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はいそっ  作者: 相野仁
一話
6/114

6

 図書館で三十分ほど過ごした俺は、いよいよ生徒会を尋ねる事にした。

 靴を履き替えてから教わった館に向かう。

 校内に生徒は散見されているが、俺と同じ方向に歩いている人はいない。

 さすがに今日、生徒会に用があるのは珍しいのだろう。

 体育館の方から威勢のいい音が聞こえてくる。

 薙刀部や合気道部だろうか。

 何の変哲もないガラスの引き戸を開けると、左手側に下駄箱があり、すぐ正面に来客用らしいスリッパが数足並べてある。

 下駄箱には靴が五つあるので、生徒会のメンバーは既に来ているのだろうと見当をつけた。

 空いているところに靴を入れ、スリッパを履く。 

 すぐ奥には引き戸が空いていて、頑丈そうな木の扉が見えていた。

 上には「生徒会執行部」と達筆な字で書かれた木の看板がかかっている。

 年季を感じさせるもので、ここが伝統校なのだと改めて思う。

 階段を上がろうとしたところで、インターホンらしきものがある事に気がついた。

 念の為、押した方がいいだろう。

 壊れていたらその時はその時だし。

 押すとすぐに応答があった。


「はい、生徒会執行部です」


 機械を通してだからか、女性にしては低い声が聞こえる。

 どう答えようか少し迷ったけど、結局そのまま言う事にした。


「一年の赤松と申します。姫小路会長にお声をかけられた件でうかがいました」


「はい、どうぞ」


 すぐに許可が出る。

 さて、これからどうなるんだろう。

 俺は若干緊張しながら扉を二度叩き、それから開いた。


「失礼します」


 入る前に一言そう声をかけ、頭を下げる。


「いらっしゃい、赤松君。生徒会執行部へようこそ」


 姫小路先輩が正面の席に腰を掛けたまま、にこやかにそう言ってくれた。

 左右には生徒会役員らしきメンバーが四人いる。

 皆、好奇心と警戒心が混ざったような目をしているようだ。

 恐らく心から歓迎してくれているのは姫小路先輩一人だけなのだろう。 

 まあ、そんなものだろう。

 驚いたり不思議そうにしたりといった反応がないところを見ると、このメンバーは俺が勧誘されているのを知っていたんだろうな。


「赤松です。お世話になります」


 パッと思いついた事を言って、もう一度頭を下げる。

 左側の手前に座っていた人が立ち上がってこちらに来て、椅子を引いてくれた。


「まず、おかけ下さい」


 愛想笑いだろうけど、にこやかに勧められたので、少しほっとする。


「失礼します」

 

 そう断ってから腰を下ろす。

 今のところ下手を打っていないか、凄い心配だ。

 皆、不愉快そうな顔をしていないから大丈夫だろうけど、表情に全然出さない人だっているだろうからな。

 失礼にならないよう心を配りつつ、五人のメンバーをさりげなく観察する。


「改めて挨拶しましょう。生徒会長の姫小路翠子です。よろしくお願いしますね、赤松君」


 姫小路先輩がにこやかに挨拶をしてきたので、黙って一礼した。

 続いてその右隣に座っている人が口を開いた。


「生徒会副会長、高遠まどかです。よろしくお願いします」


 ショートカットに眼鏡をかけたきつい感じの人である。

 朝、姫小路先輩を呼びに来たのがこの人だ。

 続いて高遠さんの向かいの席の人が挨拶する。


「生徒会副会長、水倉朱莉です。よろしくね、赤松さん」


 砕けた感じの笑みを浮かべてくれた。

 少なくとも高遠さんよりは、ずっと取っつきやすそうである。

 次に水倉さんの隣の人が、恐る恐るといった感じで口を開いた。


「生徒会会計、藤村瑞穂です。よろしくお願いします」


 おどおどとしながら、不安いっぱいといった目を向けてくる。

 これまた内気そうな子だから、怖がられないように気をつけないといけないだろうな。

 

「生徒会書記、内田智子よ。よろしくお願いね、赤松君」


 最後の一人は明るく言ってのける。

 生徒会のムードメーカー的存在なのかな、というのが俺の第一印象だ。

 ひとまず先輩方に名乗られたんだから、俺も何か言わなきゃいけないだろう。


「一年七組、赤松康弘です。改めてよろしくお願いします」


 簡単にだがそう言って、改めて頭を下げておく。

  

