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はいそっ 作者:相野仁

六話

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59/106

5

 昼食を終えると、再び雑談に突入する。
 俺としては食後の運動をしたかったんだが、お嬢様達には無理だろうし、止められるかもしれないと思って自重した。

「九月になってくると体育祭に備えた授業が始まります」

 デジーレが二学期の体育の授業について教えてくれる。
 こうやって学校の授業などに関する話題が選ばれたのは、俺ではガールズトークに参加できないからだろう。
 ましてや上流家庭の話題は余計に無理だ。

「体育祭……どんな事をやるんだい?」

 お嬢様学校の体育祭なんて想像もつかない。
 さすがにリレーとかはあると思うけど……。

「大玉転がし、縄跳び、リレー、ムカデ競争、借り物競争、玉入れ、ダンスね」

 小早川が説明してくれた。
 ああ、基本的には一緒なんだな。
 って思ったけど、ダンスかよ。

「ダンスもあるのかい?」

 俺の複雑な気持ちが伝わったのだろう。
 水着姿のお嬢様達は慰めるような、憐れむような顔つきになった。

「ええ。学年ごとで披露するのです。全体で動きを合わせる必要がありますから、早めに始まるのですよ」

 恵那島がそう言う。
 学年全体でやるんなら、確かに簡単じゃないだろうな。
 あれ? 待てよ?

「学年ごとって事は、合同練習もあるのかな?」

「ええ、あるわよ」

 俺の疑問には小早川が即答した。
 さぞ壮観なんだろうけど、個人的には別の心配がある。
 もちろん、自分が足を引っ張らないかという事だ。
 それを伝えたら、相羽や大崎は大丈夫だと励ましてくれる。

「これまでのヤスのダンスを見た限り、特に問題はないでしょう。数百人であわせる必要がありますから、逆に一人一人の動きはそれほど難しくはならないのです」

 デジーレが現実的な事を言い、俺はやっと少し安心した。
 そりゃそうだよなあ。
 いくらお嬢様達がダンスを踊るのに慣れていると言っても、数百人規模で動きを合わせるなんて簡単じゃないよな。
 ここまではよかったんだが、不意に小早川が恐ろしい事を口にする。

「ところで、赤松君も踊るのかしら?」

「……え?」

 一瞬、世界の時が凍りついたかのようだった。
 何を言われたのか理解できない。
 数秒の停滞の後、やっと飲み込んだ。

「それは確かに」

 考えてみれば否定できない事実ではある。
 お嬢様達のパフォーマンスの中に男が紛れ込んでいいものか。
 俺は納得してしまったし、他の子も同様だったらしく何となく気まずい空気になる。

「そもそも」

 デジーレがそんな空気を断ち切ろうとするように口を開いた。

「ヤスが入った今年も全く同じとは限りませんね。うかつでした」

 ばつが悪そうな顔でそう反省の言葉を放つ。

「本当に」

「穴があったら入りたいですわ」

 女の子達も口々に言っている。
 恥ずかしそうに目を伏せる美少女達も可愛かったが、それどころじゃない。
 この状況じゃ俺が慰めるしかないじゃないか。
 どう言えばいいのか分からないけど、とりあえず放置はよくない。

「気にしなくていいよ。皆にはいつも助けてもらっているし。俺も気づかなかった事だし」

 今年の体育祭のプログラムがどうなるのか、この子達が知らなくても無理はないのだ。
 無意識のうちに頼りすぎていたと言えるし、俺こそがうかつだったと非難されるべきだろう。
 俺の慰めが効いたのかは分からなかったが、気まずい空気は多少なりとも緩和された。
 とは言え、このままというのもあまりよくはない。

「昼からのペアはどうする? いったん変わるのかい?」

 水泳の話をする事にした。
 その場しのぎかもしれないが、何もしないよりはいいはずである。

「そうね。せっかくなのだから、変わってもらいましょう」

 小早川がさっそく拾う。
 仕切るのに慣れていると言うか、場の空気にあわせて臨機応変に行動するのは頼もしいな。
 だからこそ学級委員長が務まるし、皆不満そうにする事もなく従うんだろう。
 一種のカリスマ性ってやつだろうか?
 姫小路先輩に通じるものがあるよな。
 あの人は小早川ほど場を仕切っている感じはしない。
 何と言うか、鶴の一言を発するとか。
 各自に意見を言わせた後、最後の最後で自分の意見を言い、それに皆が自発的に従っている感じだな。
 リーダータイプと言っても色々いるんだよなぁ。
 小早川も将来、生徒会に入ったりするんだろうか?
 一年が入るのは特例みたいな感じだし……でも、小早川みたいな奴が学級委員をしなくなったりしたら、それはそれで困るような。
 俺が心配する事じゃないって言えばそれまでなんだが。
 そう言えば、生徒会が今の体制から変わる場合、俺ってどうなるんだろう?
 そもそも新しい会長は誰なんだ?
 素直に考えるなら副会長の水倉先輩だけど、選挙はあるのかな。
 信任投票くらいはありそうなんだが、英陵だしそのへんはどうなのやら。

「以上よ。赤松君?」

 小早川の問いかけにハッとする。
 やばい、何の話をしていたんだ?

