フィッシュフライ
「そんなにオリーブオイルが必要なんですか」
ロクサーヌが尋ねてきた。
狩を終える前にベイルの六階層へ行って、ナイーブオリーブを狩りまくったからだ。
「まあちょっとな」
アイテムボックス一列がいっぱいになるまでオリーブオイルを補充して、狩を終える。
クーラタルの冒険者ギルドに出た。
ミリアが張り切って先頭を歩く。
今日は約束の魚の日だ。
「魚。魚。魚、です」
もちろん忘れてなどいないらしい。
まっしぐらに魚屋に突っ込んで行った。
他に買いたいものもあるのだが、魚を先に購入しないと無理か。
「なんかいい魚があったか?」
「××××××××××」
「ロクスラー、です」
ロクサーヌが訳すと、ミリアがぴたりと指を差す。
「これはお目が高い。マスモドキは先ほど入荷したばかりです。獲れたて新鮮ですし、よく肉もついてます。煮ても焼いてもいけます」
ロクスラーはマスモドキというのか。
きっと鱒に似た魚なんだろう。
大きさは二十センチくらいある。
ちょうどいいか。
「では、マスモドキを四尾」
「まいど」
「いつもありがとうございます。四匹で、特別サービスで二十八ナールです」
一尾十ナールの三割引か。
それほど高いわけじゃないな。
蛤の値段を考えれば特に。
商人にお金を払い、商品はミリアが受け取った。
探索者のじいさんが魚をパピルスにくるんで渡してくれる。
四匹だと持つのも大変そうだ。
まあ本人が持ちたいだろうから、持たせればいい。
「俺とミリアで魚料理を作るから、ロクサーヌとセリーもなんか頼む」
「分かりました。セリー、スープはどうします?」
「そうですね。今日は私がスープを作ります」
パンや卵、野菜などの食材も買った。
家を世話してくれた金物屋へ行って、鍋も買う。
「ミリアはなんか使いたい調理器具とかあるか」
「この平鍋がいいそうです」
ロクサーヌが翻訳した。
ミリアが示したのは、パエリアとかが作れそうな底の浅い平鍋だ。
取っ手が横に二つついている。
確かに、このタイプの鍋はうちにはない。
「これか」
「この鍋があれば、おいしい魚料理が作れるそうです」
やっぱり魚料理なのか。
どうせ三割引のために購入するものだ。
この平鍋でいいだろう。
俺が使うふたつきの鍋と底の浅い平鍋を買って家に帰った。
「ミリアは魚をおろしてもらえるか」
キッチンで頼む。
ミリアがロクサーヌの翻訳なしで取りかかった。
さすがに魚関連のブラヒム語は覚えるのも早いようだ。
俺はお湯を沸かし、ゆで卵を作る。
ゆで上がる前に、切り身ができあがった。
まな板の上に載せて、ミリアが持ってくる。
「はい、です」
「できた、だ。できた」
「できた、です」
切り身を受け取った。
切り身が八枚。
ちゃんと皮も引いてある。
ぷりぷりでなかなか美味しそうだ。
「次はこのレモンを搾ってくれ」
「はい、です」
一度やってもらっているから、これも翻訳なしで通じる。
卵と一緒の鍋でゆがいた野菜をみじん切りにし、一昨日作ったマヨネーズ、つぶしたゆで卵、レモン果汁とあわせた。
タルタルソースの完成だ。
「では、次はパンを粉々に砕く。こうして細かくちぎるんだ」
ミリアや翻訳するロクサーヌの前で、パンをほじった。
「パン粉ですね」
「パン粉あんのか」
「チーズが買えないとき、代わりに振りかけます」
「……で、では、ミリア、頼む」
なんか悲しい食材のようだ。
ミリアに頼んでその場を退散する。
新しい鍋にオリーブオイルを大量に入れ、熱した。
塩コショウした切り身に、小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして揚げる。
タルタルソースをかければ、フィッシュフライのできあがりだ。
チーズの代替ではないということを分からせてやる。
フライだし失敗する要素はほとんどないだろう。
使ったことのない魚というのが難点だが、見た目からいっても問題はあるまい。
ミリアも、ものほしそうにじっと見ていた。
これなら大丈夫だ。
食事が始まると、ミリアが早速フィッシュフライにかぶりつく。
目を見開いて、ほおばった。
「お、お、お、おいしい、です」
気に入ってもらえたようだ。
俺も食べてみる。
普通に旨い。
タルタルソースの酸味が効いて、いい感じだ。
「美味しいです。こんな料理は食べたことがありません」
「私もありません」
「魚を調理するには優れたやり方だ」
「さすがはご主人様です」
ロクサーヌやセリーも満足してくれたらしい。
ミリアは、すぐに二切れを平らげ、しょんぼりした。
結構でかかったのだが。
「俺の分も一つ食べるか?」
「ありがとうございます、です」
一つ分けてやるとかっさらっていく。
ミリアは当然のようにロクサーヌとセリーからも一切れずつ強奪した。