「はい」


 姫小路先輩が小気味いい返事をして、満面の笑顔を浮かべてくれた。

 ……とてつもない破壊力である。

 距離があったのにも関わらず、思わず赤面して目をそらしてしまう。

 近距離でやられたら、パニックになっていたかもしれない。


「さっそくですが、赤松さん。わたくしのお話、考えていただけたのでしょうか?」


 会長はそう切り出してくる。

 実際、他に俺がわざわざこの場所に来る用事なんて思いつかないからだろうな。

 俺は結論を出す前に訊いておきたい事があった。


「その前に訊きたい事があります。僕が入っても本当に大丈夫なんでしょうか?」


 これが正直なところである。

 ここはお嬢様達が多数通う、伝統のある学校だ。

 男が入学したのは経営の方針だとして、生徒会に入っても影響はないのだろうか?

 たとえ学校側に要請されていても、実際に一緒にやるのは先輩達である。

 嫌悪感まではいかなくても、困るのは十分ありえるんじゃないだろうか。

 ……こういった不安は結局拭いえなかったのだ。

 だから、直接訊いてみる事にしたのである。

 姫小路先輩は目を見開いたけど、それは一瞬の事ですぐに微笑を浮かべた。


「もちろん、懸念の声はあります。しかし、我が校は共学への道を歩み出したのです。今後、男子生徒の受け入れは増えていくでしょう。今、赤松君に手を差し伸べないという事は、問題の先送りにしかならないとわたくしは考えています」


 優しいソプラノだが、不思議と説得力がある。

 高遠さんが後を継いで言った。


「あなたが問題を起こせば当然、それなりの対処をします。でも、不安がって受け入れを拒んでいても、何にもならないというのが我々の判断なのです」


 不安がっていても何にもならない、か。

 何故かその言葉がすとんと胸に落ちた。

 俺に対する助言にも聞こえたのは、恐らく自意識過剰だろう。

 

「問題ないならば、ぜひお願いしたいと考えています」


 俺は顔をあげ、胸を張って五人の顔を順番に見ながらきっぱりと言う。

 単純かもしれないが、不安がっていても何にもならない、という言葉に勇気をもらった気がした。

 

「まあ、よかったわ」


 姫小路先輩は実に嬉しそうに口元を綻ばせる。

 この笑顔を見れただけで、生徒会入りを表明してよかったと思ったほどだ。

 他の四人もどこかほっとしたような顔をした気がする。


「赤松さんには庶務をお願いしたいと思っています」


 姫小路先輩はそう切り出す。


「構いませんが、庶務って具体的には何をするんですか?」


 俺は疑問を口に出した。

 庶務イコール雑用というイメージが強く、具体的な仕事がさっぱり浮かばなかったからだ。


「噛み砕いて言えば雑用になっちゃいますね。後、殿方という事で力仕事全般をお願いする事になるかと思います」


 水倉さんがはっきりと言い、姫小路先輩が慌てる。


「ちょっと朱莉さん」


「あ、いや、分かりやすかったです」


 会長がたしなめようとした瞬間、そう言ってとりなす。

 別に水倉さんの点数を稼ごうとしたわけではない。

 庶務の男ってそういうものだろうと予感があったからである。

 それに変にとりつくろわれるよりは、ざっくばらんに打ち明けられた方が気は楽だ。


「それはよかった」


 内田さんがにこりとした。


「今くらいの言葉で傷がつく、ナイーブな子だったらどうしようかと思っていたから」


「ちょっと、智子さん」


 姫小路先輩が再度たしなめる。

 内田さんはそれに対しては恐縮した様子を見せたが、俺の方を見てウィンクをしてきた。

 何と言うか、お嬢様という言葉にそぐわない感じの人だな。

 会長相手でも気おくれする事はないらしい。

 高遠先輩がそこで口を開いた。


「それでは大ざっぱですが、生徒会について説明しましょう」


 生徒会長は生徒の総選挙によって選ばれる。

 他の役員は会長の一存によって決められるが、ある程度不文律のようなものは存在する。


「たとえば副会長は二人で、片方は三年生、もう片方は二年生となります」


 高遠さんが三年で水倉先輩が二年だと補足があった。

 会計は一年からは選べず、また公平を期す為に部活に入っている者は選べない。

 逆に庶務は一年からしか選べないらしい。

 他の役職の者は部活に入っていてもよいが、原則として部長や主将といった肩書がない者がよい。

 といった事だ。

 色々と細かいんだな、というのが正直なところである。


「続いて生徒会執行部の主な役目について説明しますね」


 水倉先輩が役目を引き継ぐ。

 年に数度生徒会総会を開き、その進行を担当する。

 他には予算を各部・委員会に分配したり、球技大会、文化祭や体育祭の運営を行う。

 

