小鬼の王冠
あるところに、世界でいちばん自分が美しいと思い込んでいる小鬼王がおりました。
その肌は鈍い赤銅色で、口元には小狡い笑みが浮かび、キョロキョロと落ち着きのない眼と、ちっぽけな二本の角が生えたつるつるの頭を持っていました。
でっぷりと太ったおなかの上にとても大きな頭が乗り、長い手と短い足が不格好に生えているのです。
即位したばかりの小鬼王は、『国王の権威』を欲しておりました。偉そうにしていなければ、他の小鬼どもが言う事をきかないからです。
先代の小鬼王は、人狼王に食べられました。
先々代の小鬼王は、不死王の国の不死小鬼となりました。
先々々代の小鬼王は、とてもとても美しいお姫様の国を攻める戦で亡くなりました。
先々々々代の小鬼王は、何だかわからないけれど、何時の間にやらどこかに消えていました。
危険な場所に、のこのこといくから死ぬのです。
新たな小鬼王は、安全な玉座から、家来どもをアゴで使ってやろうと思っていました。
その為には、家来をいっぱいいっぱい抱えなければいけません。誰がどう見ても『偉い』とわかる王様になって、小鬼たちを集めるのです。
『小鬼王が偉大なるドワーフ王様のお世継ぎご生誕を祝いに来ています』。
侍従の知らせに、大地の下に広がる巨大な王国、ドワーフ国の王様は、いぶかしそうに首を傾げました。
出産祝いの客は誰であれ通すよう命じてはありますが、地下王国を狙う薄汚い小鬼が、心からの祝福に来たとは思えません。
「イダイなるダイオウさま、おヨツギ、おメデトウございます」
小鬼王は平伏し、家来達に祝いの品々を運んでこさせました。
血のついた絨毯に、折れ曲がった杖、欠けた陶器。何処からか略奪してきた物に違いありません。
「気持ちだけ受け取ろう」
怪しい贈り物など受け取るわけにはいきません。ドワーフ王様が下がるようおっしゃると、醜い小鬼王は鼻の穴を広げ、期待のこもった目で玉座を見上げました。
「オレのキモチ、ウケトッテもらえましたか?」
「ああ、充分、受け取った。もういい、帰れ」
「では、おカエシをください」
「お返し?」
小鬼王は大きく頷きました。
「オウカンをツクってください、ダイオウさま。すっごく、リッパな、オウカンがホシイです」
その晩、ドワーフ王様は、お部屋の中を苛々と歩き回っておられました。
図々しい小鬼に、お怒りは爆発寸前でした。さんざんドワーフ王国を荒らしてきた身で、王冠をねだるとは。
出産のお祝いに対し、ドワーフ王様は自ら腕をふるわれて返礼してきました。世継ぎ誕生を祝福してくれた方々に、華やかで上品でそれでいて大胆な宝飾品をお渡ししてきたのです。
卑しい小鬼は、その噂を聞きつけてやって来たのでしょう。
「小鬼に王冠だと? そのへんの歪んだブリキに、クズ石でもくっつけてやれば充分だわ」
玉のような赤子を抱く、ふわふわの髪とお髭のお后様がおっとりとおっしゃいます。
「一つだけ教えてください、国王様」
「おぉ、何なりと答えよう」
「ドワーフは、どんなところが他の生き物から尊敬されているのでしょう?」
その問いに、ドワーフの王様はグッと喉をつまらせます。
「……地下を統べているところだ」
「それから?」
「……誇り高き、戦士であるところだ」
「それから?」
ドワーフの王様は観念して、小さなお声でおっしゃいました。
「……世界一の鍛冶師にして細工師……であるところだ」
お后様は、にっこりと微笑まれました。
「世界一の腕に恥じぬ物をお作りください」
「だが、相手は小鬼だぞ」
何をくだらぬ事を言うとばかりに、王様はおっしゃいます。
「こそこそと這い回る盗人の為に、何で俺が腕をふるわねばならんのだ」
「今、誰の手に渡るのかは気になさってはいけません」
やわらかな笑顔で、お后様はおっしゃいます。
「宝石は、何百年何千年も美を保ちます。小鬼王の死後も、国王様の死後も、お作は残るのです」
お后様は抱っこし直して、ドワーフ王様から赤子の顔がよく見えるようになさいました。
「この子や孫たちが、さすが我が父祖の作、と誇れる物だけをお作りください」
ドワーフの王様は首をお傾げになりました。たしかに、まったく、その通りです。
「わかった。ドワーフ国の王として、心血を注いで最高の王冠を作ろう」
「ええ。どんな小鬼の心でもとろけさせてしまう、とてもとても素敵な王冠を、ぜひ」
小鬼王は、目を輝かせました。
金の台座に銀の意匠、散りばめられたダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド。
太陽のようにキラキラ光る王冠は、溜息が出るほどに美しい豪奢な作りでした。
「アリガトウございます、ダイオウさま」
何度も何度もドワーフ王に平伏してから、小鬼王は王冠を手に取り、頭にのせてみました。
キョロキョロとしていると、ドワーフ兵が姿見の鏡を持ってきてくれました。
鏡の中には、眩しいほどに美しい王冠を被った小鬼王がいました。どこから見ても立派な王様です。
小鬼王の醜い顔に、満面の笑みが浮かびました。
「アリガトウございます、アリガトウございます、ダイオウさま」
贅沢な王冠を頭にのせて、小鬼王は飛び跳ねながら、地下王国から走り去ってゆきました。
ほどなく、小鬼王の王冠はひしゃげ、宝石がほとんど外れ、見るも無残な姿となりました。
目がくらむほどに素晴らしい王冠との評判に、続々と集まった小鬼達が奪い合いをはじめたからです。
王冠は歪んでもなお、きらびやかで、小鬼たちの目をくらませました。
王冠をめぐった争いは長く続き、小鬼王はいつにも増してどんどん代替わりをし、小鬼族の数は半分にまで減ったという事です。
欲に惑うのは底なし沼に沈むに等しく、人生の喜びがそこに無いと気づいても抜け出す事はできないのです。
地下の片隅の混乱とは無縁に、ドワーフの王国は繁栄を続けました。先王と並ぶほどの長髭をお持ちになった王様と、とても賢く王国を守るお后様によって。
物語は、ここで終わります。
ドワーフの王様は、ふわふわの髪とお髭のお后様と幸せに暮らし、
不死王は、隣の空席に嘆息をつきながら悪だくみを考え、
エルフ王は、世継ぎに恵まれずに王のままで、
人馬の賢者は、世界平和のために知恵をしぼり、
人狼王は、人間達の襲撃を大喜びで返り討ちにし、
海人皇帝は、黄金槍を手にふんぞりかえって玉座に座り、
大妖精は、あいもかわらず妖精界のアイドルで、
竜王は、先代とは異なりのんびり昼寝をし、
有翼人の王子は、大好きな母上に笑顔で甘え、
小鬼王は、飽きもせずに激しい代替わりを続けるでしょう。
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