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はいそっ 作者:相野仁

九話

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16

 次の日の朝、暗い顔をした百合子さんと、真剣な顔をした紫子さんの姉妹が俺のところまで会いに来た。

「あの、大変申し上げにくいのですけれど……」

「我が家に招待することになりそうですわ、赤松さん」

 もじもじとしてなかなか言えない妹と違い、姉の紫子さんはきっぱりと言う。
 桐生院家からの呼び出しか……小笠原先生の懸念は的中したということか。

「今日の放課後のご予定はいかがかしら?」

「大丈夫です」

 紫子さんの問いに即答する。
 どうせ連行されるなら、早い方がいいだろう。

「分かりました。お迎えに参ります。生徒会からはわたくしが断りを入れておきましょう」

 優しくて綺麗なお姉さんというイメージが強かった紫子さんだけど、こうしてみると実にテキパキとしている印象を持つ。
 超有名な名門桐生院家のお嬢様なんだから、英才教育を受けてきたんだろうなあ。 
 ただ今まで発揮されなかったというか、見る機会がなかっただけで。
 こういう形で目撃する羽目になるとは。

「よろしくお願いします」

 俺が緊張しながら言うと、くすりと紫子さんが微笑む。

「そう硬くならずとも大丈夫ですよ。お父様が少しあなたの顔を見たいとおっしゃっているだけですから」

 いや、大問題なんじゃないのか、それ。
 桐生院家のトップが何をしているのか分からんけど、本来気軽に会えるような立場じゃないはずだ。
 というか仕事はしなくていいのだろうか?
 本人に聞けば「お前のせいだ」とぶっ飛ばされそうなことをふと思う。
 ……姉妹の顔色から察するにそこまで大事件ではないかもしれないが、さすがにそれは楽観的過ぎるだろう。
 一応覚悟はしておこうか。
 桐生院姉妹が会いに来たのが教室だったため、他のお嬢様たちにも話は広まってしまっている。
 おかげで俺が呼び出しを受けた理由に関する話でもちきりだった。
 今までは詳しく知らなかった情報も聞こえてきている。
 たとえば桐生院は総資産は数十兆円とも言われ、千年以上の歴史を誇り、日本の財政会に多大な影響力を持つ名家。
 姫小路家があまりにも強すぎるため目立ちにくいが、間違いなく日本で二番目だし、世界的に見ても上位に入るとか。

「いざとなればわたくしが横槍を入れましょう。いくら桐生院家と言えども、外国の貴族であるわたくしは無下にできないはず」

 というデジーレの発言は大変心強いが、世話を焼かせて申し訳ないと思う。
 皆が不安そうな顔で俺のことを心配してくれている。
 紫子さんは今のような展開を期待して、あえて人前で話をしてくれたのだろうか。
 そのようなことを考えていると、次のような声が出はじめた。 

「翠子様は何とおっしゃるでしょうか」

「姫小路家のご助力があれば、桐生院家相手でも勝った同然ですけれど」

 姫小路家の存在である。
 姫小路家は桐生院と比べても「強すぎる」のは前述の通りだ。
 あまりにもスケールがデカすぎて、正直ピンとこないんだが。

「姫小路家がいくらお姫様と言っても、娘一人のために動くでしょうか……」

 一人の疑問に英輔さんは割とノリノリで乱入してきそうな人だったな、とあの人の性格を振り返る。
 さすがに公私の混同はしないか。
 俺が翠子さんとの仲を進展させていれば、別かもしれないけど。

「大丈夫だよ、きっと。心配してくれてありがとう」

 と言えば皆が上品な笑みを浮かべてくれる。
 そんなわけがないという見えない文字を隠せていない子が多かったが、ひとまず話は落ち着きそうだ。
 実のところそこまで強がりというわけでもない。
 生徒会には紫子さんから連絡すると言ったのに、生徒会のメンバーが何も言ってこないからだ。
 本当にやばかったら、誰かが何かを言ってくるだろう。
 ……そう思っていると、昼休みになって食堂に行けばばったりと翠子さんと高遠先輩と遭遇する。
 この二人と食堂で会うなど、まずありえないことだった。
 しかも二人とも明らかにこっちを見て、探し人を見つけたような反応である。
 不安の暗雲が急速に胸を覆いつくすような心地になってしまう。