「体育委員会や文化委員会がメインとなりますが、私達はその上に立って統括していく事になります」


 他にも風紀委員や美化委員の活動を承認したり、あるいは活動内容を指示したりもする。

 俺が知っている生徒会活動と大きな違いはないようだ。

 少しほっとする。


「全校生徒を対象とした行事は、原則として私達生徒会執行部が関わるという認識を持っていただいて構いません。学年行事は対象外ですが、それでも我が校はそれなりに行事が多いので、やりがいはありますよ」


 水倉先輩はそう説明してくれた。

 つまりその分、俺が働く必要があるって事だろうか。


「僕が活躍できるって認識でいいんでしょうか?」

 

 確認してみると天使のようなスマイルを浮かべてうなずいてくれる。


「頼もしいですね。期待しています。今まで本当に大変でしたから」


 力仕事は全員で、という風潮だったが女子では大変なものは多かったという。

 冷淡な印象の高遠先輩、俺に対して露骨なくらい壁を作っている藤村先輩も、この時ばかりは表情を和らげた。

 そんなに苦労したのか。

 まあ、お嬢様育ちの女の子達じゃ、重いものを持った事なんてないだろうな。

 じいやとか執事とかが全部やってくれそうだし。

 まさかそういう労働力目的で男子の入学を認めたんじゃあるまいなと思ったが、冗談として受け止めてもらえるか分からなかったので、口には出さなかった。

 

「いきなりでは大変だと思うので、少しずつ慣れていって下さいね」


 姫小路先輩がそうまとめる。

 いきなり体で覚えろと言われないだけマシだったが、実際はそういうわけにもいかないんじゃないかな。

 気のせいじゃなかったら内田先輩が少し不満げだ。


「今日これからお時間はありますか?」


「はい」


 会長の質問には即答する。

 昼食はお袋が用意してくれているはずだから帰って食べないとまずいが、そうでなければ問題ない。

 遅くなりそうならそう断ればいいだろう。


「もしよろしければ、これから校内案内をと考えているのですが」


 一瞬驚いたが、生徒会役員として仕事が割り当てられる以上、どこに何があるかは覚えておかないといけないな。


「はい、よろしくお願いします」


「それでは参りましょうか」


 姫小路先輩が言った事がすぐには理解できなかった。

 まさかと思うが、会長自ら案内するつもりなんだろうか。

 焦ったのは俺だけじゃない。


「お待ち下さい、会長。会長が自らというわけには参りません」

 

 まず高遠先輩が待ったをかける。

 続いて水倉先輩が困った顔をして言った。


「そうですよ、会長。さすがに会長に行かれると困ってしまいます」


「も、問題になるんじゃないでしょうか?」


 藤村先輩も遠慮がちに反対し、姫小路先輩は残念そうな顔になる。


「そうですか……」


 そりゃそうだろうというのが俺の正直な感想だ。

 いくら唯一の男子とは言え、一人の新入生を会長直々に案内するとなると、どんなVIP待遇だ? と思ってしまう。

 

「私が行きますよ」


 手を挙げて意思を表明したのは内田先輩だった。

 

「いいのではないでしょうか」


 高遠先輩が言うと皆が一斉にうなずく。

 俺としても比較的話しやすそうな内田先輩なのはありがたい。

 

「智子さん、お願いしますね」


 会長は本気で残念がっている顔をしながら、内田先輩に依頼をする。


「はい、お任せ下さい、会長」


 先輩はそう言って背筋を伸ばして胸をどんと叩く。

 制服の上からでもはっきりと揺れるのが見えた気がした。

 いや、けしからん事を考えるのはよくないな。


「それじゃ赤松さん、さっそく行こうか?」


 そうやって笑いかけてくる。

 姫小路先輩のせいで隠れがちだけど、この内田先輩もかなりの美人だ。

 現役もモデルや女優だと言われても素直に信じてしまうだろう。

 そんな人の笑顔を直視し、目を逸らさないのに苦労した。 

 微笑みかけられて目を逸らしたら、失礼に当たるだろうしな。


「はい、よろしくお願いします」


 立ち上がって頭を下げると先輩は笑いながら「堅い堅い」と俺の肩を叩く。


「これからは生徒会役員同士、仲間なんだから。もっとリラックスして。ね?」

 

