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はいそっ 作者:相野仁

三話

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 遅くなってしまったが、俺も紅茶を頂いた。
 今日の担当は水倉先輩である。
 高遠先輩と比べたらややぎこちなさがあるのだが、あくまでも高遠先輩と比べたらの話だ。

「どうかな、赤松君」

 俺が一口つけると、水倉先輩はさっそく感想を求めてくる。
 どこか不安そうな面持ちで。

「とても美味しいですよ」

 俺じゃ詳しい事はさっぱり分からない。
 高遠先輩が淹れてくれたものとは味が違うな、というので精一杯である。
 そうつけ加えたら何故か一同に感心された。

「中にはさっぱり分からない人もいますから。私が淹れたものとの違いが分かるだけ、赤松君は優れていますね」

 高遠先輩が淡々として褒めてくれる。
 この人、基本的にお世辞の類は言わないから素直に喜ぶべきなのだろう。

「ありがとうございます」

 お礼を言っておこう。

「いいえ、こちらこそ」

 水倉先輩が笑顔で応じてくれる。
 話の流れ的にはおかしい気もしたけど、まあいいか。
 誰も咎めなかった事を俺が指摘するのも何か違うというか、やらない方がいいというか。
 空気は読まないとな。 

「先ほどの件ですけれど」

 姫小路先輩がふとそんな事を切り出した。

「はい」

 クラスの打ち上げの話だろう、と見当をつける。

「一応生徒会の名前で学校側に提案してみます。恐らくは問題ないと思いますけれど、認められない場合もありますから、その点はご了承願いますね」

「あ、やっぱりダメな場合もあるんですか」

 俺の言葉に皆が同時にうなずく。
 代表して答えたのは高遠先輩だった。

「ええ。英陵に相応しくないと判断された場合は。今回の場合、生徒の親族が経営しているお店ですから、許されるとは思いますけどね」

 その言い回しには引っかかるものを感じる。

「まるで普通の店だったら認められない、と仰っているようですが」

「当然でしょう」

 返ってきたのは即答だった。
 とりつくしまもない、という言葉が浮かんだほどに。

「やはりそういった場にわたくし達が入る、という事は難しいでしょうね」

 姫小路先輩がフォローするように言う。
 ただし、内容は明らかに高遠先輩よりのものだった。

「実は私、行ってみたいんだけどねー」

 内田先輩は、はっきりと俺に同情的だったものの、擁護はしてくれない。
 何と言うか、今まで漠然としていた壁が突然目の前に現れたような感じだ。
 相羽が劣等感を抱くのはおかしいと思っていたが、これじゃ抱くのも無理はないんじゃないかって気がしてくる。
 友達が遊びに行く事を禁止されるような店を経営しているのだと、そんな風に思ってしまうんじゃないだろうか。

「念の為に言っておきますが」

 高遠先輩はどこまでもクールに言った。

「高級ブランド店なども、私達は出入りできませんので」

 あれ、そうなの……?
 きっと俺は間が抜けた顔をしてしまったのだろう。
 内田先輩が口元を綻ばせながら言ってくれた。

「基本的に保護者の同伴が必要よ。どんな店でもね」

「ええっ」

 これにはさすがに驚く。

「いくら何でも厳しすぎるんじゃないでしょうか?」

 それだけきつかったら息苦しいとか以前の問題じゃないか?
 日用品とか文房具とかそのへんはどうするんだろう。

「え? どうして?」

 藤村先輩がとても不思議そうに首をかしげた。

「私達が欲しいものなら、使用人達が揃えてくれるのよ?」

「何なら店の人間を家に呼んでもいいしねー」

 内田先輩がそんな事を言い放ち、水倉先輩もうなずいている。
 ああ、なるほど。
 この人達、自分の足で店に行って品物を選ぶって、習慣どころか発想そのものがないのか。
 何かあれば執事にでも行ってもらうか、店の人間を呼びつければいいとか。
 庶民じゃ絶対に考えない事だ。

「私達が下手に外を出れば、誘拐の対象になりますからね」

 高遠先輩が淡々と述べる。
 それについては心当たりがあった。

「あー、だからあれだけのボディガード達が」

 姫小路先輩が神妙な顔でうなずく。

「ええ。神経過敏だとか過剰な警備とか言われようが、わたくし達では起こりえるのです」

 お嬢様達だと思ってはいたけど、それくらいの存在だとは思っていなかったな。
 てっきり、娘を心配した親がつけているんだろうと考えていたよ。

「という事は、打ち上げもまずくはないですか?」

「さすがに親御さん達に知らせておけば大丈夫だと思うけれど。そうそうめったな事なんて起こるものでもないしね」

 内田先輩はそう言って屈託なく笑う。
 俺は笑顔で応じる事はできなかった。
 うーん、ここの女子生徒達の事をどこか舐めていたのかもしれない。
 常に誘拐を想定しているようなレベルだと言うなら、色々と問題が出てきそうだ。
 そっと下唇を噛む。
 そんな俺を見て高遠先輩が声をかけてきた。

