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はいそっ 作者:相野仁

八話

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15

 午後一番の競技は、クラブ対抗リレーである。
 運動部部門と文化部部門に分かれて、百メートルを八人の走者がバトンをつないでいく。
 運動部と文化部で分けられているのは、やはり運動部の方は有利と見られているからだろうか。
 陸上部、テニス部、剣道部、合気道部、バスケ部、水泳部が並ぶ。
 そうか、女子校だから野球部やサッカー部はないのか。
 女子野球や女子サッカーもあるところはあるんだろうけど、英陵では違うということだ。
 運動部は不熱心で、どちらかと言えば社交ダンス、茶道や華道、日本舞踊がさかんなところだしな。
 それでもやはり陸上部は専門職だけあって強い。
 次にバスケ部、それからテニス部で、他はどんぐりの背比べ状態だった。
 続いては文化部部門である。
 美術部、手芸部、料理部、茶道部、華道部、書道部といったメンバーだ。
 周囲からざわめきが起こったのは、紫子さんが華道部の走者として出場したからじゃないだろうか。
 姫小路先輩の次くらいに人気がある人だからな。
 ピストルが鳴らされ、皆が走り始めたけど、あまり速くはない。
 それでも先頭に立ったのは料理部だった。
 華道部、茶道部、書道部は更に遅いらしい。
 まあ、走るのが苦手な人も多いのだろう。
 さて、紫子さんはと思っていたが、決して速くはなかった。
 ただ、他の人よりも特に遅いと言うわけでもない。
 声援がずっと大きくなったものの、それくらいだった。
 それくらいと言うのも変な話だとは思うのだが、英陵の子たちの声援というのは上品でお淑やかなものばかりなのである。
 せいぜい、声をちょっとあげたり拍手をしたりするもの。
 大声をはりあげたり、喚き立てたりといったことは誰もしない。
 こういうのを見ると、ここはお嬢様学校なんだなと嫌でも思い知る。
 結局、料理部が一着でゴールした。
 ここまでは勝敗とは一切関係がないお祭りである。 
 そしてこの次は、学年全体の綱引きだった。
 三学年合同でチームを作る為、大人数になる。
 けどまあ、三学年ばらばらにやったらかなり時間がかかるだろうから、仕方ないのかな。
 今度は俺一人だけが残される。
 覚悟はしていたけど、やっぱり寂しいものがあるよなあ。
 来年、男子生徒が増えてくれないかな。
 一人二人増えたくらいじゃ変わらないだろうけど、十人くらい増えたら何かできるんじゃないか?
 そう期待はしたい。
 それまで俺が生き残れたらの話だが、今の調子だと何とかなるんじゃないかと思える。
 綱引きは複数の試合を同時進行でやっているが、実力伯仲と言うべきか、なかなか勝敗は決まらない。
 腕力がある子も体重が重い子も、どちらも英陵には皆無だからな。
 スレンダーなタイプ、モデルのようなタイプ、デコボコがはっきりしているタイプしかいないのだ。
 女性芸能人養成機関だと言ったら、果たして何人が真に受けるだろうか?
 誰も疑わなかったりするんじゃないだろうか。
 プロの栄養管理士を雇ってばっちり管理している、と言われても信じるしかないレベルの高さである。
 千香が圧倒されていたのも、このあたりが理由だろう。
 ピストルが鳴り、勝負の決着がついたことを教えてくれた。
 七組は……お、勝っている。
 あいにくと一発勝負じゃなくて、三回勝負で先に二勝した方が勝ちなんだよな。
 えっと後は五組……負けている。
 これは練習してもあんまり意味がないような気がするしなぁ。
 それとも俺が知らないだけで、綱引きってやる気と練習だけで何とかできるのか?
 うーん、でも結果を見ている限り、そんな事はなさそうだ。
 七組はもう一度勝ち、五組は負ける。
 どこも一回目と同じ結果になったのだから。
 どうやらすぐに勝敗が決まらないだけで、実力差は存在していたらしい。
 綱引きはこの後、勝った五組が総当たりで順位を決める。
 負けた五組はポイントが一律になるというシステムだ。
 はっきり言ってややこしいし、総当たりにするなら三学年一チームにした意味がない気がしてならないんだけど、これが英陵のやり方だと言われたら、「そうなのか」と引き下がるしかない。
 負けたチームだけが退場し、勝ち残ったチームが戦っていく。
 おっと、八組も負けたのか。
 百合子さんが残念そうな顔をして、戻ってきているので気がついた。
 他にも悔しそうな子はいても、やり方にとまどっているような子はいない。
 やっぱりこれが伝統なんだろう。
 七組は勝ち残ったので、注目していよう。
 たった一人で応援するのも何だか恥ずかしいから、せめて見届けないと。
 五組しかいないから、一組だけが休憩できる計算だ。
 けれども、勝ち組同士の勝負は一発勝負である。
 本当にどうしてこんな形式にしたんだろうか?
 俺がもう一度疑問に思う中、戦いは進んでいく。
 五組は勝ち、負け、負け、勝ちという成績で三位に終わる。
 優勝したのは九組で、二位が一組だった。
 これによって順位が変動する。
 一位は五組のままだけど、二位の一組との差が詰まったのである。
 七組は四位になっていた。
 接戦が予想されると言われていたのは、間違ってはいなかったんだなとしみじみと思う。
 綱引きが終わったら、次は二年のダンスである。
 勝ち残っていた組の二年は休めないわけだから、ちょっと気の毒だな。
 と思っていたら、綱の片づけの為に少し休憩を挟むという。
 これは心憎い差配だと感じた。
 片づけているのは生徒でもなく、先生でもない人たちである。
 この日の為に雇ったというわけじゃないだろうけど、それにしても見覚えのない顔ばかりだった。
 ……まさか本当に今日だけ雇用したんじゃないだろうな?
 普通であればそんな馬鹿なと一蹴されてしまう考えだが、ここは英陵だからあり得ない話ではない。
 そもそも、体育祭の準備だって俺たちは何もしていないんだからな。
 この光景に疑問を覚えるとしたら、俺以外には俺の家族くらいだろうか。
 他の子たちはお行儀よく待っている。
 ここで雑談とかが発生しないのが、英陵たる所以じゃないかと思う。
 中学時代までだったら、待機時間がここまで静かだなんてまずありえない。
 これが不気味に感じられなくなったってことは、俺もすっかり英陵に馴染んだってことなんだろうなあ。
 そう思うと何だか感慨深かった。
 最初はどうなることかと本気で感じていたからな。
 ただまあ、こうなってくると俺の感覚がズレてきていないかどうか、心配になってくるんだが。
 夏に北川たちと会ったかぎりだと大丈夫だとは思うけど、あまり楽観はしない方がいいかもしれない。
 あれは短い時間だったしな。
 後、海で会った女性たちは失礼ながら、あまりイケているとは思えなかった。
 比較対象が英陵の女子たちになってしまったせいだろうか。
 翠子さんや紫子さんより綺麗な女性なんて、果たしてこの世に存在しているんだろうか?
 いないとは断言できないけど、俺が生きている間に遭遇するとは思えない。
 そう考えれば、女の子に対する感覚はもうズレてしまっていると判断するべきかな?
 自覚はなかったけど、こうして振り返ってみれば、基準が英陵の子になってしまっている気がする。
 これはなるべく早く矯正した方がいいだろう。
 英陵の女の子に匹敵する子なんて、外にはそうはいないんだろうし。
 いたところで俺にとってはやっぱり高嶺の花だろうしな。
 でも、矯正ってどうやればいいんだろうか?
 女の子に失礼なことはしたくないし……ましてや女の子に相談なんてできない。
 百歩譲って千香くらいだろうか。
 少し前のあいつに言っても馬鹿にされるか、そうでなくともまともにとりあってもらえなかったかもしれないが、英陵に来て女の子たちのレベルを見た今のあいつなら、相談に乗ってくれるだろう。
 まあ、反対に俺があいつの相談に乗らなきゃいけない可能性だってあるだろうけどさ。
 男の俺は全くの異分子だから、逆にどう扱っていいのか分からずに鄭重にされた可能性はある。
 ……うーん、正直なところ、女の子だったら厳しくなるっていうのは想像できないなあ。
 そもそも自分たちとは全く違う世界に住んでいる、庶民にここまで優しい子たちなんだし。
 まあ、今はいいや。
 それよりも二年生のダンスがはじまるから、そっちに注目しよう。