魚を分けてくれるよい仲間に昇格したことだろう。
この世界にフライ料理はないようだが、問題なく作れる。
調子に乗って、翌朝にはトンカツを作ってしまった。
朝からがっつりと肉食だが、朝夕二食のこの世界では問題ない。
久しぶりに食べたトンカツは旨かった。
使ったのはターレの十三階層へ行ってゲットした豚バラ肉だが、旨かった。
ソースもなかったが、旨かった。
ちょっと日本のことを思い出してしまった。
「おかしいですね」
ロクサーヌがそんなことを言い出したのは、さらにその翌朝のことだ。
「何がおかしい」
「この先に人がいます。こんな時間なのに、です。昨日も、一昨日も、ずっと同じ場所にいました」
確かに迷宮の中で同じ場所にいるのはおかしい。
定点で狩をすることがあるのだろうか。
「人のにおいがする魔物とか」
「聞いたことがありません。なるべく人のいるところを避けているので、このままずっといられると、先に進めません」
俺が魔法を使っていることもあり、ロクサーヌにはなるべく人のいない場所へ案内するように頼んでいる。
もしボス部屋に続く通路にいつまでも人がいたら、ボス部屋には行けなくなってしまう。
それはまずい。
十二階層に入るようになってから何日か経った。
魔法四発でさくさく狩れるので、探索は結構進んでいるはずだ。
あと見ていないのは常に人がいる場所の向こう側か。
「そういえば、聞いたことがあります」
「何をだ、セリー」
「それほど人の来ない迷宮では、十二階層で盗賊が待ち伏せをすることがあるそうです。すみません。小さいころに聞いたことなので、忘れていました」
盗賊か。
本当なんだろうか。
「何故人が来ない迷宮なんだ」
「クーラタルのように人の多い迷宮ではすぐに見つかってしまいます。まったく人の来ない迷宮では仕事になりません。あまり人が多くなく、たまに来るくらいの迷宮が一番いいのです」
ハルツ公領内には今現在三つ迷宮がある。
元々、それで手が足りないからと俺も頼まれたのだ。
騎士団員やこの近くに住む探索者も三手に分かれるだろう。
一つの迷宮あたり入る人は少なくなっているはずだ。
「十二階層なのはなんでだ」
「十二階層からは魔物も強くなります。ですから、十二階層に来る人は装備も整えてきます」
「それを頂戴しようということか」
「そうです。十二階層に入るくらいではまだまだ中級者ですから、盗賊の方も強いメンバーをそろえれば十分に圧倒することができます。それにあまりよい装備品を盗賊が持っていても買い叩かれるだけでしょう。中級くらいの装備品がもっともよいのです」
十二階層がちょうど狙いごろということか。
セリーの発言は、筋は通っているように思える。
この迷宮の十二階層にも盗賊のいる可能性があるのか。
「そうすると、どうすべきだろうか。いなくなるまで待つか」
「こんな時間にいるとなると、一日中いると考えた方がいいかもしれません。多分、早朝なので人が少なくなっていると思います。突破するなら今がチャンスです」
ロクサーヌさんが勇ましいことをおっしゃる。
ハルバーの迷宮はクーラタルよりも北にある。
この時間ではもう日が昇っているかもしれない、ということは黙っておこう。
この大地が球になっていることを説明しないといけなくなりそうだから。
「騎士団に報告するという手も」
ゴスラーに泣きつくという手もある。
証拠もなく、単に人がいるというだけで動いてくれるかどうかは疑問だが。
迷宮の入り口で待ち伏せ、盗賊が出入りするところを確認するか。
いや。鑑定で俺が盗賊と確認しても証拠にはならないか。
盗賊を一人だけ倒して、そいつの懸賞金を受け取りつつ、他にもまだいそうだから探してくれと持ちかけるとか。
結構大変そうだ。
それに、結局一人は倒さないとだめなのか。
懸賞金をもらうときにはインテリジェンスカードのチェックが入る。
ゴスラーや騎士団員には俺は冒険者だということになっている。
探索者と表示されるインテリジェンスカードを見せるわけにはいかない。
ゴスラーに泣きつくのは無理か。
「ハルツ公爵家の家人でなければ、動いてはもらえないと思います」
騎士団に泣きつく作戦はセリーも否定した。
「そうなのか?」
「家人は保護の対象ですから」
「ご主人様は自由民ですよね」
ロクサーヌが確認してくる。
「そうだ」
「では難しいですね」
「自由民であれば、自力救済が基本です。自由民には自力救済をする権利があります。保護を求めることは庇護した者の家父長権の下に置かれることを意味します。それはあまり得策ではないでしょう」
セリーが説明した。
よく分からないが大変らしい。
ともかくも、この世界では簡単に警察を頼るわけにいかないということは分かった。
自力救済か。
要は、自分でなんとかしろということだろう。
それは権利じゃなくて義務じゃないのか?
