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はいそっ 作者:相野仁

八話

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 二学期がとうとう始まった。
 待望と言えば言い過ぎになるかもしれないけど、楽しみだったのは事実である。
 この段階で俺の心境の変化は現金すぎると苦笑したくなってしまう。
 去年までなら、間違いなく夏休みが終わってしまう事実に絶望していたはずだ。
 それが楽しみになったのは、女の子達と会えるからに他ならない。
 もっとも、向こうも同じだとは思わないけども。
 自虐をしながら通学路を進んでいく。
 久しぶりと言うと語弊があるだろう。
 夏休み中も何度か女の子達の家に遊びに行ったし、その時はいつも学校の校門付近に来ていたからだ。
 いい加減、俺が直接行くのもありにしてもいいんじゃないかと思うんだが、そのあたりは上流階級なりのけじめなんだろうか。
 前方にはまだ暑いのに黒いスーツを着た、立派な体格の男性達が歩いている。
 この光景は久しぶりだと言えるな。
 誘拐犯だって、これを見れば英陵の子を狙うのは諦めると思う。
 プロレスラーの集団が襲ってきたとしても、あっけなく返り討ちにあいそうな戦力が揃っているんだから。
 まあそもそも、英陵の子に手を出したら後が恐ろしすぎるし、それが分からない馬鹿もいないだろう、たぶん。
 俺の姿に気づくと女の子達は微笑を浮かべてあいさつをしてくれる。
 輝くような華のある笑顔を向けられて、男としては悪い気はしない。
 それはいいんだけど、問題点が一つ。

「ごきげんようヒーロー様。お会いしとうございました」

「ごきげんようヒーロー様。今日からまたよろしくお願いしますね」

 うん、このヒーロー様という呼称だ。
 女の子達に悪気は全くない。
 純粋な善意や好意しか感じないんだけど、それだけに全身がむず痒くて仕方がなかった。
 護衛達は珍獣を見るような、それでいてどこか哀れむような表情な気がする。
 皆に寄ってたかってヒーロー様と呼ばれ続けるのが、どういう気分なのか想像できているのだろう。
 あの、お嬢様達の奇行を止めるのも護衛の仕事のうちなんじゃないでしょうか?
 期待を込めて視線を送ってみたものの、全員に目を逸らされた。
 ええ、分かっていたよ、助けなんて来ないって。
 かくなる上は姫小路先輩に泣きつくしかないのか。
 先輩に強権を発動してもらえれば……それは最後の手段かなという気もする。
 結局、うじうじして決めかねているのが一番の原因なのだろう。
 やめてくれと強く言えば、きっとやめてもらえるはずだからだ。
 暗く沈みかけた気分を振り払うように教室に入る。
 クラスメート達はもう既に七割くらいは来ていた。
 相変わらずと言うか、さすがと言うか。
 この子達には「遅刻」というものが存在しないのだろう。
 してはいるけど、よほどのことがない限りはありえないものなのかも。
 こういう状態でいる限り、俺も英陵生の一員として恥ずかしくない振る舞いを心がけなければ。
 そう自分に言い聞かせおかないとな。
 クラスの女の子達はちらちら俺の方を見ているが、誰もやって来ない。
 始業前に他の席に行っておしゃべりをする子なんていないのだ。
 隣や前の子と話している子ならいるけど、いずれも小声で聞き耳を立ててもはっきりとは聞こえない。
 それが英陵でのマナーか、あるいは女の子達が受けてきた教育なんだろう。
 ただの休み時間ならこの限りじゃないので、色々と訊かれてしまうかもしれないな。
 今日は授業がないし、明日からは実力テストがあるから、実際に質問されるのは数日先だろうけど。
 まだ時間があるので、不躾にならないように注意をしながら、女の子達の様子を観察してみる。
 中学時代にはいた「海に行きました」「夏休みを満喫しました」と言わんばかりの、こんがり日焼けした子はいない。
 皆、海とか行かなかったのかな。
 いや、デジーレか誰かはプライベートビーチを持っていたんじゃなかったっけ?
 まあ、英陵の子達なら超凄い日焼け止めで、炎天下に何時間いようと平気だなんて事はあるかもしれないけど。
 俺の方からも何か訊いてみよかなぁ。
 一学期の頃だったら何をどう尋ねればいいのか迷っただろうけど、今なら平気だ。
 ちょっとくらいミスっても、笑顔で許してもらえると思えばリラックスもできる。
 我ながらすっかりなじんでしまったな、と思う。
 それにしても英陵の女の子の夏休みか。
 涼しい海外に避暑を兼ねて旅行に行ってそうと言うか、デジーレや小早川がまさにそんな感じだった。
 他の女の子達も同様だろうか?
 それは何となく分かるけど、姫小路先輩や桔梗院姉妹もだろうか?
 何かあのあたりとなると、もっと違う事をやってそうな気がする。
 単なる妄想かもしれないんだが。
 小早川とデジーレが珍しく俺より後に教室に来た。
 二人がにこやかに微笑みかけてきたので、俺も同じものを返す。
 女の子にごく自然に微笑みかけるとか、半年前の俺じゃ考えられないよなあ。
 ここでも変化と言うか成長を実感していると、やがてチャイムが鳴り、小笠原先生が教室へとやってくる。
 スーツ姿で相変わらず、クールな美人だった。
 さすがに上は半袖で白い二の腕とか体のラインが露わになっているけど、色気は感じない。
 それどころか思わず姿勢を正したくなるような、そんな心持ちになる。
 先生が発している生真面目オーラのせいだろう。
 英陵にはだらしない子なんていないので、実質俺にだけ有効なのでは、なんて思ったりするが。