 二年生のダンスは外国のものだった。
 相羽にこっそりと訊いてみると、アイリッシュダンスの一種らしい。
 アイリッシュっていうことは、アイルランドか?
 本来はこういった集団で踊るようなものではないとのことだけど、アレンジしているようだ。
 そりゃまあそうなんだろうな、としか俺には思えない。
 ダンスの良し悪しなんてよくわからないからな。
 二年生のダンスは三年生と比べると、ちょっと下手かもしれないって気はする。
 でも、何となくって感じなんだよなぁ。
 最前列の中央にいるのは紫子さんで、この人だけは別格に上手い。
 そう言えば姫小路先輩も上手だったよな。
 やっぱりいい家柄の人は、ダンスも叩き込まれていたりするんだろうか。
 ため息しか出てこない。
 せっかくだからと他の二年生も探してみる。
 内田先輩、水倉先輩、藤村先輩、それから季理子さんを。
 他の人たちは、それぞれ自分のクラスらしきところにいた。
 ただ、内田先輩以外の全員が最前列だったりする。
 こうして見てみると、一番上手い人を一番前の列に持ってくる傾向にあるようだ。
 となれば内田先輩は……?
 なんてちょっと失礼なことを考えながら姿を探してみたら、何と紫子さんと同じクラスにいる。
 あれ、あの二人って同じクラスだったのか。
 全然知らなかった。
 英陵は初等部からあるせいか、大概の相手と仲良かったりするし、そうでなくても面識はあるんだよなぁ。
 だから親しいからと言って同じクラスだとは限らない。
 もとより仲が悪い子同士なんてものをまだ見たことはなかったりするんだが。
 それどころか、喧嘩らしきものさえ一度もないんじゃないか?
 改めて考えてみると、割と異常と言うか非常識なところなのかもしれない。
 そして一番恐ろしいのは、そのことに今まで一度も違和感を覚えさせなかったこの学校の雰囲気じゃないだろうか。
 英陵って本当にすごいところなんだなとひしひしと実感する。
 魔境と言ったら失礼にもほどがあるな。
 だからと言って、パラダイスというのも何か違う気がする。
 本音を言うと俺が英陵はパラダイスだと言うと、変な誤解を招いてしまいそうなんだ。
 だって男は俺だけで、他は皆美人のお嬢様たちだからな。
 間違っても言葉にはしちゃいけないだろう。
 誰かに聞かれたりしたら、俺の人生が詰む。
 変な考えを追い払い、ダンスに戻る。
 あいにくと二年のダンスは終了で、拍手が起こっていた。
 急いで皆に倣う。
 二年のダンスに拍手をしないとか、ひんしゅくを買ってもおかしくないやらかしである。
 声に出して言われたことは一度もないものの、そういう空気は確かにあった。
 もっとも、初めは困った表情で優しく指摘される、といった具合だけど。
 その間に修正すればセーフなので、絶望感はない。
 二年が退場すると今度は一年生のダンスだ。
 皆の顔には気負いというものがない。
 ただ、少し高揚しているそぶりが見られる。
 こうして見ていると、一声かけたくなった。

