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はいそっ 作者:相野仁

二話

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2

 オリエンテーション当日になった。 
 空は青く晴れ渡っていて、雲は点在するだけである。
 穏やかな風が時々吹き抜けるのが、爽やかで心地いい。
 絶好の日和だと言えるだろう。 
 しおりで指定されていた通り、体操服の上にジャージを着て家を出る。 
 一年生という事で青色だ。 
 念の為、トランプとUNOの両方を入れておく。
 こうした遊び道具の持ち込みが公認されているのは珍しいように思う。
 少なくとも中学の時は禁止だったし、皆こっそり持ち込んだものだ。 
 もっとも、先生の方でもある程度は見て見ぬふりをしていた節があるけど。  英陵ではそもそも学園が保有している島に行くって時点で普通じゃないけどな。
 親父もお袋もびっくりしていたし。  
 ちなみに参加費は全額学園持ちです。
 本当は入学金や寄付金から捻出しているらしいが、俺は免除されたからな。  払っていないのに参加してもいいのか、という遠慮は英陵においては通用しないのである。 
 ただし今のところは男子限定なのだが。
 ありがたい話なので、せいいっぱい楽しもうと思う。
 俺が英陵生活を満喫する事により、男子の入学希望者が増えていけば、それが学園の貢献になるだろうからな。
 学校に到着すると、似たような服装の女子達が高そうな車から下りて来ていた。
 高級車通学はもう見慣れてしまったが、さすがにジャージ姿の女の子が下りてくる光景は、シュールの一言につきる。
 とその中に大崎の姿を見かけたので声をかける事にした。

「おはよう、大崎」

「あら、赤松様。ごきげんよう」

 車から下りたった美少女は、こっちに気がつくと上品に一礼して微笑みかけてくる。
 ホント、この手の仕草が絵になる子が多すぎるぞ、この学校。
 野暮ったいジャージも魅力を引き出す為のツールになっている気がするし。  そう思っていたら、車の後ろのドアが開いて一人の男性が出てきた。

「海晴、知り合いなのかい?」

 黒い頭を整髪料できっちり整えていた、壮年の男性が大崎にそう尋ねる。 

「ええ、お父様。同じ班の赤松様ですわ」

  案の定父親だったか。
 送迎車に乗っていて、大崎を下の名前で呼ぶ中年男性なんて、選択肢は多くなかったのですぐ分かった。
 大崎の親父さんは俺の事をうさんくさそうな目でじろじろと見る。

「君が唯一入学できた男子かね?」

「はい。赤松康弘と申します。お嬢さんにはいつもお世話になっております」 

 社会的地位を備えた目上の人間に対し、失礼にならないように心がけた。 

「娘に妙な真似をしてくれるなよ」

 敵意と警戒心が混ざった鋭い一瞥が向けられ、俺の胸を抉る。
 あまりの貫録と迫力に、思わず後ずさりしそうになった。

「お父様! 失礼ですよ!」

 大崎が普段からは想像もできないほど、厳しい声で父親を咎める。
 言われた方は少しも悪びれず、娘の方を見つめ返す。

「父親として当然の発言だ」

 当然だと思う反面、大崎がたしなめてくれたのは嬉しい。 
 ただ、そのせいかは断言しかねるけど、親父さんが俺に向ける視線がよりきつくなった気はする。
 可愛い娘が男を庇ったのが気に入らないとか、そういう事じゃなければいいんだが。
 気づけば周囲の耳目を集めている。
 中には俺と大崎を交互に見て、何事か噂をしている子もいるようだ。
 そんな状況を察知したからというわけでもないだろうけど、大崎の親父さんは車に乗り込む。
 ほどなくして車は走り去り、後には俺と大崎だけが取り残される。
 大崎は恨めしそうな目で車の後姿を見つめていたが、やがて俺の方に向き直って頭を下げた。

「本当にごめんなさい、赤松様。オリエンテーションから帰り次第、父には抗議しておきますから」

「いや、いいんだよ。父親としては当たり前だろうしな」

 俺は気にしていないと手を振る。
 これは偽りのない気持ちだ。
 普通の父親から見れば、俺なんて娘につきそうな悪い虫としか思えないだろうからな。
 それよりも気になったと言うか、興味を持った事がある。
 質問をする前に、恐縮し続けている同級生へフォローをしておこう。

