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ドワーフの童話 作者:松宮星

ドワーフの童話

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海人の驕り

 あるところに、誇り高くも美しい海人の皇帝様がおりました。

 その鱗はつややかな真珠色で、尊大な口元は下唇が目立ち、明るい海色の瞳と、波間に揺れる海草色の髪をお持ちでした。
 お背はあまり高くはありませんでしたが、(ひれ)や水かきのある手足はすらりと長く、泳ぐ姿はしなやかで気品にあふれておりました。
 即位したばかりの皇帝様は、仮の宮殿に籠もっていらっしゃいました。今のお姿を、海の民に示したくなかったからです。

「下げよ」
 皇帝様は一瞥をくれただけで、不快そうに、侍従にご命令されました。
 それは、きらびやかな装飾がほどこされた武器でしたが、満足できるものではなかったのです。
 歴代皇帝の右手に握られていたそれは、もっと神々しく美しかったはずなのです。

 まだ皇子の頃、エルフ国にご遊学なさっていた時に、海人国で革命が起きました。

 先代皇帝の兄上様が、ご判断を誤られた為でした。
 とてもとても美しいお姫様との事は良いのです。海の支配者を拒んだ無礼な女をこらしめただけです。戦争については、民も納得しておりました。
 けれども、『王の中の王』を定める大会はいけませんでした。参加した九種族の中で、海人の成績は下から二番目……小鬼族よりも下だったのです。
 誇り高き海人が、あの薄汚れた小鬼どもよりも下に位置づけられてしまったのです。皇家があの大会への出場を決めたが為に。
 怒り狂った海の民達は革命を起こし、皇帝一族を捕らえ、処刑してしまいました。
 珊瑚と宝石で彩られた海の宮殿も破壊され、そこに納められていた皇家の宝も全て失われてしまったのです。

 しかし、じきに狂気の熱は冷めました。
 皇族が絶えて後、海が荒れ始め、代表として立った将軍があまりにも無能だった為です。
 帰国した皇子様が起こした反革命は、あっさりと成功し、民の上に再び皇帝様がお立ちになりました。

 ところが、新皇帝様が即位なさった時、皇帝の象徴となる武具がありませんでした。海の宮殿と共に砕かれていたからです。
 威風堂々たる父上様や兄上様が、必ず右手にお持ちであったそれを、皇帝様はまぶしくご覧になったものでした。
 皇帝様は空いている右手をむなしくみつめ、じっと思い出にとらわれていらっしゃいました。


 大地の下の巨大な地下王国、ドワーフ国の王様は玉座に座って匠たちの訴えを聞いておりました。
「これで返されるのは五度目でございます」
 匠たちは、ほとほと困り果てた顔をしておりました。
 玉座の前に、金銀宝石を散りばめた武器が五つ並んでおりました。全て、細工が違います。
 ドワーフには長すぎるその武器は、穂先に三つの刃がある三叉の矛でありました。
「どれもこれも、鋭い穂先に、見事な細工。非の打ち所の無い素晴らしい仕上がりだ」
 ドワーフ王様のお言葉に、匠の顔に弱々しい笑みが浮かびます。
「なれど、海人皇帝様はお気に召さないのです。代々、皇家にあった三叉の矛に比べ、あまりにもみすぼらしいとおっしゃるのです。もっと『神々しくあれ』と」
「みすぼらしい?」
 ドワーフ王様のこみかめがぴくっと動かれました。ドワーフの生み出した武器への侮辱は聞き捨てなりませんでした。
「思い上がった海人め」
「私達では、もうこれ以上のものは作れません。もはや、国一番の武器の作り手におすがりするのみです」
「わかった」
 ドワーフ王様は、玉座を立たれました。
「俺に任せろ。まぶしさのあまり魚人の目がくらむような、優れた武器を作ってやる」