「皆、リラックスな」

 そう言いながら肩をゆすって見せる。

「はい。ありがとうございます」

 クラスメイトたちからは笑みがこぼれた。
 俺の言葉で落ち着いてくれたらいい、なんてかっこいいことは言えないけど役に立てたなら何よりである。
 一年生が入場していく。
 彼女たちが踊りは練習で何度も見ていた。
 こうして見るとやっぱり二、三年にはかなわないと思う。
 ただ、デジーレと百合子さんはさすがに上手だった。
 この二人だけは上級生たちに少しもひけをとっていないんじゃないかな。
 それに他の子たちの生き生きとした表情とはつらつとした動きは、とても見ごたえがあった。
 学年ごとで全く違う種類の踊りを踊るというのは、いいもんだなと感じられる。 
 これがすむと二年のムカデ競争、一年の借り物競争だ。
 三年はもう競技はなくなるわけだが、最上級生の特権みたいなものらしい。
 基本的に英陵の学生たちは英陵女子大に進学するものだから、受験戦争なんてないようなものだと思うが。
 中には外部受験をする人もいるんじゃないかと思っていたんだけど、めったにいないらしい。
 親の後を継いで会社の経営に加わるという発想さえないのは、かなり意外だった。
 このへんに関してはつっこんで訊いていないから、何か理由があるのかもしれないけど。
 姫小路家とか桔梗院家とか、後はデジーレの家とかはまだしも、相羽は自分の家の役員になったりしないのかって思うんだよな。
 それが庶民的発想だと言われたら返す言葉がないんだけど、どこが庶民的なのかがさっぱり分からない。
 いつか小早川にでも訊いてみよう。
 個人的には相羽の方が聞きやすいんだけど、さすがに本人に訊くのは勇気がいる。
 二年のムカデ競争は五組が優勝し、十組が二位に入った。
 何だかんだで五組が強いのか?
 ここから見ている限りだと他の組とほとんど差はないようにしか思えない。
 それでも勝つということは、ぎりぎりのところで違いが出ているんだろう。
 お嬢様たちにも執念みたいなものはあるということなのか。
 かなり失礼かもしれないが、とても意外だった。
 博愛精神、譲り合い精神のかたまりみたいな一面しか知らなかったのだから。 
 女って色んな顔を持っているんだよ、とおませな表情で千香が言っていたことを思い出す。
 何を生意気な、と思っていたんだが……。
 借り物競争はどうなるんだろう。
 普通に考えれば足の速さよりも、何を借りるのかという運の方が大切な気がするんだけど。
 それならばどこにもチャンスはあるんだろうが、ポイントを考えるとなあ。
 俺はちらりとボードを見る。
 借り物競争の得点配分がクイズゲームとかように、バランスを無視して高くない限り、五組の優勝は決まった。
 そのせいか、五組はちょっと嬉しそうだし、他の組は悔しそうである。
 よく見ないと分からないような差でしかないんだけどな。
 勝った喜びや負けた悔しさはあるようだけど、何となく粛々と進行しているように思えた。
 これが英陵の品格と言われたら納得するしかない。
 中学時代まではもっと騒がしかったからなぁ。
 それを言えば、プログラム進行もここは静かで淡々としているか。
 さて、借り物競争だ。
 これの目玉の一つは、借りてくるように指定された物がユニークだったり、面白かったりするものだと思うけど、さすがに英陵だとあんまり奇抜なのはないかなぁ。
 ハンカチとかスーツの上着とか腕時計とか、せいぜいそれくらいだろう。
 中学時代はかつらとかあったけどな。
 競技がはじまると、皆はスタートして白い箱まで走っていき、紙を一枚引く。
 それが運命の分かれ道だ。

