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罪人達の償い
作:スクナヒコ


――『罪』――
それは受け継がれるものであり、重ねるものだろう。
当然それは、背負うべきものであり、なにより裁かれるべきものだろう。
そも罪とは、社会に依存するものではなく、心に依存する事のはずだ。
そして、罪といわれるものが心に依存する限り、それは力を生む。
人はそれを魔法と呼び、力と知り、そして分かりやすいように形を持たせた。
曰わく角持つ神
曰わく龍
曰わく鬼……
大きな罪は宗教史にすら名を残している
魔法でありながら罪であるため外法と呼ばれ
強大で邪悪であったから黒とされ、悪魔と呼ばれた事もあった。
そんな罪だからこそ、僕にはとても身近なものだった















目が覚めて数秒、少年は寝ぼけ眼をこすりながら、上体を起こした。
窓からさす光と真上から注ぐ人工灯に軽い目眩を覚え、再び枕にダイブする。
どうやら電気をつけたまま寝てしまったらしい。
軽くため息をついて、この堕落した生活に心底嫌気がさしたなと一人思う。
だけどそんな生活から抜け出す気すら起きない。
NEETやヲタクと呼ばれる人種ではないにしろ、日がな本を読みふけり、寝て、飯を食う。
一応学生ではあったので、昼になれば学校に行ってはいたが、ただ時が流れる場所が変わるだけ―――

いつからだろう。

少年こと川合(かわい)(ゆう)が日々を夢幻のごとく感じ始めたのは。

夢幻なんて、かっこいい字面はしているが、ようするに夢・幻の中にあるということだ。
現実を現実と感じられず、時の流れを忘れ、日々に味気などなく……
まだNEETやヲタクの方が人間らしく生きているだろう。
そんな日々に刺激を求めるあまり、再び本にのめり込み、そして日々が終わるのだ。

なんという堕落

そんな僕ですら生活に困らない、こんな国に生まれたことさえ不幸の一因だろう。
再び訪れ始めたまどろみと一応戦いながら、そんな事を考える。
こんな事を考えるのも何回目だろうか?
「そもそも、こんな事考え始めたのはいつだっけ?」
虚しい自問自答
それこそ、時という感覚を忘れた自分に分かるはずもないのに……
自然と笑いがこみ上げる

分かるはずもない?

そんなのは嘘だ

分かっている。

そんなのあの日からに決まっている。

僕を優しいと言った祖母の死んだあの日

そして、僕が罪を犯したあの―――

「はい、なんか感傷的な所ごめんなさいね〜。ご飯ですよ〜」
「……君さ、よくこんな状態の僕に話かけれるね」
「そりゃ3年も一緒にいればねぇ」
手に携えたオタマを肩に担いだ赤い髪の彼女は、いつのまにやらそこにいた。
心底ナーバスな僕に気にした素振りすら見せず、むしろ呆れた顔を向けてくる。
それも当たり前か。
彼女―赤池(あかいけ)聡子(さとこ)―が言ったとおり、3年も一緒に暮らせば嫌でも慣れるだろ。
そう、嫌でも
特に僕は気にしてはいないが、こんな僕と一緒に過ごすハメになっている彼女はきっと不幸と思うことだろう。
事実、今も彼女は心底嫌そうな顔でこちらを見ていた。
すまない、僕に至らない所があれば直すように努力しよう。と心で思う。
まぁ、思うだけでどうしようとも思いはしないのだが。
むしろ、なにに対して嫌悪しているのだろうか?
「嫌悪っていうより辟易としているのよ。あんたのそのネガティブ思考回路にね……」
「お前、また勝手に覗いたのか?」
「あ、ごめん。ついつい……っていうより、これが私の罪だし!しょうがないじゃん!」
僕の()()いた彼女は、後半逆ギレ気味に言い返してきた。
それに対して、ヤレヤレと肩をすくめると、僕はいいかげんベッドから降りる事にした。
「それにしたって反省の色無いんだよな、お前」
軽くストレッチをしながら呟くと、
「いいから飯食えや」
いつものように彼女はブチキレた。

