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はいそっ 作者:相野仁

二話

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二泊三日のオリエンテーションは無事に終わったと言える。
 何もなかったわけではなかったものの、結果的には来てよかった。
 主任と担任に呼び出された時はどうなるかと思ったが、その後多くの女子が俺への信用と好意を寄せてくれるようになったと思う。
 狙ってやったわけじゃないけど、その逆よりはずっといい。
 特にきっかけとなった桔梗院という子は、ダンスの申し込みをしてきたし、それ以外でも好意的なまなざしを向けてくれる気がする。
 ここまでくるとさすがにちょっと申し訳ないと言うか、心苦しいと言うか。
 まあ、あの子もどこかのお嬢様だろうし、そのうち忘れてしまうだろう。
 そうでなくとも家の人間がそれとなく諭すと思う。
 我が家は悲しいまでの庶民だからだ。
 俺達は順次バスに乗り込んでいく。
 施設の前には見送りでメイドさんと執事さんが並んでいるが、誰も反応しない。
 そっと尋ねてみたら「使用人相手に手は振らない」と相羽がこっそり教えてくれた。
 それでいいのかと思うのだが、金持ち達にとって使用人は備品なのである。
 見送りに対していちいち反応してはいけないのだそうだ。
 そういう場合は、統括役を別室に呼んでまとめてねぎらいの言葉をかけるという。
 使用人達はそれを聞いて「報われた」と喜ぶのだとか。
 俺には理解できそうにもない感覚である。
 金持ちの考えには共感できないし、誰かに奉仕するのにも向いていないって事じゃないだろうか。
 曇り空を見ながらそんな事を考えていた。
 来た時と二日目はあれだけ晴れていたのに、今朝起きてみれば空は一転して暗くなっていたのである。
 まるで島が俺達との別れを拒んでいるようだ……と冗談めかして言ったら、お嬢様達はうっとりした顔でため息をついていた。
 庶民なら爆笑するポイントだったと思うのだが、お嬢様達には胸が打たれるポイントだったらしい。
 おかげで「赤松様は詩人」と主張する子の数が一気に増えてしまった気がする。
 俺なんかを同一視したら、本職の詩人達が激怒すると思うんだが。
 でも、相手がお嬢様達だからそれを口にする事はためらわれた。
 俺にしてみれば詩人なんて見た事もない生き物なのだが、彼女達は違う。
 「色んな方に詩を贈られましたけど、どれもよい出来とは言えませんでした」なんて事がありえないとは言えないのだ。
 ダンスに慣れていて、メイドや執事達が課外活動についてくる事に疑問に思わない子達の集まりだという事は、決して忘れてはいけないだろう。

「赤松様。ババ抜きというものをもう一度いたしませんか?」

 大崎の誘いにうなずいて応じる。
 最終日、俺の隣の席は何とくじ引きで決められていた。
 お嬢様達にもくじ引きという概念はあるのだと知った……そして、どうやらお嬢様達はすっかりババ抜きにハマったらしい。
 彼女達はこれまでトランプゲームで知っていたのは、ブリッジとポーカーだけだった。
 これを知った時の俺が、一体どんな反応をしたらいいのか悩んだのは、理解していただけるだろうか。
 ブリッジは何となく分かるけど、ポーカーって上流階級の遊びなのか?
 そんな疑問も湧いたが言えなかった。

「ああん、また赤松さんの勝ちですか」

 ただ、彼女達はあまり強くはない。
 素直すぎていわゆる「ポーカーフェイス」ができていないからだ。
 したがって大体は俺の勝ちで終わる。
 これを聞いたフェミニストな紳士は怒るかもしれないが、手は抜くなというのは淑女達の仰せなのだ。
 気づかれないように手を抜くといった事ができない俺が悪いのかもしれないけど。
 余談かもしれないが、ババ抜きは俺達だけではなく、バスの中全体で行われていた。
 ハマったお嬢様の数は三人ではなかったのである。
 ……後でご令嬢達に変な遊びを教えるなって怒られなかったらいいんだけど。