「わざわざ送ってくれるなんていいお父さんじゃないか。仲がいいんだな」

「はい」

 やや嬉しそうな顔をし、続いて頬を赤らめてうつむく。

「なかなか娘離れしてくれなくて、少し恥ずかしいのですけれど」

「無関心なのよりはずっといいんじゃないかなぁ」

 これもまた本心である。
 俺の言葉を聞いた大崎は、やはり恥ずかしそうではあったものの、表情はだいぶ和らいでいた。
 チャンスだとばかりに質問をしてみる。

「大崎の家って何をしているんだ?」

 あいにく車の種類については詳しくないのだが、それでもあの車が高級車なのは分かった。
 好奇心丸出しの質問だったのにも関わらず、穏やかな同級生はおっとりと答えてくれる。

「赤松様がご存知かどうかは分かりませんが、首都不動産という会社を」

「……確か六本木のオフィスビルを持っている会社じゃなかったっけ?」

 以前、親父がちらっと言っていた事があるような。
 返ってきたのは肯定だった。

「はい。あまり大きな会社ではありませんが、様々な方々に支えられて何とかやっていけているようです」

 これは額面通りに受け取っていいのかどうか。
 つき合いは長くないが、大崎は自慢したり自信家だったりするような子ではないと思う。

「そうなんだ」

 とは言え、謙遜するなと言ったところで効果はないだろう。
 きっとだが、謙遜するのが美徳ではあるはずだ。
 折りを見て相羽にでも訊いてみよう。
 ……家の事を訊いて回るのが、眉をひそめられるような行為じゃなかったらいいんだが。
 そのへん、英陵ではどういう認識なのかな。
 大崎が嫌な顔をしなかったのは、あくまでもその場の空気の力が大きいのかもしれないし。
 風紀委員の先輩達が見ている横を通り、集合場所になっているグラウンドへと向かう。
 後ろに大崎が当然の如く続いてくる。
 わざわざ分かれて行く方が変だけど、やたらとこっちを見ている子が多いようにも思うんだよな。
 カップルか何かだと勘違いされていやしないか?
 さすがに考えすぎかな。
 俺は自意識過剰な思考を振り払う為、すぐ後ろにいる大崎に話しかけてみる事にした。

「大崎は何か持ってきたか?」

「あ、はい。辞書や参考書などを」

 おっとりと模範回答がすぐに返ってくる。
 普通なら疑うところだが、英陵の女子だから本当なんだろうなぁ。
 別に俺以外がゲームの類を持ち込んでもいいと思うのだが、そういう発想ができないからお嬢様なのかもしれない。

「俺の教え方、下手だったらごめんな」

 そう断っておく。
 予防線を張っておくようで情けなくはあるものの、自信がない事は早めに言っておいた方が傷は少ないと思ったのだ。
 大崎は何度か目を瞬かせ、柔和な微笑を浮かべる。

「私だって誰かに何かを教えた事などありませんから。きっとお互い様です」

 見る者を安らがせるような顔だった。
 少なくとも、俺の胸にはよく沁みる。
 グラウンドに到着すると、既に百人くらいは集まっていた。

「えっと、七組はどこに行けばいいのかな?」

 小笠原先生がいれば一発で分かったんだろうけど、あいにく姿は見えない。
 相羽や小早川といった見覚えのある同級生もまだ来てはいないようだ。
 班長の大崎なら何か知っているかと思って尋ねてみる。

「聞いてきますね」

 大崎はそっと前に行き、一人に話しかける。
 全部任せるのも悪いので、俺は見覚えのある女子がいないかきょろきょろしていた。
 ダメだな、一人もいない。
 せめて村久保、芳沢、高梨あたりがいてくれたらよかったんだが。
 大崎はすぐに戻ってきた。