「今日から二学期です。二学期は山岳祭、文化祭、体育会、ダンスパーティーといった行事が増えます。赤松君は初めての事ばかりで大変でしょうから、皆さんが助けるように」

「はいっ」

 クラス全員が同時に元気よく返事をする。
 ……不覚にも目頭が熱くなりそうだった。 
 本当、ここはいいところだし、クラスメートもいい子ばかりだよなあ。
 学校生活がここまで苦に感じないとか、昔の俺が聞いたらさぞびっくりするだろう。
 本日は始業式だから、やる事は多くない。
 始業式のセレモニーの際に、生徒会からのあいさつがあった事くらいだろうか。
 壇上に立ったのは言うまでもなく、姫小路先輩だ。

「翠子様よ」

「やはりお綺麗ですわね」

 ごくごく小さなつぶやきがいくつもあがる。
 普段、式典の最中に話なんて誰もしないような英陵の生徒達が、思わず感嘆の声を漏らす。
 それが姫小路先輩という人だった。
 確かに美人のお嬢様が揃っている英陵においても、あの人は別格だった。
 対抗馬になれそうなのは紫子さんと百合子さんの桔梗院姉妹と、デジーレくらいのものじゃないだろうか。
 ……何だか姫小路先輩が凄いと言うより、姫小路先輩の対抗馬になれる人が複数いる英陵凄いって気分になってきた。

「二学期は各行事があります」

 姫小路先輩は清涼で透明感がある素敵なヴォイスで、伝達事項を述べていく。
 内容は基本的に小笠原先生が言ったものと変わらない。
 やはり俺のフォローというところで、全員が同時に返事をする。
 うん、これだけの人数がいるのに、タイミングを合わせたわけでもないのにぴったりだなんて、凄いよなあ。
 クラスで既に耐性ができていなかったら、今頃やばかったかもしれない。
 始業式が終わってクラスに戻ると、プリントが回収される。
 忘れた子、できていない子など誰もいない。
 中学校の時なら多少、騒ぎとまではいかなくても話し声が起こったものだが、それもなかった。
 まるで軍隊であるかのように、粛々と統制されている感じと言えるだろうか。
 もっとも、軍隊と言うには華やか過ぎるし、空気も柔らかいんだが。
 プリントの回収が終わると、解散となった。
 さて、どうしようか。
 さっさと帰るのも手なんだけど、誘われる可能性も否定できないし。
 そう思っていたら、小早川に声をかけられた。

