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はいそっ 作者:相野仁

八話

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14

 女子たちの興味混じりの視線を受けて、俺は妹を紹介する。

「こいつは妹の千香だよ」

「初めまして、赤松千香です。いつも兄がお世話になっております」

 ここまでは先ほど水倉先輩と会った時と、同じパターンだった。
 後はクラスメイトたちを紹介するだけである。
 千香が妹と知った同級生たちは、どこか空気が柔らかくなった気がした。
 やっぱり得体のしれない人間がいる、となると緊張なり警戒なりするんだろうか。
 庶民とお嬢様とでは、まずこのあたりの感覚が違うのかな。

「小早川です。クラスの委員長をしているの」

 先陣をきったのは小早川だし、てきぱきと仕切ってくれる。
 こういう時頼りになるので、この場にいてくれたのはありがたい。

「それで、妹さんはどうしたの?」

 当然の疑問を委員長殿がぶつけてきた。

「いや、一応受験の志望校の一つがここらしくて、見学したいって言うから連れて行ってもいい場所に連れて行っているところなんだよ」

 説明に女子たちは理解を示す。

「もしもの時はよろしくお願いします」

 千香はもう一度おじぎをする。
 かなりお行儀よくふるまっているな。
 そのせいかクラスの子たちの印象は悪くなさそうだ。
 小早川はどこか探るような視線を俺に向けてくる。

「えっと、言いにくいんだけど、女子の編入試験となると難易度があがると思うんだけれど」

 言いたいことは分かったが、こいつの成績を知らないからこその言葉だよな。
 俺はあえて妹に訊いてみた。

「たぶん、大丈夫だよな?」

「うん。この間の模試、全国で七位だったし」

 千香は自慢するわけでもなく、淡々と答える。
 こいつにしてみればいつもの成績だからだし、なかなか五位以内に入れないことを悔しく思っているようなのだ。

「えっ?」

 ただし、小早川たちはびっくりしている。
 当然と言えば当然だろう。
 兄の方はそこまで成績がいいわけではないのに、妹がずば抜けて優秀だと言うんだから。

「全国で七位ですって?」

「まどか様並みの成績ね」

 珍しくひそひそと小声で会話が発生する。
 高遠先輩並み……? あの人ならそれくらいできても別におかしくはないか。
 そう言えば、女子の具体的な合格ラインって俺は知らないな。
 小早川たちだって詳しくはないかもしれないけど、俺よりはマシだろう。
 と考えて訊いてみることにする。

「妹は英陵に受かるラインはあると思うかい?」

 小早川は虚を突かれたのか、目を丸くしたものの、ゆっくりと首を縦にふった。

「先生がたじゃないから断言はできないけど、それだけの学力があるならば、不安はないと思うわ」

「ちょっとお兄ちゃん」

 千香が遠慮がちに俺の二の腕を叩く。
 おっと、何かやらかしたらしい。
 それは分かったけど、何が悪かったのかこの場じゃ訊けないな。
 頬が若干赤くなっているところを見たかぎりでは、小早川に相談されたのが恥ずかしかったようだが。
 その妹にお嬢様たちの視線が集まったものの、誰も話しかけない。
 いくらもの珍しいからと言っても、育ちがいいお嬢様たちは人間を珍獣扱いはしないのだ。
 これも俺が経験したことである。
 少しくらいは話しかけてもらえた方がありがたいのだが、世の中とはままならないものなのだろう。

「せっかくだし、訊きたいことがあったら訊いておいたら? 俺じゃ分からんことも多いだろうし」

 そう言って千香の華奢な背中を押す。

「えっ?」

 何やら妹は慌てだした。
 普段、大人っぽくてちょっと生意気なしっかり者にしては珍しい。
 視線を向けている相手が相手だから、緊張でもしているんだろうか。

「え、いいよ。恥ずかしいよ」

 千香は慌てて俺の背後に回ってしまう。
 あれ、こいつ、こういうキャラクターなんかじゃないのに……。
 不思議に思ったけど、あまりしつこくするのはやめておくか。
 兄の情けだ。

「まあ、縁があったらうちの妹をよろしくね」

「はい」

「喜んで」

 お願いすると即答される。
 皆、本当に優しくていい子だよなぁ。
 英陵のお嬢様たちの性格のよさにじんわりしていると、どういうわけか千香の表情がくもる。
 と言うよりは、ちょっと引きつっているのか?
 ああ、裏表のないまっすぐで純粋な子たちばかりだからな。
 慣れないと厳しいものはあるのかもしれない。
 俺はその点男だし、目の保養になったり、心が癒されると思えばいいから。
 ……うん、もしかして、女同士の方がきついのか?
 じゃあ、無理に英陵に入らなくてもいいんじゃないかな。
 こいつの学力なら、高校入試があるところはどこでも受かるだろうし。
 英陵ほどお嬢様オンリーのところは珍しくても、金持ちが多いところの学校なら他にもあるだろう。
 さすがに今は口に出せないけど、後になってそれとなく言ってみようか。
 少しずつではあったが、戻ってくる人間が増えてきている。
 千香の様子だとこのまま待っているのも、よくないかもしれない。
 理由はイマイチ分からないけど、固くなっているのは確実だからだ。

