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すっぽん

 

 夜寝るとき、氷を桶に入れベッドの横に置いてみる。

 思ったほど涼しくはならなかった。

 心もちひんやりしたかな、という程度だ。

 こちらもうまくいかなかった。


 人間冷却器であるベスタの肌の方がよほど涼しい。

 氷でクーラーは難しいようだ。


 もっとも、桶の上を渡ってきた風は冷たい。

 発想自体は間違っていない。

 一晩中誰かにうちわで扇がせるか。

 そういうわけにもいかないが。


 この世界の金持ちお大尽様なら、そのくらいのことはやっていそうだ。

 その仕事だけをさせるなら、夜に働かせて昼に寝かせればいいのだし。

 俺も専用の侍女を購入するか。

 夏に買って秋には処分とか、鬼畜すぎる。


 あるいは、もっと大量に氷を作って寝室を埋め尽くすほどにするか。

 氷はもちろん融けてしまう。

 そっちの処理の方が大変そうだ。


 氷魔法はものを冷やす魔法ではない。

 氷を作るだけだ。

 暑さ対策に利用するには、いろいろと関門があるようだ。


 昨日より少しだけ涼しい中で目覚め、迷宮に入った。

 魔法使いをファーストジョブにして、探索者ははずし魔道士をつけている。

 昨夜氷を作ったとき、遊び人のスキルは下級氷魔法にした。

 クーラタルの二十四階層では氷魔法が有効だろう。


 グミスライムは水属性、タルタートルは土属性が弱点だ。

 タルタートルは耐性が水属性なので、氷魔法がどう影響するかはちょっと分からない。

 弱点になるのか、相殺されるのか。

 水と土両方の耐性はないので、耐性が有効にはならないはずだ。


 氷魔法がだめなら、次は雷魔法を試してみよう。

 下級氷魔法を遊び人にセットしたのは昨夜なので、今なら自由に変えられる。

 ハルバーの二十五階層へ行けば、グミスライムとサイクロプスが出るので風属性が有効になる。

 そのときまで変えずにおいて中級風魔法をセットすることもできる。


 ロクサーヌに地図を渡してクーラタルの二十四階層を進むと、タルタートルとグミスライムの団体に出くわした。

 ちょうどいい。

 アイスストームと二回念じる。


 魔法使いのジョブもつけているが、氷魔法二発にとどめた。

 グミスライムとタルタートルで違いを見るためだ。

 雪が舞う中、四人が走り出す。

 アイスストームだと雪になるのか。


 俺も追いかけながら、氷魔法を重ねていく。

 四人が魔物のところにたどり着いた。

 今回は全体攻撃魔法を撃たれていない。

 幸先のいいスタートだ。


 魔物は、全部同時に倒れた。

 四人が魔物のところに着いて間もないうちに。

 水属性に耐性があっても、氷魔法はちゃんとタルタートルの弱点として作用するようだ。


 そして倒れるのが早い。

 下級氷魔法は初級魔法よりも威力がある。

 こんなに早く魔物が倒れたのは低階層以来のことだ。

 戦闘時間が一気に短くなってしまった。


「これはなかなかだな」


 俺はまだ魔物のところにたどり着いてさえいない。

 走って四人に合流する。


「さすがご主人様です」

「魔道士の魔法はやはり威力があるようです」

「早い、です」

「こんなにすごいとは思いませんでした」


 女の子が早いとか言うんじゃありません。

 ドロップアイテムを受け取った。


 次に出くわしたタルタートル、グミスライム、クラムシェルの団体には、魔法使いの初級土魔法を加えた三連発をお見舞いする。

 雪の中に少し土ぼこりが混じった感じだ。

 アイスストームの雪を見てしまうと、サンドストームの砂嵐が土ぼこりに感じられてしまうという。

 贅沢は敵だ。


 二回めの三連発で、クラムシェルが煙になった。

 やはり早い。

 低階層の魔物なら楽勝だ。


 三回めの三連発で、タルタートルが横になる。

 こちらも早い。

 サンドストームをまぜている分、さっきよりも早かった。


 魔法使いの初級魔法であっても、使えばちゃんと効果があがる。

 グミスライムが倒れないのは、土属性の弱点の差だ。

 それなら、残ったグミスライムはおそらくバーンボールかアクアボールかウインドボール一発でしとめられる。

 初級魔法一発で沈むかどうかは分からない。


 ただし、撃つ隙間がない。

 ロクサーヌが正面に立って魔物の相手をし、三人が魔物を囲み、俺はまだ後方にいる。

 この位置から魔物だけを単体攻撃魔法で狙うのは難しい。


 グミスライム一匹しか残っていないが、全体攻撃魔法にすべきか。

 と思っていると、魔物の動きが止まった。

