挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
はいそっ 作者:相野仁

七話

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

63/106

4

 女の子達が去った後、北川は恨めしそうな目を俺に向けてきた。

「赤松ー、何でお前だけ楽しそうな顔で、女の子達に相手されているんだよー」

 怨念がこもっていると思ってもおおげさじゃないような、そんな声を絞り出しながら。
 暗い表情と相まって、まるでゾンビか幽霊のようだった。

「何でって言われても、お前が嫌がられる理由に関してははっきりしているだろう」

 改めてこいつのダメな部分を指摘する。
 他に一体何があると言うのか。
 北川は悔しそうな顔をしたけど、何も言わなかった。
 さっきの女の子達の露骨な態度が効いたらしい。
 と、その時俺は店の人が奇妙な顔をしてこっちの方を見ている事に気づく。
 やばいな、このままいられる空気じゃなさそうだ。

「とりあえず出ようぜ」

 友達の肩を叩くと、黙ってついてくる。
 あの店、少なくとも今日はもう入れそうにもないな。
 他にも色々あるからいいけど。
 レジは北川に任せて先に店の外へ出る。
 後で返そう。
 今の心理状態なら、北川は受け取り拒否をしないだろう。
 砂を踏みしめて降りかかってきた太陽の光に目を細めると、偶然沢木と山田に遭遇した。
 周囲に女の子はいないところを見ると、二人で遊んでいたのか?
 二人は目を丸くしながら話しかけてくる。

「奇遇だな。お茶でもしていたのか?」

 山田の問いかけに俺は事の顛末を話した。

「あちゃー」

 沢木は額に手を当て、山田は苦笑を浮かべる。
 さもありなん、とでも言いたげだった。

「ていうか、女の子とお茶をする事には成功したのか?」

 山田は笑みを消して、怪訝そうな顔で尋ねてくる。
 ああ、まずはそこが不思議に思うのか。
 いや、気持ちはわかるんだけど……俺が言うと、「俺のおかげ」と自慢しているみたいで嫌だなあ。

「まあ、ナンパされ慣れている人っぽかったし」

 適当にごまかしておこう。
 上手い言い訳だとは思わないけど、その場にいなかったこいつらには判断しきれないだろう。

「ふーん」

 二人は納得したわけでもないようだが、それ以上追及はしてこない。
 上手くごまかせたんじゃなくて、ごまかされてくれたって感じだな。
 そのうちしょんぼりと肩を落としながら、北川が店から出てくる。
 山田達の存在に気づいて顔をあげた。

「よお。お前ら、合流していたのか」

 その顔も声もいつも通りのものに戻っている。
 相変わらず立ち直りが早い奴だな。
 いい意味だけでなく、悪い意味でもだ。
 だからタフな奴って言うよりも、懲りない奴って印象を持ちやすい。

「また失敗だったんだって?」

「これで何連敗だよ?」

 山田と沢木はそう言ってからかう。
 もちろん、北川が立ち直ったと判断した上での行動だろう。
 さすがに落ち込んでいる時に追い打ちをかける鬼はいない……多分な。

「うるせー、後ちょっとだったんだ」

 北川は悔しそうに強がりを言う。
 後ちょっと……で昼ご飯を一緒に食べられたかもしれないな、と思ったが黙っておく。
 山田と沢木はそんな俺の反応をうかがいながらも、別の事を口にする。

