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夏向きの話

作者: 長野 雪

 その日はとてもイヤな予感のする日だった。

 普通に歩いていたら、すぐ横にハトの糞が落ちてきた。間一髪だった。

 しばらく歩いていくと、行く手を阻むように、野良猫がウンチをしていた。臭かった。

 そして、それを避けたところで、手のひらにすっぽりおさまるぐらいの木箱を見つけた。最初は厚めのマッチ箱かと思った。実際、軽く振ってみるとカラカラと音がした。

 それがいったい何なのかは分からなかったが、僕はそれをポケットに突っ込んだ。



 家に帰ってから改めて木箱を見るが、中に何が入っているか分からないし、カラカラと音がするだけで、何もいいことがない。

 僕は少し考え、窓辺に置いた。

 窓辺に置いたことに、たいして意味はない。ただ、日にあてたら多少は木がもろくなるかと思って見ただけだ。ハンマーか何かで壊しても良かったが、それもつまらない。元々、何か興に乗るようなものを探していたから。



 ◇  ◆  ◇



 毎日毎日が同じようなことの繰り返しで、いささか僕は生きることにも飽きて来ていた。

 珍しいこともなく、ただあるがままに過ぎて行く日々。



 ◇  ◆  ◇



 1ヶ月ぐらいしただろうか、カタカタと木箱が震えていた。

 僕は気味悪く思ったが、そのまま観察してみた。

 すると、木箱が内側から押し開けられ、中から奇妙な生物が出てきた。

 ぬいぐるみの、2足歩行の猫を、そのまま小さくしたような、本当に奇妙な生物だった。

 にゃかにゃかとしか鳴かないので、僕も『にゃか』とそいつを呼ぶことにした。

 にゃかに何を食べさせたら良いかと迷ったが、意外とコイツは何でもイケるようで、虫とかは食べることはしないが、人間と同じものなら、食べた。


 僕とにゃかとの生活が始まった。

 僕はいつもの日常のつまらない出来事をにゃかに話す。

 にゃかは分かっているのかいないのか「にゃかにゃか」と僕の話を聞いている。話を聞いてくれる誰かがいることは、存外、僕の人生にメリハリを与えた。


 そんな生活が1年も続いただろうか、突然、にゃかが倒れ、動かなくなった。

 心配してゆさゆさとその小さな体を揺り動かしてみると、にゃかはむっくりと起きあがった。


「あぁ、この幸福をなんて言い表したらよいでしょう」


 にゃかは突然、人間の言葉を使ってしゃべりだした。


「あなたに拾われてから丁度1年。とうとうこの日がきました。ありがとう。なんとお礼を言って良いのやら」


 にゃかは「にゃかにゃか」と鳴いていた時と全く同じ声で話しだした。


――つまり、悪い魔法使い(うさんくさい話だ)に姿を変えられてしまい、元に戻るためにはある人間の元で1年間過ごさねばならなかったということらしい。


「是非ともあなたにお礼をしたいのですが、どうしましょうか」


 あまりにも嬉しそうに、幸せそうにそう言ってくるので、僕もなんだか嬉しくなってしまった。うさんくさい身の上話は身の上話として。


「そんなに嬉しそうな顔をしているなら、君のその幸せを僕に分けてくれたらいいのさ」


 特に深い意味はなかった。なんとなく、口をついて出た。ちょっと歯の浮くセリフ。

 そうすると、にゃかは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、そう言ってくれるととても嬉しい」


 にゃかは僕の指に抱きついた。




 気づけば、僕はにゃかになって、僕の指を抱きしめていた。


「そう言ってくれて本当に嬉しい」


 目の前の『僕』はそう言って僕の顔を覗き込んだ。

 『僕』は僕をつまみあげると、どこから取りだしたのかあの木箱を僕に見せた。


「そのお礼に、1つだけ魔法を教えてあげる。私もこう教わったの」


 『僕』は僕に1年間人間の元で過ごし、その人間と成り変わる魔法を教えた。


「いい人間に出会えると良いね。私、いや、僕はちょっとツラかったんだよ。最初の1ヶ月は炎天下にさらされて箱の中は蒸し風呂状態だったからね。いっそのこと死ねるかと思ったのに、その『にゃか』の体じゃ死ぬに死ねない」


 『僕』は木箱に僕を押しこんだ。


「じゃぁ、うまくやりなよ」


 『僕』は僕の口調で僕の入った木箱をどこかへ置き去りにした。



 にゃかにゃかと鳴いていたアレはどうやら演技だったらしい。

 なるほど、確かに人間語を解さない方が相手も油断をするだろう。

 はて、僕はなんと鳴いてみようか。「ぬーぬー」「ぐわぐわ」「ぴよ」どれもしっくりこない。

 とりあえず、誰かが木箱を拾うまでは、考えてみよう。


夏だから、とホラーテイストを書いてみたものの、じわりと恐怖が滲むか滲まないかぐらいのヌルイものとなってしまいました。

皆さんも拾い物には気を付けましょう。

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