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異世界迷宮で奴隷ハーレムを 作者:蘇我捨恥
62/218

休日


 翌日の夕方、クーラタルの冒険者ギルドでアイテムを売り払うとき、受付の女性に声をかけられた。

「すみません。冒険者のかたですよね」

 なんだろうか。
 面倒なので否定しよう。
 と思ったが、思い直す。

 この冒険者ギルドの壁はいつも使っている。
 受付の女性もそれを見ているのだろう。
 壁を使って移転するのは冒険者のスキルであるフィールドウォークなのだから、俺も冒険者だということになる。

「ギルドには加入していないが」
「それは問題ではありません。実は北にあるハルツ公領で雨が続き、大きな水害が発生しています。救援物資の輸送に冒険者の力をお借りしたいのです。本日緊急の要請があったのですが、急なことで数をそろえられません。ぜひお力をお貸しいただけないでしょうか」

 災害救助か。
 俺は冒険者ではないので、できれば断りたいが、どうなんだろう。
 クーラタルの冒険者ギルドはこれからもほぼ毎日利用する。あまり身勝手だと思われるのはうまくないかもしれない。
 災害救助くらいなら参加しておくべきか。

 問題があるとすれば、インテリジェンスカードをチェックされるかもしれないことだ。
 インテリジェンスカードを見られたら、俺が冒険者でないとばれる。
 ギルドや領主がかかわっているなら、参加者の身元チェックくらいはあっても不思議ではない。
 危険は避けるべきだろうか。

「私たちなら大丈夫です」
「……えっと」

 ちらりと後ろを見やると、ロクサーヌに背中を押された。
 断る口実がほしかったのだが。
 空気の伝達に失敗したようだ。

 セリーは苦笑いしている。
 セリーの方は俺が冒険者でないから危ないということを分かっているのだ。

「ギルド員でないかたには明日一日で千ナールの日当も用意しています」
「それはどうでもいい。具体的にはどんな作業をやるのだ」
「洪水によって陸路の接続が途絶えた村々に物資の輸送を行います。冒険者であれば難しい作業ではありません。冒険者ギルドとの契約で安全面はハルツ公の騎士団が責任を持って請け負うことになっています。危険もありません」

 この世界では村などは多分かなりの程度自給自足だと思うが、それでも完全にというわけではないだろう。
 この世界に来て最初に目覚めた村でも、商人が荷馬車でベイルの町と物資のやり取りをしていた。
 交通網は現代日本より貧弱なはずだ。
 災害でも起これば、ずたずただろう。

 そこで冒険者の出番となる。
 フィールドウォークがあれば、道路がつながっていなくても物資を送ることができる。
 うまくできているらしい。

「うーん」
「エルフの中には人間を見下すような人もいますが、災害救助ですので参加者の種族や身元は問われません」

 おっと。身元は問われないのか。
 それは何より。

 まあ災害で困っているのだ。
 使える者なら誰でも受け入れるべきだろう。

 エルフが人間を見下すと何故参加者の身元が問われないのか、理屈はよく分からないが。
 思うに、ハルツ公領にはエルフが多いのだろう。
 だから人間の俺でも大丈夫だと。
 俺が迷っているのはエルフが多いためだと思われたのか。

 身元のチェックをしないのなら、参加しても問題はない。
 ワープは多分フィールドウォークの上位互換だから、インテリジェンスカードさえ見られなければ、厄介なことにはならないはずだ。
 災害救助のような緊急の要請の場合には、断った方がかえって目をつけられかねない。

「分かった。どうすればいい」
「明日の朝、朝食を取ってからゆっくりでいいので、ここに集合してください。物資を運ぶのに必要な人員はハルツ公の方で用意します。来られるのは冒険者お一人で結構です。アイテムボックスは多少空けてきてください。千個も運べれば十分です。物資を運んで、夕方前には終わるはずです」

 千個か。
 俺の場合探索者だけでは心もとないが、足りなければ武器商人か防具商人か料理人をつければいい。
 複数ジョブがあるので余裕でクリアだ。

 まあしょうがない。
 やらない善よりやる偽善。
 人助けというなら、やっておいた方が精神的にも楽だろう。


 家に帰り、夕食のときに予定を立てた。

「明日、俺は冒険者ギルドの要請で出かけることになる。早朝にクーラタルの迷宮へ入った後は、せっかくだから二人は休みにしよう。好きにすごしていいぞ。ロクサーヌはどうしたい」
「お休みをいただけるのですか?」
「そうしよう」
「ありがとうございます。そうですね。……うーん」