「昼飯に行くか?」

「いいね、そうしよう」

 二人はやや早口に提案してきた。
 俺としても断る理由はない。
 ただ、言っておいた方がいい事はあると思う。

「いいけど、入れない店があるぜ」

「ああ、了解」

 山田達にはすぐに通じたらしい。
 北川が「俺は平気で入れるぞ」と騒いだけど、この場は無視する。
 今、こいつには発言権を認めない方がいいだろう。

「それじゃ行こうか」

 北川には何も言わせず、とんとん拍子に話を進める。
 基本的には賛成なんだが、一つだけ問題があった。

「俺、財布を取りに行かなきゃ」

「ああ、俺もだわ」

 山田も沢木も同じだったらしく、三人で肩を並べて歩きはじめる。
 二人も泳いでいたのかもな。
 唯一財布を持っていた北川は、必死にナンパしていたわけだし。
 財布を回収した俺達は相談した結果、海の家ではなく海水浴場から少し離れた位置にある店に入る事にする。
 確認してみたところ、水着姿やビーチサンダルでの来店もオッケーな店だった。
 海水浴場のすぐ近くで営業しているような店だから大丈夫だろうとは思ったが、やっぱり念には念を入れておかないとな。
 中はほどほどに混雑していたが、さっき別れた女の子達とばったり……なんて展開はなかった。
 とりあえず、運命の女神は今日のところこれ以上北川に追撃を仕かけるつもりはないんだろうか。
 店員の女性に案内され、俺達は窓側の一席に腰を下ろす事になった。

「お前らは何をしていたんだ?」

 俺はメニューを見ながら、沢木や山田に訊いてみる。
 特に深い意味はなく、単純に興味があったから尋ねただけだった。

「俺達は海岸付近で適当に泳いだり、魚を眺めたりしていたよ」

「意外といるんだよな、魚って。小さかったけど」

 二人の言葉を聞いてそう言えば、と思い返す。
 確かに魚らしき生き物がチラホラいたな。
 こういった海水浴場にも、魚はまだまだいるものなのかと驚いたくらいだ。

「だあ! 何だよ、お前らナンパしなかったのかよ!」

 北川が突如として不満げに噛みついてくる。

「そりゃお前だけだろ」

 山田と沢木が異口同音に切り返した。
 あの時は乗り気だったように見せていたけど、やっぱり本気じゃなかったのか。
 俺は納得できたものの、北川はそうではなかったらしく目を白黒させる。
 ……こいつ、本当に自分基準で物を考える傾向があるよな。
 他人を思いやる事が全くできないわけじゃないっていうのが、ある意味で厄介だった。
 たまに俺達に見せるものを常時女の子達に対して見せるようになれば、彼女を作るのはそこまで難しくないと思うんだが。
 何で女の子相手だとそのへんができないのかなぁ。

「下心をあそこまで出しすぎだと、女の子が逃げるのは当たり前じゃないか?」

 俺が言うと北川は不満そうな顔をする。
 男が欲望に忠実で何が悪い、とでも言いたげだ。
 悪くはないけど結果が出ない以上、変えるべきところは変えた方がいいだろうに。

「イケメンなら許されるかもしれないけど、北川は違うしな」

 ぼそりと、それでいて本人ははっきり聞こえるように言ったのは沢木だった。
 これはひどい。
 いくら俺でもそこまでは言えない。
 案の定と言うか、北川はひきつった笑みを浮かべる。

「な、何を言うのかな、沢木君」

 冷静になろうと努めているようだが、氷水が入ったコップを持つ手が震えていた。
 ショックでと言うよりは怒りでだろうな、恐らくは。

「大体それを言ったら、赤松もだろ。ルックスは俺と同レベルか、むしろ俺の方がちょっといいはずだ」

 何やらライバル心むき出しな視線をこっちに向けてきた。
 失礼な、と言いたいところだけど、確かにルックス的には俺と北川に差はないな。
 山田がため息をついてたしなめる。

「だからさ、そういうところがよくないんじゃないの? 友達同士だから正直な奴だなですむ事でも、初対面の女の子じゃどん引きな事だって多いだろうよ」

「……あっ」

 それを聞いた北川は間が抜けた顔をして、間が抜けた声を発した。
 もしかして今まで気づいていなかったんかい。
 俺達は一様に呆れかけたが、これは俺達の言い方のせいでもあったのか?
 友達にとるような態度を初対面の女子にとるなって言えば、すぐに通じたんだとしたらだけど。
 ……いずれにせよ、反省の余地はありそうだな。

