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ドワーフの童話 作者:松宮星

ドワーフの童話

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竜の咆哮

 あるところに、雄々しく美しい竜王がおりました。

 その外皮はまばゆい金色で、鰐様の口には剣歯がひしめき、縦に長い水晶の瞳孔と、黄金色にたなびくたてがみを持っていました。
 小山を思わせる体躯は雄大で、太い四肢と大きな二枚の翼が威容に風格を添えているのです。
 世界最強の生物として、竜は畏敬の念を払われていました。蛮勇の猛獣でありながら、長きにわたる知恵の蓄積も併せ持っていたからです。

 竜族は決して群れる事はありませんが、不思議な絆で結ばれていました。
 それぞれの体表をおおう鱗の色はさまざまでしたが、最も強い個体になると、一瞬で黄金色の鱗をまとうのです。
 常に一頭しか存在しない金竜、それこそが竜の中の竜、竜王なのです。


 先代の竜王が不死王の国で亡くなってからというもの、新たな竜王は、荒野で戦いに明け暮れておりました。

 吠え、
 駆け、
 飛び、
 焔を吐き、
 薙ぎ倒す。

 不死王の使いが『強権は竜王様に移行いたしました』と告げてから、竜王は獲物に事欠かなくなりました。
 遠い人間の国から、数多くの戦士達が徒党を組んでやって来るからです。
 人間達は、邪悪な竜をこらしめ、強権を行使させようと考えているようでした。あわよくば『竜殺しの英雄』になろう、とも。
 けれども、彼奴らの理由など、竜王にはどうでも良かったのです。
 挑まれたから倒す。それだけでした。

 挑戦者は次々に来襲し、同時に挑んでくる者も増えてゆきました。
 その多勢に危うくなる事もありましたが、最強の竜である自負が、卑怯な真似を許しませんでした。
 全ての挑戦を正面から受け、竜王として戦い、敗者を胃袋におさめてゆくだけでした。


 大地の下の巨大な地下王国、ドワーフ国は、とてもとても平和でした。
 ドワーフ国の王様は、宝石の細工と戦斧の鍛錬に没頭し、美味い酒を鯨飲する日々を送っていらっしゃいました。

 くつろいでおられるドワーフ王様の隣で、お后様は縫物をなさっておられました。
「今、地上はどうなっているのでしょう?」
 お后様の問いに、ドワーフ王様は酒杯を口に運びつつお答えになりました。
「人間が関わらぬ世界は、静かなものだ」
「まだ人間同士で、争っているのですか?」
「それだけではない。荒野に向け、竜王討伐隊がたくさん向かっておる」
 ドワーフ王様は大きく溜息をつかれました。
「人馬の賢者様が人間どもに助言の手紙を送られているそうだが、まったく効果がない。荒野まで死にに行く奴が後を絶たん」
「なぜ、人間は竜王に挑むのでしょう?」 
 ふわふわの髪と髭のお后様が、悲しそうにおっしゃいます。
「戦わずに強権を発動してもらう方法もあるでしょうに」
「『竜殺しの英雄』になりたい馬鹿が多いのだ」
 ドワーフの王様は、苦いお顔で杯を空けられました。
「つまらぬ戦いに身を投じる者など、真の戦士ではない。守るべきものを守ってこそ男であろうに」
 縫い針の手を止められてお后様は、ドワーフ王様を見つめられました。
「一つだけ教えてください、国王様」
「おぉ、何なりと答えよう」
「国王様にとって、守るべきものとは何でしょう?」
「決まっておる」
 国王様は胸をそらせました。
「この地下王国、ドワーフの民、そして、愛する妻だ」
 お后様はにっこりと微笑まれました。
「それだけでは足りません」
 何をくだらぬ事を言うとばかりに、王様はおっしゃいます。
「金銀宝石も地下王国に含まれている」
「それではありません」
「……賢者様との友情も大切だが、よその国はよその国が守るもの。手助けはするが、人馬国の平和は俺が守るものではない」
「その通りです。それでもありません」
 ドワーフの王様は首をお傾げになりました。お后様はとても愛らしい笑みを浮かべ、そっとご自分のお腹を撫でられました。
「ここに……国王様がお守りすべき新たな命が居ります」

 ドワーフの王様は愛するお后様を抱きよせ、ご懐妊をお喜びになりました。


 丘の麓から雲霞のごとく押し寄せてくる人間達を眺め、竜王は笑いました。
「ついにわしもここまでか。虫けらでも数を頼れば巨大な竜を倒せるのか」
 その時、さほど遠くない地から、竜の悲鳴が響いてきました。
 群れなさぬ生き物ですが、即座に竜王は翼をひろげて丘を離れました。その鳴き声が子竜のもので、悲痛な様子だったからです。

 竜王は、人間族の騎士達に取り囲まれた竜の親子を見つけました。多数の槍が刺さった母竜が、懸命に子竜を守っているのです。
「きさまらの敵はわしではないのか?」
 竜王は巨大な口を開き、怒りのままに炎を吐きかけました。逃げ惑う騎士達のもとへと降下し、その巨体と尾で踏み潰してゆきました。
「『竜殺し』の名がそれほどまでに欲しいのか? 最強の竜から得てこその称号ではないのか?」
 竜の親子に『去れ』と言葉少なに命じてから、竜王は天を仰ぎ、咆哮しました。
 その叫びに、空気が震動します。
「強権を行使する」
 荒野にいる者すべてに、竜王の声は届きました。
「『竜殺し』の称号は、竜王を倒した者のみが名乗る事を許す」

 竜王の前には、続々と人間族がやって来ます。
 強権の行使に満足して消えた者は僅かでした。荒野まで遠征してきた多くの騎士達は、『竜殺し』の称号を欲していたのです。

 竜王は数かぎりなく押し寄せる人間達を見渡し、満足そうに笑みを浮かべました。
 既に竜の親子は立ち去っています。

 竜王の最後の戦いが始まるのです。


 ほどなく、敗残兵のように、傷つき汚れたみじめな姿の騎士達が人間の国々へと帰還しました。
 竜王を倒しての凱旋でしたが、その勝利は虚しいばかりのものとなっていました。
 その命が尽きた途端、竜王の体表から輝く黄金色は失せ、深緑色の鱗と化してしまったのです。
 彼等は間違いなく竜の中の竜を倒しました。けれども、その場に居ない者達に証明する(すべ)がないのです。

 金竜を倒した者のみが得る事ができる『竜殺しの英雄』の称号……
 それが真の称号か否かは、名乗る者にしかわかりません。『竜殺し』の称号の栄誉は、まもなく廃れ、消えてゆくでしょう。


 誇り持たぬ者の戦いは屠殺に等しく、気高き者の戦いは真に価値あるものを遺します。


 地上の混乱とはまったく無縁に、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭にだいぶ近づいてきたお髭の王様と、新たな命を育むとても賢いお后様によって。
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