「もしよかったら、赤松君もお茶しない?」

 メンバーを見ると、高梨達小早川と仲がいい子らで、デジーレや相羽は来ないらしい。
 いつも同じメンバーとばかり仲よくするわけにもいかないし、ちょうどいいかな。
 それを言ったら小早川も問題になるんだが、テストの事も訊いておきたいし、小早川がグループのリーダー格だしな。
 おっと、生徒会にはいつ顔を出せばいいんだろうか。
 一度、確認しに行った方がいいかな?
 とりあえず小早川に相談してみるか。

「ありがたいんだけど、生徒会役員会にいつから顔を出せばいいのか、全然分からないんだ。先に訊きに行ってもいいかい?」

 優等生な学級委員長は、ああとうなずく。

「そうね。ただ、先輩がたは生徒会室に足をお運びになるか分からないから、直接教室までうかがった方がいいと思うわよ」

 そう言って、先輩達のクラスを全部教えてもらった。
 全員を順番に探せば、一人くらい会えるだろう。
 それとも下駄箱で靴があるかどうか、確認するのが先かな。
 俺がそれを口に出すと、小早川達は賛成してくれた。

「何でしたら私が見て参りましょうか」

 女の子の一人がそう申し出てくれたが、断っておく。
 お嬢様に使い走りの真似事なんてさせられない。
 女の子同士、お嬢様同士なら気兼ねしなくてもいいかもしれんが、俺は気にする。
 その代わり、もし生徒会役員の誰かを見かけたら、俺が探していると伝えて欲しいと頼んでおく。
 何か手伝いたいという見えない文字を表情に浮かべていた女の子達は、それで何とか引き下がってくれた。
 ……悪意のかけらもない、いい子達揃いだからこそ、プレッシャーになる事もあるんだよなあ。
 半ばその場を逃げ出すようにして、俺は教室を後にする。
 誰に訊いてもかまわないはずだけど、訊きやすさで言えばやっぱり二年の先輩だろう。
 本人に知られたら悲しまれるかもしれないが、一番問いかけにくいのは高遠先輩、その次が藤村先輩かなぁ。
 できれば内田先輩か水倉先輩と会えるのが望ましい。
 二年の下駄箱に行ってみて気づいたが、先輩達の番号なんか知らない。
 もっとも、小早川達だって知らないはずだろうから、あの子達を責めても意味はないよな。
 どれが先輩達の靴なのか一発で分かるくらい見る目があれば問題ないんだろうけど、そんなスキルが俺に備わっているはずもない。
 どの靴も似たようなものにしか見えなかった。
 ただ、これだけ靴が多いなら、先輩達はまだ帰っていない可能性は高そうだな。
 内田先輩も水倉先輩も社交的な人だし、クラスメートと談笑の一つくらいしているのかもしれん。
 そもそも、二、三年生は既に生徒会室に顔を出している可能性もある。
 いや、可能性を並べたらキリがないか。
 次に行くとしたら先輩達の教室だろう。
 選ぶとしたら水倉先輩のクラスだな。
 内田先輩が悪いというわけじゃないんだが、俺をからかうつもりで「私に会いたかったの?」なんて言ってきそうだったからだ。
 他に誰もいないか、生徒会室で言われるなら「そうです」と切り返して、先輩が真っ赤になるのをニヤニヤしながら眺めるという作戦も採れるんだが、他にクラスメートがいる場ではとても言えん。
 どんな誤解が生じるのか、どんな噂話が流れるか分かったものじゃないからな。
 ただでさえヒーロー様だなんて言われているのに、これ以上何かあったら死ねる。
 それも比喩抜きで。
 上級生のクラスがあるエリアに入ると、廊下に出ていたお姉様がたが物珍しそうな顔にして、こっちを見てくる。
 誰もが遠慮がちで礼を欠いた振る舞いにならない程度にとどめているところが凄い。
 いちいちさすがと言うのも疲れてきたように思えるが、あえてさすが英陵と言っておこう。
 目礼をしながら足を動かし、水倉先輩のクラスのすぐ手前まで行くと、ばったり紫子さんと出くわした。

