わたしのSFコンテスト
「あなたのSFコンテスト」参加作品2作目です。
SFが何の略かは本文で。
「SFとはなんだ?」
王がだしぬけに言った。
「恐れながら申し上げます。王、SFとは『サイエンス・フィクション』の略語でございます」
そばの大臣がそう言った。
「しかしだな、大臣」
王は手もとの本を持ち上げた。
「世にSFの名を冠していても、フィクションではあるがサイエンスしていない作品も多いではないか。サイエンスのないサイエンス・フィクションなんて、カツのないカツ丼のようだと、そう思わないかね?」
「仰っている意味がよくわからないのですが」
「あるいはスーツのパジャマパーティー」
「はぁ……」
王はじろりと大臣を見た。
「いいかね? つまり朕が言いたいのは、『SF』の略はサイエンス・フィクションではないのではないか、ということなのだよ。ならば真のSFとはなにか?」
「それは壮大なテーマでございますな。世の多くの作家たちが長年、再定義に再定義を重ねてきたことですから」
「ならばそのテーマをここで終わらせてやろうではないか」
王は玉座から立ち上がり、大声で宣言した。
「『わたしのSFコンテスト』を開くぞ!」
『SF求む! 参加者不問!』
シンプルなおふれはたちまち広まり、優勝者には賞金が与えられるということもあって、翌月には国中から自分のSFを持ち寄った者たちが、城の前庭に集合していた。
あるものは賞金を手に入れるために三日三晩眠らずに考え抜いたSFを大事に抱え、またあるものは道端で拾ったSFを袋に入れて腰に提げていた。またあるものはすべての言葉をSFと略して発話し、またあるものはSFについて議論することこそSFなのだと、何か悟ったような目で言った。
間違いなく、今この城の中にはSFがあふれていた。
王は大臣に言った。
「素晴らしいな、これだけSFがあれば、真のSFも見つかるに違いない。よくやった」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「ではそろそろ良い時間でもあることだし、はじめるとしようか」
王は壇上に上がった。
集まった人々がいっせいに彼に注目する。
「皆のもの、待たせたな! これよりSFコンテストを開会する!」
会場が沸いた。
王は歓声が鎮まるまで少し待ち、それから椅子に座った。
大臣が参加者リストを片手に声をはりあげる。
「参加番号1番、前へ!」
呼ばれて人ごみの中から進み出たのは、気むずかしそうな学者風の男だった。
王は彼に問いかける。
「おまえのSFはなんだ?」
男は跪いて答えた。
「1番! 私のSFは王道! 『サイエンス・フィクション』でございます」
「ほう」
「では早速ご覧いただきましょう」
彼が手をたたくと、どうやら彼の弟子らしき人物が、大量の書物を乗せた台車を押しながら人ごみから出てきた。積み上がった書物の高さは弟子の背をゆうに越えている。
男はその横に立つと、深く礼をしてから王に言った。
「私の執筆したSF小説でございます。これを最初から最後までお読みいただければSFのなんたるかがおわかりいただけるかと」
「……訊きたいのだが」
「はい」
「その小説は全部で何巻まであるのだ?」
「100巻でございます」
「一冊のページ数は?」
「約2000ページでございます」
「死刑」
王がそう言うと、そばに控えていた兵士がバッと飛び出して、男と彼の弟子を羽交い締めにし、城の中への扉へと引きずり込もうとする。男と弟子は何がなんだかわからないまま、でたらめな悲鳴をあげて、扉の向こう側へと消えていった。
男の声が聞こえなくなると、集まった人々は静まりかえった。彼らの後方にある門はいつのまにかかたく閉じられていて、武装した兵士がその前に立っている。
「言い忘れていたが、真のSFではないものを持ってきたものは、王を騙そうとした咎で死刑に処す」
王の宣言に、誰も何も言えなかった。数分前までの和気あいあいとした空気はどこかへ吹き飛んで、吐き気を催す緊張感が周囲には満ちていた。
沈黙を破って、大臣が叫んだ。
「参加番号2番、前へ!」
しかし進み出る者はいない。結局、もう一度大臣が叫んで、やっと彼女は震えながら姿を現した。
美しい女性だった。彼女はきらびやかなドレスに身を包んでおり、すらりと長い足と、艶のある黒髪の美人だった。大きな瞳とボリュームのある唇が恐怖で震えてさえいなければもっと美しいのに、と彼女を目にした人間はみな思った。
「おまえのSFはなんだ?」
王が言った。
女性は答えた。
「2番! さ、『最高の・ファッション』でございます!」
その言葉のとおり、彼女が着ているドレスは芸術の都に住む有名デザイナーの作で、エレガントかつ大胆な、斬新なデザインのものだった。実際、そのドレスはその年のファッション・コンテストの優勝作品でもあり、美しさだけならば王の着ているものすらも越えていた。