 英陵学園の理事長室。
 そこには数人の人間が集まっていた。

「赤松康弘はどうだね?」

 口火を切ったのは重厚なスーツを着て、黒皮の立派な椅子に腰をかけるこの部屋の主、目黒川幸造である。

「はい。今のところ起こした問題は一件だけですね」

 質問に答えたのは、分厚い書類を左手に持つスーツ姿の女性だ。
 彼女は理事長の専属秘書なのである。

「一件?」

 反応したのは部屋にいる男達の一人だ。
 彼らこそ理事会のメンバーなのである。

「はい」

 秘書は淡々として説明した。

「隣の席の女子に頭を下げて謝罪した際、遠くから見たら女子の膝の上に頭を置こうとしているように見えたとか」

 実にくだらない理由である。
 この部屋にいる人間全員がそう思ったが、事態は単純ではない。
 彼らに入学を承認された男子生徒が問題を起こせば、それは即ち彼らの責任問題となるのだった。
 入学した生徒一人が問題を起こすというのは、本来ならそこまで大きな事にはならない。
 正確に言うならば、彼らの社会的地位や権力を使えば、矮小化するのは簡単である。
 しかし、それを許さないのが英陵の父母会、及び卒業生の集まり「燦華会」なのだ。
 たとえ姫小路家が眉をひそめただけでメガバンクの頭取や重役一同が平伏するとか、桔梗院家の者に粗相をしただけで、年商一兆超規模の企業グループがあっという間に経営破たんし、消え去ったといった話がある。
 世間一般では都市伝説やフィクションとして認識している事だが、純然たる事実だとここにいる者達は知っていた。

「それで? その後はどうなったのだね?」

 目黒川の声には若干の焦りが見られる。

「はい。その後、カヌーによる川下りの際、桔梗院百合子様が乗ったものが転覆してしまいましたが」

「なんだとっ」

 報告の途中で、部屋にいる男どもが一斉に立ち上がった。 
 全員の顔は蒼白になっている。
 桔梗院百合子は英陵において有数のVIP階級だ。
 彼女自身ではなく、彼女の生家が、であるのだが。

「そ、それで? どうなった?」

 目黒川の声が震える。
 英陵学園の理事長をやっているくらいなのだから、彼もれっきとした社会的権力者だ。
 それが怯えるなど事情を知らない者にとっては滑稽であり、不思議な展開だろう。

「ご安心を。赤松康弘がとっさに飛び込み、事なきを得たそうです」

 安堵のため息があちこちから起こる。
 秘書はどこまで冷静に続けた。

「百合子様も他三名も無事でした。そしてどうやら赤松康弘の事がお気に召した模様で」

「……何?」

 実は桔梗院家は男女共学化において懸念を表明していた。
 色々建前はあったが、有力な理由の一つが「年頃の娘に悪い虫がつく」事を危惧したという。
 娘を持つ父親ならば大概が共感できそうな理由だった。
 それだけに、百合子が男子生徒に好意を持ったと知った時、件の桔梗院家はどんな事を始めるのか。
 桔梗院が激怒すれば、現職の国会議員が百人くらい逮捕されたり謎の死を遂げたりする、という言い方が存在する。
 目黒川達には笑えない事実だった。
 彼らが全ての力を振り絞れば、何とか対抗できるかもしれない。
 しかし、他にも共学化反対の立場の者はいるのである。

「何とかして味方を増やせませんか?」

 一人が提案した。
 極端な話、桔梗院家の勢力を少しでも削ぎたいという家はいくつも存在する。
 そんな家にしてみれば、百合子が赤松に好意を持ったというのはうってつけの材料だろう。
 上手く立ち回れば、味方に取り込める可能性はあった。
 彼らとて馬鹿ではないので、「敵の敵は味方」という姿勢を崩す事はないに違いない。

「現段階では止めた方が無難かと思います」

 白髪頭の最年長の男性がそう言った。

「姫小路家の動向を充分見極めてからでも遅くないでしょう」

 彼の主張は、一番恐ろしい姫小路家が中立だという事を忘れてはいけない、というものだった。
 「国内で姫小路家に道を譲らない人間は、皇族だけだ」などと言われるほどの家である。
 その気になれば彼ら全員と桔梗院家をまとめて潰す事すら可能かもしれない。
 そもそも、姫小路家と揉めた時点で味方はいなくなってしまうだろう。

「ひ、姫小路家だけは敵に回すわけにはいかない……」

 目黒川の言葉に一同は一斉にうなずいた。
 赤松康弘は、あくまでもモルモットに過ぎない。
 だから、彼らは身の危険を冒してまで助ける必要は感じなかった。
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