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水龍のつがい

作者: 時間旅行

私は目の前のお皿を見つめる。

先ほどまで8個あったお饅頭が全部なくなっていた。


8個の内3個は自分が食べたので分かる。

だけど、残りの5個は目の前にいる男、アカシが食べたのだ。


「信じられない。普通8個あったら4個ずつじゃないの!?」


どうにも我慢できなくて、アカシに向かって怒鳴ってしまった。

アカシは不思議そうな顔をして淡々と言う。


「アカナは女だ。男の方が体が大きいし、いっぱい食べる必要がある」


「体が大きい小さいで、食べる量を決められるなんて、そんなのおかしいわよ」


私が反論をして、アカシに向かってさらに言い募ろうとすると。

周りにいた人間の女たちが慌てて、私たちの言い合いを止めようとする。


「アカシ様、アカナ様。どうかそこまでにして下さい。アカナ様、アカシ様は成長期という時期で、いっぱい食べたい時期なのですよ。どうか、許してあげて下さいませ」


それを言うなら、同い年である私も成長期じゃないの?

それとも、身長がいっぱい伸びている方がより成長期ってことなの?


口をへの字にして、アカシを睨み付けていると、さらに女たちは言う。


「お互い”つがい”なのですから、どうか仲良くして下さいませ」


そうなのだ、私とアカシは龍という種族で、神川と呼ばれる川から”つがい”として一緒に生まれた。

この世界で龍は神と崇められる存在で、生まれた時から人間の手厚い保護を受けている。

その代わり、人間が雨を降らしてほしいと願ってきたら、龍の力を使って願いを叶えてあげている。

お互い持ちつ持たれつという関係だ。


私が一瞬別のことを考えていると、アカシが「落ち着いたか?」とぼそりと言って来た。


その言葉で、私の怒りが再発する。


アカシが言ってることも、女たちが言ってることもなんとなく分かる。が!

自分の味方がいない事と、私ばかりが悪いような言われようで、腹立ちが収まらない。


私はアカシに向かって、舌を出し

「アカシなんか大嫌い!」

と言うと、庭のほうへ向かって駆けていった。


いつもそうだ。

アカシの方が力があるからか、皆アカシにばかり味方する。

私には龍の姿から人間の姿へ変わる力と、少しの雨を降らせる力しかない。


着物の袖のあたりが木の小枝に引っかかっていたが、足を止めるつもりはない。

庭を囲っている塀を軽々と越えて、塀の向こうに広がる森へ入っていく。

私たちが住んでいる場所は山の頂上にあり、関係者でないと山へは入れないそうだ。

だから、警戒心など何も持つ必要はなく、私はこうして時々屋敷を抜け出している。


しばらく歩くと、川を発見したので覗き込んでみる。

水面には、肩までの青色の髪と目をした15才ほどの女の子、私がうつっていた。

その水面に映る自分に話しかける。


「あなたは悪くない。絶対に悪くない」


すると、目の前で赤い魚が水面から飛び上がるほど跳ねて。川の流れに沿って下っていった。

その赤い魚の行方を目で追い、視界から消えると、なんとなくその魚の後を追いたくなり、私も川を歩いて下っていった。


休憩を入れながら何も考えず歩いていたら、いつの間にか回りは暗くなっていた。

空に浮かぶ月を見たとき、アカシの心配する顔が浮かび、引き返そうと足を止める。

と、どこからか声が聞こえてきた。


きょろきょろと周りを見渡してみると、大きな岩があり、そこの前で祈っている人が2人いた。

2人とも男の人で、一人は黒髪、一人は金髪だった。


何を祈っているのだろうと興味がわいて、2人に近寄ってみる。


近寄ってみる為に歩いた3歩目ぐらいで、小枝を踏んでしまい音を立ててしまった。


すると、男の人たちは腰にある刀に手を当て、身構えるようにして、こちらへ振り向いてきた。

一瞬、その様子にすぐに隠れたい気持ちになったが、よく考えるまでもなく、私は何も悪いことなどしていない。

ならば、堂々としててもいいか、と吹っ切れた。

初めて会う人にはそれ用の挨拶をしなければ、と思い

顔を上げてみると、2人は驚き固まっていた。


ほんの少し待ってみたが、信じられないものを見たという驚きの表情をやめない2人。その2人に向かって挨拶をする。


「初めまして。私の名前はアカナです」


貴方達のお名前は?とかえすと。

2人はハッとして、私の質問には答えず。逆に質問をしてきた。


「あなたは、もしかして・・・龍神様?」


黒髪の人が聞いてきた問いを私が答える前に、金髪の人が変わりに答えた。


「それ以外ないだろ!この水のようなキラキラした青い髪に瞳。人形のように整った顔。なんでこんな所に・・・」


私は首を傾げる。


「こんな所?」


金髪の人は首を縦に振る。


「そう。ここは山のふもとにある祈りの岩。龍神様の加護を得たい時に来る観光名所みたいな誰でも入れるところなんだけど。まさか、本物が来るとは・・・。これは、運命だろう」


