買い物
嫌なものを見た。
盗賊が三人がかりで若い女性に暴力を振るうのを見てしまった。
ああいうのも、この世界の一面なのだろうか。
綺麗事だけでは世界は回らないということか。
俺は回れ右をしてすべての事象に背を向ける。
前の壁に向かってワープと念じた。
盗賊が出てきた場所は後日確認すれば十分だろう。
今行っても警戒されているだけかもしれない。
迷宮の三階層に出る。
迷宮は暴力が支配する場所だ。
むしろ迷宮こそ、完全に暴力の支配する場所だといえるだろう。
それだけに、ストレートで分かりやすい。
迷宮は、考えるまでもなく、強いものが生き弱いものが滅びる世界だ。
そのあからさまな悪意が、今は気持ちよかった。
三階層入り口の小部屋から、一度外に出る。
迷宮に入るときに階層を選べるかどうかテストしなければならない。
外は真っ暗で、誰もいなかった。
すぐ中に戻る。
入るときに、三階層と念じた。
着いたのは入り口の小部屋だ。
全部同じなので、見た目では区別がつかない。
アイテムボックスからワンドと銅の剣を取り出し、替わりにシミターをしまった。
コボルト Lv3
現れたのはコボルトLv3だ。
三階層で間違いない。
魔物をファイヤーボール一発で沈める。
やはり迷宮に入るときに階層を選べるようだ。
あるいは外に出るときにも選べるのだろうか。
とりあえず、三階層で狩をする。
四階層のミノは怖い。
あのツノは危険だろう。
慣れれば大丈夫かもしれないが。
というか、慣れてくれなければ困るが。
選択肢として考えられるのは、慣れるまでデュランダルを使って四階層で戦うか、三階層でレベルアップをしてから四階層に行くか。
多分、三階層でレベルアップを図った方が早いだろう。
ミノLv4を魔法三発で倒せるようになれば、ツノは脅威ではなくなる。
スラムに盗賊がいることも分かったし、迷宮で無理に稼ぐ必要はなくなった。
三階層では金は稼げないが、危険な橋を渡る必要はないだろう。
三階層でさらに三匹狩ってMPを消費すると、デュランダルを出して入り口の小部屋に戻る。
外に出るときにも選択できるかどうかのテストだ。
黒い壁に入りながら、四階層と念じた。
入り口の小部屋に出る。
成功だ。いや、多分。
奥に進んでみた。
グリーンキャタピラー Lv4
間違いなく成功だ。四階層に来れた。
駆け寄ってデュランダルを振り下ろす。
剣が芋虫を裂き、グリーンキャタピラーが倒れた。
Lv4でも一撃だ。
ミノ Lv4
ミノ Lv4
コボルト Lv4
次に現れたのは団体さんだ。三匹。
ひょっとして、階層の数だけ敵が現れるとかなんだろうか。
三階層では三匹連れに遭ったことはないが。
三階層はほとんど攻略を進めていないから、確かなことは言えない。
二十階層まで行ったら二十匹、三十階層で三十匹とか。
それは勘弁してほしいなあ。
何階層まであるのか知らないが、十階層くらいで死ぬ。
中には魔法の効かない敵、効きにくい敵もいるはずだ。
こっちはパーティーが六人までなんだから、上限キャップがあるだろうと思いたい。
とりあえず、サンドストームを放った。
ミノは火魔法に耐性がある可能性もあるので。
砂の嵐が魔物たちに襲いかかる。
しかし、一匹も倒れなかった。
コボルトLv4すら成長して魔法二発必要になったのか。
攻略を手抜きして先に進もうとしたのは失敗だった。
もう一度、サンドストームを念じる。
コボルトは倒れた。
ミノ二匹が残る。
走り寄るミノにデュランダルを突き刺した。聖剣が牛の額を貫く。
ミノが煙となって消えた。
同時にもう一匹のミノが突っ込んできて、ツノをしゃくりあげる。
あわてて避けた左腕にツノがかすった。
うおおおおおぉぉぉぉぉ。
危ねえ。
かすった。かすったよぉ、今。
半狂乱になりながら、デュランダルを振り下ろした。
デュランダルが牛の頭を切り裂き、ミノをはいつくばらせる。
魔物が煙となって消えた。
皮
皮が残る。
危なかった。
迷宮での戦いは命がけだ。
一瞬の隙が命取りになる。
あるいは、サンドストームを二発撃ってネガティブになっていただけだろうか。
かすったといっても、実際に触れたかどうかは定かではない。
風が当たっただけかもしれない。
しかし、冷静に考えてみても四階層はやばい。
ツノの危険は大きすぎるだろう。
一匹ならば、よく見て冷静に対応すれば大丈夫かもしれない。
しかし囲まれたらどうなるか。
