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爽やか青年の憂鬱

作者: 美雨



敗戦国、クロリネ王国にクラテース孤児院という大きな建物がありました。

そこでは多くの戦争孤児が身を寄せ合って生きています。生まれて間もない赤子から成人間近の子供達が暮らしているのです。


豪華に見える建物は所々老朽化しており、国からの援助や物好きな貴族からの寄付金だけでは補う事が出来ません。

それでも院内は暖かく、子供達が伸び伸びと成長するには充分でした。


クラテース院で働く大人の中に一人の若い男がいました。金髪に煌めく髪に碧い瞳を持つ王子様のような青年です。

名はルーフェ。

彼には左腕がありません。

数年前、少年だったルーフェは伯爵家の大事な跡取りにも関わらず、軍人として戦争へと駆り出されていました。戦地で多くの敵を排除し、多くの仲間を見捨て、ただ生き抜く事だけを考えていたルーフェは爆撃に巻き込まれて左腕を失ったのです。片腕だけで戦うことは出来ません。仲間は使えなくなったルーフェを道端に置き去りにし、去ってしまいました。辛うじて動く両脚で故郷に辿り着いたルーフェを待っていたのは大きな屋敷でも賑やかな街でもなく、焼け焦げた大地しかありませんでした。路頭に迷ったルーフェに救いの手を差し伸べたのは幼い女の子。クラテース院の院長の孫娘でした。院長の計らいで成人しても国の指定した職である軍に入隊せずに済み、クラテース院で働いています。



「ルー兄! 遊んでよ!」



広い庭の隅にあるベンチに座る彼の周りには小さな子供が群がっていました。



「すみません。僕はこれから仕事なんです。リーレロッドを誘ったらいかがですか? 今日も朝から一人で中庭にいますよ」



キラキラと瞳を輝かせて見上げる子供達に優しく微笑みかけます。本当は仕事なんてありません。背を向けて駆け出した子供を見送り、溜め息を吐きました。綺麗な顔が情けなくみえます。ルーフェには小さな悩み事がありました。誰かに相談するほど大袈裟なモノでは無いのでどうしたら一人で解決出来るのか、仕事の合間や休日に考えているのです。雲がゆっくりと流れ、時が少しずつ進む中で。



『どいて! どいて! はやく!』



突然、ルーフェの頭上から声と慌ただしく羽ばたく音が聞こえました。素直にベンチから立ち上がると何かがそこに落ちてきます。



「青い、小鳥…?」



『ぴちち! どいてくれてありがとう。おうじさま。はねがきずつけられてこまっていたんだ』



ベンチの真ん中には青く、小さな鳥が弱々しく横たわっていました。

鮮やかな青色の羽に真新しい無数の傷があります。つぶらな瞳を潤ませる姿は痛みをルーフェに訴えているようでした。



「それは大変。直ぐに手当てをしなければ。良かったら僕の部屋へ来ないかい? 応急処置くらいなら出来るから」



『とてもたすかるよ。とべなくなるのはいやなんだ』



手のひらよりも小さな鳥をそっと右手で丁寧に包み込むと早足で建物内へと入っていきました。ルーフェの部屋は階段を上がり、長い廊下を何度か曲がった所にあります。ここに来てからずっと使っている狭苦しい部屋。ルーフェは愛着がある分狭くても住みやすいと感じていました。



「ん。良かったね。殆ど擦り傷だから直ぐに治るよ。それにしても傷が多いみたいだね。いったいどうしたんだ?」



『おひめさまとあそんで、かえろうとたらばらさんたちにいじわるされたの。ねぇ、おうじさま。いますぐとべる? はやくかえらないとだめなの』



「お姫様? どうして君は僕を王子様と呼ぶのかい?」



『ふつうのおんなのこだよ。でもね、こころがおひめさまみたいなんだ。おにいさんはただ、みためがおうじさまみたいだから』



何気ない問い掛けに返ってきた答え。

ルーフェは酷く動揺しました。

ここに来たばかりの頃、同年代の子に王子様のようだと言われたのです。しかし、ルーフェのよそよそしい態度に触れて見た目だけの王子様と馬鹿にされたのでした。



「そうか、やっぱり僕は本物になれないか……距離が出来てしまうんだ。僕が、壁をつくってしまうから」



小窓と向かい合うように配置された机の上には青い小鳥が、部屋の半分を占めているベッドの上にはルーフェが座っていました。

開けっ放しの小窓。外からは子供達のはしゃぎ声が聞こえてきます。



『それはおうじさまがきめつけているから。だめだよ。おうじさまはまだとべるんだ。そらがこいしくないの?』



「僕はもう飛べないよ。片羽が折れてしまったからね。恋しいよ。飛びたくて、もがいているんだ」



空を見上げ、とても悲しそうに言いました。

白いワイシャツの袖がそよ風に揺られ、彼の左腕が無いことを示します。

小鳥が大きく羽を広げて数回羽ばたきました。

黒い瞳はキラキラと輝き、空を見つめています。



「もう、行ってしまうの?」



スッと碧い瞳を細めて力なく呟きました。

名残惜しかったのでしょうか。

何か引き留める手段はないかと考えているようです。

そんなルーフェの心情を悟ったのか、小鳥は空を見つめたまま言いました。



『おうじさま。くだらないことはかんがえてもだめなんだよ。そらはまっていてくれるけどくもはまってくれない。さきにとんでしまってごめんね。だれだっておいていかれるのはさびしいから』



「待ってくれ! それは、どういう意味なんだっ?」



再び羽を広げた小鳥は振り返ることなく雲を追って飛んで行ってしまいました。

ルーフェがとっさに伸ばした左手は透明で、空が透けて見えました。



「ああ、無いんだ。もう、無いんだ……考えたって駄目なんだよ。分かってるさ」



ルーフェの小さな悩み事は左腕が無いことでした。そのせいで、子供達を抱き上げたり、木登りを教えたりすることが出来ませんでした。それがとても悔しくて仕方なかったのです。

失った左腕は二度と戻ってはきません。

悩んだって、考えたって、悔やんだって、どうにもならないのです。

ルーフェがぐずぐずとしているうちに子供達はどんどん大きくなってしまいます。

子供の成長はルーフェの心の成長を待ってはくれません。




「明日は遊んであげよう。きっと僕も飛んでみせるよ」



金色の前髪が風に揺られ、碧い瞳を隠します。

ルーフェが少し泣いているようにみえました。









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