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はいそっ 作者:相野仁

三話

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7

 席替えをしたからと言って、急に何かが変わるというものではなかった。
 清掃の班は最初の時を引き継ぐわけだから。
 ただ、隣がデジーレ、後ろが小早川になったので、休み時間話しかけやすくなった事は確かだ。
 この二人は大概、休み時間は取り巻きに囲まれているような状態なのである。
 姫小路先輩や紫子さんほどじゃないにしろ、人気ある子だと言えるだろう。
 そしてこの二人の席に隣接している俺は、当然女の子達との接点が増える。

「ヤスはどう思いますか?」

 何よりもデジーレも小早川も、割と俺に話を振ってくれるのだ。
 周囲の女の子達も俺が話に加わる事を少しも嫌がったりしない。
 このあたり、中学の時の女子達とは大違いだった。
 そもそも、何人もの女子が近くにいるのに席を譲らなくてもよい、というのが新鮮である。
 最初は譲ろうとしたのだが、皆に遠慮されてしまった。

「他人の席を奪わないのがマナーよ」

 小早川がそう言ったので、俺は譲るのを止めたのである。
 休み時間のお喋りにもマナーが存在するのは、さすがお嬢様達と言ったところだろうか。
 この分だとまだまだありそうで、それが少し怖いんだが。
 きっと誰かが教えてくれるかな、と甘えにも似た気持ちがあるのは確かだった。
 英陵における事を全然知らないという事を知られているので、変に知ったかぶる事をしなければ、そう悪いものではない。
 いちいち教えてもらわなきゃいけない事が、申し訳ないというのはあるんだけど。
 それでもまあ、席替えは俺にとって今のところいい方向へと転んでいる。
 今まで接点がなかった子達との会話に加われるのはそれだけ大きい。
 その子達にしても、別に俺の事を敬遠していたわけではないようだ。
 やはり、唯一の男子という事で、どう話しかけていいのか分からなかったのだろう。
 俺も似たようなものだったから、お互い様と言うべきだった。

「やっぱり皆、香水をつけたり化粧をしたりしているのかい?」

 ちょうどいいタイミングだったので、訊いてみた事を尋ねてみる。
 女の子達は肯定とも否定ともつかない、曖昧な反応を示した。
 デジーレが代表して答える。

「香水はつけますけど、化粧は禁止されているのですよ」

「あれ、そうなの?」

 正直、かなり意外だった。

「皆美人だから、軽くしているのかと思ったよ」

 全員すっぴんとか、中学時代の女子が知ったらマジ切れするか卒倒するかのどっちかじゃないかな。
 そう思って感嘆したけど、皆頬を赤くしていた。
 ……あっ、皆美人発言のせいか。
 しかし、ここで言い訳したらかえって怪しい気はするな。
 ここは話題転換で乗り切ろう。

「香水は禁止されていないの?」

「ええ。エチケットの一つと見なされています。厳密に言えば、化粧に関しても身だしなみ程度のものならば、認められてはいますね」

 そういうものなのか。
 女は化粧で化けるなんて聞いた事があるけど、英陵生達には無縁だと思うけどなあ。
 これを言ったらまずいだろうから黙っておこう。
 話を聞いていた女子の一人が、不思議そうな顔をして俺に質問をしてきた。

「校則に書いてあったと思うのですけど、お読みになってないのですか?」 

「読んだけど書いていなかったんだよ。まあ、男向けの校則に化粧をするなって書いてあるのも変な話だとは思うけど」

 おどけるように言うと一斉に笑い声が起こる。
 と言っても大きな声でゲラゲラ笑う、といった事はない。
 皆、口元に手を当ててクスクスと上品な笑い方をするのだ。
 人数がある分、それなりの声量になるだけである。

「校則も男女別なのでしょうか?」

 違う一人が疑問の声をあげた。
 確かにおかしいと言えばおかしいんだけど、でもなぁ。

「俺の場合、車通学とかしないし、服も違うし、一から作るのと手間は変わらないんじゃないかな」

「なるほど。それはありえますね」

 デジーレがうなずいてくれた。
 もちろん、共通の校則は多い、と言うかほとんどがそうだろう。
 でも、中には男限定のものもあるわけだ。
 制服のズボンの事とか、女子には関係ないからな。