「それじゃ、一度妹を観客席まで送っていくよ。また後でね」

「はい」

 笑顔のお嬢様たちに見送られて、兄妹は場所を離れる。
 七組の位置から観客席まで行くには、どうしても他の組の席の近くを通らなければならない。
 だからどうしても視線を浴びてしまう。
 何となくだけど、千香は居心地が悪そうだった。
 あまり注目され慣れていないんだろうか?
 こいつの学校生活はよく知らないんだが、顔も頭もいいし性格も悪くない人気者だったはず。
 以前、遊びに来ていた友達がそんなことを言っていたと記憶している。
 それともここでは勝手が違うのかな?
 こいつは勝気なようでいて、意外と繊細だったりするからなぁ。
 どこか妹を庇うような位置を確保しながら、歩くことにする。
 誰も話しかけてこないのは幸いだと思っていたが、千香にしてみればむしろ話しかけてもらった方がいいのかもしれない。
 そんな考えが浮かんできた時、前から百合子さんが歩いてくるのを見つけた。
 近くには取り巻きらしき女子たちがいない。
 おそらく家族と一緒だった為、別れたのだろう。
 それとも桔梗院という家に遠慮したんだろうか?
 詳しいことは分からないけど、百合子さんの実家もすごいところらしいし。
 そのすごいところのお嬢様は、俺と目が合うとパッと表情が明るくなる。
 それから千香の存在に気がつき、困惑が浮かぶ。
 ……うん、これは素通りされることはないな。
 そんな風に思っていたら、案の定話しかけられた。

「赤松さん、こんにちは。……あの、そちらの方は?」

 もじもじと恥ずかしそうに、それでも視線は千香に固定されている。
 大人しいタイプの百合子さんにしてみれば、質問一つするだけでも勇気がいるのだろう。

「妹の千香だよ。ほら、挨拶」

 俺が言うと頭をぺこりと下げて、何度めか分からなくなってきた挨拶をする。

「ああ、妹さんでしたか」

 納得したような、安心したような表情だ。
 これも一度や二度ではない。
 見覚えのない顔がうろうろしている、というのはお嬢様たちにとっては一大事なのか。
 不安になってもおかしくはないし、身元を確認したくなっても無理もない。
 考えてみれば、当たり前の話だった。
 これは俺が悪いんじゃないか?
 家や学園が雇った護衛があちこちに待機しているし、中に入れるのは生徒の身内だけなんだから大丈夫だろう、と決めつけていた。 
 英陵の女の子たちの箱入り娘っぷりを理解しきれていなくて、まだまだ侮っていたと言わざるを得ない。
 反省しておかなきゃいけないな。

「うちは一応、こいつの志望校の一つなんだよ」

「あら、そうなのですか」

 百合子さんの両目には感心の光が宿る。
 うん、やっぱり妹は優秀なんだな。
 自慢したら気持ち悪いって言われるので、心の中でだけとどめておく。

「初めまして、桔梗院百合子と申します。お兄様にはお世話になっております」

 これぞいいところのお嬢様! と言わんばかりの上品な挨拶が行われる。
 他の子も礼儀正しいんだけど、百合子さんのものはワンランク上とでも言うべきか。
 何となくではあるものの、姫小路先輩と紫子さんも同じだと思う。

「百合子さんは隣のクラスの人なんだけど、色々と接点が多いんだよ」

 突っ込まれたらクラスが違うのはすぐにばれるから、先に説明しておく。
 しかし、千香が引っかかったのはそこではなかったようだ。

「百合子さん……?」

 俺の呼び方を繰り返す。
 しまった、ついいつもの癖でやってしまった。
 どうしたらいいだろうか。
 目で相談してみると、当の百合子さんは真っ赤になってうつむいてしまう。
 もじもじと恥ずかしそうにしている姿はとても可愛くてチャーミングなんだが、今やられると誤解が大きくなるだけのような。

「お兄ちゃん?」 

 千香の声はいつもと変わらない。
 それなのに何となく姿勢を正したくなったのは何故だろうか。
 百合子さんもピクンと体を震わせた気がする。
 やましいことは何もない。
 だから堂々としていればいいのだ。

