あなたは、どんな愛の結末が幸せだと思いますか。
いつまでも、いつまでも、ふたりの愛は確か。あなたはそう思いますか。
世界のどこか、あるところに、こんな愛の結末がありました。
ふたりは、まるでおとぎ話の結末のような夫婦でした。
あるところに、深く愛し合っていた男女がいました。
なぜ、それほどまでに愛し合っているのかわからないほど、ふたりは愛し合っていました。
彼は、彼女の碧い瞳はどの海よりも深いと思い、それを彼女に伝えることも忘れませんでした。
彼女もまた、彼の金色の髪の毛をどの財宝よりも輝いてると思い、それを彼に伝えることも忘れませんでした。
ふたりの周りの人々も、ふたりのことを好いていました。
ふたりは、互いの強い思いを確認したあと、共に生涯を歩むことに決めました。
ふたりは、森の中の白く小さい教会で、つつましく式を挙げました。これは彼女の希望でした。
その後すぐにふたりは海外へ新婚旅行に行きました。これは彼の希望でした。
ふたりは、夫婦になりました。これはふたりの夢でした。
ふたりは毎日同じベッドで共に目覚め、同じ朝食を共に食べ、同じ夕食を共に食べながらその日の出来事を語り合い、同じベッドで共に眠りにつきました。
ふたりはとても、とても満たされていました。
すぐに子供が生まれました。たった一人、男の子でした。ふたりはその子にたくさんの愛情を与えました。
家を大きくしました。過ごしやすく、心が休まる家でした。
喧嘩もしました。でもすぐに仲直りしました。
ふたりは共に忙しい生活を送っていましたが、それでも毎日一度は必ず愛を囁きあいました。
ふたりの愛は、まるで光り輝いているようでした。
軽薄な人は、ふたりのことを妬みました。
思慮深い人は、ふたりのことを祝福しました。
ふたりの愛に勝るものはありませんでした。
何年も、何年も、ふたりは寄り添いあって生きていました。
息子は立派に成長し、素敵な伴侶を見つけました。ふたりは少し寂しい気持ちになりましたが、息子夫婦を心から祝い、見送りました。
ふたりはいくつもの歳を重ねました。
妻の、あのどの海よりも深い碧眼のまわりには、ゆがんだしわが見え始めました。
夫の、あのどの財宝よりも輝いている金髪は、真っ白になりつつありました。
しかしふたりの愛の強さは全く変わりませんでした。
いつまでも、いつまでも、ふたりの愛は確か。ふたりはそう思っていました。
ある日、夫が道端で転びました。額に擦り傷をつくりました。
妻はとても心配しました。
しかし夫が言いました。「君じゃなくて良かった」と。
妻は相変わらず心配しましたが、それを聞いて少し嬉しく思いました。
それだけだったらふたりは良かったのです。
それだけだったら、ふたりは本当に良かったのです。
しかし、それだけじゃありませんでした。
その日から、夫の行動が不自然になりました。
物忘れがひどくなりました。自分の好きな歌が歌えなくなりました。
話しかけても返事をしなくなりました。妻が話しかけてようやく言葉を返しました。
どこを見つめているのかわからなくなりました。妻が見えると笑顔になりました。
そぞろ歩きを始めました。いつも何かにぶつかってから止まりました。
排泄が一人でできなくなりました。大きな家のあちらこちらが汚れました。
妻は夫を愛し続けました。
夫の好きな歌を代わりに歌いました。
毎日夫に話しかけました。
いつも夫の目に入るようにしました。
夫の傍を歩きました。
家をきれいにし続けました。
苦しいことではありませんでした。
夫を愛していたからです。
久しぶりに、息子夫婦が訪れました。
ほとんど一日中、ベッドに横になっている夫を見ました。
息子夫婦は、ふたりを好いていました。
だから妻に言いました。「あなたの夫を施設に連れて行きましょう」と。
妻は首を横に振りました。「それだけはしたくない」と、叫びました。