「それに男子が増えた為にも作っておいた方がいいんだろうし」

 俺がそうつけ加えると、皆微妙な反応だった。
 「そうですね」とは言ってくれたものの、明らかに熱がない。
 社交辞令的だとでも言うべきだろうか。
 もしかして、男子生徒が増える見込みはないって展開が待っているのか……?
 いや、単にピンとこないだけって事もありえる。
 彼女達だって、別に男子生徒が今後どれだけ受け入れられていく予定なのか、把握しているわけじゃないだろう。
 社会的地位を備えた家のご令嬢であって、彼女達がそういう存在だったりするんじゃないんだから。
 席替え後の休み時間は、楽しくもどこか腑に落ちぬものを感じて終わった。



「ヤス、お昼はどうするのですか?」

 昼休みになるとデジーレがさっそく声をかけてきてくれる。 
 さて、今日はどうしようか。

「購買あたりにしようかな」

 弁当は持ってきていないし。
 それに実は、俺なら購買も無料だという事が分かったし。
 パンと飲み物を買って……と言うよりはもらって教室で食べようか。
 ここ英陵においては、「教室で食べる」という選択は不人気だったりするんだけど。
 ただ、その分一人でゆっくりと食べられる事を期待できる。
 誰かと一緒に食べると美味しい事は否定しないけど、いつもだとちょっとなと思ったりもする。
 相手は女の子達だからなおさらだ。
 これが男達だったら、馬鹿話の一つや二つができるし、あまり気を遣わなくていいんだろうけど。
 もっとも、俺がそう思っているだけで、上流階級の男ってのは馬鹿話の類ができない可能性もある。
 あまり高望みしすぎない方がいいだろう。
 今後男子が入学するにせよ、それが上流階級なのか、それとも庶民なのかは分からないんだが。

「あら? それでしたらわたくし達と一緒にいかが? 今日、わたくし達も購買で買って、中庭で食べようと考えていたところですのよ」

 デジーレはそんな事を言い出した。
 意外とは言い切れない。
 何となくではあったが、予感はあったのだ。
 無駄な気はしたものの、一応確認はしておきたい。

「皆はそれでいいのかい?」

 恐らくデジーレと一緒に昼食を摂るのだろうメンバーに向かって訊いてみた。
 中には相羽もいるけど、それ以外はあまり話した事がない子達ばかりだからである。
 全員がうなずき、デジーレが「遠慮は無用です」と笑った事で、話は決まった。
 うーん、やっぱりデジーレは女子のリーダー格なんだな。
 ちなみに小早川はと言うと、今日も学食らしい。
 昨日は俺と一緒だったからか、今日はグループの子達と食べるようだ。

「それでは参りましょう」

 デジーレの号令で俺達はゾロゾロと連れ立って歩き出す。

「赤松さんはどんな食べものがお好きなのですか?」

 グループの一人が尋ねてくる。
 漠然とした質問だけど、ここは購買に置いてあるものでと考えた方がいいだろうな。

「美味しければ何でも好き……じゃこの場合はダメだよな」

 そう言って笑いかけると皆、クスっと笑ってくれた。
 ごまかしや意地悪だと解釈されなくて何よりです。

「そうですわね。皆、美味しいものが好きでしょうから」

 デジーレが黄金のかけらをまくような笑顔で応える。
 そんな事を言われても、購買のメニューはまだあまり把握していないんだよな。

「この間食べたサンドウィッチと一緒に出てきたコーヒーは美味しかったな。俺が言えるのはそれくらいだよ」

 こう答えるのが無難ではあるだろう。
 それに食いついてきたのは相羽だった。

「赤松君、コーヒーは好きなの?」

「え? うん」

 彼女にしては珍しく、まくしたてるような感じだったので少し面食らう。
 何だろう、相羽もコーヒー好きなのかな?