 ロクサーヌが考え込む。

「セリーは、図書館でいいか?」
「え? でもお金が」
「入館料と預託金くらいは出してやる」
「よろしいのですか?」

 不安げに訊いてきた。
 預託金は金貨一枚だったか。
 返ってくることが前提の預託金なら大丈夫だろう。
 入館料が金貨一枚ならさすがに俺もどうかと思うが。

「預託金がちゃんと返ってくるなら問題ない」
「あ、ありがとうございます」

 セリーが頭を下げる。
 弾んだ声だ。
 元々行きたいと言っていたからな。
 嬉しいのだろう。

「ロクサーヌはどうする。何でもいいぞ。明日になってから考えてもいいし」
「私もセリーのように早くご主人様のお役に立ちたいので、明日は迷宮に入って鍛錬をしようかと」
「いやいや。ロクサーヌは今でも十分に役立っているから」
「ありがとうございます」
「できればしっかり休んで、危険なことはしないでもらえるとありがたい」

 迷宮に入って鍛錬とか、まじめすぎる。
 しかしロクサーヌ一人で迷宮に入ってもたいした鍛錬にはならないだろう。
 俺と一緒に入れば獲得経験値二十倍があるのだし、一人では上の階層にも行けない。
 上へ行って俺のいないところで危険な目にあってもらっても困る。

「そうですか。では、普段できない掃除などをして、家でのんびりすごしたいと思います」
「そうしてくれ。そうだ。小遣いを出すから買い物をしてくるといい」

 ロクサーヌは買い物好きだ。
 買い物なら楽しんでこれるだろう。

「お小遣いをですか」
「セリー、図書館の入館料は銀貨五枚もあれば足りるか?」
「私が聞いたときには百ナールでした」
「二人には明日五百ナールを渡す。好きに使ってくれ」

 明日の俺の日当が銀貨十枚だ。
 さすがにそれでは多いような気がする。
 災害救助なので相場より安いかもしれないが、一応は冒険者というスペシャリストを雇うわけだし。
 二人で俺の日当を半分ずつくらいがちょうどいいのではないだろうか。

「よろしいのですか」
「かまわない。ロクサーヌはずっとがんばってくれたしな。明日は羽を伸ばしてこい」
「ありがとうございます、ご主人様」

 あまりたくさん渡しすぎても増長されてしまうし、少なければ二人が困る。
 銀貨五枚なら、大きいものは買えないが、こまごまとしたものだとそれなりには買える。
 妥当なところだろう。


 その日の夜、二人は割と遅くまで話し合っていたようだ。
 楽しみで目がさえたのか。
 喜んでもらって、俺としても満足だ。

 朝は、いつもどおりきっちりとロクサーヌからキスをしてきてくれたが。

「おはよう、ロクサーヌ。いつも早いな」
「はい。朝一番の大切なお勤めですから」

 大切な役目だと心得てくれているらしい。
 なんか悪いような気はするが悪い気はしない。
 ロクサーヌに続いてセリーとも朝のキスをする。

「ありがとう。二人とも昨夜は遅かったみたいだが、大丈夫か」
「えっと。ご迷惑でしたか」
「いや。ぼんやり子守唄みたいに聞こえていた程度だから大丈夫」
「そんなに遅くまでは話していないので、問題ありません」

 クーラタルの迷宮にはちゃんと行き、朝食の後、解散となる。
 今日ニードルウッドが放ってきた魔法は一回のみ。
 ロクサーヌが華麗に回避した。
 だからなんであれが避けられるのかと。