「もしかして私の話、聞いていなかったの?」

 彼女の口調もまなざしも穏やかで、追及されているという感じはしない。
 それでも俺はあっさりと白旗を掲げた。

「ごめん。全然聞いていなかった」

「そう、じゃあもう一度言うわね。昼からのペアの事よ」

 あっさり許してもらえてほっとする。
 俺がペアを組む相手は恵那島という事だ。

「名前の順ね」

 とても分かりやすい。
 誰も反論できないわな。

「それと赤松君さえよければ、私達と一緒に泳がない?」

 一転して言いにくそうにそう言われた。
 どこか恥ずかしそうな表情はとても可愛いが、言っている意味は把握しきれない。

「……うん? それはどういう意味かな?」

 小早川達ともペアを組めと言うのか、それともまた違った意味なんだろうか?
 怪訝そうに訊き返すとためらいがちに委員長は答えた。

「だって赤松君、指導ばかりで泳いでないでしょう? そういう趣旨の集まりだからってさすがに申し訳ないわよ」

「いや、別に気にしなくていいんだけど」

 俺は本当に気にしていない。
 美少女達の水着姿を鑑賞できて眼福だし、食べ物も美味しい。
 特に不満はなかった。
 ただ、言葉にしないと伝わらないんだろうなぁ。
 でも、皆の水着姿を見れて嬉しかったから平気だって言って大丈夫だろうか?
 ドン引きされてしまうか、シャレとして受け止められるかじゃないかな。

「そういうわけにはいかないわよ」

 本音を隠した俺の言葉では説得がなかったらしく、小早川達は納得しなかった。
 結局、ペアが一回りした後は自由に泳がせてもらえる事になる。
 これは別に悪くないんだが、気を使われて申し訳ない気はした。
 もっとも、気を使ってもらったのに断るのも気まずいから、ある意味逃げようがないのかもしれない。

「分かった。それじゃ遠慮なく泳がせてもらうよ」

 そう言う事で小早川達を安心させてやる。
 そして午後からの分がスタートした。
 俺が組む相手は恵那島なんだよな。
 おっとりとしたお嬢様って感じの子で、外観から受ける印象通り運動全般が不得意らしい。

「まずはやって見せてくれるかな?」

「はい」

 恵那島は相羽と違ってさほど緊張したそぶりを見せなかった。
 俺としてもやりやすいな。
 もっとも、相羽とはスタイルもかなり違うので別の意味でやりにくさはあるかも。
 煩悩退散、煩悩退散。
 定期的に言い聞かせておかないと危険になる俺の理性が情けない。
 それだけ女の子達が魅力的って事なんだけど、言い訳だからな。
 恵那島は相羽のように息継ぎが下手というわけじゃない。
 代わりにフォームそのものがぎこちないというか。
 純粋に泳ぎ方が上手くないと言うべきか。
 おっかなびっくり泳いでいるって言うか。
 そんな感じの子だった。
 泳ぐ事を怖がるなと言いたいけど、言って直るなら誰も苦労はしないよなあ。
 さてどうしたものか。

「恵那島、少しいいかい?」

「はい、何でしょう?」

 おっとりとした少女は、素直によってくる。
 目が胸の谷間に……だめだめ。
 視線をずらして彼女と目をあわせた。
 その瞳は俺の事を何一つとして疑っていない、無垢な色をたたえている。
 信頼を裏切ってはいけない。
 男として、そして人として。

「俺の手をとってくれないか?」

「えっ?」

 俺の発言にきょとんとした顔をする。
 こういうやり方はした事ないのかな。
 本当はビート版でやった方がいいんだろうけど、この家にそんなものはないだろうしな。

「そ、それは一体どういう意味でしょう?」

 うん? 何で頬を赤らめてもじもじするんだ。
 ……ああ、手をとれってダンスを踊ったりする時に使うからか。

「いや、俺が支えるから泳いでみせてくれって意味で他意はなかったんだ。紛らわしくてごめん」

「い、いえ。私の方こそ勘違いしてしまいまして……」

 恵那島はさっきとは違った意味で恥ずかしそうにうつむく。
 意外と天然なのかな。
 イメージ通りと言ったら失礼か。
 ぎこちない空気になりながらも、真面目な恵那島はゆっくりと泳ぐ態勢に入る。
 俺が差し出した手に恵那島の手が重ねられた。
 そしてゆっくりと泳ぎはスタートする。
 恵那島の動きにあわせ、俺は後ろに下がるけどこれは難しいな。
 俺が通っていたスイミングスクールのコーチは普通にやっていたから、できなくはないだろうと舐めていた。
 ただ、こういう事を言うもなんだけど、恵那島の泳ぐスピードが遅いので何とかなっている。
 少しすると恵那島は泳ぐのをやめて立ってしまう。