「あ、いらっしゃったわね」

 翠子さんは珍しく少し早歩きで近づいてくる。

「えっと、何か御用でしょうか?」

 理由は想像つくものの、形式的にはこう言うのが無難だった。
 翠子さんは何も言わずに席まで誘導する。
 そのテーブルの周囲には誰もいなかったが、気持ちは分からないでもない。

「今日桐生院のお屋敷にいらっしゃるのでしょう?」

 俺が腰を下ろすや否や、翠子さんは真剣な顔で単刀直入に聞いてくる。
 紫子さんが言いに行ったのなら当然事情を聞くし、彼女はすべてを話したのだろう。

「ええ。姫小路先輩は何かご存知ですか?」

 周囲に耳目があることを考慮して翠子さんと呼ぶのは避ける。
 みんな聞き耳を立ててるとは思わないが、自然と聞こえてしまう可能性は大いにあるからな。

「パーティーで何度かお会いしたことがあります。とても子ども思いの方々でした」

 翠子さんの口調は淡々としていて、それだけに少し怖い。

「ただ、だからと言ってお二人可愛さに冷静さを失う方でもありません。今回の件については、一部の人が心配しているようなことにはならないでしょう」

 一部の人が心配……俺が永遠に行方不明になったりしそうってやつかな。

「わざわざ教えてくださりありがとうございます」

 翠子さんが来てくれたのは、やっぱり俺が怖がっていることがバレバレだからだろう。
 一民間人がどうこうできるような存在じゃないのは確実なんだから、できれば逃げ出したいくらいだ。
 しかし、今回の件は俺にも責任はある。
 逃げ出すのは男としてすたるというか、かっこ悪いというか……ダメな意味で超えてはいけない一線だと思うのだ。

「赤松さんはわたくしの思ったとおりの方ですわ」

 くすりと翠子さんが微笑む。
 自分の判断が間違っていないと優しく背中を後押ししてくれる、そんな感じの言葉と表情だった。
 勇気が出たと言えば大げさかもしれないが、ありがたかったのは事実である。
 彼女たちのおかげで放課後までの間、怖くはなかった。
 ホームルームが終わって迎えに来た百合子さんに案内され、俺は桐生院家の車に乗り込む。
 本日のドライバーの人には見覚えがあったが、今回は気難しい表情であいさつはされなかった。
 多少ピリピリしているのはやむをえない。
 少なくとも俺がどうこう言える立場ではないだろう。
 と思っていたら紫子さんが口を出す。

「お客様に対して失礼よ?」

「……失礼いたしました」

 お嬢様に注意されてはさすがに逆らえなかったらしく、少しだけ同情しそうになる。
 俺が座ったのは後部座席の真ん中で右側が紫子さん、左側が百合子さんという形になった。
 楽しむ余裕などあるわけがないが、ちょっとうれしいのが悲しい男の本能だろうか。
 道中、沈黙が続くのはつらいので、二人に質問をしてみる。

「二人のお父さんは何をしているのですか?」

「経済と投資らしいですよ」

 紫子さんは即答し、百合子さんはちょっと困った顔になった。

「実はわたくし、よく知らないのですよね。会社の経営、資産の運用も他の人に任せていますし。どの国に投資すれば世界貢献になるのか、どれくらい投資すべきか、というお話をしていたことはありますけど」

 ああ、投資って株式投資じゃなくて、発展途上国に援助したりする方の投資か。
 スケールがすごすぎてにすぐには分からなかったよ。

「会社の経営は人にやらせるもの、なんて誰かが言っていたのを聞いた覚えがあるんだけど」

「そうでしょうね。今の時代会社経営の専門家と言える方は何人もいらっしゃいますし。優秀な技術者、優秀な営業マンが優秀な社長になれるとはかぎらないようですから」

 紫子さんはさらりと答える。

「プロを雇った方がいい結果が出るなら、雇うのは当然ではないのですか……? メイドや執事、コックと同じでしょう?」

 百合子さんの方は不思議そうに、可愛らしく首をかしげた。
 会社経営者とメイドや執事を一緒にするのは……と言ったら、メイドや執事の人に叱られてしまうか。
 彼らもプロフェッショナルだし、仕事は大変そうだしな。