あれから数分、彼女の猛攻をよけながらリビングに降りると、ようやく彼女の動きも収まった。
というより、これはもはや慣習だった。
そして、リビングにはいつものように朝食が用意されているのだ。
ちなみに、今日は白米に味噌汁、脂の乗ったアジの開きと純和風朝食である。
淡く湯気のたつご飯に味噌汁、さらにはアジの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
言うまでもなく、彼女の手作りであるそれに、感謝を込めて手を合わせ、早速頂く事にした。
「毎回思うけどさ、料理だけは本当に上手いよね君」
「毎回言うけどさ、いいかげんそのセリフ飽きない?」
「あきないねぇ……」
「そう……」
いつものように肩を落とす彼女をしりめに、僕はそうそうと席をたつ。
一応、今日も学校があるのだ。
「今日は何時くらいに帰ってくるの?」
「む〜、6・7時かな?」
「またゲーセン?」
「いや、今日はお仕事」
僕よりゆっくりと食べていた彼女だったが、『お仕事』という単語を聞いた瞬間にその顔があからさまに歪んだ。
たわいない話だったはずなのに、彼女は飲んでいた味噌汁を静かにテーブルに置くと、静かに僕を睨んできた。
そこには確かな嫌悪をかんじた。
「あんたさ、まだアレやってんの?」
「まぁね。アレやってると、そこそこ時の流れを感じるし」
「それがあんたの時間を奪ってるのにね……」
嫌そうな顔を隠そうともせず、彼女は静かに食器を片付け始めた。
これ以上は話しても無駄と知っていたので、僕も静かにリビングを出る。
部屋に戻って学校の支度をするが、正直いってどうでもいい授業ばかりだった。
とりあえず、教科書と何冊かの小説をカバンに放り込むと、少し重くなったそれをかついで家を出た。

無論、彼女と話もせず、顔も見ないで……

ただ、彼女の方はそんな僕の背中を見続けていた。

まるで、子供が作った泥団子のような、壊れやすい何かを見るように……

「優しすぎなんだよ……あんたはさ」




学校はすぐに終わった。
学友達が去る中で、仲の良い何人かが遊びに誘ってくれたのだが、今日は仕事があったので丁重に断った。
むしろ、こんな愛想のない人間に良くつきあえるものだ云々とか考えながら、待ち合わせのゲーセンに入っていく。
正確には、待ち合わせというより、彼の趣味の場所に向かったわけだが……
そして、やはり彼はそこにいた。
「や、黒いの」
「おう、優か」
僕が呼んだ通り、真っ黒な服に身を包んだ彼は、こちらに振り向こうともせずにガンシューティングをこなす。
両手に持った銃|(二人分金を払ったらしい)が、無駄弾無しで敵を処刑していく。
「相変わらず、凄まじい腕だね」
「照準のあった機体なら、このくらいはできるさ。そういう所の出だからな」
何の感慨も無さそうに着々と数を減らしていく。
僕が来るまで何回もやっていたらしく、last stageを終わったそれのランキングは、延々と『kuro』の名を並べていた。
これはやる意味あるのかな?とか思いながらそれを見ていると、『kuro』は僕の表情を勘違いしたらしく、得意気な笑顔を向けてきた。
ぶっちゃけ、こっちはドン引きなのだが、それに気付く彼ではない。
それどころか、彼は懐から出したらしい新たな100円玉を4枚機体にいれると、再びゲームを開始した。
モノローグなど不用と飛ばしながら彼は、僕に封筒を投げ渡してきた。
「それ、今回の仕事〜」
そう言いながら、再び画面の敵を駆逐していく彼を横目に、封筒を開ける。
中には数枚の書類に一枚の写真が入っていた。
「名前はジェームズ・トワイヒルト」
「陳腐なようで珍しい名前だね」
一見軍人らしい彼は、写真の中で、その軍人らしからぬ長い灰髪をたなびかせ、どこかの戦場でその目を爛々と光らせていた。
それにしても、トワイヒルトなんて聞いたことがない。
「自分でつけた名前らしいぞ」
「自分で?」
「そいつは元・『存在しない』軍人だ」
「あぁ、それで」
たぶん常識から離れた話題に、不意に違和感を感じる。
でもまぁ、そんな常識から離れるために僕はこんな仕事を続けているのだ。
それを得るために、罪を重ねているのだ
ほら、だんだん時間に色を感じる―――
「おうおう、物騒な面になりやがって……」
いつのまにかランキングを更新した『kuro』は、嬉しそうに笑う僕を見て唇の端を静かに上げた。