「そ、そか。そうだったのか」

 北川はよほど新鮮な驚きだったのか、何度も小さな声で繰り返していた。
 そしてそれは注文したものが運ばれてくるまで続く。
 俺達はサンドウィッチ、ラーメン、パスタ、カレーという組み合わせだった。
 喫茶店なのにラーメンとちょっとだけ思ったものの、まあ店にもよるか。
 例えばウィングコーヒーとかだったら絶対に出てこないだろう。
 注文の品が届いた奴から先に食べていく。
 英陵だと全員の分が揃うまで待つのが暗黙のマナーだから、こういうのは新鮮だな。
 肝心の味は……まあこんなものだろうっていう感じだった。
 だってここは庶民向けだし、食材からしてありふれたものなんだろう。
 英陵がおかしいんだって改めて思うな。
 正直、家で料理を食べていなくて、英陵のものばかり食べていたらまずいって叫んでいたかもしれん。
 うん、あそこが異常だわ。
 仕方ないと言えば仕方ないんだろうけどな。
 いいところのお嬢様達ばかりなんだし、間違っても食中毒とか出すわけにもいかない。
 そもそも舌が肥えている子も多いだろうから、味にも細心の注意が必要となるわけだ。
 全国各地から新鮮で安全な高級食材を集め、更に一流の料理人を雇っているからこそ、あの味が出せるんだろう。
 同級生達の態度から察するにあの子達は庶民の味にも興味ありそうだけど、この味に耐えられるのかなぁ。
 上品で行儀のいい子が揃っているから大事にはならないかもしれないが、別の意味で大変な事になるんじゃないだろうか。

「おい赤松、聞いているのか?」

 北川の大きな声で俺は考え事を中断させられた。

「何だよ?」

 相手が相手なので悪びれないどころか、聞いていなかったけどそれがどうしたって態度をとる。
 沢木と山田は微苦笑したが、北川だけはそれですませなかった。

「二学期になったら、英陵でも文化祭やるんじゃないか?」

「うん? 多分な」

 話がさっぱり見えなかったものの、ひとまず肯定しておく。
 文化祭があるっていう事は知っているし、その為にダンスの練習をしなきゃいけないって問題があるからな。
 またデジーレに頼る事になるのか……向こうは頼ってくれていいってスタンスのようだけど、あまり頼りすぎるのも申しわけなく思える。
 もっとも、代案を出そうにもデジーレ以外に頼る事になるだけだし。

「それでだ」

 北川が唾を飛ばしながら力説する。
 もうこの時点で何やら嫌な予感がするんだが。

「俺達を招待しろ! もっと言えば俺を招待しろ! これならば問題ないはずだ」

 あー、そういう事か。
 普段男子禁制な女子高も文化祭などのイベントが催される時は、生徒から招待されたら入れるもんな。
 だから必死にチケットを入手しようとする男がいる、という話は聞いた事がある。
 だが、北川の狙い通りにいくかな。

「すまんがそのへんの事、まだ何もわからないんだ」

 そもそも俺と女の子の間で話題になったのは体育祭の方だしな。

「何いっ?」

 俺が本当の事を告げると北川は目を剥く。
 あまりにも驚いたのか、絶句して腰をすとんと下ろす。
 その代わりに沢木が尋ねてくる。

「何も聞かされていないのかい?」

「ああ。二学期になったら教えてもらえるだろうから、特にこっちから訊こうとは思わなかったな」

 別にそれで何も困らない。
 今だって尋ねてみればきっと普通に教えてもらえるだろう。
 訊ける相手がごく限られてはいるけど。

「くっそー。じゃあ二学期になってからでもいいからよろしく頼む」

 気を取り直した北川は、改めて頼み込んでくる。
 いや、これは安請け合いできない話だよな。

「訊くだけならいいけど、難しい気はするな。今までそういう話は一切出ていなかっただけに」

 これまでのパターンからすると、暗黙の了解の類はわざわざ言うまでもないというスタンスだった気がする。
 俺の場合は知らなくて当然という事で、皆が色々と親切に教えてくれたんだが。
 それを考えるとまだ教えてくれないのは……と予想はできる。
 もっとも、深読みしすぎだったりする場合もあるからややこしい。
 いずれにせよ、訊いてみなければ始まらない事ではあるな。
 とりあえず牽制だけはしておいた方がいいだろう。
 特に北川には。