息子夫婦は説得を続けましたが、妻は聞きませんでした。
そのとき夫が妻を呼びました。久々に、夫の目はしっかりと妻を見据えていました。
夫は言いました。数年ぶりに聞く、聞き取りやすい声でした。
「君は、僕のことを愛しているね?」
妻は頷きました。夫は続けました。
「僕も、君のことを愛しているよ。だから・・・」「やめてちょうだい!」
妻は夫の言葉をさえぎりました。夫が、何を言おうとしているのかわかったからです。
夫は、妻の手を握りました。笑顔を作り、言い聞かせるように話しました。
「苦しくはなかっただろう?僕のことを愛してくれているんだからね。でも、疲れてはいるだろう?こんなに冷たい手になってしまっているからね。僕は悲しいよ。君の事が大事だから。・・・大丈夫さ。・・・大丈夫。会えなくなるわけじゃない。だから、行かせてほしいんだ」
妻は涙を零しました。いくつもいくつも、大粒の涙を零しました。それらはやがて一筋の小さな流れになりました。
それでも妻は、夫の言葉に耳を傾け、最後まで頷き続けました。
ごめんなさい、ごめんなさい、ありがとう、ありがとう。と、くりかえし、くりかえし言い続けました。
いつまでも、いつまでも、ふたりの愛は確か。ふたりはそう信じていました。
ふたりの会える時間は、極端に少なくなりました。
それでも妻は、毎日夫に会いに行きました。できる限りの時間を夫と過ごしました。
たくさん話しかけて、手を握り、愛を囁きました。
夫も手を握り返し、つたなく愛を囁きました。
やがて、夫は何も言わなくなりました。
手を握り返してくれなくなりました。
妻を見なくなりました。
それでも妻は夫を愛し続けました。
いつまでも、いつまでも、ふたりの愛は確か。妻はそう信じていました。
「あなた、春が近くなってきたわね。そのうち遠くへ散歩にでも行きたいわね」
「・・・・・・」
「あなた、暑くない?お洋服かえたほうがいいかしら」
「・・・・・・」
「最近ね、絵を描き始めたの。でもついつい休憩でお菓子を食べてばかりになっているわ」
「・・・・・・」
「お隣の家の方が、大きなもみの木をプレゼントしてくださったの。飾り付けの真っ最中よ」
「・・・・・・」
「あなた、愛してるわ」
「・・・・・・」
妻は苦しくなりました。
妻は、夫があの日に言った言葉を思い出しました。
「・・・大丈夫さ。・・・大丈夫」
・・・うそつき。
大丈夫じゃない。
あなたもわたしも、大丈夫じゃない。
「会えなくなるわけじゃない」
・・・うそつき。
わたしたちは会ってない。
もうずっと、長い間、会ってない。
いつまでも、いつまでも、ふたりの愛は確か。妻はわからなくなりました。
妻は、夫を愛しました。
妻は、自分の恋を貫くことに決めました。
昔のことが、激しく歪んで見えました。
数ヵ月後、葬式が開かれました。
冷たくなった妻の上にいくつもの花が置かれました。
交通事故でした。
式に訪れた誰もが、涙を流しました。みんな、妻のことを好いていたからです。
神父を探したのは息子夫婦でした。
訪れた人に挨拶したのも息子夫婦でした。
夫は、棺の前に立ちました。
何度も妻の名前を呼びました。
何度も妻を揺り動かしました。
何度も妻に大声で話しかけました。
誰よりも涙を流しました。
最後まで、冷たい妻にしがみついていました。
みんな、夫を静かに見ていました。
夫は狂ったように泣き叫びました。
そのとき、夫は妻を、昔と同じように愛しました。
ふたりは、まるでおとぎ話の結末のような夫婦でした。
いつまでも、いつまでも、ふたりの愛は確か。あなたはそう思いましたか。
あなたは、どんな愛の結末が幸せだと思いますか。
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