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CE-3
作:ごみ



chapter 5


 男の右手にはどこから拾ってきたのか、大きな業務用の金づちが握られていた。よく見るとその金づちは上下に小刻みに振動し、男が恐怖に震えていることを示していた。
「おい」
 男はもう一度、話しかけてみた。
「おまえは宇宙人だな」
 目の前の薄気味悪い生物は、じっとゲル状の物体の前に立ったまま(立っているのか?)身動きしなくなった。男は勇気を奮い立たせ、一歩一歩、まるで地面の感触を確かめるかのようににじり寄り、異星人の前に立った。そしてそいつと背丈を合わせるようその場にしゃがみこみ、じっと観察した。
 たぶんこの辺が顔だろう。男は目とおぼしき器官のついた部分に視線を合わせ、ぐいっと顔を近づけて相手を睨んだ。しかし睨らんだ対象は何の反応も示さなかった。
 奴らの行動は俺達を無視しているとしか思えない。彼はそう考えた。何が気に食わないのか。さっき触手で威嚇されたこともあるし、どちらにしてもあまり友好的な態度だとは言えないな。もっと慎重にことを進めなければ俺の命も危険にさらされるだろう。
 そこまで考えると、男は視界の広範囲にわたって生物のどろどろとした様子が映っていることに気づき、あまりの気持ち悪さに思わず吐きそうになり、たまらず下を向いた。下には下でぶよぶよとした物体がうごめいている。
 こりゃなんだ? ゼリーか?
 男は感触を確かめたくなり、おそるおそる人差し指を近づけ、つついてみた。
「ピ―――――――――」
 突然ゲル状の物体から外観からは想像できない、まさかと思うほど電子的な高い音が鳴り始めた。男はあまりの驚きにみっともない叫び声を出しそうになったが、あわてて口を塞ぎ、声が出るのをおさえた。尻餅はついたが、逃げはしなかった。かろうじてその場に踏みとどまり、人類のリーダーとしての威厳を保った。何秒か後、やっと平然とした顔を作るのに成功した男は、後ろの群衆に振り返り、大丈夫だというしぐさを見せた。群衆からは安堵の声が漏れた。
 男は額の汗をぬぐい、起き上がろうとした。目の前にいる生物は、そんな男の様子などまるでおかまいなしといった感じに、ぐにょぐにょと体を動かしながら、道路の向こう側にいるもう一人の異星人の方へさっさと行ってしまった。二人の異星人達はビルの真ん前に並んで立ち、しきりに内臓を鳴らしあっていた。
 異星生物との距離が離れたことで、張り詰めていた緊張の糸がほぐれた男は、後ろのギャラリーに聞こえないよう小さくため息をついた。正直もう家に帰りたかった。残念ながら男の家は巨大な宇宙船の下敷きとなってしまっていたが。
 男は群集の方へ向き直り、皆の様子を見た。期待に満ち溢れる無数のまなざし。もうこの場から逃げられないんだな。そう悟った男は、意を決したように立ち上がり、異星人達の方へと慎重に歩き始めた。驚いたことに辺りにいたほぼ全員の人が、その勇敢な男の後をついていった。一人を先頭にして、大勢の群集がぞろぞろと異星人のいる場所へと歩を進めた。
 男は異星人達から二メートルほど距離を置き、ぴたりと立ち止まった。後ろからついてきてた人達もあわてて足を止めた。次に男は右手に持っていたかなづちをぽいっと脇へ投げ捨てた。後ろにいた群集から驚きの声が漏れる。そして両手を上げ、自分は攻撃を加えるつもりはない、という意思表示をした。またもや後ろの群集から驚きと、さらに感嘆の声が漏れる。
「大勢で押しかけてすまない。威嚇しているつもりはないんだ」
 優しい口調だった。男は先ほどとは異なる接し方に路線変更したようだ。残念ながら二匹の緑色をした化け物は、その言葉に応答する様子はない。
「気を楽にして聞いてくれ」
 二匹の姿勢が若干変わっただろうか。男の言葉に反応し、歩道の柵にもたれかかったように見えなくもない。
「君たちの乗ってきたアレだが……、着陸する場所が悪かったようだね。おかげで我々は莫大な被害をこうむった。それについてはなんらかの弁償をしてもらうつもりだが、今後このような――」
 そのとき片方の異星人が体を大きく膨らませ、細長い二本の触手を広げた。その腕のようにも見える触手は、だんだんと横へ伸びていき、異様なほど長くなった。その光景に男は一瞬ひるんだが、努めて冷静に言葉を続けた。
「今後このようなことはしないと約束してくれるのであれば、こちらからは危害を加えない……、と言うかえーとその、腕だと思うんだが、そいつを下ろしてくれないか」
 恐らく言葉が通じていないのだろう、異星人は広げた腕をひっこめようとはしなかった。
「念のために言っておくが、俺がケガをするようなことになれば、ここにいる連中は黙ってはいないぞ」
 黙っていない?
 先頭で事の成り行きを見守っていた若い女性は、男のその言葉に違和感を感じ、まわりの人々の様子を伺った。誰もがうつむいたり、女性から目線をはずしたりした。ああ、やっぱり。この人達は、何かあったらきっと逃げ出すに違いない。女性はそう思い、目の前で必死にがんばっている男を哀れんだ。
 男の斜め後ろにいた太った男性は、念のため警察かもしくは軍隊を呼んでおいた方がいいのではと考え、携帯電話を取り出してみたが、画面に映る『圏外』のマークを見て、少しずつ後ずさりした。
 良く見えるようにと少し離れたところで見物していた白髪の老人は、隠れるように人の輪の中に入り込んだ。
 先ほどの女性はすでに群集の最後尾へと移動していた。
 じわじわと先頭に立つ男と、それを見守る人々との間に距離が開き始めたが、男はその変化にまったく気づいていない様子だった。













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