「少し脅かしすぎたようですね」

「……はい?」

 俺が驚いて先輩の顔を見ると、かすかに笑みが浮かんでいる。
 高遠先輩だけじゃない。
 姫小路先輩を始め、全員にだ。

「あくまでも最悪を想定した話ですから。さすがに誘拐が日常茶飯事というわけではないですよ」

 姫小路先輩が鈴が転がるような声を立てて笑う。
 その顔には悪戯が成功した、と言いたげな表情が浮かんでいた。
 ……いっぱい食わされたな。

「先輩達、意外と意地が悪いんですね」

 聞こえようによっては失礼とも受け取られる事をはっきりと言う。
 これを言ったくらいで怒るような人達じゃないからこそだが。

「ごめんなさいね、羨ましかったのでつい」

 水倉先輩が申し訳なさそうな顔で謝罪してくる。
 と言うよりも、内田先輩以外はさっきの一言でちゃんと罪悪感を覚えてくれたようだ。
 うん? 羨ましかった?
 あれ? 何か変な言葉が聞こえなかったか?
 ……幻聴だろうか?
 そうだよな、打ち上げが羨ましいとか、きっと聞き間違いだよな。

「まあ、親がそれくらい私達の事を心配しているって言うのは、あながち間違いじゃないけどね」

 一人だけ悪びれた態度を見せない内田先輩は、そんな事を言う。
 両手を頭の後ろで組み、背もたれに体重を預けながらだ。

「智子さん」

 姫小路先輩が一言たしなめると

「ごめんなさい」

 あっさり謝った。
 正直、何だかなぁと思わないでもない。
 二人の力関係がはっきりしているのは理解できるけど。

「それで、結局どうなんでしょう?」

 どこからどこまでが冗談だったのか分からなかったので、ストレートに訊いてみる。

「事前に許可が必要になるでしょうけど、恐らく大丈夫だと思います」

 高遠先輩がいつものようにクールに言った。
 それはよかった。
 うん、それ以上は考えないようにしよう。
 このメンバーを全員相手にして、追及していくなんて俺じゃ無理だろうし。

「そうですか、ありがとうございます」

 頭を下げて礼を言っておく。
 少し表情と声が硬くなってしまったけど、これくらいは許してほしいな。
 内田先輩はともかく、高遠先輩や藤村先輩にまでからかわれるとは思わなかったんだ。

「ごめんごめん」

 その事を何よりも鋭敏に察知したのは内田先輩だったらしい。
 謝りながら何と俺の方に近づき、そして抱き着いてくる。

「お詫びにギューッとしてあげる」

「なっ」

「ちょっと」

 他の先輩達が驚き、何やら言っているようだが、俺の耳には入ってこない。
 内田先輩の体の柔らかい感触にドギマギさせられてしまっている。
 ふわりといい匂いも漂ってきた。

「ちょっと、先輩」

 このままじゃ色々とやばい。
 そう思って抗議の声をあげようとした俺の目に入ってきたのは、ドアップになった内田先輩の顔だった。
 うーん、やっぱりこの人相当な美人だ。

「あ、照れてる。可愛いー」

 本人は余裕の笑みを浮かべ、俺の鼻先を指でツンツンしてくる。

「智子さん?」

 底冷えがする声が発せられたのはその時だった。
 内田先輩の体がビクリと震え、恐る恐る振り返る。
 関係はないはずなのに、俺も震えあがってしまう。
 声の主は高遠先輩だ。

「は、はい……」

「はしたない真似はお止めなさい」

「は、はい」

 内田先輩は真っ青になり、慌てて自分の席へと戻ってしまう。
 残念やらホッとしたやら、多少は複雑な気持ちである。
 俺だって一応健全な男だからな。
 内田先輩みたいな綺麗な人に抱き着かれたのが嬉しくないと言えば、嘘になってしまう。
 だが、それ以上に高遠先輩が恐ろしい。
 普段は水のような感じの人だが、今は吹き荒れる猛吹雪って感じだ。

