暗い路地裏にも光はあるのだと教えられた。
血反吐に塗れながらでも生きるすべはあるのだと。
暗黒の世界が憎いなら、それを別の色で塗りつぶせばいい。
それだけのことなのだと。
「おいで」
差し出される手のひら。
やわらかな声。
それまで無言で座り込んでいた少年が、ぴくりと肩を震わせる。
僅かな沈黙の後、彼はのろのろと顔を上げ、眩しげに目を細めた。
その人は太陽を背にして微笑み、まっすぐ自分の方を見つめている。
「君に、生きる理由をあげる」
世界に光があったことを、少年はこのとき初めて知ったのだった。
―――ダン!
高らかな銃声。
消えてしまいそうなほど微かな月光。
薄闇の中を漂うのは、硝煙の匂い。
地面に転がる無数の人間。
やむことのない呻き声と罵声、骨のひしゃげる音、肉の飛び散る音、血の滴る音、断末魔。
「…うるせぇよ」
数ばかり多くて鬱陶しい。
少年は呟き、自分へ襲いかかってくる敵を次々に撃ち倒していく。
急所を的確に撃ち抜かれた男たちは、少年に指一本触れることすら出来ず、そのまま地へ伏せった。
ある者は虫の息、またある者はもう既に魂すらこの世に亡く。
「―――っ!?」
「遅すぎ」
後ろから日本刀で斬りかかろうとしてきた敵を、少年は振り向きざまに蹴り飛ばし、そのまま倒れ込んだ相手の胸めがけて発砲した。
こういうとき、自分の体格が小柄で良かったと少年は思う。
小回りが利くし、相手の懐にもぐりこみやすい。
「あんたでラスト?」
「―――うあぁッ!!!」
恐れをなし逃げようとしていた最後の一人を見つけ、少年は素早くその前に回り込んだ。
銃声が、一発。
腹を撃ち抜かれて倒れ込む敵。
無表情の裏で少年は眉をひそめた。
はねかえる血液の生暖かさが気持ち悪い。
ああ、なんて醜い世界。
害虫どもが、あの方にたてつくから悪いのだ。
「〜っ、!…ッ!!」
敵の男が、まともな声すら出せずにのたうちまわっている。
わざと急所をはずした。
逃げ出すような腰抜けは、なるべく苦しませた方が良い。
「ほんと、無様」
「…ッ…!!」
ひゅうひゅうと耳障りな呼吸音。
口から溢れ落ちる深紅の液体は泡状で、見苦しく滴り落ちては床へ染みをつくった。それらは、暗闇のせいでどす黒く見える。
声にならない声で苦しみのたうち回る敵を、少年は冷たい瞳でまっすぐに見下ろした。
―――殺人マシーン。
そう呼ばれはじめて、もうどれぐらい経つのだろう。
後悔なんてしていない。
これは、少年の生きる理由なのだから。
孤独だった幼い日。
誰にも見向きもされず、ゴミ溜めの中で生活していた日々。
黒い髪と黒い瞳、がりがりの手足、薄汚れた肌の色で、道を行く人々には「野良犬かカラスのようだ」と嘲笑われて。
そのたびに「みんな殺してやりたい」と思ったけれど、非力な子供の自分では、逆にやり返されるのが落ちだと解っている。
生きる意味もなく、でも死ぬのは怖くて、ただ絶望に蝕まれながら毎日を過ごしていた。
あの方に会うまでは。
―――君に、生きる理由をあげる―――
優しい言葉などかけてもらったことがなかった。
何かをもらったことも、手をさしのべられたことさえなかった。
生きる理由。少年にとって、それは何よりも素晴らしい“贈り物”だった。
それがたとえ、両手を血に染めて生きるような道だったとしても。
三日月の寂光を背にして立つ少年は、まさに死神のようだった。
恐怖で震え、どくどくと溢れる液体に浸かり、痛みに痺れた手足で動くことも出来ず、敵は必死で命乞いをしている。
それを無視して、少年はゆっくりと足下に転がる日本刀を手に取った。
振り上げる。
その瞳は冷たく澄んで、白い肌にこびりついた返り血が、なぜか美しく映えた。
それは正に悪魔のように。
「…ぅ…あ…ぁ」
日本刀を今にも振り下ろしそうな状態で構える少年に、敵の男の死への恐怖は一気にふくれあがった。がたがたと震えながら、ろくに動きもしない体を引きずって。必死に少年から逃れようとしている。
耳障りな声での命乞い。
助けてくれ。もう二度とお前の主君を狙ったりしない。
だからどうか、命だけは。
「…」
赦しを乞う男を、少年は蔑むように見つめた。
ああ、ほんとうに、なんて汚い。
こんな人間いらない。見たくない。気持ち悪い。
早くこんな仕事終わらせて、あの方のところへ帰りたい。
この世で唯一の、俺の“光”のもとに。
「俺とあの方以外、みんな滅びればいい」
口元に笑みすら浮かべて、少年が凶器を振り下ろす。
雲が月を隠し、辺りは完全な暗闇に支配された。
「終わりました」
『そう、ありがとう』
低く優しく、耳に心地よい声。
携帯電話を耳に当てたまま、少年はうっとりと目を閉じる。
『ごめんね、あんな大人数を君一人に任せてしまって』
「いいえ、平気です」
あなたのためなら、何だってする。
あなたが微笑んでくれるなら、どれだけ返り血を浴びようと構わない。
たとえ後で地獄に堕とされたとしても、今あなたの傍にいられるなら。
少年は思った。
―――ああ、本当に。世界が、俺とあなたの二人だけだったらいいのに。
『帰っておいで、待ってるから』
「…はい」
ふわりと嬉しそうに笑みを浮かべて、少年は携帯電話を手にしたまま歩き出した。
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