ドラゴン
「ドラゴン……だと……?」
二人を迎えたとき、思わずつぶやいてしまった。
迷宮と家で適当に時間をつぶし、ペルマスクの冒険者ギルドへ戻る。
しばらくして帰ってきたロクサーヌがドラゴンが出たらしいと告げたのだ。
「はい。今朝ほど沿岸から襲われたようです。残念ながら、私たちが都市に入ったときにはもうすでに迎撃された後でした」
何が残念なのか分からないが、冒険者ギルドがなんとなくざわついているように感じたのはそのせいか。
恐ろしい事態に遭遇したものだ。
この世界にはドラゴンがいるらしい。
いるだけではなく、都市を襲う。
それは城壁の一つも必要だろう。
もっとも、二人ともちゃんと鏡を持っている。
やることはやってきているあたり、たいした事件ではないのか。
「ドラゴンに襲われることはよくあるのか」
ペルマスクからの当面最後のジャンプを終え、クーラタルの迷宮でMPを回復した後、セリーに聞いてみた。
「正確にはドライブドラゴンです。ペルマスクは島なので普通の魔物は襲ってきません。ドライブドラゴンなら空を飛べます。よくあることだと思います」
「よくあるのか」
「対竜の装備品を所持している人も多いでしょうし」
セリーが平然と返してくる。
ドラゴンの襲撃にニアミスしてもどこ吹く風だ。
やはり異常事態ではないのか。
日本人が震度三くらいの地震では驚かないようなものかもしれない。
この世界は思ったよりも恐ろしいようだ。
「なるほど」
「そんなことよりも、コハクのネックレスを金貨二十五枚で売ってきました」
ドラゴンがそんなこと扱いされてしまった。
ドラゴンだよ、ドラゴン。
「ドライブドラゴンって、ひょっとして弱い?」
「迷宮の外に現れる魔物の中では最強種です」
弱いわけないじゃないですか、やだー。
もはや震度五がきても驚かない感じか。
あいつら未来に生きてんな。
「そ、そうか」
セリーから金貨を受け取る。
これで金貨がアイテムボックスに二列を占めるようになった。
皮なんかも複数列入れているので、アイテムボックスはそろそろいっぱいになってきている。
アイテムボックスは違う種類のものを同じ列に入れられないので、どうしても容量をとられてしまう。
足りなくなったら、料理人でも常時セットするようにするか。
それもまた大変だ。
こういうものはあればあるだけ使ってしまう。
銀貨や兎の毛皮を複数列入れる必要はないし、もう少し節約できるだろう。
「親方の奥さんに売ったコハクのネックレスはかなりよい品のようです。本当に金貨二十五枚でいいのかと、何度も念を押されました」
金貨を受け取りながら話を聞いた。
ペルマスクでのコハクの相場はボーデの五倍くらいと踏んだが、もう少し上ということだろうか。
確実な相場が分からないのでちょっと困る。
「あれより安いものでよかったのか。まあしょうがないか。別に損をしたわけでもないし」
「お近づきのしるしに特別サービスだと言っておきました。安いので知り合いにも勧めてくれるそうです」
「よくやった」
なかなかの口八丁ぶりだ。
「小箱は銀貨十枚で譲ってきました。二百ナールと言っていたので」
「さすがはセリーだな」
「コハクは銀貨三十五枚で売却してきています。また、必要があれば次からも鏡は銀貨二十枚で売ってくれることになりました」
ただでもらった小箱を売りつけ、次回の商談まできっちり決めてくるとは。
口も八丁、手も八丁だ。
「やはりセリーにまかせて間違いはなかった」
「ありがとうございます」
あれか。
仲買人を毛嫌いしているのは発想が同じだからか。
近親憎悪か同族嫌悪。
同じ穴の狢といったところかもしれない。
夕方、迷宮から帰ってくると、そのセリーの嫌いなルークから連絡が入っていた。
コボルトのモンスターカードを五千四百ナールで落札したらしい。
こちらも五千四百までといったらきっちり五千四百か。
「今回落札したコボルトのモンスターカードはヤギのモンスターカードと一緒に俺のロッドに融合したい。十二階層に上がったら、きつくなるだろう」
夕食のときに会話する。
「は、はい。がんばります」
「セリーなら大丈夫だ。詠唱中断は後回しで悪いが」
「いえ。お気遣いなく」
「十二階層の魔物からはかなり強くなる。戦力の充実は必要不可欠だ。新しいパーティーメンバーを入れることも考えていきたい」