 セリーは朝晩二回ミサンガを作っているが、今朝で四回連続空きのスキルスロットなしだ。

「じゃあ銀貨五枚ね」
「はい。ではセリーは入館料がありますから、三枚渡しておきますね」

 ロクサーヌに銀貨を渡すと、ロクサーヌがセリーと分けようとした。

「いやいや。セリーにはセリーで五枚渡しておくから」
「え? こんなにたくさん。よろしいのですか」

 どうやら、二人で銀貨五枚だと思ったらしい。

「大丈夫」
「ありがとうございます」
「図書館の入館料はそんなにしませんけど」
「セリーも、一日いればのども渇くだろうし、好きに使え」

 セリーにもいって聞かせる。
 銀貨五枚は多かっただろうか。
 基準がよく分からない。

 ベイルの宿屋の一番安い部屋でも食事つき三百ナールくらいはした。
 いいホテルの豪華な部屋なら一泊五百ナール以上はざらだろう。
 それなりのところに泊まってそれなりの食事を楽しもうと思えば、銀貨五枚では心もとない。
 悪くない数字ではないだろうか。

「外套を着た方がよろしいのではないですか?」

 考えていると、セリーが忠告してきた。
 何故?
 と思ったが、そうか。
 クーラタルでは雨は降っていないが、洪水だというのだから現地は雨か。

 気づかなかった。
 当然雨だろう。
 洪水の災害救助に雨具も持たずに行ったのでは、何をしに来たんだといわれかねない。
 危うく恥をかくところだった。

「そうだな。ありがとう」
「ではご主人様」

 ロクサーヌがタンスの奥から外套を出してくる。
 しまいこんだままになっていた外套だ。
 換わりに家の鍵をロクサーヌに渡した。
 ワープばかり使っているのでこちらもほとんど使っていない。

「では行ってくる」
「いってらっしゃいませ」

 外套を羽織り、ロクサーヌを置いてセリーと二人で帝都に赴いた。
 冒険者ギルドで場所を聞き、図書館に行く。

 帝都の図書館は、大理石かなんかを使った白亜の建物だった。
 大きくて優美な建築物がそびえ立っている。
 立派なものだ。
 堂々たる殿堂といっていいだろう。

「すごいです」
「確かにすごいな」

 見上げて感嘆しているセリーに同意してやる。
 日本でいえば、バブル期に地方自治体がとち狂って建てた外見だけ立派な公共施設、みたいな感じがちょっとしないでもない。
 帝都だから外見だけということもないだろうが。

 中に入ると、広いロビーがあった。
 横の壁からは冒険者たちが出入りしている。
 あそこからフィールドウォークで飛べるようだ。

 すぐ奥に受付がある。
 入館料などもそこで徴収されるらしい。
 その向こうには机が置いてあって、閲覧室か何かになっていた。
 銀貨五枚と金貨一枚を出し、セリーに渡す。

「ありがとうございます」
「夕方すぎに迎えに来るから、それまで自由にすごしていい。日が暮れる時間になったら、あの辺りにいれば分かるだろう」

 閲覧室の辺りを指差した。
 帝都はクーラタルより東にある。
 クーラタルが夕方前だと、こっちはちょうど日が暮れるころだろう。

「そうですね。分かりました」

 セリーが図書館の中に入るまで見送る。
 受付でお金を払い、無事入っていった。
 中に入ったのを確認し、図書館の壁からクーラタルの冒険者ギルドに飛ぶ。


 災害救助自体は、特に何の問題もなかった。
 まず公爵領の中心であるボーデの町に集められる。
 ボーデの町から、ハルツ公側が用意した冒険者の案内で地方の村々に飛ぶ。
 その村へ、今度はハルツ公の騎士団員をパーティーに入れて往復し、物資を運ぶという具合だ。

 人員も物資もハルツ公側がきちんと用意していたので、冒険者側にはあまりやることがない。
 フィールドウォークで飛ぶだけの簡単なお仕事だ。
 俺の場合はワープだが。
 宮城と村の建物を往復なので、外套すら必要なかった。

 アイテムボックスに入れられる兎の肉などを除けば、フィールドウォークでは物資は手荷物程度しか運べない。
 体を半分だけ移動して物資をやり取りする作戦も使わないようだ。
 いくどとなく往復する。

 アイテムボックスに入れる物資の数だけは、きっちりと確認された。
 別にくすねようと思ったわけではない。
 騎士団員が一緒だ。
 身元チェックがなくとも、変なことはできないだろう。

 宮城と村を十回くらい往復すると、ようやく休息となる。
 イスに座って休んだ。
 さすがにワープを二十回も連続で使うと、MPが減った感じがある。
 ぐったりとイスにもたれかかった。