 匠たちが下がってから、ドワーフの王様は五本の三叉の矛をよくご覧になられました。『神々しく』なる意匠を考える為に。
 しかし、いくら頭をひねっても、よいお考えが浮かびません。
 お茶をお持ちしたお后様が、無邪気なお顔でおっしゃいます。
「宝石をいっぱいつけてみては?」
「いや、それでは手触りが悪くなる」
「より鋭い穂先はいかがです?」
「いや、これ以上削ると脆く折れやすくなる」
「柄を長くしてみてはどうでしょう?」
「いや、長すぎると支え持てなくなる」
 ふわふわの髪とお髭のお后様は、口元にやわらかな笑みを浮かべられました。
「では、もう、この五本は完璧です。これ以上のものは作れませんね」
 お后様のお言葉に、ドワーフの王様は低くうめかれました。たしかに、まったく、その通りです。
「一つだけ教えてください、国王様」
「おぉ、何なりと答えよう」
「国王様は、どなたの戦斧を使っていらっしゃるのですか?」
 何をくだらぬ事を問うとばかりに、王様はおっしゃいます。
「俺の戦斧に決まっておるだろう」
「ですが、国王様。先王様は猛勇と謳われた戦士です。その戦斧には先王様の武が宿っているはず。先王様の戦斧を使いたいとは思われませんか?」
 ドワーフの王様は首をお傾げになりました。
「思わぬ。手の大きさ、膂力、腰のすわり、脚力、重心をかける癖は、皆、それぞれ違う。持ちやすい武器を持つのが一番なのだ」
 そこまで言ってから、ハッと国王様はお顔をあげられ、なるほどとおっしゃり、急いで仕事場に向かい炉に火をくべられたという事です。


 皇帝様の側近達は、ドワーフ国から届いた品物を見て、怒り狂いました。
 先端が三つ又に分かれていないそれは、三叉の矛ではなく、ただの黄金の槍でした。
 しかし、一枚のカードが添えられていました。

『貴殿の為の武器』

 ドワーフ王様の署名がありました。王様が自ら鍛えた武器のようです。
 皇帝様は、ドワーフ王様の生み出した武器をお手に持ってみました。たいへん軽いのですが、芯がしっかりしており、持ちやすく感じました。長さも依頼よりも短いようです。
 ドワーフ王様は記憶を頼りに、皇帝様の体格に合わせた武器を鍛えてくださったのです。
 皇帝様はとても残念に思いました。これほど手になじむ武器は初めてです。これが三叉であったのなら、完璧であったのに。
 三叉であったのなら……
 そこで、皇帝様はお気づきになりました。
 三叉であったのならば、手に持とうともしなかったであろうと。
 歴代皇帝の右手にあったそれよりも、装飾に乏しく、穂先の鋭さに欠け、柄の短い武器を『みっともなく』感じて。
 カードにはこのような添え書きがありました。

『気に入らぬようなら、言ってくれ。体を採寸し、武器を作り直す』

 依頼者からの満足を得ようと取り組む、真摯さが伺えました。ドワーフ王様は、真剣になすべき事をなしていらっしゃるのです。
 その時初めて、皇帝様は自らの行いを悔いられました。右手に持つべきものがない事を理由に仮宮殿に籠もっていた事を、恥ずかしく思われたのです。


 ほどなく、皇帝様は海の民の前にお姿をお見せになられるようになりました。
 右手の黄金槍は華美すぎずおとなしすぎず、お若い皇帝様の美貌により一層の花を添えておりました。
 皇家に伝わりし三叉の矛は、民の起こした革命で失われました。
 神ならぬ身では、古えの時代に海の神様からいただいたとの伝承のあるそれを、再現できるはずがありません。同じものを作れるはずがないのです。
 違う武器を皇帝様がお選びくださった事で、民は、むしろ安堵したと言う事です。


 美化されすぎた思い出はバケモノに等しく、際限なく美しくなり続けるそれは人を現実からそむけさせます。


 海人の皇帝様からの信頼を得て、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭にちょっとづつ近づいてきたお髭の王様と、とても賢く王様を見守るお后様によって。
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