八章 旅支度
八章 旅支度
家族の埋葬の時は止め処なく溢れた涙も、近所の人を埋めるときにはもう止まっていた。人間は薄情な生き物だ。そう思う。
家族の死に対しては「何故死んだ、生きてて欲しかった」と悲しみの感情に溢れた心だったが、今では、無機質に淡々と作業をこなす為にか、それとも関わりがなかった故にどうでもいいと思えているのか、泣きも笑いも怒りもしない、どこまでもどこまでも平坦な心持ちだった。
「近所のおばさん・・」
名も覚えていない。印象の薄い顔はさっき見た死に顔すら思い出せない。といって、掘り出して顔を確認するのは恐ろしい。
「本当に薄情なもんだ」
そういって作業を繰り返す。死体を運ぶ。穴を掘る。埋める。墓標(ただの杭)を打つ。また運ぶ。何人埋めたかなんて最初の方しか数えていない。それに埋めても本当は意味などないのかもしれない。だって俺達は埋めた人達に対して「安らかに眠って下さい」などと思っていないから。そんなことを思う資格は俺達にはない。自分を殺した人達に、「安らかに」などと言われても、恨みが募るばかりだろう。だから俺達は無機質に淡々と作業を進める。穴を掘る音、杭を打つ音。それが死者への鎮魂歌だった。
作業時間も特に決められてはいなかった。やりたいだけ仕事をして、限界を感じたら小屋に戻る。限界、といっても体力の方ではない。精神的にかなりの苦痛を伴う作業なので、辛いと感じたらやめたほうが良いのだ。それ以上続けても能率は下がる一方なので、休んだ方が明日に繋げられる。
「・・・・・・」
会話はほぼない。小屋の中は、疲れてる奴、泣きそうな奴、様々。ちなみに俺は前者だ。泣く力もない。俺はスープや野草を口にして、寝るためだけに小屋に戻っている。皆は違うのだろうか?それだけの為に戻ってくるのではないのだろうか?他に目的があるのか・・・?
床に着く前に窓の外に目をやると、大抵一人は外に立っている。空を見上げているのか墓標を見てるのか、はたまたそれ以外かは・・・わからない。わかってるのは、俺は外に出ないと言う事。だって何も見えないから。
また朝がやってきた。老人の用意した食事に手をつけ、仕事をしに出て行く。そういえば、だれも老人に名を聞こうとはしない。「老人」といえば今は彼しかいないから別に名を知る必要もないといえばそうだが・・・まあいい。
小屋を出ると皆バラバラに分かれて仕事をする。それは未だ変わらない。もうほとんど仕事がない奴もいるが、わざわざ他の奴を手伝おうとはしない。それが決まりごとのようにいつもそうしていた。
例えばルティスなどは、もう仕事がないのか最近はいつも小屋の外でふらふらしている。だが別にそれを咎める奴もいない。俺もそんなつもりはない。
「仕事がない奴はしなくとも良い」という前提のもと俺達は動いている。別にそれでかまわないと思う。俺達は罪悪感で動いてはいないからだ。埋める、そのために掘る、延々とそうしていた。
そうして「仕事」はようやく終わった。どれくらい働いてたのかはわからない。日数など途中から数える気がなくなったからだ。しかし、これでようやく終わったのだ。小さな開放感に包まれた。
「もうこれで終わりだな。」
小屋で食事を取りながら、老人がボソボソと言った。「これで終わり」という一言の中に、仕事が終わったという一つの区切りが俺達の心の中の罪悪感をほんの少し削り取ってくれているのだろう、という老人の心の中での気づきが現れていた。
この安心感を自分以外の人に知られているというのは、不謹慎に思われているだろうか、という不安と、自分の心を理解してくれる人がいるという新たな安心感の二つの感情を生まれさせた。これが良いことか悪いことか諮りかねているうち、また老人が口を開いた。
「さて、片づけは終わったし、今度こそ旅支度をしてもらおう」
すっかり忘れていたこと。でも、今度は誰も逆らわない。そして、無言で自宅へ荷物を取りに向かった。
「なあ、ラズフェル」
アルヴィオが口を開いた。口を聞くのは数日ぶりだった。過酷な作業が自然と閉口させていたのだろうか。
「・・・なんだ?」
どんな話題か聞く前に、表情から彼が真剣ということが見て取れた。
「僕さ、・・・実は身寄りがないんだ」
あまりにも唐突な発言。ルティスも口を挟む。
「・・だって親はいたろ?なら祖父母とか・・」
「あれね・・・里親なんだ。」
端から見ている他人では家族の事情を伺い知ることは難しい、ということをそのまま表した様な話だ。
「・・・俺達ってこれから・・・親類に引き取ってもらうんだよな?」
「じゃあアルヴィオは・・・どうするんだよ」
「だから相談してるんだろ!!」
温厚なアルヴィオも怒る。しかし血の繋がった家族が一人もいないのでは・・・本当にどうするのだろう?