「赤松君」

「は、はい」

 名前を呼ばれて思わずビクついてしまう。
 俺は悪くない、被害者だという主張が喉で凍りついて出てこない。
 高遠先輩は理不尽な人じゃないけど、果たして今のこの人にも当てはまるんだろうか。
 あまり自信はない、と言うよりも信用できそうにもない。

「嫌なら嫌だときちんと主張しなければなりませんよ」

 先輩の視線と声は心持ち柔らかになっていたが、それでも有無を言わせない力があった。

「は、はい。申し訳ありません」

 思わず背筋を伸ばして返答する。

「分かればいいのです」

 吹雪のようなプレッシャーはそこで消えた。
 よ、よかった……寿命が縮むかとかなり本気で思った。
 俺はこの程度で済んだけど、内田先輩はそうはいかない。
 姫小路先輩、水倉先輩、藤村先輩によってたかって非難されて涙目になっている。
 時々ちらりとこちらに視線を送って助けを求めてくるが、知らんふりをしておく。
 そんな情けない顔をしないで下さい。
 たぶん、俺が助け舟を出したら逆効果です。

「はしたない」

「うらやま……もとい淑女にあるまじき振る舞い」

 などと言われているようだ。
 うらやま? いや、きっと聞き間違いだな。
 内田先輩に抱き着かれた余韻が、まだ頭に残っていたんだろう。
 煩悩退散、煩悩退散。
 女子だらけの環境で、変に欲望を見せたら俺の人生が終わる。
 上流階級のお嬢様だらけなんだから、比喩でも誇張でもない。
 紅茶を一口飲んでホッと息を吐く。
 気持ちを切り替えよう。
 皆によってたかって説教された内田先輩は、げっそりとやつれたような顔でぐったりとしていた。
 はっきり言って自業自得だと思う。
 俺はちょっと役得だったけど、それを顔に出したりしたらきっとこっちに火の粉が飛んでくる。
 くわばら、くわばら。
 当たり前なんだが、先輩達って怒ると怖いよな。
 と言うか、姫小路先輩や藤村先輩が怒るところなんて初めて見た気がするんだが。
 やっぱり恋人でもない男に抱き着くとか、お嬢様達にしてみればありえない事なんだと思う。
 生徒会内部でやったから怒られるだけですんでいるけど、正道寺先輩に見られていたら厳しい処分が下されたんじゃないだろうか。

「それでは業務を再開します」

 姫小路先輩は何事もなかったかのようにそう宣言する。
 ……生徒会長の顔が鬼に見えたのは、ここだけの秘密だ。

「赤松さんの提案、わたくしの方から学校側に許可を申請しておきますね」

 姫小路先輩はそんな事を言い、俺を驚かせる。

「え? いいんでしょうか?」

 思わず訊き返してしまうと、微笑で応じられた。

「ええ。生徒会長の名前で申請した方が何かと都合がよいでしょうから」

「よろしくお願いします」

「はい」

 俺が頭を下げて頼み、先輩はにこやかに受け入れてくれた。
 それを見ていた高遠先輩が口を挟んでくる。

「何ならば書類作成は赤松君がやってみますか?」

「え? いいんですか?」

 俺はまたしても驚いて訊き返す。
 さっきと同じ反応をしてしまった気がするが、それくらい衝撃的だったのだ。
 各種の書類は大抵書記の内田先輩か、そうでなかったら副会長の二人が作る。
 会長はチェックをし承認のハンコを押すか、否認するかなのだ。
 それが上下関係と言うか役割分担みたいなものなのだと勝手に解釈していたんだが。

「ええ。次の代も生徒会に関わるつもりでしたら、やっておいて損はないはずですよ」

 姫小路先輩が優しく微笑んだけど、俺は応えられなかった。
 そう言えばこの人と高遠先輩が引退してしまう日が、いつかは来るんだよな。
 そんな風に考えればちょっと寂しいし、切なくもある。

「どうかしましたか?」

 態度に出ていたのか、姫小路先輩が怪訝そうな顔になった。

「いえ、先輩達がいつか引退するんだなって思ったら寂しくなりまして」

「まあ……」

 姫小路先輩と高遠先輩が目を丸くする。
 後輩としては当たり前の事だと思うんだが、そんなに驚くような事かなぁ?
 疑問に思っていると高遠先輩が咳ばらいをした。

「赤松君。そういう思わせぶりな事を言うのは控えて下さいね」

 頬が少し赤くなっていて、ジロッと向けてきた目はどこか潤んでるような気もする。
 いや、そんな気は全くなかったんですけど。
 ここは否定しておくべきだろうと判断した。