笑いながら祖母は、別れの最後まで僕を気にかけていた。
「優ちゃんは優しいねぇ……、痛みを良くわかってる。ばあちゃんと二人で生きてきて、なにがどうしてかわからないが、優ちゃんの感情はとても乏しくなったけど。それでも優ちゃんは優しいねぇ」
いつも祖母が言っていた言葉。
僕には祖母を助けられないのに、それなのに祖母は僕を『優しい』と言った。
「いいかい、優しさはかえって優ちゃんを苦しめるかもしれない。優ちゃんのそれは全て受け入れることだからね」
祖母が倒れても、僕にはなにもできなかった。
ただ薄れる祖母の命は、僕を育ててくれた祖母の命は、どうあがいても短いのが見てわかった。
「でもね、優しさを持ち続けなさい。世界には、そんな優しさを持つ人は稀なのだから。あとは、ばあちゃん無しでも強く生きてね、優ちゃ……」
そして、僕がなにもできないまま祖母は逝った。








時は現在に戻る。
ゲーセンで手に入れた資料に目を通すと、トワイヒルトは今、とある組織を隠れ蓑にしているらしい。
裏の処理係を担当しているらしいが、それすら仮面なのだろう。
罪人は『罪』を償うためにしか動かない。
その『罪』の償い場所が、今はそこにすぎないだけだ。
そして、その場所というのがそこだった。
「ここかぁ〜」
目の前の門にかかげらた〇〇組という墨痕彫りを見上げ、妙な感慨を覚える。
情報がたしかならば、このJapanese Mafia(英語で言いたい心境を悟ってくれ)の邸宅の地下で、『ジェームズ・トワイヒルト』は処刑を始めるらし……い?
「うわぁあぁぁああぁ!!!!」
「た、たすけ……ッ!」
立ち込める硝煙の匂い、耳をつんざく機関銃の音、それに呼応して悲鳴が聞こえる。
訂正、どうやら処刑の場所と処刑者に変更がでたらしい。
つーか、少しは隠す努力しろよ。さすがに警察動きますよ?
「はぁ……」
軽く溜め息をついて門を開ける。
まぁ、正直言えばこの状態は予期していた。例の資料には彼の『罪名』が載っていた。
―この場合、『罪名』は彼の罪の具現の事だが―

『one hundred murders』

100の殺戮者達が、門の先で彼らの職務をこなしていた。
銃弾が飛び交うばかりではなく、剣閃ひらめき、拳が行き交う。
殺戮者たるためなのか、彼らは様々な方法で、着々と人を減らしていた。
なかなか入りづらいその門に、様々な逃亡者が押し寄せる。
「た、たすけて!!」
一人の男が必死にこちらに走ってくる。
血にまみれたその口からでたその言葉は、僕に言っているのだろうか?
一瞬逡巡していると、彼の首は綺麗に落ちた。
「……合掌」
僕の足下に転がってきた首に手を合わせ、その男の冥福を祈る。
いやすまない、逡巡などしなければ助けられたかもしれなかったのに……。
そんな事を考えていると、突然その首は持ち上げられた。
誰に?
視線をゆっくり上げてゆくと、ゆっくりと見えてゆく不吉な軍服。
殺戮者は死を見せつけるようにその首を舐める。
死神が、そこにいた。
「えーと……もしかして」
この状況、どう見ても僕に見せつけてますよね?
もしかして僕、標準指定(ロックオン)されました?
「Good-bye boy」
「うわっ!!」
しなやかに振られた剣を、かろうじてバックステップでよける。
冗談じゃない。今のが剣じゃなく銃だったら、死んでたぞ!?
二撃、三撃とそれをかわしながら、冗談抜きに命の危機をかんじる。
ためらいの無い殺意に背筋は凍り、目の前を通る剣に死が見える。

