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白昼夢魔  作者: まんまん
1/1

1day

 ――これが目覚め?

私が目を開けていることを自覚してから初めての感想だ。私は横になって真っ暗闇を見上げていた。

動悸が落ち着かない。私はどうしてこんなにも興奮しているのだろうか。

――鼻をつんざくほどの異臭が漂う。まるで、生ごみの袋に頭から飛び込んだように。

 異臭に悶え、嘔吐いた。

私を不安にさせるありとあらゆる不快が、私を恐怖で締め付けた。

かろうじて集中力を保ちながら、あるものを見つける。

 暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がっているように見えている時計。時針と分針の蛍光素材を光らせて私に九時四十五分を知らせていた。これが午前か午後のどちらのものかはわからなかった。それどころか、私は起きる前、いつ目を瞑り、眠りに入ったのか、それ以前は何をしていたのか、具体的なことを知らない。今の今まで何をしていたのか、その記憶が欠如してしまっているようだ。

 何をするのが賢明なのか、今の私には何の判断もつかない。

暗闇地獄の真っ只中、ふいに踏ん切りがつき――居ても立っても居られなくなって――左手に触れていた遮光カーテンを全開にした。

すると、部屋中を包み込んでいた闇を取り払うように、窓から日が差し込んできた。これにより現在は午前であることをまず理解した。

健全な人間にとって朝の日差しは、心地よく、安心するものであるべきだ。しかし、これは何やら様子がおかしい。

本来、透明で潔い太陽の光が、今回ばかりは青や緑など、例えば食欲を催さないようなサイケデリックな色合いで汚されていたのだ。

その雰囲気の何とも気色悪いことか。部屋中を照らす汚れた太陽燦々が、なおも続く胸の動悸や血なま臭さと同様、私にとって極めて不快なものに感じられた。

いよいよ、私に蓄積されている不快が許容範囲から溢れ出ようとしていた。

 ――ベッドがピンク色だった。

男からしたらラブホテルじみたいやらしさの、女性的な部屋に困惑が隠せない。横目で見えたキャンドルや先の時計の何から何まで愛らしい。

男の私が、どうしてこんな部屋で目を覚ました……?

私は大きくため息をついて――謎と不快に満ちた窓の外から、逃げ場を失った私は、せめて現状を打開すべくして、日に照らされた部屋を見渡す。

暗闇にて隠されていた部屋の詳細は、満を持して、私を前に明らかになる。

腐乱臭か……でもどうしてよりによって、こんな……女性の惨殺死体なんかが……。

私は恐怖で、凍えたように震え、骨抜きになったように、力なく、先ほどまで自分が寝ていたベッドの中央に腰を預けた。

すると、その反動でベッドの枕ともう一つの何かが跳ね上がった。

突如として目に入ってきたそれは、包丁。刃にこびりついた、まだ乾いた血液が包丁を彩っていた。

その包丁が危なっかしく、私の足付近の床に刺さる。

その驚きも相まって――一連の出来事が、私の脳みそを振り回して、状況の理解を許さない。

ため息が止まらない――生気を抜かれたように、自我無く、再び立ち上がる。そして何かに引っ張られるように、歩みを進めた。

その数歩目で、惨死体の千切れ、離れていた左手部を踏みつけてしまった。

生憎、私の精神に発狂の余地はなかった。 むしろ、私はこのとき冷静で、自分の位置から手前の死体のまた向こうにあったドアがあるのを確認する。

私はふと上方を仰ぐ。天井の木目が一瞬人の顔が見えた気がした。

記憶喪失の男が言えたものではないが、人間には、安全に、平穏に人間生活を送る権利がある。私のそれを断固否定して、こんな部屋に閉じ込めた張本人が心の底から憎い。

 その憎しみが、私をこんな屈辱に陥れた諸悪を成敗してやりたい決心に変わった。

私は先ほどの不思議と恐怖心をすっかり忘れ、ここを取り巻く不快とその根源に抗いたい闘志に燃えた。

部屋の中央、生命冒涜の惨死体の上。私は名探偵になれたような、正義の味方になれたような、そんな――都合のいい――全能感に支配されてしまった。

喉から高笑いが零れた。なんと不謹慎にも、私はこの狂気の部屋に笑みを生んだのだ。

――ため息の次はニヤケが止まらない。この足元の女の臭いがクセになってきたかもしれない。――少なくとも寝て起きるまでこの女の死臭を嗅ぎ続けていたと考えると感慨深い。

じきに私の、滑稽さに対する感情が尽きる。私は、この殺人現場にいるという状況に、飽きてしまった。

死体をまたぎ、前方のドアを開く。

ここは二階だったのか、すぐそこに、降りの階段と、隣の部屋の扉のみが見えた。

私はさっそく、今までいた部屋の隣の部屋の扉を開けた。次の部屋で明かされた光景は――手前にもうひとつの部屋。次にどうやらここは寝室なのか、ビール缶の空き缶が数個潰されて、横たわっていたり、テレビ、パソコンなどのコードが無造作に絡まって、床に張り巡らされている。

その、ありきたりで、平凡的な部屋に、唯一、私の目を引くある異彩がたたずんでいた。それは球体。壁に掛けてある絵に描かれた球体。何を意味している絵かさっぱりわからなかったが、この絵を飾る部屋の主の感性に敬意を表したいほど、うっとりするほど芸術的だった。

しかし、ここが犯人の部屋と考えると、この絵を飾ったのも犯人と考えるのが自然だ。私は犯人に弄ばれたような気分になって、妙な怒りを感じた。

 他にめぼしい物がなかったので、さっさと部屋を出て、そのまた手前の階段を下りた。

 私は既に、さっき見た死体への同情や、これから起こる事への恐怖は微塵もなかった。

一階。細く、食器棚でさらに狭められた廊下が一本続いている。近くから順に、風呂場、トイレ、居間。そして台所、玄関がある。――ただ一般的に、平凡に設置されて。

それを一通り目を通した。二階の殺人現場に比べてなんと退屈なことか。私の目を引く面白いものが何一つないことに、胃がムカムカするような覚えをした。

意味不明な状況の上、死体現場を目の当たりにしたというのに、とうに、不謹慎という言葉も自らが被害者ということも忘れてしまった。私は、まるで、好奇心の虜だ。

ここが、私の欲求不満を満たしてくれることはないだろう。

退屈から抜け出したい一心で、玄関に駆け付けた。

とうとうたどり着き、期待を込めドアノブに手をかけ、精一杯押し開ける。この時の気分が、なんとすがすがしいことか――。


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