金髪の人は周りをきょろきょろ見渡すと、私をひょいと担ぐ。

すると、黒髪の人が慌てだす。


「お、まえ!まさか連れて行こうってんじゃないよな!?見つかったらどうする」

「でかい声を出すな。これですべて上手くいく」


金髪の人は上衣を私の頭からすっぽり覆うように被せると、どこかへ走り出す。


うーむ。少し困った。

どこかへ行くのなら、誰かに行ってくる必要があるし、きっとアカシが心配してる。


「私、家に戻りたいんだけど」


そう言うと、男は困った顔をした。


「アカナ。君は何か大切なものはある?」


すぐに浮かぶのはアカシの顔。


「ある」

「俺にもある。でも」


男は顔を少しゆがめる。


「取られたんだ。アカナはそれに耐えられるか?」


私はすぐに首を横に振る。


「だろ。だから、俺は奪い返そうと思ってる。それにはアカナの力が必要なんだ」


懇願するように見つめられ、手を握り締められる。

その手の強さから、必死さが伝わってくる。だから私は首を縦に振った。


「分かった」


男はほっとする。


「よかった」


金髪で金の瞳、笑った顔もキラキラしている。

アカシの青の髪も綺麗だけど、この人の金色の髪も綺麗。

手を伸ばし頭をなでると、金の髪の人は笑う。


「俺の名前はね、ウンランっていうんだ。よろしく」




ウンランの願いとは雨をいっぱい降らしてほしいとの事だった。

その日の夜についた宿屋で、力を使ってみたが、ほんの少しの雨しか降らせなかった。


明日はもっといっぱい降らせてほしいな。といって、ウンランは黒髪の人ともう一つ借りた隣の部屋へ移っていった。

私はひとり残された部屋でうんうん唸ってみたけれど、やっぱりいつも以上の力は出せなかった。

どうしようかなあ、と悩んでいたら、いつの間にか眠りに落ちていたらしく、目が覚めたのは朝だった。


部屋にあった時計で朝がきたのだと分かったが、部屋はまだ暗い。


ドアを開けると、ウンランが満面の笑顔で出迎えてくれた。


「アカナ!ありがとう。君の力で外は大雨だよ」


そんな、まさか。

勢いよく外に出ると、その言葉通り土砂降りで、外に出たとたん頭からつま先までずぶ濡れになってしまった。

いつの間にこんな力が出せるようになっていたのだろう。

嬉しさでいっぱいになっていた時、空から雷のような大きな唸り声が聞こえてきた。


私が見上げるより早く、男達はその正体を確認できたようだ。


「・・・でかい龍が、空を泳いでる」


2人が見つめている方向を見ると、雨空の中を1体の龍、アカシが空を旋回していた。


「なーんだ。やっぱり私の力じゃなかったのね」


がっかりして、私が呟いた言葉にウンランが反応する。


「どういうことだ」

「この大雨はアカシが降らしたのよ。やっぱり、私がいなくちゃアカシは寂しいんだわ。・・・反省したのかしら」


泣いてるみたいだし、昨日のお饅頭の件は許してあげよう。

そう思い、吼え続けているアカシに私の居場所を伝えようと口を開く。


私も龍の声で鳴こうとした、が、ウンランが私の開けた口を大きな手で塞ぎ、私を室内に引きずり戻す。


「アカナがいないことでこの大雨が続くのなら、まだこのままでいてくれないか」


ウンランには悪いけど、アカシが悲しがっているからこれ以上、ウンランと一緒に行動することは出来ない。

私が首を振って拒否を表すと、ウンランは表情をゆがませる。


「・・・何故だ。何故俺達の願いは聞いてくれない。君は、水龍は何故、人間の味方をするんだ」


水龍が人間に味方をしている。それは正しい捉え方ではないと思う。

生まれた時から人間が水龍を保護して、育てて、尽くしてくれる。だから、水龍は人間の願いを聞き、恩を返している。

敵になりようがない。そちら側に分けられる薄い繋がりではないのだから。


私の批判的な視線を受けたウンランは、今度は悲しげな表情をした。


「以前、水龍は俺達の味方をしていたんだ。俺達、鬼族の」


ウンランの言葉を引きついで黒髪の男が話し出す。


「鬼族と人族は性格や考え方が合わず、昔っから争ってきました。ずっと決着は付かないままで。だけど500年前のある日、一人のずる賢く卑怯な人間の男が出てきたんです」


500年前に一人の賢い男が。この台詞はいつも世話をしてくれる人間達からたびたび聞かされる御伽噺の中で出てきていた。


「男は巧みな話術で神々を騙し、味方に付けて、鬼族を殺戮したのです。そして、二度と人族の上に立てぬようにと力の源である角を盗られ、様々な場所に封印されたのです」


私が人間達から聞いた話と彼らが話す物語は少し異なっている。


人間達が言うには、500年前に一人の賢い男が現れ、世界を自分達の配下にしようとしていた鬼族を退治するために、神々と契約を交わした、と。

他の神との契約は分からないけど、私達水龍との契約は、”人族は水龍が生まれてから死ぬまで、一生を保護し、尽くす。そのかわり、水の恵みを私達の願い通りに操って欲しい。大木の根に封印した角は大量の水がなければ解けないようになっているから。だから、水龍達が泣いて暮らすようなことはけっして起こしません。”