―――でも、感じる

ふと、唇の端が持ちあがる。

戦闘中だというのに、死の間際だというのに―――

感じる。感じる。感じる。

時を、想いを、罪を感じる。

そうなったらもう、止まらない。

「うん、いいよ……」
自然と口が開いた。
殺意が心地よい。死が恋しい。
でも、まだやるべきことは残っている。
「貴様の想い、貴様の罪、その重さを計ってやろう」

そして、仕事は始まった―――











ジェームズ・トワイヒルトは軍人であった。
この名前だって、ある作戦に必要だったから自分でつけたもので、ジェームズなんてありふれた名前に適当にありそうで無いパブリックネームをつけたものだ。
自分と同じように育てられてきた部下達にも1人1人名を付けてみて、みんな家族だから同じパブリックネームにしよう。なんて言って笑ったものだ。
所属していた国が消えた後始めた傭兵業は、『トワイヒルト』なんて名前で売りこんで、幾つもの戦いで暗躍したものだった。
100人で戦況をひっくり返し、誰一人欠けた事はない。
現代の伝説とすら呼ばれていた。
そんな伝説が崩れるのは唐突で、一瞬のことだった。
「隊長、依頼ッスよ〜」
いつものように、副隊長であるイワンが書類を持ってくる。
それを受け取ると、すぐに目を通し火をつける。
内容は、最近『トワイヒルト』をかぎ回っている組織への潜入だった。
「隊長、依頼内容は何ですって?」
「大した仕事じゃないかったから俺が行く」
実際、数年前に比べてずいぶん楽な仕事だった。
最近は仕事が少なかったので、軽い気晴らし程度のものだ。
「大した仕事じゃないなら俺達がやりますよ〜」
「おま……、俺の趣味奪うなよ」
イワンの軽口に、笑いながら軽口で返す。
「隊長、俺達だって暇なんだから気晴らしくらいさせてくださいよ〜」
「バカヤロウ、隊長の方が気疲れするんだから休暇くらいよこせ」
「「ハハハハハッ!!」」
紛れもない家族の暖かみがそこにはあった。
翌日から、ジェームズは仕事を始めた。
潜入は簡単だった。
どうやら、名前こそ知られているらしいが、顔、人数構成、そのほか重要なことは知られてはいないらしい。
当然だ。
根城は不定期に変更し、情報、痕跡はいっさい残さず。故に『トワイヒルト』は恐れられる。
仕事は早々に終わったので、ついでに『トワイヒルト』に対してどれだけ知られているか調べる事にした。
データソースにハッキングすると、様々な文字が羅列されていく。
しかし、以前『トワイヒルト』が関わった仕事の履歴が残っているだけで、後はunknownが続くだけだった。
(流石は俺の軍団、素晴らし……い)
唐突に目に入った文字、ただ一つリンクされたそれを、ジェームズは何気なくクリックした。
それが、悪夢の始まりだった。

――先日捕らえた捕虜より、『トワイヒルト』の現在使用している拠点の情報を確保。数日は移動しないようだが、以下の作戦を早急に発令する。

(急げ……っ!!)

作戦名:トワイヒルト・トワイライト

作戦日時:19〇〇年○月×日00時00分

(○月×日は明日だ!まだ間に合う……!)

作戦内容:トワイライトの纖滅――


たった一人のトワイヒルトは、根城だったそこに立ち尽くしていた。
もし、彼らを襲ったのが数千の弾丸だったならば、たった一人ではなかったかもしれない。
しかし、彼らを襲ったのは纖滅という名目のもと撃たれた数発のミサイルだった。
点ではなく、面積での纖滅。
根城だった廃墟は、焼けた肉の匂いと血の匂いが混ざり合った不快な香りが漂っていた。
くすぶる火や熱とは対照的に、冷徹な死の香りがそこを支配していた。
「みん……な……」
やっと出た言葉も、なんの意味もなく熱に飲まれ、消えていく。
それでも、救いを求めるかの如く、トワイヒルトは言葉をつなげる。
「地下シェルター……、そうだ。あそこなら、熱にも衝撃にも……」
分かっていた
分かりたくなかった
ただ一人が怖かった。
家族がいなくなるのが怖かった。
「みんな……」
やっとついたシェルターの扉に手を伸ばす。
そして、静かにそれを開けた。

――作戦内容:トワイヒルトの纖滅――

扉の先に広がっていたのは

目が痛くなるような

    『赤』













「……っ!!」
罪人、ジェームズ・トワイヒルトは軍人であった。
軍人は人を殺すのに罪を感じはしない。
そういう風に育てられてきた彼は、もはや『人』ではないのかもしれない。
「みんな……」
トワイヒルトは静かに地に膝をついた。
止まらない涙は、あの日以来流れるようになった。
こぼれ落ちたそれは、さっきまで主人だったモノの血と混じり、赤く染まって流れていく。
主人だったモノはすでに人の形はしていない。
そうしたのはトワイヒルトであったが、それに対して彼は罪と感じてはいない。
彼がいままで感じた罪は3つだけだ。

『家族』を殺してしまったこと。

一人生き残ったこと。

そして、『家族』を縛り付けていることだ。

その想いだけで、彼はそれを具現した。
具現した『家族』を慰めるために、かの組織を纖滅した。
それ以来、命の危険と仕事の数には困らない。
しかし、『家族』が消えることは無かった。
ある組織の人間に、これが『罪』だと聞いたのは最近のことだ。
それを教えてくれた人間は、いまや肉塊と化しているが、トワイヒルトは彼に感謝していた。
なぜなら、それによってトワイヒルトは目的を得たのだ。
その目的こそ『家族』の慰めだった。
「お前達を慰めるために、殺めよう。纖滅しよう。世界全てを敵にまわそう……」
目の前の『主人だったモノ』を踏み潰す。
それは、トワイヒルトの家族を侮蔑した。
それゆえ、それの組は消えた。
とはいえ、流石にことを大きくしすぎた。
しばらくは日本にいられないだろう。
「次は何処へ行こうか……」
湿った足音をさせながら、トワイヒルトは出口に向かう。
あまりもたもたしてはいられない、彼には『目的』があるのだから……