「あなたは少し砕けすぎです」


 高遠先輩がすかさず鋭い指摘をする。


「赤松さんは男性です。不純な関係だと誤解される恐れがある、という事を念頭に置いて下さい」


 いくら何でも心配しすぎなのではと思ったものの、会長や水倉先輩が何も言わないのを見て考えを改める事にした。

 どうすればいいのかはよく分からないけど、少なくともそういう誤解をされる下地があるって事は頭に入れておこう。 

  

「僕も気をつけます」


 そう申し出ると高遠先輩は何故か、何も言わず何度も瞬きをした。

 まるで想定外の事を言われたみたいだ。

 俺がそんな事を言うのが、そんなに意外だったのか?

 一体どういう風に見られているんだろう……気になったけど、さすがに問いただすわけにもいかない。

 姫小路先輩は嬉しそうに、藤村先輩や水倉先輩はどこか感心したような表情をしている。

 ……本当に何なんだろう?

 内田先輩は白い歯を見せて親指を立ててみせる。


「いいね。そういう気遣い、ポイント高いよっ!」


 本当にこの人、お嬢様なんだろうか。

 いや、俺のイメージ通りの性格である義務なんてないってのは分かっているんだが。


「内田さん」


 高遠先輩がこめかみを軽く揉みほぐしながらたしなめる。

 頭痛の種ですと言わんばかりで、内田先輩は肩を竦めて舌を出した。


「いいじゃないですか、まどかさん。智子さんの方が赤松さんもやりやすいでしょう」


 それはそうなんだけど、この空気でうなずく勇気がなかった。

 高遠先輩はじろりと俺を見る。

 極悪人を見る裁判官のようなのは被害妄想なんだろうか。


「赤松さん」


 感情というものが存在しない事が明らかな声で、三年の副会長は言った。


「申し訳ないですが、あなたの方で気をつけて下さいね」


「は、はい」


 俺としてはうなずく以外に選択肢はなかった。

 のだが、内田先輩は「高遠副会長、どういう意味ですか?」と口を尖らせた。

 そんな攻撃はブリザードのようなまなざしで蹴散らされてしまう。

 先輩だけでなく俺まで思わず首を縮めた迫力があった。


「それでは智子さんにお任せします。終わったら一度戻ってきていただけますか?」


「分かりました」


 内田先輩は一つうなずいて俺を目で促す。

 頭を下げて先に退出すると、すぐ後に先輩が続く。


「いやあまどか先輩、おっかなかったねぇ」


 小さいけど朗らかな声を出す、という器用な真似をしてみせた。


「そうですね。美人だけど怖いって感じです」


 俺は正直な感想を述べる。

 もっとも、内田先輩も他の役員達も十分すぎるほど美人だ。

 生徒会役員はルックスで選ばれている、なんて言っても誰も疑わないんじゃないかって思ったくらいに。

 もっとも俺が庶務として入る以上、「ただし俺は除く」と言わなきゃいけないだろうけど。

 俺の言葉を聞いた内田先輩は、「ふふ」と嬉しそうに口元を綻ばせる。

 

「さらっとそういう口説き文句が出てくるのね。イケナイなあ」


 ニヤニヤと悪ガキみたいな顔でそんな事をのたまう。

 口説き文句って、美人を美人って言ったら口説き文句になるのか?

 と思ったけど、そう言ってもからかわれるだけだろうな。

 ささやかな反撃は試みてみよう。


「内田先輩もとてもお綺麗ですけど、やっぱりこれって口説き文句になるんですか?」


「なっ……」


 意外な事に内田先輩は声を上ずらせ、頬を真っ赤にして俯いてしまう。


「男の子にそういう事言われるのって、すごく照れちゃうね」


 もじもじして上目使いで照れ笑いを浮かべる。

 心なしか目が潤んでいるようにも見えて、さっきまでのギャップに驚かされた。


「いや、でも本当の事ですし、言われたりしないですか?」


「も、もお……赤松さんのナンパ男」


 恥ずかしそうに小さな声で言って、再びうつむいてしまう。

 あれ……? 藤村先輩ならイメージ通りなんだが、この人にやられると……。

 一気に変な空気になってしまった。

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