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はいそっ 作者:相野仁

十話

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 姫小路家と桔梗院家がじつは爵位もちだと判明した衝撃から何とか立ち直り、これからのことを相談する。

「僭越ながら私が一緒なら、赤松さんにいろいろと説明できると思いますよ」

 初心者に物を教えるのが上手な人が一緒というのは、非常にありがたい。
 だが、ひとつ言っておかなければならないことがあった。

「気持ちはありがたいんだけど……姫小路先輩と一緒に美術館めぐりに行った話は知っている?」

「はい、存じております。姫小路家に招かれるだなんて、やはり赤松さんはすごいお方ですよね。わたくしもいつかそうなりたいものです」

 淵野辺さんはキラキラとしたまなざしを向けてくる。
 純粋な好意と敬意にあふれていて、とても心が痛い。 
 それでも……いや、だからこそ断っておきたいことだ。

「実は向いていないと感じたんだ」

「向いていない?」

 不思議そうな顔になったお嬢様たちに説明するのは、自分の恥をさらすようで気が重い。
 しかし、これを言わずに黙っているのは人としての節義に反することだと、弱気になりそうな己に鞭を打つ。

「ああ。説明がなかなか入って来ないというか……苦手なものに立ち向かっているような感覚だった」

 思い出しても恥ずかしいが、最後まで話すのが俺の責任というものだろう。

「だから君たちの厚意を無にしてしまう可能性はとても高いと思う」

 先に謝っておくと言うと、三人は表情に理解の色を浮かべる。
 やはり失望を見せるような子はいなかった。

「そういうことでしたか。お気になさらず」

 淵野辺はおだやかに微笑しながら言ってくれる。
 正直、この反応は予想していなかったわけじゃない。
 次の言葉がスムーズに口から出たのはそのためだ。

「だけど、申し訳ないからね。モノになるか分からないし」

 と言っていると、宮下さんが奇妙なものを見るような目つきで言う。

「失礼ながら、赤松さんにとってはいつものことではないですか?」

「……えっ?」

 一瞬彼女が何を言いたいのか、理解しかねた。
 宮下さんはクールな表情を崩さずに淡々と話す。

「入学したころから見ておりますが、あなたは決して何でもそつなくこなすタイプの方ではないでしょう。どんな困難にも歯を食いしばり、泥くさく立ち向かっていく方だったはずです」

「できないとあきらめず、どうにかしようと頑張るところが素敵なのですよね」

 御子柴さんが言えば淵野辺さんも

「ダンスも指揮もできるようになったのはご立派です。人間、がんばればできるものなのだと勇気を頂いているような気分ですわ」

 とうっとりとしているような顔つきで言う。
 まさかそんな風に思われていたとはな。
 ただ単に足手まといになるのは嫌だっただけなんだが……そしてダンスや指揮のこともしっかり把握されている。
 この子たちは練習にはいなかったはずなんだけど、横のつながりはしっかりしているということだろう。
 俺は何でもソツなくこなせるような人間じゃない。
 それがプラスのほうに働くとは想像すらしなかった。
 世の中、分からないものだな……。
 買いかぶられているとは思うが、ここで俺が言っても謙虚な人間だと思われて終わりだろう。
 だからと言って何も言わずにいる気にもなれなかったので、一応否定はしておく。

「さすがに言いすぎだな。無理なものは無理だよ」

「それはそうでしょうけどね。姿勢の問題です」

 宮下さんはクールな受け答えをする。
 なんて謙虚な人なんだ、みたいな反応をされなかったのはけっこう久しぶりの気がした。
 もしかしたら英陵のお嬢様の中では初めてかもしれない。
 正直ホッとしたが、態度には出さないように気をつけよう。
 感づかれたりしたら変な風に気を回されそうだからなぁ。

「話をそろそろ戻そう」

 と言って気持ちを切り替える。

「君たちに失礼にならないよう気をつけはするけど、あまり自信はないんだ。そのつもりでいてほしいって頼みたいんだけど、かまわないかな?」

「ええ、大丈夫です」

 淵野辺さんと笑顔で、御子柴さんはにっこりと、宮下さんは口元を微妙にゆがめる程度で承知してくれた。
 少しだけ肩の荷が軽くなった気分である。
 せっかくだし去年のことを聞いておこう。
 彼女たちは中等部だっただろうけど、高等部のことを何も知らないということはあるまい。
 何せクラスや部活ごとで出し物をやる、という発想自体がないような学校だからな。
 少しでも詳しい情報はほしい。

「去年はどうだったんだい?」

「去年は水墨画展や浮世絵展などが開かれていました。姫小路家が茶器などを提供してくださったので、大いに盛り上がりました」

 宮下さんが教えてくれる。
 茶器が出たくらいで英陵のお嬢様がたが盛り上がるって……どんなものなんだろう?

「一応、平蜘蛛くらいなら知ってはいるんだけどね」

 と言ってみた。
 持ち主はたしか松永久秀だったっけ?

「ああ、古天明平蜘蛛ですか? それは桔梗院家がお持ちでしたね」

 違っていたけど、持ってきた人はいたのか……。

「九十九髪茄子、松本茄子、富士茄子はご存知ですか?」

 淵野辺さんに聞かれたので、正直に打ち明ける。

「九十九髪茄子なら、名前は聞いた覚えがあるかも」

 お嬢様たちは笑うことなく話を進めてくれた。

「それから稲葉天目、水戸天目、龍光院天目ですね」

「ほかには油滴天目もありました」

 宮下さんと御子柴さんの言葉に冷や汗をかく。
 やばい、全然わからないぞ。
 天目って単語そのものはどこかで聞いた覚えがあるような気がするんだが。

「とても覚えきれないかも」

 思わず言うと、淵野辺さんが遠慮がちに発言する。

「こういうのは観て楽しむもので、覚えるものではないですよ?」

 非常に説得力があり、ハッとさせられた。
 同時に穴があったら入りたい気持ちになる。

「そうだな。指摘してくれてどうもありがとう」

「いえいえ!」

 彼女はとんでもないとばかりに否定した。

「観て楽しむものか……肩ひじ張りすぎて、そういう余裕はなかったかもしれないな」

「文化鑑賞とは楽しむのが一番ですよ。先に言われてしまいましたが」

 宮下さんの言葉も耳に痛い。
 思い返してみれば、翠子さんも彼女なりに俺をリラックスさせようとしていてくれたのかもしれないな。 
 お詫びとお礼を後で言っておこう。

「ちょっと気が楽になったと思う。話せてよかったよ」

「ヒーロー様のお役に立てて光栄ですわ」

 俺の言葉に対してお嬢様たちは、いたずらっぽい笑みを浮かべて切り返してくる。

「やっぱりついてくるのか、その呼称」

「赤松様がご卒業なさるまではそうでしょうね。もしかしたら卒業なさったあとも……」

 淵野辺さんがおそろしい予想を言い出す。
 それだけは本当に勘弁してもらいたい。
 いくら何でも卒業して数年も経過すれば風化してしまうだろう。
 ここのお嬢様たちの記憶力がいいと言っても、接点がない人の情報がいつまでも話題になったりしないはずだ。
 そうだといいな。
 とまあここまでは何とかやってこれたんだが、この子たちは午前のグループなんだよな?
 つまり午後に一緒に回る組ともコミュニケーションをとらないといけない。
 時間の関係上、明日になりそうだが……いや、せっかく「まずは楽しめ」と教えてもらったんだから頑張ろう。
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