突き当りを探索しなければ魔物が大量に湧く部屋は避けられるとしても、ミノ三匹でも普通に危ないでしょ。
ミノが四匹も出てきたらどうなるか分からん。
退却しよう。退却。
俺は三階層に撤収することにした。
戦略的撤退だ。
大本営ハ三階層ヘノ転進ヲ命ズ。
その後は三階層で狩を続けた。
いつものように適当に切り上げ、迷宮の外に出る。
迷宮の外へ出たとき、朝日はとっくに上がっていた。
しまった。
まだ暗いうちに娼館街の奥にワープするつもりだったのに。
娼館には泊り客がいるだろう。
彼らは朝に帰るはずだ。
その帰り客の中に混じって、娼館街の通りを抜ける計画だったのに。
昨夜はカンテラを持ってうろつきまわったから、寝るのが遅かった。
だから、起きたのも多分いつもより遅かったのだろう。
その上でスラムを回った後に迷宮に入ったのだから、いつものように狩をしていては遅くなるのが当然だ。
明るくなってからワープするのは目立つ。
まあ今日のところはしょうがないだろう。
今日は市が立つ日だ。
宿へ帰って朝食を取り、部屋で一休みした後、俺は市を歩いた。
買いたいものはいろいろある。
まずは服屋を見て回り、黒いマントと顔を隠せる黒めの頭巾を探した。
夜に盗賊を探すなら必須のいでたちだろう。探す方が目立ってはしょうがない。
マントは、着ける人も多いのか、すぐに見つかった。
宿の前にあった露店の服屋だ。
たくさんの衣服が折りたたまれて並べてある。
少し高そうな感じがした。
少なくとも、この市の中では高級品に分類されるのではないだろうか。
「これはいくらだ」
店の商人に訊く。
「四千ナールになります」
やはり高いのではないだろうか。
迷宮での一日の稼ぎが丸ごと吹き飛ぶ計算だ。
「そうか」
「そのクロークはフランネルを使ったよい品でございます」
マントじゃなくてクロークなのか。
服を置き台に戻した俺に、商人がなんとか売ろうと勧めてくる。
よい品というのは間違っていないのだろう。
しかし、俺がほしいのは別によい品ではない。
ふと横を見ると、緑に染められたパンツが置いてあった。
生地も柔らかそうだし、下着に使えるかもしれない。
広げてみると、紐で閉じるかぼちゃパンツみたいになっている。
この世界の下着と考えていいだろう。
「これはいくらになる」
「四十ナールになります」
「では、二枚くれ」
着替えも含めて、二枚買う。
高いのかもしれないが、マントの百分の一という値段に金銭感覚が狂わされた。
「ありがとうございます。せっかくですので五十六ナールにサービスさせていただきます」
三割引が効いたようだ。
銅貨を五十六枚出して払い、パンツと巾着袋をリュックサックにしまう。
どうも、一枚のときには値引きするそぶりも見せなかったのに、二枚になったので急に値引きをしてきたように感じた。
ベイル亭のお湯のときと同じだ。
単独で頼むと、値引が効かないのだろうか。
試してみるか。
俺は防具商人の店に移動した。
五日前にも利用した防具商人だ。複数売却したときに三割アップで買い取ってもらえることは分かっている。
買うのと売るのとでは違うかもしれないが。
「いらっしゃいませ」
「籠手を探している」
剣やワンドを持って魔物の攻撃を受けることがあるし、指は怪我をしやすいだろう。
もし指を切り落とされたらHP吸収で回復できるのかという疑問もある。
手に何かの装備をした方がいい。
「こちらでございます」
防具商人が案内したところには、平台に籠手がたくさん並んでいた。
ガントレットや鉄の手甲など。
欲をいえばもちろん防御力の高いものが望ましい。しかし、あまり値段の張るものもよくないだろう。変に目をつけられかねない。
皮のミトン 腕装備
これが一番安そうだ。
見た目、剣道で使う籠手と変わらない。
ただし、二の腕までを覆う長さはない。手首までだ。
「皮のミトンはいくらになる」
「八十ナールでございます」
そんなものか。
よく分からないが。
「こっちの皮のグローブは」
「百二十ナールです」
やはり皮のミトンが最安か。
ミトンとグローブの違いは、グローブの方は指がちゃんと五本に分かれていた。
ミトンは、剣道の籠手と同様、親指とその他の二つに分かれている。
多分、皮のミトンの使い勝手は剣道の籠手と同じようなものだろう。
デュランダルやワンドを持つには十分だ。
皮のミトン 腕装備
スキル 空き
「ではこれをもらえるか」