「お待たせしました。右から三番目の集団のようです」

「ありがとう」

 お礼を言ってから歩き出す。

「思ったより早かったのかな?」

 集合時間の十五分前だから、ちょうどいいかと思っていたのだが。
 大崎は小さくうなずいた。

「こういう時は皆、ほぼ車でしょうから。十分前から五分前が多いのではないでしょうか。私は班長なので早めに来ただけですから」

 そういうもんなのかな。
 まあ、五分前はともかく十分前なら充分なんだけどさ。
 別に悪意があるわけではないが、自分の中のお嬢様像とのギャップを埋める必要はあった。
 彼女達にしてみれば、イメージと違うなんて評価は迷惑なだけだろうからな。
 いちいち埋めなきゃいけない、自分にイラつきもするけど、これは仕方ない。
 お嬢様達をいちいち驚かせるのも悪いし、いつまで経っても溶け込めないよりはマシだろう。
 クラスの集団のところにいると皆は挨拶をしてくれた。
 それだけでもホッとする。
 やはり自分だけ異質なところで、市民権があると分かるのは嬉しい。
 もっとも、挨拶はしてくれるだけで話しかけてもらえる事はないけどな。
 現段階じゃ拒絶されないだけよしとしておこう。
 この状況から仲よくなる為のオリエンテーションなんだろうし。
 なるべく集団の隅の方に腰を下ろすと、大崎がすぐ隣に腰を下ろした。

「友達はいいのかい?」

 俺は大きくない声で訊く。
 こいつも内部進学組だから、知り合いくらいはいるはずなんだが。
 大崎はそっと微笑んで答える。

「構いません。班ごとで集まっていないと困るでしょうし。それに赤松様がお一人になってしまうのは、班長として見過ごせません」

 彼女にしては力強い声だった。

「あ、ありがとう」

 照れつつもお礼を言う。
 正直な話、怖さを感じるレベルでいい子揃いだと思った。
 純粋培養で世間知らずと言うか、擦れていないと言うか。
 今の時代、こんな子達がいるのかって感じだ。
 もしかすると陰で色々言われているのかもしれないが……想像したら恐ろしくなったので止めよう。

「ごきげんよう」

 そう言ったあいさつがあちこちで聞こえてくるようになる。
 続々と到着しているのだろう。
 黄色い声で騒ぎ立てるような子はいないが、百人単位の人数が同時にあいさつを交わせば、当然にぎやかになった。
 そして相羽と恵那島が並ぶようにしてやってくる。