という話だ。


私が生まれる数百年前の出来事だから、実際に見聞きしたわけじゃない。だから、どっちが正しいとか、嘘を言ってるとか、私に分かるわけが無いし、御伽噺のこととしか考えていなかった。


ただ。

私がわかる一つだけのことは。


アカシが、まだ泣き続けている。それだけだ。


ウンランが手を離してくれないので、口を塞がれた状態のままで、龍化をはじめる。

着物が千切れるが、そのまま山の上に帰ればいいので問題ない。


私の体が光って、変形し始めるのを見たウンランは焦って私の体を押さえつけた。

それでも、私の変化は止められない。


「くっそ!なんでだ!数日このままでいてくれれば、大木の根に水が浸るのに!待ってくれ!」


「・・・ウンラン。そのまま抑えておくんだ」


ウンランの肩越しに見えた黒髪の男は鈍い光を放つ刀を手にしていた。

その姿を見たウンランは私に向かって謝った。


「・・・悪い。痛みは少なくすむようにする。」


ギラリと光る長い刀を見て、痛みが少ないなど何故思えるか。


ウンランが私の体を押さえつけるのに手を離したために開いた口を目一杯開き。

私は持てる力を精一杯出して、吼えた。



ウオオオオオォォォォン!!!!


黒髪の男が刀を振りかぶったのを見た私は、体を硬くして目を閉じた。


ドオンッッ!!!!


何かが爆発したかのような音がした。

恐る恐る目を開くと、目の前には大きな青銀の鱗。

私のよりも大きい鱗。


「アカナ」


アカシが、私に覆いかぶさっていた。

自分の体を見下ろすと、変化の途中だったので、体はまだ青色の部分に肌色が混じった状態だった。


一つ息をつくと、そのままゆっくりと龍に変化した。


その様子をじっと見つめていたアカシに向き直り、鼻を鳴らす。


「アカシ。反省した?」


私の言葉にアカシはゆっくりと瞬きをした。


「何の事だ?」


なんてこと!あれだけ昨日、私が怒ったと言うのに、アカシは1日で忘れてしまう程度しか捕らえていなかったなんて。


「昨日!アカシの方が多くお饅頭食べたじゃない!」


「・・・あぁ」


本当に忘れていたらしく、私が言ったことで薄く思い出したらしい。


「もういい!帰る!」


「あぁ」


アカシが壊した建物が瓦礫となって、私が足を踏むたびにガシャリガシャリと音を立てた。

さあ、飛び立とう。としたところで、私達とは別の場所でガシャッと音が鳴る。


「・・・アカシ。行くよ」


歯をむき出して、そちらに向かおうとするアカシを制する。


「山の上に戻って。アカシと幸せに笑って暮らせれば何の問題も無いんだから」


ただアカシと幸せに暮らしているだけで人間達の都合がいいというならそれでいい。

アカシが泣くことで、鬼達に都合がいいというのなら、私は敵に回るだけ。


だけど、短い間だったけど、ウンランのことは嫌いじゃない。

助けることは無いけど、助かっていたらいいなと思いながらその場を去った。




そしてまたお饅頭が出た日。


「・・・私こんなに食べられない」


8個の内2個を食べただけでお腹が一杯になった。

前回よりも少ない個数で満たされた理由は、お饅頭の大きさだ。


お饅頭の数を半分こにすると言う事情を聞いた人間の女達が、それではアカシの腹がいっぱいにならないと心配した結果だろう。


「もういらない。アカシにあげる」


お腹が一杯になったのに、無理してさらにもう1個食べてみたが、もうこれ以上は入らない。

残りの1個をアカシに差し出す。


「駄目だ。アカナがそれを全部食べるまで見ているから」


「あげるって言ってるじゃない。アカシおかしい」


お腹が一杯になった時点で、アカシに2個上げるといったのに拒否したから無理やりでも1個を食べたのだ。これ以上は本当に無理。

だけど、私の言葉にアカシは首を振る。


「俺が食べるとまたアカナが拗ねる。それは駄目だ」


そう言って、残りのお饅頭を私の方に押し返す。


「嫌。もう嫌。もうおなかいっぱい」


「駄目だ。食べ終わるまで見てる。もう、あんな思いはしたくない」


アカシの目が潤んできたが、私の方はお腹がはちきれそうで、すでに泣く一歩手前まできている。


そんな私達を見た人間は慌てて楽師や舞子を呼びつけ、私にはお茶を手元まで運んでくれた。アカシは人間達に説得されてこの場は渋々引き下がったが。当分お饅頭問題は解決しなかった。

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