「リナの実家はコーヒーチェーン店を経営していますから」

 デジーレがまるで俺の心を読んだかのようなタイミングで言った。

「へえ、そうなんだ」

 それならコーヒーに対する反応もうなずけるな。

「なんて名前?」

 訊いたのには特に意味はない。
 強いて言えば話の流れに乗っかったつもりだった。
 相羽は少しためらいながら答えてくれる。

「ウィングコーヒーって知っている?」

「知っているよ!」

 俺は即答した。
 店がない都道府県は存在しないって言われる、大手じゃないか。

「何度か家族や友達と入った事あるよ」

「それはどうもありがとう」

 何だろう。
 相羽は喜んでいるような悲しんでいるような、奇妙な笑顔を浮かべた。
 ……家の商売が好きじゃないとかそういう事なのか?
 突っ込んだ方がいいのか、それとも深入りしすぎる事になるんだろうか。
 俺がためらっていると、デジーレがそっと言った。

「ウィングコーヒーは大衆向けのお店で、わたくし達には馴染みがないですからね。リナは妙なところを気にしているのです」

 あ、なるほど。
 確かにウィングコーヒーは富裕層や上流階級が好んで行くような店じゃない。
 それが一種の劣等感みたいになっているのか。

「俺が行った店、雰囲気よかったし、コーヒーも美味しかったぞ」

「あ、ありがとう」

 ややムキになって褒めると、相羽ははにかんだような笑みになる。
 それを見ていたデジーレが口を挟んだ。

「あら、そうですの? ならばわたくしも行ってみたいわ」

「私も」

 一緒にいた子達も口々に言い出す。
 どうやらお嬢様達の好奇心を刺激してしまったらしい。
 相羽は困った顔になり、俺の方に助けを求めるような視線を送ってきた。

「皆、そういう店に行くのはいいのかい? 何と言うか、大衆向けの店には出入り禁止されているような家の子達っていうイメージなんだけど」

「いくら何でも、さすがにそんな事はありませんよ?」

 デジーレは少し興奮したように否定する。
 かなり心外だったらしい。
 他の子達も一様にきょとんとした顔をしていた。
 お嬢様達だからと言って、家がそういうルールを科しているというわけじゃないらしい。

「いかがわしいお店への出入りなら禁止されていますけど、相羽さんのお家が経営なさっているお店なら、社会見学の一環で通りますわ」

 ある一人が心外そうにそう言った。
 相羽が少し傷ついたような顔をしたものの、発言者には全く悪意はない事は表情を見れば分かる。
 なるほど、これは言いにくそうにしていた理由が分かる。
 お嬢様達にしてみれば無意識の事だし、あくまでも相羽の家の店には好意的なつもりなのだ。
 とは言え、俺じゃここからどうしたら挽回できるのかが分からん。
 無意識下の事をどうこうできるとは思えないしな。
 いっそ連れて行った方がいいのかもしれない。

「じゃあ皆で行ってみる? と言っても、下校途中に寄っていいのかな?」

「校則違反ですわね」

 デジーレが即答する。
 あ、やっぱり校則で禁止されているのか。

「後、俺は生徒会業務があるしな……行けるとしたら休みの日になるかな」

 さすがに休みの日で皆で集まって、とはならないだろう。
 女の子同士ならまだしも、男がいるのに許されるはずもない。
 皆どこかのご令嬢なんだろうし、習い事もあるだろう。
 そう考えていたのだが。

「では、次の休みにというのはいかがでしょう?」

 デジーレがそんな事を言い出す。

「いいですわね」

 お嬢様も黄色い声をあげて賛意を示した。
 あれ? 誰も反対しないのはどういう事だろう?
 内心焦った。
 予想外の方向へ事態は転がってしまっている。

「俺が案内すればいいのかい?」

 相羽が困っているのは理解しているが、流れ的にそう訊くしかなかった。

「ええ、お願いします」

 皆、口々に言う。
 どの子もいかにも楽しみにしているといった風で、今更ダメだとは言えない。
 相羽、ごめん。
 表情だけで謝意を伝えたら、こくりとうなずいてくれた。
 どうやら伝達に成功したらしい。
 しかし、こんな事になるなんて。
 お嬢様達という生き物をどこか甘く見ていたのかもしれない。
 そうは思いつつ、つい言いたくなった。