「ごきげんよう。二人とも早いね」

 相羽がそう言えば恵那島も、

「ごきげんよう。いつ来られたのですか?」

 と尋ねてきた。
 俺はほんの数分前に来た事、大崎とは偶然校門の前で一緒になった事を告げる。

「あら」

 相羽と恵那島は同時につぶやき、意味ありげにお互いの顔を見た。
 何だろうと怪訝に思ったら、相羽が何となく同情するような目を向けてくる。

「それじゃ赤松君は大変だったんじゃないかな?」

 何で分かったんだろう。
 もしかしてあの親父さん、有名人だったりするんだろうか。
 ちらりと大崎を見てみると、恥ずかしそうな顔をしている。

「大崎のお父さん、有名なのか?」

 隣に気を遣いながらも問いを発した。
 二人の班員は俺達の後ろに腰を下ろしつつ、同時にうなずく。

「海晴さんのお父様、初等部と中等部で色々あったのですよ」

 恵那島がやんわりと教えてくれた。
 やはり大崎の方をちらちらと見ている。

「本当に恥ずかしい父です」

 本人は穴があったら入りたそうな表情でつぶやいた。
 あまり引っ張りすぎても可哀想だな。
 俺は後から来た二人に話題を振る事にする。

「二人は何を持ってきたんだ?」

「辞書と参考書ですね」

 恵那島が答えると相羽も首肯した。

「そうだね。私の場合、後は読書の為の本も」

 何と言うかサプライズはないんだな。
 ないだろうと思った上での質問ではあったが。

「へえ、どんな本?」

 興味を持った俺はすかさず訊き返す。
 相羽はちょっとはにかんで言った。

「ミステリ。私、探偵小説が好きなんだ」

「お、俺もだよ」

 ひょんなところでミステリ好き仲間を発見し、少し嬉しくなる。
 この学校じゃ期待できないって勝手に思っていたからなあ。

「あ、赤松君もなんだ」

 相羽も頬を緩めた。
 こいつの方でも似たような気持ちだったんだろうか。
 という事は、俺の想像も全くの見当外れじゃなかったという事なのかな。

「こういう言い方は何だけど、この学校にミステリ好きっていたんだな」

「いる事はいると思うよ。文芸部の人とか」

 相羽の指摘に思わず舌打ちをしそうになった。
 しまった、その可能性があったか。
 いや、勝手に諦めて考慮すらしなかったんだから、俺が悪いんだけど。
 それに生徒会に入ったんだったらきついだろうし。
 ……業務に慣れてから入るってのはダメなのかな?
 かけもち自体は禁止されていなかった気はするけど、俺の場合はどうなんだろうか。
 オリエンテーションが終わったら、会長にでも訊いてみようか。
 あの人なら笑顔で許可を出してくれそうではあるけど、一存で決められるか分からないよな。
 さすがに学校側の判断とか、そういったものを無視して許されるはずもないだろうし。

「皆さん、揃いましたか?」

 おっと、小笠原先生がやってきた。
 彼女もまた俺達同様、ジャージ姿である。
 俺達とは違って赤色だが、なかなか似合っていて新鮮な感じがした。
 しかし何だな、ジャージってのも残酷な衣類だよな。
 メリハリがある体型が分かってしまうんだから。
 たとえば大崎とか小笠原先生とか。
 まあ、これ以上は考えないようにしよう。
 小早川と木村が前に出て、点呼をとり始める。
 各班は班長が、クラス全体は委員長がって事らしい。

「先生、全員揃っています」

 小早川の声に小笠原先生はうなずき、

「それでは出発まで待機していて下さい」

 そう指示を出して先生達の集まりの方へ向かった。
 時計を確認すると後五分余裕がある。
 この段階で全員揃うあたりはさすがと言うべきだろう。
 他のクラスを見回すが、特に問題や騒動は起こっていない。
 どうやら一年全員が既に来ているようだ。

「いつもこんな感じなのかい?」

 隣の大崎に小声で尋ねる。
 少女は若干不思議そうな顔をしながらも首肯した。

「そうです。五分くらい前になれば、ほぼ皆さん揃いますね」

 中学時代は必ずと言っていいほど、誰かが遅刻したりしていたものだが。
 やっぱり「違う」のかなぁ。
 そう考えていると、大崎は逆に訊いてきた。

「もしかして赤松様の中学校は違ったのですか?」

 俺は首を縦に振る。
 「まあ」という小さな声が聞こえてきた。
 大崎にとっては驚きに値する事らしい。
 カルチャーギャップはお互い様だな。
 時間が来たので学年主任の先生があいさつをする。
 四十代と思しき女性だ。
 教師にも男はほぼいない……まさに異空間である。
 あいさつが終わると、一組から順番にバスへと乗り込んでいく。
 ここからは空港までバスで行き、そしてそこから飛行機をチャーターして島にひと飛びだという。
 普通の旅客機を貸切状態にするのではなく、学園専用の機があるというのだから凄い。

「英陵だから、専用空港とかあるのかと思ったよ」

 冗談めかして話、大崎は真顔で答えた。

「ヘリコプターならばありますよ。飛行場はさすがに作れなかったみたいですけど」

「そ、そうなのか……」

 俺としてはそういうしかない、といった気分だった。 
 後ろで聞いていた相羽が補足する。

「急患とか出た時にね。場合によっては救急車より速いからね」

 なるほど、そういう理由なのかと納得した。
 救急車は交通状況によっては到着が遅れたりするもんな。
 ヘリならばそういう心配はないわけだ。
 もっとも、だからと言ってヘリを用意できる時点でもう別世界だけど。
 どれくらい維持費がかかるんだろうか。
 そもそも街中に簡単に用意できるものなのか?
 そんなんだから金に困ったんじゃないだろうか? 
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