喫茶店のアルバイト
「あんた菟番にある喫茶店でバイトしてんの?」
リビングで勉強していたところ、机の向かい側に座って話かけてきた姉の麗。
「まあね」
確かに、私は菟番にある喫茶店で放課後にアルバイトをしてる。
普通の高校生活とはまた違った居場所として十分に機能しているので、満足している。
「店の前で着ぐるみの人が客引きしてるの見たことあるけど、アレやってるの?」
姉は小馬鹿にしているのを隠す様子もなく、声を潰して笑っていた。
「たまにね」
私は控えめに答えた。
放課後のほぼ毎日、バイトで着ぐるみ客引きをしてる。
そもそも、私があの喫茶店の着ぐるみ第一号で、代わりなんていやしないのだ。
むしろ、着ぐるみがきっかけで喫茶店が繁盛すれば私の力が示せたという誇りなんかも・・・。
「あれ、中身おっさん時と小さい子のときあるよね」
麗は不思議そうに言った。
「そういうこともある」
初耳だった。
実の姉の麗が、妹の私に嘘をつくなんてことはめったにない。
「ふーん、そうか」
麗は深く追求することなく去っていった。
そして、いつもの様に、放課後にバイト。
いつもの感じで、いつもの着ぐるみ。
姉との会話で、少し気になっていたが、いつも通りに働いた。
「わたしはこの店の着ぐるみ第一号ですよね?」
私はそう信じていた。
「そうだよ!君しかいないんだから、これからも頼むよ!」
店長の声も、いつもの感じだった。
「ですよね」
私はいつも通りに答えるつもりだった、が、表情が曇った。
「どうかしたの?」
店長は心配してくれているが、なぜ本当のことを言わない─。
「なんでもないです」
「なんでもないことはないだろ?」
「本当になんでもないです」
「なら、いいんだけど、全然良くないよ」
「すいません・・・」
私はただ着ぐるみ第一号ではなく、二号であるとか、
代わりの影武者がいるということを知りたかったのだ。
そして、電話をかけた。
「あのー、しばらくバイトお休みください!」
「わかった」
店長の声はあっけなかった。
そして、私その後も定期的に休むようになってしまった。
バイトは全然楽しくない。
「あんた菟番にある喫茶店でバイトやめたの?」
リビングで勉強していたところ、机の向かい側に座って話かけてきた姉の麗。
「まだ辞めるとは言ってない」
私にとってあそこはお金を稼ぐことのできる、便利な場所であるのだ。
「辞めるときはスパっと辞める!これ鉄則!」
麗は私の肩を叩くと、両手を合わせて目を閉じて合掌した。
「死ね!」
私はガラ空きになった姉の腹にグーパンを入れた。
姉はふざけんなと痛がりながら、嬉しそうに笑いながら去っていった。
(糞姉のせいだからな!)
私は電話をかけた。
「バイト今月で辞めます」
「はい、はい、はい、お願いします、はい、わかりました」
着ぐるみを脱いだ時のように、とても気分がすっきりとした。