「え、本心ですけど。姫小路先輩や高遠先輩が引退しちゃったら僕、本当に寂しくて切ないですよ」

「そ、そう……」

 高遠先輩は怯んだそぶりを見せる。
 あれ? 俺、そんなに変な事を言ったか?
 室内に漂う空気を疑問に思う。
 でも、何やら変な空気に変わってしまったのは事実だ。
 気のせいじゃなかったら姫小路先輩もどこかもじもじしているような感じ。
 うん、このまま放置しておくとまずそうだ。

「会長、書類の書き方を教えて頂きたいんですが」

 強引でも何でもいいから、話を切り替える。

「え、ええ。そうですね」

 姫小路先輩も俺の言葉で我に返ったか、すぐに応じてくれた。
 そして会長用のデスクから一枚の紙を取り出す。
 でかく太い字で提案書と書かれていた。

「まず、ここに提案内容を書いて、それから署名をして下さい。次にわたくしが署名して判を押して提出しますから」

 先輩の白い細い指が空白欄を示し、次に署名欄を指す。
 気になった事があったので、念の為に訊いてみよう。

「パソコンとかで文章を打ち込んだらいけないんでしょうか?」

「ええ、それは認められませんね」

 即答で却下されてしまった。
 姫小路先輩は、紅茶を一口飲んでから続きを言う。

「と言うのも、偽造濫造を防ぐ意味合いがあるからです。わたくし達の知らないところで勝手に書類を作成し、提出してしまう子が現れても困りますから。恐らく我が校にそんな生徒はいないと思いますし、鍵もかかるので簡単にはできないはずですけどね」

 確かに英陵にそんな生徒がいるなんて、想像すらできない。
 書類を勝手に作るって発想ができる子なんて果たしているんだろうか。
 どちらかと言えばそういう行為の被害者になるような子達ばかりじゃないか?
 そんな疑問が浮かぶ。
 顔に出ていたのか、俺の方をちらりと見た高遠先輩が口を挟んだ。

「これまではいなかったですし、今もいないでしょう。しかし、将来は分かりません。共学化されましたから」

 その言葉で、この人達が何を危惧しているかがぼんやりとだが分かってくる。
 生粋のお嬢様達はさておき、一般男子はどうかは分からないという事なのだろう。
 後、俺の事はどうやら信用してくれているらしい、という事も分かった。

「なるほど」

 俺はひとまずうなずいておく。
 今から書類を作らなきゃいけないからだ。

「書き出しはどうすればいいんでしょうか?」

 そして訊かなきゃいけない事も多い。

「そうですね。提案、球技大会終了後の打ち上げについて、とでもして下さい」

「はい」

 姫小路先輩に教わりながら書いていく。
 肩を寄せ合っているからか、先輩の長い髪が俺にかかったりする。
 左の方から先輩が覗き込み、おかしなところがないか確認してくれる。
 当然なんだと思うけど、これって何も知らない人が見たらいちゃついていると誤解されないだろうか?
 いや、他に手はないんだから仕方ないんだが。

「ああ、ここはですね……」

 先輩が指摘してくれたので修正する。
 いちいち最初から書き直すより一度全部書いてしまい、それを見て清書すればいいと言ってもらえたのだ。
 先輩の髪が俺の頬をくすぐる。
 かなり近いけど、先輩の方は気づいていないようだ。
 それとも気にしていないだけだろうか?
 まあ、俺だけが意識しているというのもみっともない話だな。
 煩悩退散、煩悩退散。
 姫小路先輩は全身からいい匂いを発しているんじゃないかって感じがするだけに、集中しないとな。
 何とか書き終えて最終チェックをしてもらう。

「はい、これでいいですよ。後はわたくしの方で処理しておきますね」

 生徒会長が署名をし、ハンコを押す事で書類として完成するのだ。
 残念ではあるが、姫小路先輩と密接な距離を保てる大義名分がなくなってしまったので、自分の席へと戻る。
 今日は内田先輩と姫小路先輩の二人と接触があって、いい日だったなと思う。
 ……ダメだな、これじゃ煩悩まみれだ。
 二人とも魅力的すぎるので、油断するとすぐにこんな感じになってしまう。
 気を引き締め直さないとやばいな。
 俺はより集中して仕事に取り組む事にした。 
 今日、やるべき事は球技大会に備えた業務である。
 と言えば凄そうに聞こえるのだろうが、実態はトーナメント表及びくじの作成だった。
 具体的には、エントリー表などが出そろってから始まるのだが。
 準備はやっておいて損はないからな。
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