不死王からの誘い
あるところに、おぞましいほどに美しい不死王がおりました。
その肌は透き通るように白く、薄い唇からは鋭い二本の牙がのぞき、血のごとく赤い瞳は妖艶で、絹のようにさらりとした闇色の髪を持っておりました。
中性的な体はたいへん細く、それでいてあらゆる女性をその腕の中におさめられるよう背は高いのです。
千年もの長きの間、王は孤独でした。不死の者達を支配していましたが、玉座の隣がずっと空席だったからです。
このところ、不死王は溜息ばかり漏らしていました。
心に浮かぶのは、既にお亡くなりになられた、とてもとても美しいお姫様。
不死王として即位してから、初めて愛しく想った女性でした。
とてもとても美しいお姫様に拒まれた不死王は、同様に想いを募らせていた元求婚者たちに悪心をそそぎこみました。
夫さえいなくなれば、とてもとても美しいお姫様は新たに夫を選びなおすであろう、と。
数多の国と種族の軍隊に攻め込まれ、とてもとても美しいお姫様と夫の国王様は、共に自害して果てたのでした。
しかし、それこそが不死王の狙いでありました。
この地上の誰もの心をも捉えてしまう、とてもとても美しいお姫様。しかし、それは生きていらしての事。お亡くなりになった後では、もう他の誰も伴侶には望みません。変らず愛せるのは、不死王ただ一人なのです。
夜影に紛れて城の奥に忍び込んだ不死王は、とてもとても美しいお姫様を不死者として蘇らせようとしました。
しかし、不死王が穢れた口づけをしようとした瞬間、頭上に気高き神様が御姿をあらわし、聖なる光で不浄なる不死王を退けられたのです。
そして、とてもとても美しいお姫様と国王様を地上の苦しみから解放しようと、憐れなお二人の亡がらを清浄なる炎で焼き尽くされたのでした。
一度手に入れかけたものを失う事ほど、心を重くする事はありません。
不死王は隣の空席を物憂げに眺め、何千回目かの溜息をつき……
よからぬウサ晴らしを思いついたのでした。
『隣人の方々
とてもとても美しい姫君のことで、我等は一時の感情に惑い、多くの国が荒れ、いたずらに兵を失った。
何ゆえ、愚かなる悲劇を招いてしまったのか?
小生が思うに、我等はあまりにも対等でありすぎたのではなかろうか?
我等の中に王の中の王がおれば、国家間の争いが勃発する前に、全て丸くおさめたであろうに。
なにか大事の折に、全ての国や種族に意見を下達できる真の王を、種族間で持ち回ってはいかがであろうか?
強権の行使時期は自由だが、一度かぎりとし、他種族や他国家を脅かす権利は認めないものとする。
さすれば平和裏に、この度のような悲劇を繰り返さずにすむと愚考した次第だ。
強さの優劣を決める大会にて代表権の行使順を決めれば、公平かと存じる。
種族間の力の格差を考慮し、小鬼は百名、人間は五十名、エルフとドワーフは二十名、人馬・海人・有翼人・人狼は十名、妖精は五名、竜は一名の出場が妥当であろう。
永遠の時を生きる小生は、この大会の立ち合い人となり、代表権の移譲を見守る役に就こうと思う。
一ケ月後に我が国で開催するゆえ、大会への参加を望まれる方々は、期日までに代表を我が国に送られたし。
小生の提案に賛同していただける事を祈る』
不死王からの手紙に、大地の下に広がる巨大な地下王国、ドワーフ国は大賑わいとなりました。
武術大会なのです。
ドワーフの男達は、王国に侵入する小汚ない小鬼どもを蹴散らす、熟練の戦士なのです。
しかも、その大会で勝ち残れば、他部族や諸国を従える王の中の王となると聞いては、興奮するのも当然です。
優勝するのはドワーフに決まっています。
竜族や人狼族は確かに難敵ですが、ドワーフが二十人も参加できるのです。どんな敵も倒せないはずはありません。
ドワーフの男達は、うっとりとしました。
我らがドワーフ王が全ての頂点に立つのです。どうして戦わずにおられましょう。
強権を行使すれば、他種族に権利が移るらしいのですが、そんなもの、行使しなければ良いのです。
そうすれば、偉大なるドワーフが、全ての頂点に立ち続けるのです。
ドワーフのお后様は心を痛めておられました。
浅慮な若い国王様ばかりか、いさめるべきお立場の先王様までもが、ご一緒に戦斧を振り回しておられます。国中がお祭り騒ぎなのです。
お后様は不思議でした。
不死王からの誘いを、なぜ、文章通りに信じるのでしょう?
