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ドワーフの童話 作者:松宮星

ドワーフの童話

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人馬の問いかけ

 あるところに、かしこくて美しい人馬の賢者様がおりました。

 その肌は健康的に日に焼け、口髭とあご髭はたいそうご立派で、穏やかな砂色の瞳と、実った麦の穂のようにきらめくたてがみをお持ちでした。
 たくましい上体は人の身ながらしなやかで、どれだけ走っても疲れない馬体とつりあいがとれているのです。
 新たに選ばれたばかりの賢者様は、悩んでいました。お師匠様の跡を継いだものの、ご自分に自信がもてなかったからです。

 二度にわたる災いを経て、海人族は皇帝を処刑し、有翼族は国が三つに別れた内乱となっています。
 争い事を好む人間族からは、強権を行使せずに王の中の王で居続ける大妖精を非難する声が、日増しに大きくなっています。
 その陰で不死王がほくそ笑んでいるように、賢者様には思えました。世界を揺るがす大戦の勃発だけは、何としても避けたいところです。 

 けれども、他国に何と言って働きかければよいのでしょう?
 二度に渡る災厄には、人馬国とて巻き込まれています。
 先代の賢者様は、とてもとても美しいお姫様に恋をし、国を乱してしまいました。
 広い知識も、深い思慮も、兼ね備えたお師匠様ですら、一時の感情に溺れ、道を誤ってしまったのです。
 お師匠様よりも遙かに若く知識も思慮も及ばない自分が、他国に正しい道を説いてゆけるのでしょうか?

 悩んだ末、賢者様は一通の手紙をお書きになりました。


 大地の下の巨大な地下王国、ドワーフ国の国王様とお后様は、草原の国をお訪ねになりました。
『偉大なるドワーフ王様との親交を望みます。私から出向いてご挨拶すべきですが、悲しい事に我が巨体では素晴らしき地下王国に入る事がかないません。奥方様と共に我が国においでいただけませんか』
 丁寧な心のこもった招待状も、親愛の証に贈られた大量の貢物も、ドワーフの王様を喜ばせました。

 国境まで出迎えた賢者様が、草原の国を案内してくださいます。
 しかし、人馬には胸前(むなさき)程度の草むらでもドワーフには周りを塞ぐ壁のようで、しかも、人馬とドワーフでは歩幅が違いすぎました。
「あなたの背に我等を乗せてはもらえまいか?」
 疲れたドワーフの王様の願いを聞き入れ、賢者様は、ドワーフ国王夫妻を背にお乗せしたのでした。
 いつもよりも高い視界に、ドワーフの王様は無邪気に喜んでおられました。
 しばらくして、お后様がそっと王様に囁かれたのです。
「行く先々で人馬達が、眉をしかめてこちらを見つめてきます。なにか問題でもあったのでしょうか?」
 さとい耳をもつ賢者様が、にこやかに振り返りました。
「お気になさらないでください。あなた方が私の背にいらっしゃるので、みな、少し驚いているだけです」
 ドワーフの王様は、賢者様にお尋ねになりました。
「何か特別な意味があるのだろうか?」
「人馬が背を許すのは隷属を意味します」
 賢者様は、あっさりと、朗らかに言葉を続けました。
「しかし、私は、あなたから学びたい事があってお招きしたのです。あなたを背に負う事を、誇らしくさえ思います」
「学ぶ……? ドワーフの俺から何を?」
「生き方です。あなたは正しい道にいらっしゃる。あなたの道を教えていただきたいのです」
 とてもとても美しいお姫様の魅力にも、不死王の誘いにも惑わされなかったドワーフの王様に、敬意を感じていらしたのでした。

 歓迎の宴を待つ間、ドワーフの王様は両腕を組み、頭をひねっておられました。
 知らなかったとはいえ、悪い事をしてしまったようです。力になってやりたい、と王様は思いました。
 けれども、地を掘り、宝石細工をし、敵と戦い、酒をくらって眠る。そんな生き方を伝えて役に立つのでしょうか?
「一つだけ教えてください、国王様」
「……おぉ、何なりと答えよう」
 お后様は明るい声でお尋ねになります。
「地下王国と草原の国を取り替えたい、と賢者様がおっしゃったらいかがなさいます?」
 何をくだらぬ事を問うとばかりに、王様はおっしゃいます。
「断る。母なる大地に包まれた王国こそが、ドワーフにふさわしい。こんな草だらけで前が見えない国なんかと代えられるか」
「ですが、『素晴らしき地下王国』と賢者様は称えておられました。ドワーフの生き方を学んで、地下王国で暮らしたいのではありませんか?」
 ドワーフの王様は首をお傾げになりました。
「無理だ。人馬は大きすぎて入れぬ。いくら望もうとも、地下王国では暮らせん」
「まあ」
 お后様は口元を覆われました。
「身の丈に合わない国では暮らせませんものね。賢者様に必要なのは、そのお言葉かも知れませんね」

『あなたの道とは?』
 宴の席でそう問われ、ドワーフの王様ははっきりとおっしゃいました。
「俺の道は俺のものだ。お教えできない」
 周囲がざわつく中、ドワーフ王様はお言葉を続けました。
「俺は俺の国を、賢者様は人馬の国を治める。それぞれ、身の丈に合った場所がある」
「身の丈に合った……」
 賢者様の褐色の頬が、ぱあっと明るくなりました。
「足るを知り、貪欲を抱かぬ。己の分をわきまえ、背伸びした理想像に拘泥せず、他国への敬意を胸に陶冶(とうや)する、という事ですね」
 賢者様はたてがみと尾をふるわせ、感動なさっていらっしゃいました。
「さすがドワーフ王様。これからも、是非、お話を聞かせください」
「うむ」
 賢者様のお言葉は難しすぎてわかりませんでしたが、喜んでくださったようなのでドワーフ王様はホッと息をつきました。
 傍らのお后様は、王様に、にっこりと微笑んでいらっしゃいます。
 その仲睦まじいご様子に、賢者様のお顔はほころびました。
「教えてください。お后様のどんなところを、とてもとても美しいお姫様よりも魅力的と思われたのです?」
「決まっておる」
 ドワーフの国王様はお后様の肩を抱き、おっしゃいました。
「風呂に入らぬところだ」

 ドワーフの国王様は知恵にあふれ機知に富んだ方なのだと、人馬国では評判となりました。


 ほどなく、人馬の賢者様の呼びかけで、多種族連合が誕生しました。
『私はまだ若輩。どうぞお力をお貸しください。皆様から学び、お知恵を拝借できますれば共に難事に立ち向かえると存じます』。
 有翼族からの参加は残念ながらありませんでしたが、賢者様の謙虚な心に感じ入り、ドワーフ・エルフ・海人は連合に加入したのでした。


 救いを求める知恵者は既に答えを抱いているに等しく、意味が無いものからでも強引に望む答えを引き出してゆくものなのです。


 人馬族からの尊敬を得て、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭にはまだ及ばない短い髭の王様と、とても賢く夫を支えるお后様によって。
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