「あら、ごきげんようヒーロー様。珍しいところでお会いしたわね」

 友達と一緒だったらしい紫子さんは、柔らかく上品な笑みを浮かべてあいさつをしてくる。
 無視するわけにもいかず、ひとまずあいさつを返した。

「お久しぶりです、紫子さん。ヒーロー様は勘弁して下さい」

「あら」

 紫子さんは優しくもどこか悪戯っぽい光を湛えながら、言葉をつむぐ。

「百合子が散々力説していましてよ? あなたがどれだけ素敵かという事をね」

 百合子さーん!?
 あなたが真犯人だったのか!?
 紫子さんと一緒だった先輩達はどこか申し訳なさそうな、それでいて微笑ましそうな顔をしている。
 紫子さんと友達なら、百合子さんの事を知っていてもおかしくはない。
 俺が嫌がっているのを感じつつ、百合子さんを止められない……といったところだろうか。
 両肩を落として深々とため息をつくと、紫子さんは笑みを消して事情を尋ねてきた。
 まあ初めて二年のエリアに来たんだから、理由を訊かれるのは当然だよな。
 事情を説明すると、紫子さんはニコリと笑う。

「慣例だと、一年生が生徒会の仕事に復帰するのは実力テストが終わってからのはず。それでも絶対ではないし、朱莉さんならばまだクラスに残っていると思うわよ」

 ふむ、そうなのか。
 慣例の事を小早川達が教えてくれなかったのは……体育会の合同ダンスの件を気にしているのかな。
 俺ってイレギュラーがいるとどうなるか分からないという意味で。

「分かりました。どうもありがとうございます」

 紫子さんとその友達と笑顔で別れを告げる。
 友達も皆美人だけど、紫子さんはその中でも別格だよなあ。
 おっと、鼻の下を伸ばしてはいけない。
 まだ廊下を歩いている先輩達はいるからな。
 せっかくヒーローなんて過分すぎる評価をもらっているんだから、暴落しかねない行為は慎もう。
 ……ちょっとくらいなら下がった方が気は楽になるようには思えるんだけど、問題なのはちょっとですむかどうかだ。
 一気に停学や退学になってしまうのが怖い。
 そんな事になるくらいなら、いっそヒーローなんて呼ばれる方がずっとマシだ。
 水倉先輩のクラスに行き、そっと中を伺ってみると、目的の人物はすぐに見つかる。

「失礼します」

 深呼吸をして声をかけ、中に入る。
 中に残っていた二年生の視線が一斉に集まった。

「あら、ヒーロー様。いかがなさったの?」

 一人が訊いてくるので、事情を言う。
 水倉先輩はすぐにも立ち上がってこちらにやってきた。

「ごめんなさいね。でも、実力テストが終わるまでは活動はないのよ。わざわざありがとう」

「いいえ。夏休み前に確認し忘れた僕が悪いですから」

 水倉先輩は何か言いたそうな顔をしていたが、謝罪を受けない限り謝り合戦が始まると思ったのか、うなずいた後

「そうね、お互い気をつけましょう」

 と言ってくる。
 これには俺も「はい」としか答えようがない。

「それじゃあ、実力テスト頑張ってね」

 水倉先輩からのエールを受け取って、俺は教室から出る。
 二年生達はどこか名残惜しそうだったけど、皆教科書やノートを開いていたんだから、実力テストに備えて勉強をしていたんだろう。
 ただ単にクラスメートとおしゃべりする為だけに、意味もなく残るような生徒なんていないのだ。
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