 ハルツ公の騎士団員にはエルフが多いようだ。
 美男美女ぞろいである。
 どいつもこいつも。
 くそっ。イケメンは死ね。

 俺のパーティーの中に六十近い女性のエルフがいたのだが、これがまたふるいつきたくなるようないい女だ。
 色魔をつけていたらやばかったかもしれない。
 身元チェックはきちんとした方がいい。

 顔は美人で若々しいし、スタイルも細く、つくべきところには肉のついたメリハリのある体型を保っている。
 五十八歳でこれだよ。
 外見では年齢が分からないというのは相当に威力が大きい。
 ロクサーヌが五十八歳のときが楽しみだ。

 イスにもたれながらエルフのおばあちゃんの方をぼーっと眺めていると、奥の入り口から誰かが入ってきた。
 巡視だろうか。


ハルツ公爵ブロッケン・ノルトブラウン・アンハルト ♂ 35歳
聖騎士Lv14
装備 オリハルコンの剣 身代わりのミサンガ


 うわっ。
 公爵だよ。
 聖騎士だよ。
 オリハルコンの剣だよ。

 外套を着てフードをかぶっているので、顔は見えない。
 所在なさげにぶらぶらと歩き回っている。
 供の者も連れていない。
 城内だからだろうか。

 視察のためなのか、こっちにも来た。
 公爵の前で、こんな風にイスにだらしなくもたれかかっていていいものだろうか。
 まずいかもしれない。
 この世界の礼儀作法は分からないが、これはないんじゃないだろうか。

 あわてて立ち上がり、お辞儀をする。
 無礼打ちとか。
 怖すぎる。

「余のことを見知っておるのか。よい。しのびじゃ」

 公爵は俺のところにすばやく歩み寄ると、小声で耳打ちした。
 そういえば周りは誰も気にしていない。
 必要なかったようだ。

 なまじ鑑定があるせいで、失敗した。
 どうやらおしのびだったようだ。
 いいと言われたので、イスに座る。

「余のことをどこかで見たのか?」

 公爵も隣に座った。
 興味を引いてしまったらしい。
 外套を着てフードで顔を隠してしのびで来たのに、知らない人間にお辞儀をされたのではな。
 気づかない振りをしておけばなんでもなかった。

「あーっと。以前確か……」
「そうか」

 苦し紛れにごまかそうとすると、あっさり引き下がる。
 公爵くらいになれば、どこで誰に見られてもおかしくはないのだろう。
 引きこもりで領民に顔も見せたことがない領主とかじゃなくてよかった。

「閣下」

 誰かが走ってくる。

「いかんな。ここでは話もできん。ついて参れ」

 公爵が周囲を確認し、立ち去った。
 俺がお辞儀をしたので、少し注目を集めてしまったようだ。

 できればついていきたくないのだが。
 しかし公爵はどんどん進んでしまう。

「ハルツ公領騎士団長のゴスラーと申します。こちらにお越し願いますか」

 走ってきた人が俺に告げた。
 エルフだ。
 耳が尖っている。
 もちろんイケメンである。

 かっこいい。
 かっこいいだけじゃなくてかっこいい仕草が似合っている。
 かっこいいセリフとかも似合うに違いない。
 死ねばいいのに。


ゴスラー・ノルトブラウン・アンハルト ♂ 46歳
魔道士Lv61
装備 ひもろぎのスタッフ 身代わりのミサンガ


 さすがは騎士団長。
 レベルが高い。
 しかも魔法使いですらない。
 上級職ということだろうか。

「了解」

 その騎士団長からかっこよく頼まれたのだ。
 行かないわけにはいかないだろう。
 断ることもできないこんな世の中じゃあ。

「しばらく冒険者殿をお借りする」
「かしこまりました」

 騎士団長は俺と一緒に物資を運んだパーティーメンバーに伝達している。
 俺は公爵を追いかけた。
 公爵は部屋を出ると廊下をずんずんと進む。

 ところどころにかがり火もあるが、廊下は暗い。
 迷宮の洞窟よりも暗いだろう。
 どこの馬の骨とも分からない冒険者に背中を見せて大丈夫なんだろうか。
 実際、冒険者ですらないし。