「ごめんね。俺は雇われる側の人間なので」

「……雇われる側だからとか、人間同士の関係においてはさほど意味がないのでは」

「そうですよ」

 卑下しそうになったのを見透かされたか、姉妹によってたかって励まされた。
 桐生院の家に来るのは二度目だと思っていたけど、前回来た場所とは車が通る場所が違う。

「あれ、前に来た時とは違いますね」

「あちらは私たちの生活エリアで、こちらは父のエリアですから」

「え、あ、はい」

 紫子さんが何を言っているのか、理解するのにしばらく時間がかかった。
 ……どうやら個人ごとで居住エリアなるものがあって、それぞれが百坪くらいはあるらしい。
 スケールがまたしてもぶっ飛んでいて、感覚がマヒしてきているはずの俺に新鮮な衝撃を与えてくる。
 俺たち……と言うよりはお嬢様姉妹を使用人たちが玄関前で出迎えてくれていた。
 見覚えのある顔もあるけど、初めて顔を見る顔の方が多い。

「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様と奥様が応接室でお待ちです」

「そう。下がりなさい」

 紫子さんはお嬢様の顔で命令を出す。
 使用人たちは素直に従って去っていく。
 ちらりとこちらに視線を向ける人もいたけど、すぐに目をそらす。
 入った建物は普通の一戸建てと考えれば特筆するべき点はない。
 俺が分からないだけで上等な品が揃っているのだろうけど。
 応接間はスリッパに履き替えて十歩ほど歩いた右側の部屋だった。

「失礼します」

 紫子さんが先頭で次が俺、最後に入った百合子さんが西洋風のドアを閉める。
 応接室は十二畳ほどの広さで、左手に暖炉のようなものがあり、ゴッホのひまわりがかけられていた。

「やあ、ようこそ。赤松康弘くん。そして二人はお帰り」

 立ち上がってにこやかに声をかけてきた男性が、恐らく二人の父親だろう。
 青いシャツに白いパンツというカジュアルな格好をしている。
 続いて立ち上がった、緑のワンピースドレスを着ているきれいな中年女性が母親なのだろう。
 こちらの人は二人に似ているからすぐに分かった。

「歓迎しますよ」

 上品に微笑みかけてくれる。
 目が笑っていないということはなく、本当に歓迎されているのかと一瞬思いかけた。
 叱られる理由はあっても歓迎される理由はないという自覚がなければ、この対応にだまされたかもしれない。

「私が二人の父、宗臣むねおみ、こちらが妻の桜子さくらこだ」

「初めまして、赤松康弘です」

 あいさつをかわした後、すすめられて白い高級ソファーの真ん中に座る。
 百合子さんが俺の左、紫子さんが右にためらいなく腰を下ろすと両親は少し驚いたようだった。

「それで、お父様、お母様。彼へのお話とは何でしょうか?」

 百合子さんがまるで両親をけん制するかのように発言し、彼らを苦笑させる。

「なに、実は用件はほとんどすんだよ」

「えっ?」

 この宗臣さんの発言には子どもたち三人全員が目を丸くした。

「私が赤松くんを呼んだと知ったら、周囲はどう動くのか。それを見たかった。結果、多くの子が彼を心配していた。よって合格だ」

「……心配されたら合格なのですか?」

 いったいどういう基準なのだろうと俺は思う。
 回答は期待していなかったのだが、宗臣さんはあっさりと教えてくれる。

「困っている時に助けてくれる人こそ、その人物にとって最大の財産であり、その人が価値ある存在だという証拠のようなものだと私は考える。君はなかなか素晴らしい財産を持っているようだ」

「いささか多すぎる気もしますね」

 桜子さんの方は苦笑した。

「ご、合格でしたか。お父様もお母様も彼のことをお認めになるのですね」

 百合子さんがとてもうれしそうに微笑んだが、宗臣さんは首を横に振る。

「安心するな、百合子。あくまでも今のところはだ。私はお前たちの親だからな、娘を不幸にする奴は誰であろうと許さん」

 最後の一言は実に重く、親の愛があふれていた。
 それだけに紫子さんも百合子さんも何も言えないようである。

「というわけだ、赤松康弘くん。娘たちが幸せであれば、私は何も言わんよ。いたずらに姫小路とことを構えたくないしな」

 宗臣さんは優しい顔で言ってから、またしても鬼の顔になった。

「だが、もしも娘たちを泣かせたら、たとえ姫小路と全面対決になろうとも、決して許さん。肝に銘じておけ」

「は、はい」

 この人はとても子ども思いの人なんだと感じ、何度もうなずく。

「彼がそんなことをするはずありませんわ」

「そうですよ。彼はそんな人ではありません」

 百合子さんと紫子さんが仲良く援護してくれた。
 うれしいが同時に責任も重いなと思う。
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