている。立派だと思う」

 俺の言葉を聞いたみんなは安堵していた。
 ……それに比べて俺はそういうことをしていたかな? 住む世界が違うと諦めていたんじゃないだろうか。
 彼女たちと比べて相応しくないとしたら、生まれよりもまず考え方こそが問題じゃないか?
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