「えっと、あなたがジェームズ・トワイヒルトさんですか?」

そんな彼の前に、最も優しい罪人は静かに姿を表した。











日も暮れてきたころ、赤池聡子は一人家の中で優しい少年を待っていた。
今日は仕事だと言っていた少年と、彼女が出会ったのは、彼に仕事を与えている組織の中だった。
今でこそ、聡子は組織の所属ではないが、彼女は醜悪なその組織が嫌いだった。
『罪人の罪人による統治機関』
通称『GGPO』
そこは、人の心を覗くという『罪』を背負った彼女にとって、常に他人の罪を見せられるという地獄そのものだった。
そんな地獄の中、最も地獄を見ていたのが川井優であった。
最も優しい罪人こそが川井優で、最も醜悪な罪人が川井優だった。
だから彼と共に暮らす事を選択した。
そうして彼を癒やしたかった。
「あんたの心は空虚なのに、それに対してあんたは優しすぎる」
心を読む『罪人』赤池聡子は、6時をこえた時計を見つめ、せめて彼が無事であるよう願い続けた。










「誰だ貴様は」
突如現れた少年に対して、トワイヒルトがとった行動は迅速だった。
バックステップで距離をとり、彼自身の『罪』に意識を向ける。
しかし、そんなトワイヒルトを前にして、少年はなんの反応も示さない。
「あぁ、貴方の『罪』なら、まだ外でドンチャンしてますよ〜」
軽薄せうな少年のいうとおり、トワイヒルトの『家族』達は外で何かと戦闘中だった。
『罪』の具現者であるトワイヒルトにはそれが分かる。
だからこそ、目の前の少年が異常を際立たせていた。
どうしてこの少年はここにこれた?
「お前は……何者だ?」
外にいるトワイヒルトの『家族』は大体20名、彼の『家族』はあと80名ほどいる。
まだ余裕はある。
しかし、それ以上に少年の未知に懸念がある。
そんな懸念がトワイヒルトに質問をさせた。
「えっと、GGPOの者です」
質問をさせた。とは、時間を稼ぐということだ。
しかし、そんな懸念など必要ないかのように、少年は落ち着いて対応してくる。
「GGPO?俺に『罪』とやらを教えてくれた所か?」
「えぇ、たぶんそこです。んで、その後に派遣員を殺害、トンズラっと。間違いありませんか?」
「おそらく。しかし少年、そこまで知って何故そこまで余裕があるんだ?目の前にいるのは殺人鬼だぞ?」
会話を続けながら、トワイヒルトは準備を進める。
すでに、部屋の死角に10名の『家族』を具現した。
意外と広い地下室は、様々な物が置かれているおかげで、死角に困ることはない。
更に言えば、この部屋は幾つかの部屋と繋がっていた。

―――念には念を

トワイヒルトはさらに『家族』を配置していっていた。
しかし、そんな事も知らず、少年は軽口をたたき続ける。
「え〜と、罪名は『one hundred murders』ですっけ?個人的には『one hundred family』だと思うんだけどなぁ」
「ほう、俺の罪をも知るか」
「一応それが仕事なんで〜」

―――予想以上に時間は稼げている。

この部屋に繋がる部屋の内の一室と、少年が入ってきた扉の向こうにも、さらに10名づつ配置した
今号令を下せば、普通の人間ならば跡形もないだろう。
それでも、本能的に戦力を増やす。
「えっと、『one hundred murders』はトワイヒルト氏の元家族……家族が100人?どこの女神を守る気だよ……っと、まぁそこはいいか……」
「なにやらブツブツと言っているが……少年、お前も名を名乗ったらどうだ?」

―さらに別室に10名づつ『家族』を配置する。

この行動の意味に、トワイヒルトは気づいていた。
(私は、この少年に怯えている……)
先に出した20名の『家族』をのぞく、全ての『家族』は配置し終わった。
それでも、すぐには決断は下さない。