「老人に付いてくわけにはいかないし・・・じゃあ俺達のうちの誰かの家で居候するってのはどうだ?」
ルティスにしてはなかなかの名案に思われたが、この案はアルヴィオが迷惑をかけたくない、といって断った。
「でも、それじゃお前これからどうするんだよ」
「わかんないよ・・・どうすればいいんだろう・・」
アルヴィオが頭を抱える。しばらくの静寂の後で俺が言った。
「アルヴィオ・・お前の本当の両親は・・・」
俺の暗い表情から沈黙の続きを読みとったらしい。
「死んでないよ。僕は捨てられただけだから」
考えを読みとられたことで俺が少し気まずくなってだんまりしていると、ルティスが案を出した。
「それなら、お前の本当の親を捜すってのはどうだ?これなら別に誰にも迷惑はないだろ?実の親なんだから・・・」
こう言うと、アルヴィオは困り顔のまま大笑いし始めた。
「はははっ、迷惑がかからない、ね・・・。お前、捨てられるってのがどういう意味かわかって言ってる?金がないか、もしくは・・その子供自身がいらない、ってこと。僕は後者だ。僕さ、実は探すまでもなくどこに親がいるか知ってるよ。隣町の大通りで薬局やってるんだ。何度か行ったこともある。」
俺達二人は居たたまれなくなって黙ると、アルヴィオは更に大笑いしながら喋りはじめた。笑っていたが、目が笑っていなかった。
「詳しく話すと、親のことをね、小さい頃はずっと、ず〜っと思い続けてたんだ。探したんだよ。子供らしいやりかたでね。歩いてる人に尋ねたり、手紙を川に流したり・・・でも、もちろん見つからなかった。しょっちゅう泣いて、里親にすがりついたよ。“ほんとのおかあさんたちにあいたい“ってね。」
ここでアルヴィオは一息いれた。この息が、本当はここから先は話したくない、という気持ちを表しているように思えた。この先に引かれたアルヴィオの心の線には踏み込んではいけないんじゃないか、と思ったが、また続きを話し始めた。
「本当の親が見つかった、というか、・・里親はずっと知ってたらしいんだけど・・・まあ、僕の中での見つかった、はほんの一年前だ。院をしばらく休んでた時があったろ?あのころだよ。・・・・僕はようやく会いに行った。本当の親にね。薬局の前で僕は里親に釘を押されたてた。なにがあっても悲しむな、恨むな。全て自分の選択だったんだからな、とね・・・僕は期待と緊張とに包まれていて里親の話は聞いていなかったんだ。そして戸を開いた。戸を開いて一瞬の間は業務用の笑顔を浮かべていた{本当の母親}は僕の里親を見た瞬間に顔をしかめていた。そして、
「どうしてあんたがいるの?」
はじめは僕は自分に向かって言ってるんだと思っていた。本当の母が、一日も忘れたことのなかった自分の息子が成長してここにいるのに驚いているんだろう、とな。だが違った。この台詞は僕の里親に向けられていたんだ。
「この子が・・・あんたに、自分の本当の親に会いたいと言ったから、連れてきたんだ」
{本当の母親}は相当驚いたらしい。目を丸くしてたよ。感動ものの話ではよく、姿が変わっても子供はちゃんと見分けられる、なんて言うけど、あんなの嘘だよ。だって、ああいった話どおりに進むならちゃんと自分の子とわかるから驚くはずがない。多少期待はずれだったよ。でも、きっと今自分の目の前にいるのが我が子と知れば、まだ感動秘話になる可能性はある、と僕は楽観視していた。でも、
「この子・・?そこにいる子?これが私の子ね・・・ねえ、あんたなんであたしに会いに来たの?」
{本当の母親}はそう言いやがった。実の子が会いに来たのに、理由を聞くとはね。本当の、血の繋がった親に、会いに行きたいと思うのは普通じゃないか!でも、幼い僕はそう言えなかった。口ごもっていた。
「この子があんたを探して小さい頃からやってきたことをあんたは知ってるのか!人に尋ねたり、時には自分で歩き回って・・・この子の苦労をあんたは知ってるのか!」
そういって里親は激怒した。冷たい{本当の母親}に対してな。すると、
「知ったこっちゃないわよ。だって何年前にそいつ捨てたと思ってるの?