「ど、どうでしたか?」

 荒い息をしながら上目遣いで尋ねてくる。
 可愛いと言うよりはどこか色っぽいな。
 なるべく他人事のように思う事を心がけながら、俺は問いに答えた。

「そうだな。何と言うか、おっかなびっくりって感じだな。泳ぐのが怖かったりするかい?」

「は、はい」

 図星だったらしく、恵那島はしゅんとしてしまう。
 別に咎めたつもりはないんだが、練習するという名目での集まりだから、彼女みたいにいい子が罪悪感を覚えるのは無理ないか。

「別に気にしなくていいよ。怖いものは怖いだろうし」

 俺は慰めるように言った。
 恐怖心を取り除くなんて簡単な事じゃないだろう。
 それでも何も言わないわけにもいかない。
 どうすれば水が怖くなるのかなぁ。
 子供なら顔をつけたり、水遊びをすれば改善できる場合があるらしいけど、さすがに高校生に子供と同じ事をしてもらうのはな。

「ご、ごめんなさい」

 ダメだった。
 これは難関だな。
 いや、元々俺に何とかできる事じゃなかったんだろうけど。
 せめて楽しい時間を一緒にすごすってくらいしかないかな。
 そうとなれば童心に返るのもありかもしれない。
 試しに彼女の顔に少し水をかけてみる。

「きゃっ」

 不意をつかれた恵那島は可愛らしい悲鳴をあげた。

「な、何をなさるんですか?」

 目を白黒させて怪訝そうな声を出す。
 普通の奴なら怒るか反撃してくるかのどっちかなのに、疑問を投げるとかお嬢様だなあ。
 こういう悪戯めいた事をされたなんて、初めてなんだろうな。

「いや、俺達の遊びなんだよ」

「遊びですか?」

 恵那島は瞬きを繰り返しながら首をひねる。

「うん、やってみて」

 俺が笑顔を作って言うと、恐る恐るといった様子で水をかけてきた。
 頬に軽く当たった程度である。
 お返しに軽くかけてみた。

「きゃっ」

 恵那島はまた悲鳴をあげる。

「少し早くしてみようか」

「は、はい」

 今度は先ほどよりも少し強めにかけられた。

「そうそうそんな感じで」

 俺も少し強めに反撃する。
 俺達が水のかけあいをやっていると、興味を持った他の女子達がやってきた。

「一体、何をやっているの?」

 代表して問いかけてきた小早川の声には呆れの色が強い。
 彼女だけは咎めにきたのかもしれなかった。

「いや、俺が昔やっていた遊びだよ。水嫌いをなおした事もあるんだ」

「そうなの?」

 単純に遊んでいたわけではないらしいと知ったからか、小早川の表情も好奇心そのものへ変化する。

「うん。誰にでも効果があるわけじゃないのが難点だけどさ」

 一応、先に断っておいた。

「ふうん。楽しそうね」

 お嬢様達全員、珍しそうである。
 やっぱりと言うか、誰もやった事も見た事もないんだな、これ。

「私達もやってみませんか?」

 最初にそう言い出したのはデジーレだった。
 これは正直なところかなり意外である。
 貴族のお嬢様や小早川は最後まで難色を示しそうな印象だったんだが。

「いいわね」

 そして真っ先に賛成したのは小早川だ。
 これまた意外だったのは言うまでもない。
 リーダー的存在である二人が乗り気になった事で、庶民的な水かけ遊びは始まった。
 まずデジーレが相羽、小早川が大崎にかける。
 それからかけられた二人が反撃した。

「これって気をつけないと、鼻や耳に水が入ってしまうのではないですか?」

 デジーレが当然とも言うべき質問をする。

「うん、だから仲がいい相手じゃないと喧嘩になりやすいな」

 一旦言葉を区切り、わざと挑戦的に全員の顔を見た。

「でも、このメンバーなら問題ないだろう?」

「ええ、そうね」

 皆は朗らかな笑みを浮かべる。
 こうして水かけ合戦が始まった。
 最初は遠慮がちだったけど、少しずつ強めになっていく。
 とは言え俺が知っているものよりはずっとソフトなものだ。
 お嬢様達は水かけ遊びでも上品なままだった。
 メイドさんが時間を告げに来るまで続いたんだが、一つ気になった事がある。
 俺、これを教えてよかったんだよな?
 お嬢様達に悪い事を教えて悪影響を与えた……なんて事にはならないよな?
 一抹の不安を抱えたまま、俺は小早川の家を後にする事になった。
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