 しばらく進むと、公爵が扉を開けて奥に入った。
 中は、広くはないが絨毯敷きの豪華な部屋だ。
 奥に机とイス、手前にはテーブルとソファーが置いてある。
 どこかの社長室みたいな感じだ。

「余の部屋じゃ。自由にかけてくれ」
「きょ、恐縮に」

 なんだっけ。
 麗しき御尊顔を拝し奉り恐悦至極にナンチャラカンチャラ。

 手前側のソファーに腰かけた。
 公爵は外套を脱ぎ、執務机のイスに座る。

 エルフだ。
 イケメンだ。
 無駄にかっこいい。

 こんなときどんな顔をすればいいか分からない。
 死ねばいいと思うよ。

「余のプライベートルームだ。礼儀を気にすることはない。普段どおりの口調でかまわぬ」
「か、かしこまり」
「余も堅苦しい言葉は嫌いじゃ。ことさらに丁寧な言葉を使う必要はない」
「はい。ありがたく」

 余とか言っている時点でどうなのよ。
 まあ、そう翻訳されているだけだが。

「このたびの領内の災害救助への合力、かたじけない。余からも礼を申す」
「いえいえ」
「今年は雪融けが少し遅いようじゃ。春の大雨のシーズンと重なってしまい、例年より被害が大きくなってしまった」

 なるほど。
 雪融けの増水が毎年あるわけか。
 だからこそ、援助物資などもきちんと用意されていたのだろう。

「失礼いたします」

 公爵と話していると、ノックの音がしてさっきの騎士団長が入ってきた。

「ゴスラーか。おんみも座れ」
「はっ。このたびのご助力に感謝いたします」

 騎士団長が俺に頭を下げ、向かいに座る。

「冒険者を公爵の部屋に招き入れてよかったのですか」

 騎士団長に確認してみた。

「城内なら呼べばすぐに誰か駆けつけます。公爵も私も身代わりのミサンガを着けております。不意の一撃は喰らったとしても、暗殺は難しいでしょう」
「なるほど」

 誰かに狙われたとしても、一発めは身代わりのミサンガが肩代わりする。
 護衛が防がなければならないのは二発め以降だ。
 SPのありようも変わってくるのだろう。
 宮城内では常に張りついている必要はないということか。

「余ら貴族は領内の迷宮を駆除する責務を負っておる。不意の一撃を喰らってしまうのはともかく、正面から打ち合って簡単にやられるようでは爵位は保てん。どうじゃ? 狙ってみるか」
「いやいや」

 何を言い出すんだろうか、このイケメンは。
 確かに死ねとは思ったが。

「優秀な冒険者と聞き及びました。閣下に勝てるかもしれません」
「別に優秀ということは」
「優秀なのか?」

 否定しようとしたら、公爵がかぶせてきた。
 ただのお世辞だから。

「ターレの村への物資輸送をすでに終えてしまったそうです」
「ふむ。ターレへか」
「ターレというのは領内ではここから一番遠くにある村です。遠くの場所へのフィールドウォークは大変です。事実、ターレの村への輸送は三人の冒険者にお願いしましたが、残りの二人はまだ半分も終えていないそうです」

 騎士団長が俺に説明する。
 あれ。終わりだったのか。
 だから休憩したのか。

 騎士団長の説明から考えるに、多分フィールドウォークは距離に応じて消費MPが変わるのだろう。
 遠くに行けば、それだけMPを使う。
 休み休み往復するのが普通なのだ。

 ワープの消費MPは距離依存になっていないのか。
 あるいは、冒険者じゃなくて探索者兼英雄兼魔法使い兼武器商人兼防具商人兼料理人の俺は普通の冒険者よりもMPが多いのか。
 少なくとも魔法使いをはずせば、最大MPはかなり減るだろう。

 無駄にいろいろジョブをつけすぎたか。
 英雄は、はずそうかとも思ったが、万が一のためにつけておいた。
 いきなり襲われたときにもオーバーホエルミングが使える。
 魔法使いをはずすという発想はなかった。

 体力中上昇などの効果がパーティーメンバーに効いてくることも考えたが、俺自身も含め、ロクサーヌもセリーも普段は何も自覚していない。
 だから問題はないはずだった。
 思わぬところに落とし穴が。

