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サンディエゴ・ハイウェイをサンタモニカへの道として使うのは、日々の生活に疲れたホワイトカラー族のみで、この近辺に住む人間、特に若者は途中で高速を降りてダウンタウンに入るのが普通だった。ロングビーチは社会科の教科書に載っている通りの港湾都市ではない。
事実ジョーも今朝早くハリウッドの撮影所から車を飛ばしてきたばかり。朝靄が消えかけたハイウェイから市街地へ、市街地から更に海に向けて。渋滞を避けた時間を計算した結果、強い日差しが海面を叩くようになる頃には、目的地の倉庫に到着していた。
明らかに制限速度をオーバーして走るバンの助手席で、うつらうつらとまどろんでいたのは、昨日飲んだハルシオンがまだ効いていたからだ。
半年間通った大学はジョーに何の希望も与えてくれなかった。学べたのは形式だけだ。いかにしてカウンセラーの前で自己批判と自己肯定を上手く行いリチウムや催眠薬を手に入れるか、そして、世界を見つめる目のピントをどのように合わせるか。ロングビーチは、この二つを知ってさえいればある程度のレベルで生きることのできる全米でも稀有な街だった。エキストラ組合の発行する週刊壁新聞と、極右系新聞の夕刊にくだらない世論批判のイラストを描きながら日々薬を舐めているジョーも例外ではない。いつの間にか周りには同じような人間が集まり、それなりに楽しくすごしていた。全米で最も人種のバラエティに富んだ都市という触れ込みは伊達ではない。
「起きろ」
乱暴なブレーキのせいで、ダッシュボードに頭から突っ込みそうになった。動くのは億劫だが、次に飛んでくるのは足か手だということは重々承知している。顔だけ向けると、アラン・ミクリの度入りサングラスを外したボブが眩しそうに眉をしかめているところだった。
十歳の年の差にも関わらず、ボブとジョーは一番仲の良い遊び相手だった。部屋が近いということもあるし、リチウムマニアのジョーに劣らぬくらいボブはヘロインに耽溺している。何よりも初対面の素敵なインパクト。レストランで知り合ったサンディブロンドの女の部屋を訪れた際、シーツを被っただけでの格好でコカインを探し回っているボブと鉢合わせしたときから、何かの縁が二人の中で通じ合っているのだ。
ボブが運転中ずっと咥えていたマルボロには火が付いていなかった。今更気付いたのか窓の外へ吐き出し、それを追いかけるようにして勢いよく運転席のドアを開く。
「涎まで垂らしてグーグー寝やがって、俺は昨日の夜寝てないんだぞ」
「何それ自慢なの」
「誰もいないって、コカインだよ」
生ぬるい風に頬を撫でられている間、ボブはずっとパンツとシャツのポケットを探り続けている。
「鍵がない」
「鎖の? 車に載せたとき、あんた持ってたじゃん」
「知ってる」
舌打ち二回で、尻ポケットから小さな鍵が登場する。
「降りろって、馬鹿」
思いきり叩きつけられたドアに脳みそまで揺れてよぎる一瞬の吐き気。ガラス越しに怒鳴られ、ようやくジョーはドアを押し開けた。まだ眠気は拭えず、手足の暖かさも去りきっていない。鈍い動作で脚を下ろし大げさに頭を振れば、苛立ったボブが足を踏み鳴らす。今朝ジョーの自宅の前に車を止め、コカインを歯茎に刷り込んでいたが、身体の方はもっと強い快感を求めているのかもしれない。本当の禁断症状が出る前に仕事をするのがボブのライフスタイルで、そうでなければこんな仕事引き受けるはずもない。
「早くしないと終わっちまうぞ」
ジョーが地面を踏みしめたのを横目で確認して、ボブは後部座席に上半身を突っ込んだ。
「撮影始まってるの」
嫌なおくびを飲み込みながら、ジョーは声を絞り出した。日差しが、布に覆われていない皮膚を突き刺す。夏本番に比べれば弱まったものの、この土地に住んでいる限り日中に太陽が照り付けない季節など存在しない。ビーチのほうに目をやれば、砂浜にシートを広げて日光浴している連中がたくさんいた。
海岸のすぐ傍にある倉庫街は、30年ほど前にとある映画会社が撮影や資材のストックのために資産を投じたものだ。結局金融ショックのせいで会社は一等地を売りに出すこととなったが、使い勝手の悪さから誰も手を伸ばそうとはしなかった。現在はホームレスと若気の至りを体現する男女が羽目を外すために訪れる以外は、犬の子一匹見当たらない。時々見かける警察官も、その目的は大抵はパトカーと制服が好きな女を隣に乗せているお決まりのもの。
今も潮風が倉庫と倉庫の間を肩身が狭そうに吹き抜ける音だけしか耳には届かない。別に何かを失ったわけではないだろう。最初から、夢と虚構しかなかった場所だ。
ボブが顎でしゃくった方向には、グレーのランボルギーニが止まっている。中古のディーラーが安くで手に入れたそれは、冷暖房が効きすぎるのと、助手席の窓が開かないのが欠点だった。
持ち主は、倉庫の中にいるらしい。
「やる気満々だね、相変わらず」
「趣味みたいなもんだからな」
鉄のチェーンで固定したゲージは、転がることなく後部座席に収まっていた。ボブの荒っぽい運転で外れなかったのだから、たいしたものだ。
「まだ眠ってる」
「薬、打ちすぎたんじゃないかな」
「大丈夫だって」
金網の中を覗き込んだが、影になって強そうな毛並み以外は何も見えなかった。
二人掛かりで金属製の頑丈なゲージを担ぎ出す。腕にかかった予想外の重みに、ジョーは一瞬よろめいた。
「重い」
「鍛えろよ。そんな貧弱じゃ、女も寄ってこないぞ」
身長はそれほど変わらないにも関わらず、ボブは片足でドアを閉めるほどの余裕を持っている。
「重いに決まってるよ。この檻だけでもかなりあるし、中身はデカいボクサーだ」
「ボクサーじゃない、シェパード」
象でも熟睡する量の睡眠薬を打たれて、シェパードはのんきに眠っていた。
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