スキルスロットつきのものを探して、防具商人に差し出した。
「ありがとうございます」
防具商人はそれだけを告げる。
やはり、単独では値引が効かないようだ。
値引も買取価格上昇も、複数のものを売買しないといけないのだろう。
銅貨八十枚を払って、皮のミトンを手に入れた。
その後、フードつきの外套、靴下二足、手ぬぐい二枚、中くらいの木の桶、小さな木の桶、ロープ二本、蝋燭一本を買った。
小さい方の木の桶はコップ代わり、ロープは洗濯物を干すため、手ぬぐいと中くらいの木の桶と蝋燭は必要になるかもしれないので予備だ。
蝋燭は小さいやつが十ナールだったので、カンテラを借りるのと変わらない。どのくらいの時間使えるのかは分からないが。
フードつきの外套は、よく使われているのだろうか、すぐに見つかった。
大きなフードなのでかぶれば顔をかなり隠せるだろう。
石鹸と歯ブラシと歯磨き粉は、あるのかどうか分からなかった。
買い物を終えた後、夕方近くに宿に戻る。
「夕食つき一泊分、あと夕食後にお湯を頼む」
旅亭の男に告げた。
こうすれば、お湯も割引になるはずだ。
夕食をよそで取ってくることもできるし、考えてみれば実に都合がいい。
一日分ずつの支払いでいいというのは、客に有利すぎる制度ではないだろうか。
あるいは、そうでもないのか。
迷宮に入るような客だ。いつ死んでも不思議ではない。
いつどこで野垂れ死にしてもいいように、一日分ずつの支払いになっているのではないだろうか。
明日の分の宿泊料金など、この世界ではチャンチャラおかしいのかもしれない。
宵越しの銭など持たないのが、探索者というものなのか。
そうだよな。
この世界ではいつ死ぬとも分からない。
「えっと。二百三十八ナールでいい。常連さんだしな」
「うむ」
嫌なことを考えそうになったが、頭をゆすって振り払う。
銀貨二枚と銅貨三十八枚を出した。
三一一の鍵を受け取る。
食事の前に、一度荷物を置きに部屋へと向かった。
宿に泊まるだけでも、身の回りに必要なものが結構出てきてしまう。
この世界で定住するにはどうするのだろうか。
翌日深夜の探索は、四階層から開始した。
魔法使いがLv21になったので、ミノを魔法何発でしとめられるかのテストだ。
一度スラムを見た後、四階層にワープする。
加賀道夫 男 17歳
魔法使いLv21 英雄Lv19 探索者Lv22 商人Lv1 薬草採取士Lv1
装備 デュランダル 皮の鎧 皮のミトン サンダルブーツ
今回はいろいろと違う。
まず、ファーストジョブを魔法使いにした。
ファーストとサードで違いはないかもしれないが、あるかもしれない。
魔法で戦うなら、魔法使いをファーストにして試してみる手はあるだろう。
アイテムボックスに何か入っていると探索者を動かせないみたいだったので、ベッドの上に全部出して大変だった。
そして、必要経験値十分の一をやめ、フィフスジョブをつける。
フォースジョブとフィフスジョブには知力小上昇の効果を持った商人と薬草採取士をつけた。
魔法攻撃力に関係するパラメーターは多分知力だろう。
知力上昇を持ったジョブを設定すれば、魔法攻撃力が上がるのではないだろうか。
レベルを全然上げてないから、効果は小さいかもしれないが。
あとはワンドを持ってさらに攻撃力の上乗せを狙いたいが、得物はデュランダルにした方がいい。
デュランダルの方が安心で安全だ。
ミノ Lv4
ニードルウッド Lv4
いきなり二匹連れで登場したので、すぐにファイヤーストームを浴びせる。
火が消えると同時に二発め、続いて三発めを放った。
ミノが接近する。
ニードルウッドよりミノの方が動きが速いようだ。
突かれたツノをデュランダルで受けた。
どちらも三発では倒れない。
ツノが振られるのをかわす。
ニードルウッドに追いつかれた。
ミノに注意を払っている隙に、枝が振られ、攻撃を喰らってしまう。
痛いが多少はしょうがない。
四発めのファイヤーストームを念じた。
火の粉が魔物二匹に襲いかかる。
ミノLv4のツノの動きを警戒していると、ミノが倒れた。
ニードルウッドも同時に倒れたようだ。
皮
ブランチ
魔法四発か。
ミノもニードルウッドLv4も魔法だけで倒したのは初めてなので、いろいろ試したことの効果があったかどうかは分からない。
いずれにしても、魔法三発で倒せるようにならないと、四階層で戦うのは危険だろう。
皮とブランチをアイテムボックスに入れ、三階層にワープした。