少年に、少年を、少年へ

トワイヒルトは怯えていたのだ
「あぁ、僕の名前ですか?」
まるで緊張する感じすらなく、少年は名を名乗る
「僕の名前は川井優、一応『請負人』なんて言われてます」
何が嬉しいのか、顔に笑顔を貼り付けた少年がそこにいた。
しかし、トワイヒルトは動かない。

まだ時ではない――

「それで、その『請負人』とやらが何の用だ?」
「はい、それがですね〜」

少年の顔は、みるみる狂気に染まってゆく。

「ジェームズ・トワイヒルト。貴方の処刑を『請負い』ました」
即座にトワイヒルトはバックステップを踏んだ。
それに伴い、少年の後ろから、前から、右から、左から、死角無しに銃弾の雨が降り注ぐ。

それで、全ては終わるはずだった。

「……怖いなぁイキなり発砲なんて、いくらなんでも死んじゃいますよ?」

少年はそこにいた。

少年は動いてすらいなかった。

狂気の笑みは狂喜に変わり、4方に4人の白騎士を携えて――

「さぁ、始めましょうか軍人さん。貴方の想い、計って差し上げよう」

そして、少年の『償い』は幕を上げる。

「リヒャルド!イワン!」
トワイヒルトの声に、二人の『家族』が剣を抜く。
彼の『家族』は皆軍人であった。
戦闘におけるエキスパートであり、銃撃、白兵、その他戦闘においては一流であった。
だからこそ、トワイヒルトの判断は正しい。
少年の騎士は身を甲冑で覆ってはいるが、そのため動きは遅かった。
彼の『家族』にかかれば、4人に対して2人で十分だ。
銃撃はダメだろう。どういうわけか、あれだけの銃弾を受けて騎士達の甲冑は傷一つなかった。
(くそっ!!)
2人の『家族』が飛びかかったのを見ながら、トワイヒルトは毒づいた。
量による作戦の失敗によって彼は機動性を減らされていた。
今も、何もしていない仲間が78名、しかも最悪な事に出口という出口に『家族』がいるので脱出が不可能。
トワイヒルトの『罪』は、量も質も高いが、そのため具現と還らせるのに時間がかかる。
しかし、それ以上に数を減らしたくなかった。
「クスクス、流石軍人さん。ちょーないす判断」
まったく危機感をもったかのように見えない少年に対し、今人数を減らしたくはなかった。
「さて、んじゃ本気だしますか」
ここにきて、始めて少年は静かに笑った。

「罪よ、罪よ、僕が成した罪、僕が請け負いし罪よ……」

突如歌いだす少年に、トワイヒルトは奇妙な感覚を覚えた。
それは、恐怖でも憎しみでもない。

「罪よ、罪よ、償うべき罪よ」

それが安らぎだったなど、トワイヒルトは死んでも思わなかっただろう。

「全ての罪よ、ここに現れ、償え」

そして、トワイヒルトは罪人ではなく、軍人でもなく、まして人間ですらなくなった。
彼はただの(イケニエ)と化した
「っ!?リヒャルド!?」
騎士達を相手にしていた『家族』の1人が、突如現れた5人目の掌によって吹き飛ばされる。
いや、現れたのは、1人などではなかった。
「これは!?それは!あれは!お前は一体何なんだ!?」
少年の体がブレるように1人、また1人と新たな『罪』を具現していく。

ある者は僧衣を纏い、ある者は甲冑を纏い、ある者は銃を携えて

獣が生まれ、魔獣が生まれ、兵器が生まれ

若い者がいれば、老いた者もいた。

生ある者もいれば、意志すら持たぬ者もいる。

止まる事を知らないかのように、少年の『罪』が溢れだす。
「さぁ、トワイヒルト。僕の罪を償わせてくれ」
「っ!!撃てっ!!!」
リヒャルドの声とともに、総勢80の『家族』が銃弾を放つ。
1秒間に何百もの殺意の塊が80の銃口から放たれ、少年達を襲う。
少年から生まれた『罪』が砕け、ちぎれ、ある者は弾き、ある者は避け

少年はただ笑っていた

「償い、償う。君の弾が俺を裁くのか?やっと終わることができるのか?」
『家族』達の銃弾がきれたところで、トワイヒルトは剣への攻撃を開始させた。
しかし、そんな間にも少年は『罪』を生み出し続ける。
「請負人だ!本体を叩け!」
トワイヒルトが絶叫する。
少しでも勝機に近くなるように、叫び続ける。
しかし、彼の『家族』達は1人、また1人と離脱をよぎなくされる。
「散らばるな!固まって戦え!!」
しかし、その叫びすら意味を持たない。
例えるなら、無限増殖する悪夢との対戦。
さらに、トワイヒルトが『罪人』であるために、致命的弱点が彼を襲う。
「くっ!今ので15人目か……そろそろ精神力が……」
人の形をとろうと、彼の家族だったとしても、それは『罪人』が作り上げた想いの具現だった。
それゆえ、トワイヒルトは疲労していく。
なのに、なのに……!!
「そろそろキツいんじゃない?トワイヒルト」

なのに、奴は!!
請負人は少しの疲労も見せない!
だからこそ、だからこそ……!!