十年よ、十年。私は知らない。客としてきたんじゃないなら帰って」
そのあとも二人は言い合いしてたけど僕はもう、途中から{本当の母親}の声も里親の声も聞えなくなった。{本当の母親}が「そいつ」って言ったところからな。我が子をそいつ呼ばわりするなんて思っても見なかった。そして、
「ねえ・・・」
と言って{本当の母親}に歩み寄った。
「おかあさんだよね?」
せめて確認したかった。自分を嫌っていてもいい、ただそれだけでも証明して欲しかった。{本当の母親}の声で。肯定して欲しかった。それだけだったのに。
「私はあんたを育ててない。あんたを知らない。だから、あんたの親じゃない」
{本当の母親}のその一言で僕は切れた。{本当の母親}に飛び掛って、腰の辺りの服を引っ掴んで、
「うそだ!だってあなたは僕のおかあさんだ!おかあさんだ!そうだろ!」
って言って服を引っ張った。すると、{本当の母親}は僕に薬品棚の中にあった酸を降りかけた!間一髪で里親が庇ってくれなかったら、頭にかかって危ないところだったろう。でも、里親の背は溶けてただれてたから、充分大惨事だった。
「二度と来ないで」
その一言で{本当の母親}との会話は終わった。僕は苦痛に呻く里親とその場を離れた。そのとき泣きながら思った。{本当の母親}を、いや、あのゴミくずをいつか殺すって。そして、今肩を貸しているこの人こそが、本当の母親だって。
「そんなとこ。しばらく院を休んだのも、親の看病や気持ちの整理とかしたかったからなんだ。あと、{本当の母親}の殺害に魔法を使おうと思って勉強とかもしてた。じわじわいたぶって殺そうとか思いつめたりね。」
「意外と陰湿だな」
「そうかも。でも、ずっとそんな生活を送って、最終的に思ったのはさ、あんなゴミの為に僕が犯罪犯すのもどうかってことなんだよね。」
そんな辛い過去を話ながらも、アルヴィオはてくてくと歩を進めていく。この、俺達とアルヴィオの歩幅の差によって開いた空間こそが、過去を話せてもまだ少々の拒絶を感じてしまっているアルヴィオの心の中に引かれた線なんだろうと思った。そして、話し終わったアルヴィオは、またその間隔を狭めて近づいてきた。
「しばらくは人のことを信じられなかったよ。俺を酸から庇ってくれた母以外はね。そして、あのゴミを恨みに怨んだ。だから何度も奴のところへ足を運んだ。でもね、殺せなかった。俺を捨てて、母を苦しめている元凶なのに。奴にも家族が居て、それを守るために一応頑張っているんだなあ、と思ったら、足はもう進まなかった。」
そこでまた、アルヴィオは距離を取った。
「復讐はやめた。そのかわり、目標を立てた。いつか、奴に捨てたのを後悔させるくらいのえら〜い人間になるってな。くだんない夢だけどさ」
話してる間中ずっと笑っていなかったアルヴィオの目がようやく笑った。こいつは全てを吹っ切るためにどれくらいの年月を費やしたんだろう。そう思ったが、聞かなかった。聞けなかった。こいつは、本当に辛い道を歩いてたんだろうから。
「で、結局どうするんだ?」
ルティスが話を戻す。
「そーなんだよな。知り合いも居ないんじゃこれからどうも出来ないんだよな。どうしちゃおう?」
そう言っておどけるアルヴィオは、もういつも通りだった。でも、俺はまだこいつの背にあったであろう大きな怨みの幻影に目を釘付けにされていた。こいつは、どれだけの怨みを抱いて居るんだろう。そして、それをどうやって消したんだろう。こいつはー
「おい」
そういって俺を見るアルヴィオの目は濁っているわけではない。それなのに底の見えない黒い深みがある。まるでもやの様だ。その深みの中で漂う怨みは消したのでも消えたのでもなく、まだ背負ったままなのだ。見えないだけ。
「あのさ」
アルヴィオの境遇に対しての同情の言葉が繋がろうとした、その瞬間。
「お前、僕の過去に同情してるだろ」
そう言い当てられた。そう言ったアルヴィオの目はさっきまでとは違い澄んでいた。人の心を見透かしているように思えた。
「・・・ごめん」
自然と謝罪の言葉が出た。こいつの心の折れない強さに尊敬の念を抱いてしまったことに対して反省した。それがとても悪いことに思えたから。
「気安く人の過去を背負えると思うな。僕は同情はあんまり要らないんだからさ」
「・・・・・ごめん」
あいつは同情を欲してない。そのことに気づいていたから、先ほど罪悪感に襲われたんだろう。二度目の謝罪を口にしながらそう思った。
「やっぱ話さなきゃ良かったよ」
俺もルティスも恥で死にそうだった。こんな話をさせなければ、聞かなければ良かった、と心の中で俯いていた。
「お前らがそんな余所余所しくなるくらいなら、話さなきゃ良かった」
あれ?と俺もルティスも心の中で顔を上げた。
「態度を変えてほしく無いんだよ。友達には・・・な」
アルヴィオがにやりと笑った。
「みんな、大小の差はあれど苦労してんだな」
アルヴィオと別れて自宅へともどる道中、ルティスが呟いた。
「・・・そうだな」
アルヴィオに対してもう言えることはなかった。易い慰めをかける気には一生なれそうもないショッキングな過去を話されてなんだか居たたまれなくなったので、いつも別れて帰る道よりも三本前の道を曲がって帰ってきたほどだった。
「ところで、その誰でも、にはおまえ自身も含まれてんのか?」
少し場を明るくしようと思って言ったのだが、ルティスは神妙な面持ちでこちらを向いた。そして、
「まあ、いろいろと、な」と言って自宅へと駆けていった。
独り取り残されて、ルティスの言葉を頭の中で反芻した。動く気にはなれなかったが、脚が俺を促した。
「・・・・・・・・俺も戻ろう」
ゆらり、と影を翻した。
|