「北川にも言ったけどさ、女の子達に変な事はするなよ。お前らだけの問題じゃなくなるから」

 せいぜい怖い顔を作って脅かしてみる。
 沢木と山田は互いの顔を見合わせた。

「俺達だけの問題じゃなくなるって……」

「社会的な意味で?」

「うん」

 半信半疑な二人にとある事を教えておこう。

「全国にチェーン店を持っていて、上場もしている会社の創業一族の子が、自分は最底辺だって自虐するくらいにはすごいな」

「えっ?」

「マジで?」

 北川を含めた三人は目を丸くする。
 そりゃそうだよな。
 俺達の基準だと大金持ちって言えるんだから。

「大手自動車グループとか、世界トップクラスの電機メーカーとか、石を投げたら当たるレベルなんだろうな。いちいち確認していないけど」

「すげえな、英陵って……」

「そんな学校、漫画や小説の世界にしかないって思っていたよ」

 三人とも黙り込んでしまう。
 何となく、空気が重いというか気まずい。
 本物の貴族までいるだなんて、とてもじゃないけど言えそうにもないな。
 姫小路先輩と桔梗院姉妹の家は何か更にやばそうな気配だったという事も。
 うん、言わぬが花ってやつだよ、たぶん。

「怒らせたらガチでヤバい人達が揃っているからな。正直、うかつに紹介できないわ。俺、自分の手で友達を減らしたくないし」

「おい、怖い事を言うなよ」

 沢木が顔をやや青ざめさせながら抗議してくる。
 ちょっと脅かしすぎたかな……別に大げさに言ったつもりはないし、むしろ本当に恐ろしい情報は明かさなかったつもりでいるんだが。
 これこそが英陵の恐ろしさだと言えるのかもしれないな。

「まあ、花園的なイメージしか持っていないと怪我くらいじゃすまないぞ。女の子達はいい子だとしても、家は猛獣なんてレベルじゃないからな」

「お、おう」

「理解した」

 三人はすっかり腰が引けてしまっている。
 北川にはある程度の事を伝えていたつもりだったが、改めてヤバさを認識したといったところか。
 他の二人はともかく、北川には脅かしすぎという事はあるまい。
 俺はひと仕事やり遂げた気分で食事に戻った。
 それにつられるように、三人も手と口を動かし始める。
 しかし、おしゃべりをしようとする者はいない。
 白けたというわけではないが、会話を楽しもうという気分を吹っ飛ばしてしまったのは事実だな。
 原因だという事に自覚はあるものの、責任を感じてはいないし後悔もしていない。
 こんな結果になったという事は、こいつらは程度の差はあれど英陵の女の子達についてあれこれ妄想したりしていたに違いないのだから。
 でなければ、こういう空気にはならずに話のネタにしていたはずだ。
 この三人はそういう奴らだと、自信を持って断言できる。
 何だか女の子達を守り遂げた気分すら浮かんできた。
 奇妙と言えば奇妙なんだが……ここまで考えたところで、「ヒーロー様」という呼称を思い出してしまって慌てて打ち消す。
 あれはマジで恥ずかしい。
 何とかして欲しいんだけど、何か手はないだろうか。
 一番の問題は女の子達は純粋な好意や善意で言っているという事だ。
 ……まあ、今までいい案が浮かばなかった事に今更いい案が浮かぶはずもなく。
 俺も結局無言で食事を続けたのだった。
 喫茶店から出ると、四人で適当に遊ぼうという事になる。
 北川だけは渋っていたが、他のメンバーに声をかけたという手前もあってかほどなく折れた。
 こうして海のイベントは、残りは友達と過ごす事になったのである。
 四人で遊んでいた際、四人組の女の子に声をかけられて遊ぶ事になったのも追記しておく必要があるだろうか。
 その時の北川の顔ときたら、実に見ものだった。
 あまり言うと悪いので、これ以上振り返るのは止めておこうか。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