「白いハンカチをお持ちの方はいらっしゃいませんか?」

「黒い靴を履いていらっしゃる方、お力添えをお願いいたします」

 うーん、聞こえてくる呼びかけの声も穏やかで上品なんだなあ。
 これ、競技の真っ最中だなんて言っても、信じてもらえないんじゃないか?
 そう思ってしまったほど、和やかなムードである。
 のほほんとした気分で見ていると、三組の女子がハンカチを持ってゴールをした。
 それから七組の子が、黒い靴を履いた男性と一緒にゴールをする。
 さすがに靴は脱がせたりはしないんだな。
 いや、そんなことを思いつくような子じゃなかっただけかもしれない。
 そんな一コマが何度か繰り返されるうち、一人の女子がこっちに向かってきているのが見えた。
 あれは百合子さんだよな。
 何でこっちに……俺しかいないところに来るんだ?
 もしかして、男子生徒なんて紙に書かれていたのか?
 そうでなくても男物の靴とかそんなものだったかな?
 借り物競争は他のクラスの為になるようなことでも、協力しないわけにはいかない。
 気持ちの準備だけをすませると、そこに息を切らせながらやってきた百合子さんが緊張した面持ちで、持っている紙をそっと差し出してくる。
 紙には一年生とだけ書いてあった。
 こ、これは……どういうことだ?
 百合子さんのどこか不安そうな、すがるように向けられる潤んだ目。
 いや、変な勘ぐりは止めよう。
 きっと競技に参加しているメンバーでもいいだなんて、とっさに思いつかなかっただけだ。

「行きましょう」

 そう声をかけて、ほっとした表情の百合子さんと一緒に走り出す。
 彼女は運動が苦手だが、俺は男子の平均くらいの力はあった。
 つまり、気をつけないと百合子さんを置き去りにしてしまう。
 俺が恥をかくのは自業自得だけど、彼女を巻き添えにするわけにはいかない。
 などという風に気を使っているのがバレバレなのか、彼女はとても申し訳なさそうな顔をしている。
 借り物競争なんて、こんなものなのにな。
 俺だからそう思うだけで、真面目で性格のいい百合子さんは割り切れないのかもしれない。
 やがてゴールが見えて、四番目でゴールをする。
 俺一人だったら、二番くらいにはなれた可能性もあったけど、言っちゃいけないし考えるのも失礼だな。
 それにこの後は全学年によるダンス、つまり俺の出番がくるので少しずつ緊張してきて、余裕はなくなってきている。

「ご協力頂きまして、どうもありがとうございました」

 やけに丁寧に礼を言ってくる百合子さんと別れて、自分の席へと向かう。
 観客席から視線の集中砲火を浴びてきるのは、恐らく気のせいじゃない。
 でも、気にしていないふりをしないと。
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