保護を求めることは簡単だ。
しかし、保護する方だってタダで守ってやるいわれはない。
当然見返りを要求する。
守ってやる代わりに俺のいうことを聞け、というわけだ。
自由民ならば自分で自分を守ればいい。
それなら誰かのいうことを聞く必要はない。
となると、自力救済はやっぱり権利なのか。
「そうなるのか」
「自力で突破するのが当然です」
セリーまでもが勇ましいことをおっしゃる。
この世界ではそう考えるのが合理的ということか。
「××××××××××」
「大丈夫」
ロクサーヌが状況を説明したのか、ミリアもうなずいた。
何が大丈夫なのかは分からない。
「大丈夫です。そんなにたくさんはいないようです。盗賊ごときに遅れを取ることはありません」
「私もそう思います。盗賊が待ち伏せしているのなら十二階層で戦うパーティーを念頭においているでしょう。普通のパーティーは魔物を倒すのにもっと時間がかかります。私たちは他の十二階層で戦っているパーティーに比べてかなり強いはずです。私やミリアが足を引っ張るかもしれませんが、連携すれば大丈夫でしょう。盗賊がいても簡単に負けることはありません」
ロクサーヌはともかくセリーに言われるともっともだという気がしてくる。
ここは自分たちの力で強引に切り抜けるべきなのか。
少なくとも、この世界ではそれが普通の考えのようだ。
盗賊は、この世界に来た最初の村でも倒したし、ロクサーヌを得る資金を作るときにも利用した。
いまさらどうこうということはない。
ロクサーヌやセリーはともかくミリアをあまり危険な目に遭わせたくはないが。
ロクサーヌが一対一で敵に遅れを取るところはちょっと想像できない。
セリーもだいぶレベルが上がっているので、低レベルの盗賊が相手なら十分に戦えるだろう。
問題はまだパーティーに入って間もないミリアか。
もっとも、まだ盗賊だと決まったわけではない。
たまたま人がいるだけかもしれない。
一度確認するくらいはしておかなければならないだろう。
俺には鑑定がある。
その者が盗賊かどうかはすぐに分かる。
ロクサーヌの鼻とミリアの目と俺の鑑定があれば、不意打ちを受けることはないはずだ。
レベルの高い盗賊が何人もいてかないそうにないなら、逃げればいい。
「ミリアもそれでいいか」
「××××××××××」
「大丈夫」
ロクサーヌが訳すとうなずいた。
大丈夫というのは盗賊と戦っても大丈夫ということか。
三人とも勇ましいこって。
「では、一度行ってみるか。俺が剣を持つ右手を上げたら攻撃の合図、左手を上げたら全員退却の合図だ」
いざというときの撤退のサインを決めておく。
デュランダルも出して、準備を整えた。
メテオクラッシュが使えれば楽なのに。
全体攻撃魔法は人相手には有効にならないのが残念だ。
ひとかたまりにならないように注意しながら、洞窟を進む。
その方が不意打ちを喰らいにくいはずだ。
「すみません。多分この先に隠し扉があって、その向こう側にいるのだと思います。扉があるとは思いませんでした。扉があれば、においはあまり出てこなくなります。思ったより多くいるかもしれません」
案内の途中でロクサーヌが謝ってきた。
今いるところは奥の突き当たりまで人がいない。
人がいるのはその向こう側のようだ。
遠くから姿を見てジョブとレベルを鑑定するという手は使えないのか。
しかしまったく何も見ずゴスラーに泣きつくというのも難しい。
せめて盗賊であることを確認しなければならない。
隠し扉から離れたところにいてくれればいいが。
「全員、俺の後ろに回れ。ロクサーヌは最後尾を頼む」
デュランダルを抜き身で持ち、先頭に立った。
迷宮の中では、武器を持つことは何も不自然ではない。
洞窟の突き当りまで進む。
ガラガラと音を立て、扉がスライドした。
扉が下に落ち、小部屋が現れる。
中に、盗賊が六人いた。