「なんなんだ!!なんなんだお前はあぁああ!!!!!!!!!」

心の底から絶望が這い上がる。
絶望を込めて化け物を見る。

「いやだなぁ、そんな化け物を見るような目しないでよ」

そうする間にも、少年の『罪』は止まらない。
戦闘力では、トワイヒルトは負けてはいない。
戦力が違いすぎた。
「イワン!?」
副隊長だった彼が、少年のもとに走ってゆく。
手にはプラスチック爆弾、何を意味するかは明らかだった。
少年を道連れにした自爆。
次の瞬間、部屋中を熱風と衝撃が駆け巡った。

だが、

「怖いなぁ、こんな場所で爆弾なんて」

少年はそこにいた。
辺りには四散した少年の『罪』

「なぜだ!なぜ貴様は!!」

絶望した

イワンの爆弾により、気配が7〜8は消えたのに―――

―――爆風の後から9増えた

無理だ

これはダメだ

どうしようもない

だけど……だけど、最後まで!!

「ウォオオォ!!!」

ついにはトワイヒルトまで参戦する。
無理だと分かったからこそ、戦いに参加した。
せめて最後は、『家族』と供に死にたかった。
結局、どうあがこうが、それがトワイヒルトの『罪』だった。
つまりは、『家族』と供に死ねなかったという……

「悲しいですよね」
少年は笑う。
笑うべきではないのに笑う
「僕は結局、空っぽなんです」
遠く、憧れの何かを羨望するかの如く、少年は何かを見る。
「空っぽだから、何も感じない。悲しいのに、それが僕にそれを感じさせてくれるから、嬉しい」
体がブレ、また生まれる。
「それでもやっぱり空っぽだから、いくら『罪』を消されたって、何も感じない」
ならば、この『罪』は何から生まれるのか。
それは、少年自身不思議だった。
しかし、確かにこれだけは知っていた。
「僕は、今まで相手にした『罪人』達の命を請け負った。たぶん、それが理由なんだろうな」
ふと見ると、トワイヒルトが突進してきていた。
覚悟の決まった。そんな顔をしていた。
「だけどね、命っていうのは罪も運ぶんだ」
少年の体がブレる。
そこから、少年の本当の『罪』が現れる。
「ねぇ、おばあちゃん」
いつものように、優しい笑みを浮かべる祖母は、ジェームズ・トワイヒルトに掌をかざした。







「いや、あいつは化け物だよ」
請負人の相棒こと、kuroは語る。
「1度目は付き合ったが、それ以降は一緒に仕事しようなんておもわねぇよ」
思い出しただけでも、と彼は肩を震わせる。
すでに、手に持っている煙草は半分以上灰になっていた。
「あいつの『罪』はな、限りない優しささ。本人は自覚無いらしいが、そうでなきゃあんな『罪』にはならないね」
「つまりだ。あいつは痛みを『請け負おう』とする大馬鹿なのさ。命を奪うっていうのはそういうことだと信じてやがる」
「そして奴は請け負うのさ。命とともに『罪』までね。まったく、とんでもない化け物さ」
そう言ってkuroはタバコを吸い直す。
重力に耐えられなくなった灰は、静かに地面に落ちてゆき
砕け散った―――











「ウォオオォ!!!」
まるで新兵の気分だった。
トワイヒルトは『家族』に道を開けさせ、そこをひた走る。
この少年に対しては、銃などパチンコの玉に思える。
だから剣を持ち、走った。
死を前にして、それでも生にすがるように走った。
いつ終わるかわからない恐怖と共に、新兵のようにトワイヒルトは走った。
少年までの道には、邪魔になる『罪』はただ1人、少年から生まれた老婆のみ
「請負にぃいイいんン!!!!」
一気呵成の上段斬りは、それに対して手をかざした老婆ごと叩き斬るはずだった。
しかし、老婆の掌から溢れた『罪』は、老練なる新兵を飲み込んだ。
ここに、ジェームズ・トワイヒルトの生涯は幕を閉じた。