「その方は人間族であろう」
「あ、はい」
「人間にもなかなか優秀なものがおるようじゃ」

 公爵様誤解してまっせ。

「はっ。確かに優秀です」
「どうじゃ。余の騎士団に入るつもりはないか」
「いえ。まだ修行中の身ゆえ」

 あわてて断る。
 冒険者じゃないのに冒険者で雇われても困る。
 大体、エルフは人間を見下しているんじゃなかったのか。

「そうか。仕方あるまい。何か困ったことがあったら、騎士団長のゴスラーを訪ねてくるといい。エルフの中には人間を見下す輩もおる。助けになろう。こちらからも何か頼むことがあるかもしれん」

 元々冗談のつもりだったのか、あっさりと引き下がった。
 淡白な公爵のようだ。
 よかった。
 さすがに公爵ともなると人間を見下すことはないのか。

 公爵や騎士団とのつながりは、決してマイナスにはならないだろう。
 もう少し早ければ、妨害の銅剣を売りつけることができたかもしれない。

「では。まだやることがあるかもしれないので、この辺で」

 適当に話を打ち切って立ち上がる。
 長話をしてボロを出してもたまらない。

「引き止めて悪かったな。許せ」
「あなたの本日の活動は終了です。お帰りになってもらっても結構です」

 本当に終わりのようだ。
 俺は騎士団長に元いた部屋まで見送られ、ハルツ公領を後にした。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

 予定より早く、昼過ぎには帰った俺を、ロクサーヌが迎えてくれた。
 メイド服姿で。

 イヌミミメイドである。
 可愛らしい。
 恐ろしく可愛らしい。

「た、ただいま、ロクサーヌ」
「はい。早かったのですね」

 あの日、最初にロクサーヌを見たときと同じスタイルだ。
 いや。確かあのときは帽子を着けていた。
 つまり初めて見るイヌミミメイドだ。

 下はメイド服、顔は美人、上はイヌミミ。
 柔らかいタレミミがふにゃんと乗っている。
 顔は、俺を見て輝くばかりの笑顔を作ってくれている。
 全身を布地の多い清楚なメイド服が包んでいた。

 優美な衣装は、それでいてその下に隠した淑やかなしなやかさをはっきりと伝えている。
 楚々として柔らかく、弾力がありそうだ。
 白いエプロンのフリルがなだらかに曲線を描き、おおった胸を隠してるんだか強調しているんだかわけの分からないことになっていた。

「思ったより早く済んだ」
「さすがご主人様です」

 ロクサーヌが後ろに回り、外套を脱がしてくれる。
 なんかこそばゆい。

「ありがとう。でもなんでその服?」
「いけませんでしたか? 掃除などの家事をするときの服と聞きましたので」

 間違いではない。
 間違いではないが、何か間違っている。
 外套を前で抱えて持つと胸が大変なことに。

「可愛くて似合っている」
「あ、ありがとうございます」

 可愛い。
 とても可愛い。
 ものすごく可愛い。

 しゃぶりつきたい。
 むさぼりつきたい。
 どん欲に喰らいつくしたい。

 生理中なのでむちゃくちゃにできないのが残念だ。
 せめてハグくらいなら許されるだろうか。
 ロクサーヌを軽く抱き寄せた。

「やっぱりロクサーヌは最高だ」
「あ、ありがとうございます。留守の間にルーク氏から使いが来ました。人魚のモンスターカードを落札したそうです」
「そうか。まあ明日でいいだろう」

 いかん。
 抱きつくと胸の弾力が。
 これを我慢するのはきつい。
 ハグも許されなかった。

 断腸の思いで離そうとした俺に、ロクサーヌが耳元でささやく。

「それと、終わりましたので今晩からまた可愛がっていただけます」

 思わずロクサーヌを抱き上げた。
 左手で肩を抱いてロクサーヌの肩下を支え、右腕でひざをすくい上げる。
 ロクサーヌを横に寝かせ、両手でかかえ上げた。
 案外できるものだ。

 今晩といわず、そのままベッドに直行したことはいうまでもない。


 セリーを迎えに行くのは予定より遅くなってしまった。
 冒険者ギルドで日当を受け取り、帝都の図書館にあわてて飛ぶ。
 ロビーの壁に出ると朝よりも多くの人でごったがえしていた。