「うん? 何だ?」

 心の底から不思議そうな表情を作って訊き返す。
 それを受けた妹はややためらったものの、口を開いた。

「どうして下の名前で呼んでいるの?」

「だってお姉さんとも面識があって、どっちも苗字呼びだとややこしいから」

 俺の説明に百合子さんが無言でこくこくとうなずく。
 別に嘘は言っていないのだと思っていたが、千香は納得しなかった。

「そんなの桔梗院さんと桔梗院先輩で呼び分ければすむだけじゃない?」

 うぐっ……即座にこの切り返しをされると辛い。

「それとも双子だったりするの?」

 違います。
 適当に嘘をついて言い逃れをしてもいいんだけど、百合子さんはたぶん嘘をつけないタイプだ。
 俺が無理やりごまかそうとすると、かえって事態が悪化してしまう可能性が高い。
 そうかと言って、適切な説明も思いつかないし。
 妹の頭がいいというのも、時と場合によりけりだよな。
 などと情けないことを考えていると、百合子さんがおずおずと口を開く。

「わたくし、苗字で呼ばれるのは慣れていないですし、あまり好きではないのです。ですから赤松さんには厚かましいお願いをしてしまいました。本当に申し訳ございません」

 言い終わると頭を深々と下げる。
 これに焦ったのは、俺と千香であった。

「そんな、疑問に思っただけです。責めているわけじゃないですから、頭を上げて下さい」

 特に妹の取り乱しっぷりはすごい。
 年上、それもいいところのお嬢様に頭を下げさせたとなったら、そりゃなあ。
 こちらに見ていた人も、何事かという顔をしている。
 百合子さんが頭を下げたとなると、波紋が恐ろしいな。
 何とか言い訳を考えて、口裏合わせを頼もう。
 じゃないともし千香が入学した場合、針のむしろになりかねない。

「そうだよ、百合子さん。謝る必要はないから」

 何とかなだめて顔を上げてもらった。
 ふー、本当に気を使うな。
 いい子ばかりだからこそ、起こってしまう問題っていうのもあって、なかなか厄介だ。

「は、はい」

 百合子さんはためらいがちに顔を上げる。

「こっちこそごめんね」

「い、いえ! 赤松さんが謝ることでは!」

 彼女は両手と首をぶんぶんと振って否定してくれた。
 気にしていないならいいんだが。
 そう思いながらジロリと妹を見る。
 こいつが悪いとは言わないけど、うかつだったのも確かだ。

「私の方こそごめんなさい」

 千香の方も自覚はあったのだろう。
 素直に謝罪する。

「いえ、わたくしこそ」

 百合子さんも譲らない。
 こうなったら謝り合戦になってしまうから、強引にでも話を変えてしまうべきだな。

「とにかくまあ、もしこいつがうちに入ったら接点もあるだろうし、その時はよろしく頼むね」

「はい!」

 百合子さんは笑顔で即答してくれた。
 これには妹はもちろん、俺も驚く。
 二人とも目を丸くしたのに気づいたのだろう、彼女は再び顔を赤らめてしまう。

「まあ、文化祭にもう一度来ると思うから、詳しくはその時に」

 いつの間にか人の数はだいぶ増えてきた。
 中には見覚えのある顔も混ざっている。
 あまりぐずぐずしているわけにもいかなくなってきたな。
 この数に千香を紹介したら、かなりの負担になってしまうだろう。
 無理やり話を切り上げることにした。

「えっ? はい」

 きょとんとした百合子さんだったが、すぐにうなずいてくれる。
 素直で純粋で、悪い奴にだまされたりしないか、ちょっと心配になるくらいだ。
 俺が言えた義理じゃないんだろうけどさ。
 百合子さんと別れると、戻ってくる人数が三、四列にまでなっていた。
 皆がチラチラと千香に視線を向けている。
 礼儀正しい英陵の子にしては、かなり珍しい。
 うちの妹は目立つタイプだと思うけど、単に知らない人間相手にこのような態度をとるかな?
 俺と一緒だから不審者と間違われる可能性も低いだろうし。
 もしかして他にも理由があるんだろうか?
 編入試験を受けそうな子そのものが珍しいとか?
 男子の受け入れを始めたのは今年からだけど、高等部への編入試験は何年も前から実施されていたはずだ。
 その割に、今の二、三年生でそういう人と遭遇した記憶はないんだが。
 確か合格偏差値が七十を超える難関で、話題になったと親父たちが言っていたような。
 俺にそんな力はないから男は違うとか、もっと違う理由もあるのではないか、となったわけだ。
 偏差値七十越えで英陵に入りたい女性は、おそらく何人もいたと思う。
 何故ならそういった人たちは全員、特待生で入学金も授業料もすべて無料になるからだ。
 ……まさかと思うけど、俺が初の特待生なんじゃ?
 ふと浮かんだ疑問をすばやく打ち消す。
 いくら何でもそれはないと思う。
 これまで特待生を受け入れたことがない名門女子高が、最初の特待生に男を選ぶとか。
 どんなゲームの世界だよという話じゃないか。

「お兄ちゃん?」

 怪訝そうな声を出した妹に、何でもないと笑って応じる。
 今日の晩、親父に訊いてみればいいさ。
 親父だって英陵の事情なんて知らないだろうけど、俺よりもっとマシな答えを思いつくだろう。
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