「男と一緒に店に出かけるっていうのは反対されないのかい?」

 なるべく軽口を装う。
 効果はあったのか、皆微笑しながら答えてくれた。

「反対されないと思いますよ。赤松様ですから」

 理由になっていないと思うのは俺だけなんだろうか。
 ちらりとデジーレを見ると、やはり微笑が返ってくる。
 困って相羽の方を見ると、困惑したような曖昧な表情を浮かべられた。
 うん、どちらかと言えば救いの手が欲しいのは相羽の方か。
 でも、俺だって助けてほしい。
 どうしてこうなったんだろう?
 自業自得じゃないのかと言われても反論できない気はするが、責任を追及されるのは酷だと言いたい。
 微妙な空気になりかけた時、絶妙なタイミングで購買に到着した。
 幸い、待っている人間はいないのですぐに注文できるだろう。
 ただ、そこで誰から行くかという牽制という名の譲り合いが発生する。 
 そこで俺が最初に行く事にした。

「すみません、バラエティサンドパック一つ、デザートパンのアットバニラを一つ、カフェラテを一つ」

「はいよー」

 おばさんが応じてくれる。
 正式な名称は違うらしいのだが、俺の言い方でも意味は通じるらしいので、これでいいとも思う。
 そして一緒に来た女の子達を振り返って言った。

「ここは名前の順でいいんじゃないか?」

 妥協案を出したつもりだったが、一番手になった相羽には恨めしそうな目を向けられてしまう。
 やばいな、相羽を困らせてばかりじゃないか。
 ごめんよ……。
 俺の一言を皮切りに一同は順に注文していく。
 恐ろしい事に全員がカードで支払いを済ませている。
 実は俺が注文したメニューの金額は、およそ八千円くらいになるらしい。
 初めて聞いた時は思わず吹き出してしまい、お嬢様達に微妙な目を向けられてしまったものだ。
 何でも有名なパン職人がいい材料を使って作ったものを、その日のうちに届けてもらっているからだとか。
 コーヒーや紅茶にしても、その手の道楽達が大金をはたいて求めるクラスのものを、やはりその道で有名な人に淹れてもらっているんだそうだ。
 購買はあくまでも販売窓口にすぎないのである。
 以前、一緒に購買のものを食べた小早川は一言、

「作り立てじゃないだけに、若干風味が落ちているわね」

 と仰っていた。
 それを聞いた子達は一斉にうなずいたところがより恐ろしい。
 何だろう、英陵の女子は舌が鋭敏じゃないといけないルールでもあったりするんだろうか。
 それとも幼少の頃から本物の高級品を味わい続けているうちに、自然と鍛えられてしまったんだろうか。
 どちらにせよ、俺には縁遠い世界の話だ。
 全員が注文品を受け取ると、俺は更にレンタル用のレジャーシートを受け取る。
 校舎の外で食べる人の為に用意されているというのだから恐れ入る。
 日常の何気ない部分でこそ、ギャップが大きいのだった。

「どこに行く?」

 俺は皆に尋ねてみる。
 候補としては中庭かグラウンドだろう。
 グラウンドは下に降りてしまうと砂ほこりが怖いが、観戦席的な場所ならそうでもない。

「中庭がいいのではないでしょうか?」

 デジーレが言うと皆が一斉に賛成する。
 これが鶴の一声ってやつだろうな。
 生徒会における姫小路先輩のようなポジションだと思う。

「うん、いいよ」

 唯一の違いは誰もが俺の方を見てきた事だろうか。
 姫小路先輩が決定したら、俺の意見なんて求められないからな。
 まあ、肩書も立ち位置も違うんだろうけど。
 この子達にしれみれば、俺はまだまだお客さんみたいな位置なんじゃないだろうか。
 男と女、それも庶民とお嬢様が、気の置けない仲になるなんて容易じゃない事は分かるので、少しずつやっていくしかない。
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