邪悪な不死王が、この世界の平和など望むはずもないのに。
翌朝、大洞窟で代表選考会の開会を宣言なさったドワーフ王様は、集まった皆に一言述べるよう、傍らのお后様に促されました。
「その前に、一つだけ教えてください、国王様」
「おぉ、何なりと答えよう」
ふわふわの髪と髭のお后様は、髭がまだまだ短いドワーフ王様に、やわらかな笑顔でお尋ねしました。
「王の中の王とは、どういうものなのでしょう?」
何をくだらぬ事を問うとばかりに、王様はおっしゃいます。
「全ての国の一番上に立つ者だ」
「一番上に立つとはどういう事なのでしょう?」
「それは……」
ドワーフ王様は口ごもられました。
「……他の王より偉いのだ」
どうにか思いついた説明をドワーフ王様はおっしゃいました。
「強権を行使しない間、ドワーフが全ての生き物から尊敬される、という事だ」
「まあ」
お后様は不思議そうにお尋ねになります。
「ドワーフは誇り高き戦士、世界一の鍛冶師にして細工師、地下を統べる者でありましょう? 既に一目おかれているのではありませんか?」
ドワーフの王様は首をお傾げになりました。たしかに、まったく、その通りなのです。
「それに強権を行使しないならば、他種族の王に命令できません。従えた者達に何もできないなんて……何の為に、上に立つのでしょう?」
ドワーフ王様は低くうめきました。そんな難しい事、考えつきもしませんでした。
「良いのだ。一番偉い王として、敬意を払われるのならば」
「地下に暮らす我々に、他種族の内心は伝わりません。敬意が払われているか、わざわざ地上へ調べにゆくのですか? それとも、地下を荒らす卑しい小鬼族のうわべだけの敬意を得たいのでしょうか?」
お后様のお話を聞くうちに、ドワーフの王様も、先王様も、戦士達も、つまらなくなってしまいました。
『王の中の王』という称号が何の価値もないものに思え、荒野の不死王の国まで行くのが面倒くさくなってしまったのです。
がっかりした男達を見渡し、ドワーフのお后様はにっこりと微笑まれました。
「遠方に行かずとも、ここで武術大会を開かれては如何でしょう? 賞品ならば用意しました」
侍女達が運んできた大きなトロッコには、お后様がこれまで蓄えていた金銀宝石が山のように積み込まれていました。
「ドワーフこそが素晴らしき戦士。その武を、私達女に披露してください」
王様の心は決まりました。
地下で戦うべき好敵手とまみえ、まばゆい輝きの宝を手に入れる事こそ、ドワーフの誉れ。
不死王の誘いなど気にかける必要もない、と。
ほどなく、不死王の国で開かれた大会で、多くの者が亡くなりました。
それは、最後の一人とならねば不死国から出られぬ呪いをかけられた、壮絶な殺し合いだったそうです。全てのものが死んでいる腐敗しきった国で、彼等がどのように戦ったのかはわかりません。
各国には大会の結果のみが伝えられました。優勝は妖精、以下、竜、有翼人、エルフ、人狼、人馬、小鬼、海人、人間族の国々との事でした。
数多の優秀な戦士たちの屍を得た不死王は、彼等を下僕として甦らせ、更に国力を高めたという事です。
最後まで生き延びた妖精は、帰途で力尽き、光となって消えたそうです。けれども、不死王の国で死なずにすんだのです、彼は幸福だったと言えるでしょう。穢れた不死妖精とならずに済んだのですから。
思慮に欠ける決断は自殺に等しく、王の過ぎたる欲は忠臣に無意味な死をもたらします。
地上の混乱とは無縁に、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王の長髭にはまだまだ及ばない短い髭の王様と、とても賢く先見の明のあるお后様によって。