「死刑」
王は言った。
再び飛び出した兵士たちが彼女を捕らえ、涙を流して懇願するのも聞かず、城の中へと引きずり込んだ。
その後も王の前へは、次々と『SF』を携えた者たちが現れた。
「15番! 『すこし・ふしぎ』でございます!」
「死刑」
「42番! 『So long,and thanks all the Fish』!」
「死刑」
「69番! 『スカト○・ファッ――」
「アウト」
「100番! 『ストリート・ファイター』!」
「くにへ かえれなくしてやる」
だが彼らの奮闘は及ばず、みな兵士に捕らえられ、城の中へと引きずり込まれていく。
そしてとうとう残りは最後のひとりとなった。
「参加番号208番、前へ!」
大臣が叫ぶ。
最後のひとりは丈の長いローブに、フードを目深にかぶっていて、年齢はおろか男女の別もわからない。その人物は王の前に進み出ると、フードの下から王を睨んだ。
王は言った。
「おまえのSFはなんだ?」
「私のSFは――」
フードの人物の声は中性的で、力強い声だった。
「――『すこぶる・不愉快』だ!」
フードの人物はそう叫んで、王に対して中指を立てた。
それを見た大臣が「無礼者!」と怒鳴るが、フードの人物は謝罪するどころか、ますます不遜な態度をとった。
「無礼で結構! こんなヤツに払う敬意なんて無いね! 自分の国民を気分ひとつで殺していくだなんて、王のやることじゃない、鬼畜の所業だ! 最悪の気分だ!」
すると王は大声で笑う。
「命が惜しくないとみえるな! 良いだろう、望み通りにしてやろう!」
王は立ち上がり、フードの人物を指差す。
「貴様も死刑だ!」
指示を受けて、兵士がフードの人物を拘束した。フードの人物は抵抗せず、されるがままに連れられていく。
フードの人物は扉を潜り、今までの人たちも通ったであろう城の薄暗い廊下を、むりやりに歩かされながら、自分の死について考えていた。
(私は正しいことをした。私の人生はここで終わるが、それは名誉ある死だ。故郷の父よ、母よ、あなたの子供は正義に殉じることになります)
行く手の扉が兵士によって開かれた。その先の部屋から溢れた光に、フードの人物の目はくらんだ。
視界が戻ったとき、フードの人物は呆然とした。
兵士によって連れこまれた先は広いホールで、多くの人々が楽しげに談笑していたのだ。
ホールには、クロスのかかったいくつもの丸テーブルに豪華な料理が並んでいる。片隅では楽団が楽しげな音楽を奏で、大道芸人がジャグリングで場を盛り上げていた。
兵士から解放されたフードの人物は、しばらくのあいだワケもわからず立ちつくしていたが、酒の入ったグラスをウエイターに渡されると、それをひと口飲んで目の前の光景が現実であることを知った。
それからフードの人物は、ホールに溢れる人々のなかに見覚えのある顔があることに気づいた。気むずかしそうな学者風の男や、思わず目を奪われるほどに美しい女性がそうだった。彼らはみな楽しそうに笑っていた。
フードの人物は、このホールにいる人間は、全員が王に死刑を宣告されて連れこまれた人間たちだということに気づいて愕然とした。もしかしたら自分はとんでもない間違いを犯してしまったのではないかという思いに体が震えた。
そのとき、横から声をかけられて、振り向いたフードの人物は驚きのあまりグラスを取り落としそうになった。
王がそこに立っていた。彼は慌てて跪こうとするフードの人物に、楽にするように言って笑う。
「驚いたかね?」
フードの人物はうなずいた。
「それはもう、とても」
王は声をあげて笑った。
「朕は国民の命をもてあそぶなんて、そんな残酷なことをしないだけの分別は備えておるよ」
言われて、慌てて謝ろうとするフードの人物を王は静止する。
「よいよい。むしろ、お主のような正義感の強い国民がいてくれたことに朕は感謝しておるよ。この宴は朕を楽しませてくれたみなへの礼だ。存分に楽しむがよい」
「……王様、お尋ねしたいことがございます」
「申せ」
「なぜ、あのようなおたわむれを? 王に『死刑』だなんて言われてしまって、震え上がらない国民はおりません」
すると王は肩をすくめ、いたずらっぽくウインクする。
「このコンテストは『わたしのSFコンテスト』であるのだよ。『あなたの』ではない。つまり朕の『SF』が何であるかが答えである」
「……いったい、王様の『SF』とは、なんでございますか」
「『少々・ふざけてみた』の略だよ」
それを聞き、フードの人物は思わず吹き出した。
おわり
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