「終わった……」
暗がりの中、1人、また1人と『罪』を受け入れながら、少年はつぶやく。
先ほどまでの狂喜はそこにはなく、川井優としての彼はじっとたたずむ。
「トワイヒルト……君の罪は、死によって償われた」
だが、そんな彼を送った自分の罪はいつ消えるのだろうか?
「最後に教えよう。僕の『罪』は他人の『罪』を請け負う『罪』」
最後の1人――祖母と同化しながら優は話しかける。
反応が無いのは分かっている。
ただ、彼の死を受け入れる為に話しかける。
「君にとって、辛いことかもしれないけど……君と『罪』は請け負わせてもらうね」
そう言って優は、トワイヒルトに触れる。
それと同時に、トワイヒルトの『家族』達が現れる。
それを、優は1人、また1人と受け入れていく。
その1人1人にトワイヒルトの『想い』は詰まっていた。
その『想い』の強さに、だんだんと時間の感覚も薄れていく。
最後の1人、ジェームズ・トワイヒルトを受け入れた時には、川井優の時は再び針を止めていた。










そもそも、僕達のいう『罪』なんてものは想いの暴走にすぎない。
いつのまにやら辿っていた帰路の間、川井優はそう思う。
なぜなら、優がいくら『罪』を請け負おうと、彼は相手の過去など分からないのだ。
どんな想いで『罪』を背負ったのかなどわかりはしない。
しかし、その想いとやらも人の範疇でしかない。
かといって、何人ものそれを僕が全て分かるはずもない。
つまるところ、僕のエゴでしかないのだ。
『罪人』とはそういう者達だ。自らのエゴのために罪を償う。
だから、僕は最低の部類にはいる人間で、世の中にも貢献してないし、そもそも……
「っだぁ!!相変わらず辛気くさいわね!ちょっとはポジティブに生きなさいよ!!」
突如かけられた声、見るとそこには赤池聡子が立っていた。
「よくこんな人間に……以下略」
「そりゃま、……以下略ってね」
どうやら、知らない間に家の前についていたらしい。
ぼうっとそれを見上げる僕を、聡子は寂しげな顔を向けていた。
「あんたさ、仕事止めなよ」
彼女は静かにそう言った。
朝のような表情ではない、でも本当にそう望んでいるのは分かった。
でも、僕はそれに応えるわけにはいかない。
「これは僕の償いだから」
「それは知ってるよ、でもやめな」
「たぶん、この仕事がないと、僕は君にだって牙をむく」
「それでもさ……」
「そうしたら、僕はもっと大きな『罪』を背負う」
ふと空を見上げる。
残念なことに、そこに星は見あたらなかった。
昔は、星は命の数と考えられていたらしい。
では、星すら見えないこの地には、命なんて無いのではないだろうか?
しかし、現実は違うのだ。
「少なくとも、、人の命を背負うのが『罪』であり『償い』の僕は、君のような優しい人の命は請負わず、死でしか報われない可哀想な『罪人』を手にかけたほうがマシなのさ」
そう、少なくとも今日の昼に死んだ、無関係な彼らは救えたはずだった。
そう思うだけで、止まった時がさらに重く思える。
「……やっぱり、優しすぎだよ、あんたは」
「え?」
聡子が何か呟いたようだったが、うっかり聞き逃した僕は、アホみたいな顔で聞き返してしまった。
そんな僕に、聡子はいつものように笑って、なにも無かったかのように話題を変える。
「そういえば、もう8時なんだけどさ」
「あぁ、どうりでお腹がすくと……」
「君、何時に帰って来るって言った?」
彼女の顔が修羅に変わっていく。
迂闊なことは言えないな。

なんて、思いもしなかった。

「え〜と、8時って言わなかったっけ?」
「6・7時だこの野郎!!とっくに飯冷めてるんだよ!!」
「まぁまぁ、チンして食べようよ」
「揚げ物だってあるんだぞ!!時間とともに味が落ちるんだよ!!」
「まぁまぁ」
怒る彼女をなだめながら家の中に入っていく。
……実は、こんな時にも僕の時間は少しだけ動き出す。
でも、これは秘密だ
そう、せめて僕の罪が消えるまで―――


べらぼうに長い

これを携帯で書いた俺に拍手……は無いっと

個人的には好きな出来上がりですが、文が固いと言われて以来、こういう文を書くのが怖いんですよね

なお、下書き段階では少年、赤い髪の少女の名が無かったので、不可解な所があるやも。

でもま、それもご愛嬌ということで……













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