うまく話がつながった。
新しいパーティーメンバーは戦力増強のためにも必要だ。
いや、違う。
戦力増強のために必要だ。
「はい」
「ベイルの商人のアランから帝都の商人への紹介状をもらっている。鏡の受注も残り二枚だ。全部売り終わったら、あさっては新しいパーティーメンバーを探しに帝都へ行きたい」
二人がうなずくのを見届け、予定を話した。
金貨四十枚以上が手持ちにある。資金としては十分だろう。
「新しく仲間が増えるのですね」
「いいメンバーがいれば、そうしたい」
「はい。もちろん戦力の充実は必要なことですから」
ロクサーヌの了承を取りつける。
まあ表立って反対はしにくいだろう。
よかった。
「そのこともあるので、明日の昼は迷宮の探索を休みにしよう。新しいメンバーが入ってすぐに休みというわけにもいかないしな」
同時に飴も与える。
飴と鞭、いいニュースと悪いニュースは交互に出した方がいい。
鞭ばかりでは嫌になる。
「お休みをいただけるのですか」
「この前と同じだな。ロクサーヌはどうしたい。セリーは図書館でいいか」
「はい。よろしいのであれば」
セリーの方を見るとうなずいた。
やっぱりセリーは図書館で決定と。
「明日は俺に用事があるわけでもないしな。ロクサーヌが入りたかったら、一緒に迷宮に入ってもいいぞ」
迷っているロクサーヌに伝える。
前回の休みのとき、ロクサーヌは迷宮に入って修行するなどと殊勝なことを言っていた。
一人で迷宮に入られるのも怖いのでやめさせたが、今回は状況が異なる。
「よろしいのですか」
「まあ俺も暇だからな」
俺にも特にやることはない。
観光、視察、情報収集。
結局、俺が何かをしたいと思ったら、勝手にやればいいだけだ。
なにも休みにやることはない。
休みはロクサーヌやセリーのためにあるのであって、俺のためにあるのではない。
「それでは、よろしくお願いします」
「分かった。あと、明日は俺の髪を切ってもらえるか。さすがに伸びすぎた」
髪を切るつもりもあって鏡を購入したのに、まだやってもらってない。
これくらいは休みの日にやってもらってもいいだろう。
「はい、ご主人様」
「頼む。ロクサーヌやセリーの髪は大丈夫そうだよな」
「えっと。私も少し伸びてきました」
そう言って髪をいじるセリーの髪先は、ようやく肩にかかった程度だ。
ドワーフは髪の毛が伸びるのが早いのだったか。
「全然余裕だろう」
「まだ大丈夫ですよ、セリー」
「そうですね。少しでも伸びるとごわごわしてくるのですが、髪の毛をよく洗っていただいているせいか、今はそうでもありません」
ロクサーヌもセリーももっと髪を伸ばしてもいい。
二人が髪を切るのはまだ先になりそうだ。
翌朝、日の出前は休みにすることなく迷宮に入った。
下手に休んで感覚が鈍っても困るし。
もちろん夜のお勤めも休みなしだ。
あ。セリーは図書館に行くのか。
今夜は強制休業かもしれない。
その分ロクサーヌにがんばっていただこう。
鏡を売り朝食を取り少し鍛冶をさせた後、セリーに預託金の金貨一枚と銀貨五枚を渡す。
まずはセリーを図書館に送り届けた。
図書館は日没までの定額制だから、早く入った方が得だ。
帰りに商人ギルドへ寄り、コボルトのモンスターカードを受け取る。
コボルトのモンスターカードをもう一枚五千四百で依頼して、家に帰った。
イスを外に出し、ロクサーヌに髪を切ってもらう。
「あまり巧くないかもしれませんが」
「俺の場合はロクサーヌに嫌われない程度の髪型で十分だからな。ロクサーヌが責任を取ってくれればそれでいい」
「わ、私がご主人様を嫌うことはありえません」
「ありがとう。では頼む」
この世界では、自分で切ったり家族の誰かに切ってもらったりするのが普通なので、あまりヘアースタイルにこだわったりすることはないようだ。
日本にいたときからこだわりがない俺には、さらにどうでもいい。
ロクサーヌがはさみで俺の髪を切る。
はさみは、こぎれいではないかもしれないが、普通のはさみだ。
髪の毛を切るくらいは問題がない。
「ご主人様、このくらいでどうでしょうか」
「少しはかっこよくなったか?」
「ご主人様はいつも最高です」
改めて言われるとこっぱずかしいものがあるな。
強制的に言わせた感じもあるし。
「えっと。迷宮はどこがいい」