「悪い。待たせたか」
「いえ。今出てきたところです」
「じゃあちょうどよかったな」

 少し遅くなってしまったが、かえってタイミングがよかったようだ。
 セリーが俺の方へ駆け寄ってくる。

「図書館は日が暮れるまでのようです。これを」
「ん? 酒飲んだ?」

 預託金を返してきたセリーの息がアルコール臭い。
 かなり強烈だ。

「はい。水を五杯ほど」
「水、なのか?」
「水代わりに飲む弱い酒のことです。ドワーフの間では水と称されています。一番強いのがそれでしたので。三度しか蒸留していないそうです」

 三度しかって。
 蒸留するたびにアルコール度数が上がってくんじゃなかったっけ?
 とにかくこの匂いだから、きつい酒なのは間違いない。

「セリーは酒が好きだったのか?」

 お酒を飲むとは知らなかった。
 うちには料理用のワインしかない。
 俺が酒を飲まないから、ロクサーヌもセリーも酒を飲まない。
 今まで不満ではなかったのだろうか。

「いいえ。別に好きということはありません。あくまで水代わりです」
「うちでは飲んだことないけど、問題ないか」
「はい。特に好きということはありませんので」

 水代わりに酒飲んで臭い息をさせているやつは問答無用で酒好きだろう。

 それでも、別に酔ってはいないようだ。
 歩行はちゃんとしているし、滑舌もはっきりしている。
 パーティーを組もうと申請を出しても、しっかりと処理した。
 相当酒に強いらしい。

「まあいいか」

 図書館の壁から家に帰る。

「お帰りなさいませ、ご主人様。お酒ですか?」

 ロクサーヌが迎えてくれた。
 メイド服で、ではない。
 着替えたというわけではなく、メイド服は着なかっただけだが。

 酒の匂いはすぐにわかったらしい。
 まあ迷宮で魔物のにおいが分かるくらいだし。

「ただいま。水代わりに飲んだらしい」
「ただいま帰りました」
「えっと。料理の方は大丈夫ですか?」
「はい。酔うほどには飲んでいませんから」

 本当に酔っていなさそうなのが不思議だ。

「セリーはどのくらい飲めば酔うんだ」
「そうですね。私が売られることが決まって最後に家族全員で飲んだときには、少し酔いました。あのときは一番強いお酒を樽で買ってきてすぐに飲み干したので、相当の量を飲んだと思います」

 相当の量を飲んで、少し酔うくらいなのか。
 家族全員でといっているが、弟や妹はまだ小さかったはずだ。
 ドワーフというのは酒に強いらしい。

 最後に家族で飲んだということは、セリーにとっては特別な思い出なのかもしれない。
 本人が飲みたいと言い出さないのなら、酒は無理に勧めない方がいいか。

 セリーは食事もちゃんと作った。
 確かに酔ってなどいないようだ。

「そういえば、ロクサーヌは買い物には行ってきたのか?」

 夕食のときに尋ねる。

「はい。ご主人様が帰ってこられる前に」
「行ってきてたのか」

 よかった。
 俺が時間をつぶさせたのだとしたらまずいところだった。

「ご主人様の服を買ってきました」
「俺の服をか?」
「はい。着てくださいね」
「悪いな。そこまですることなかったのに」
「私とセリーには、ヘアブラシを買ってきました。一緒に使いましょう」

 ブラシか。
 確かに必要だろう。
 俺が使わないから、そこまで気が回らなかった。

「ロクサーヌさん、ありがとうございます」
「気づいてやれなくて悪かったな。必要なものは遠慮なく言え」
「いえ。それと、残った分は返しておきますね」
「あ、あの。すみません、私は使い切ってしまいました」

 セリーはきっちり使い切ったのか。
 それはそれでセリーらしい。

「小遣いだからどう使おうと自由だ。残金は持っておけ。何かのときに必要になるかもしれないし」
「よろしいのですか」
「かまわない」
「ありがとうございます、ご主人様」

 どこかではぐれたりすることがあるかもしれない。
 クーラタルまで帰ってくるのに銀貨一枚が必要だ。

「セリーも、本を読めたか」
「はい。融合をやることになるのでしょうから、どのモンスターカードがどういうスキルになるか、改めて確認してきました。いただいたお小遣いで筆記具とノートを買ったので、メモしています」

 二人とも、有意義な休日をすごしたようだ。
+注意+
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