「数が多いと大変なのでボス戦がいいです。ラピッドラビットが、動きも速くて鍛錬になると思います。ベイルの迷宮がいいでしょう」
話題をそらすと、すぐに回答があった。
ベイルの迷宮指定なのか。
ラピッドラビットはベイルの迷宮九階層のボスだ。
苦手だなどとはいっていられないようだ。
「……て、帝都へ買い物にでも行ってみないか」
本当に苦手だとはいっていられなくなった。
ベイルの迷宮九階層のボス部屋を何十回とチャレンジさせられた。
ラピッドラビットと何回戦ったか、数えるのも嫌だ。
隙を見つけて提案する。
「帝都ですか。よろしいのですか?」
よろしいも何も。
ボスを倒したらすぐにボス部屋一番近くの小部屋まで戻る無間地獄を繰り返されるよりも。
ロクサーヌの買い物に付き合うのも大変だが。
「大丈夫」
「はい。ありがとうございます、ご主人様」
「ほしいものがあったら、何でも言え」
受け入れられたので、ただちに帝都へワープで飛んだ。
気が変わらないうちに。
帝都では今まで入ったことのないような店にも入ってみた。
情報収集にもなって、一石二鳥だ。
ロクサーヌと二人、ぶらりと往来を歩く。
「んーと。こっちの服が似合うと思います」
服屋では、俺の胸にシャツを当て、ロクサーヌが服を選んでくれた。
なんかデートっぽい感じだ。
というか、まんまデートだよな。
二人きりだし。
メンバーが増えると、ベッドが手ぜまになる。
今日はベッドも見てみたかったが、言い出せる雰囲気ではない。
さすがに他人とも寝るベッドをデートで購入することは自重すべきだろう。
俺のシャツの後、ロクサーヌは子供服のところへ行って慎重に選ぶ。
セリー用か。
これがいいといって一着取り上げた。
「ロクサーヌのは買わないのか?」
「こちらのが三百ナール、この服が二百ナールになりますので。これで銀貨五枚のはずです」
二つで五百ナールということか。
前回と同じ、今日の小遣いだ。
「あー。まあ全員分買うんだし、服は必要経費として俺が出そう」
「えっと。それではセリーへのプレゼントになりませんし」
「なるほど」
「それに、これは私からのプレゼントです」
最初に選んだ俺の服をロクサーヌが示す。
俺がセリーに服を買っても、その服は結局俺の所有物になるのだった。
ロクサーヌが自分のお金で服を買ってセリーに贈れば、その服は誰はばかることなくセリーのものとなる。
俺の服も、俺が自分のお金で自分用に購入したのではなく、ロクサーヌがロクサーヌのお金で買って俺にプレゼントするということか。
「ありがとう。じゃあ、今日はロクサーヌの服を一着俺が買うことにしよう」
「よろしいのですか」
「好きなのを選んでいいぞ」
「ありがとうございます」
ロクサーヌは遺言上死ぬまで俺の奴隷だから、セリーと違って自分の財産は必要ないらしい。
ロクサーヌの服も選んでから三着購入し、外に出る。
三割引が効いたのでロクサーヌの小遣いが計算上あまってしまった。
まあいいだろう。
外に出たとき、ロクサーヌの手を握ってみる。
「つ、次はあそこの店に行ってみようか」
「……はい」
白昼堂々屋外で女の子の手を握るというのはうれし恥ずかしい。
デートとはこういう気分だったのか。
ロクサーヌも俺も帯刀しているし、客観的には違和感があるが。
柔らかなロクサーヌの手の感触を確かめる。
すべすべとして大切にしたいと思える手だ。
ロクサーヌが握り返してきた。
ロクサーヌを引っ張り、一番近くの雑貨屋に入る。
雑貨屋は木製品を扱っている木地屋だった。
様々な木製品がところせましと並べられている。
手をつないだまま、ロクサーヌと見て回った。
「これは」
「多分ざるですね」
ある製品の前で立ち止まる。
ロクサーヌのいうとおり、ざるだ。
底がすのこ状になっていて、水が切れるようになっていた。
横はしっかりと板で囲われている。
「こんなのがあったのか」
「クーラタルでは見かけません。絶対に必要なものでもありませんので」
野菜の水切り器具が絶対に必要かといえば、そうでもないのだろう。
裕福な家庭用の調理器具ということか。
木でできた水切り。
見た目せいろだ。
龍の焼印でも押してあったら、中華料理店にあっておかしくはない。
作りもしっかりしているし、せいろとして使えるのではないだろうか。
二つを天地さかさまにしてくっつけ、天井に布を敷いて木の板か何かでふたをしてやればいいだろう。