 麻痺だ。

 これはチャンス。


「全員待避」


 一声かけ、バーンボールと念じた。

 この機会を無駄にはすまい。

 頭上に火の球ができる。


 バーンボールは、ファイヤーボールと同じくらいの大きさの火の球だった。

 サイズにあまり変化はない。

 ただし少し熱い感じはする。

 色は普通のオレンジ色なので、何万度もあるわけではないが。


 バーンボールがグミスライムに向かって飛んでいった。

 かなりの速度で向かっていく。

 ファイヤーボールよりスピードは上だ。

 テニスのボールよりも速いくらいか。


 テニスといっても高校の授業でやった軟式テニスとの比較だ。

 しかも自分で壁打ちしたときの。

 授業では俺はほとんど壁打ちだけをしていた。

 ほっとけ。


 これだけ速ければ遠くにいても避けられにくいだろう。

 バーンボールがロクサーヌたちの横を通り、グミスライムに激突する。

 グミスライムが倒れた。

 やはり残り一撃だったか。


 撃てる魔法の数が増え、種類も増えている。

 無駄撃ちのないように計算するのが面倒になったな。

 それはまあしょうがない。


「はい、です」


 走って合流すると、ミリアがスライムスターチを渡してきた。

 戦闘終了までに俺が合流できないのも面倒だ。

 俺のところまで戻らせる手もあるが、それもどうかね。


「多少問題がなくもないが、大丈夫そうか」

「ご主人様のおかげで私たちは楽ができます」

「ロクサーヌのおかげで俺が楽できていることの方が多いがな」


 走って魔物に近づくことには変わりがないのだから、ロクサーヌたちはあまり楽にはなっていない。

 戦闘時間は短くなったが。

 魔物に走って近づくのは全体攻撃魔法をキャンセルするためだから、少しでも可能性があるなら近づいた方がいい。


 他の魔法も試したいが、雷魔法は二十五階層へ行ってからでいいだろう。

 それ以外の属性は魔物の組み合わせによっては使える。

 ボス部屋に向かって進んだ。


 途中でMPも回復する。

 戦闘時間が短くなったのはいいが、ミリアの石化の出番もほとんどなくなってしまったのはちょっと痛い。

 動かなくなった魔物から安定してMPを吸収することができなくなった。


 石化した魔物が残らないなら、動いている魔物にデュランダルで突撃するしかない。

 タルタートルとグミスライム二匹ずつの団体に突貫する。


 三人で並んで三匹の魔物を相手にした。

 全体攻撃魔法を一度使ってきたので、タルタートルが一匹まだ後ろだ。

 こっちも全体手当てを使ったロクサーヌが後ろにいる。


 グミスライムにデュランダルをぶち込んだ。

 反撃の体当たりをなんとか避け、お返しに一撃。

 ジョブに戦士をつけるほどの余裕はないので、ラッシュは使えない。

 アイテムボックスを使っているから冒険者もはずせないし。


 俺がグミスライムを処理する前に、ミリアがタルタートルを麻痺させた。

 麻痺した魔物を攻撃すれば反撃を受けることはないので俺が攻撃したいが、そっちはミリアやベスタにまかせた方がいい。

 俺なら反撃を喰らってもすぐにデュランダルで回復できる。

 痛いけど。


「やった、です」


 ミリアがもう一匹のグミスライムを石化した。

 少し戦闘が長くなればすぐにこれが出るのもありがたい。

 前線の三匹のうち二匹の動きを止めたことになる。


「ミリアは奥の魔物を」


 ロクサーヌの指示で、ミリアは遅れてやってきたタルタートルの方へ向かった。

 二列めに回った魔物は魔法を使ってくることが多いので、本当なら俺が相手をしたいところだが。

 全体攻撃魔法を使おうとしてもデュランダルでキャンセルできる。

 このグミスライムを片づけたらすぐに向かうのに。


「やった、です」


 最初から相手をしていたグミスライムをようやく倒すと、ほぼ同時に奥のタルタートルをミリアが石化させた。

 さすがミリアだ。

 素晴らしい。

 戦闘時間が短くなって石化が出なくなったのでMP回復のためにデュランダルを持って前に出ないといけなくなったが、一匹ずつちまちま戦って戦闘時間が長くなるとミリアの状態異常が発動するので、あまり問題はないか。


 麻痺したタルタートルを全員で囲んで倒す。

 ミリアが石化させる前に始末した。

 石化した二匹は俺一人で片づける。

 この調子でいけるなら大丈夫だろう。


 ボス部屋に着く前、タルタートル三匹の団体に出くわしたときにダートストームも使ってみた。

 ダートストーム、サンドストーム、アイスストームの三連コンボだ。

 雪まじりの砂が舞う。

 魔物は、二度の三連発の後、ダートストーム一発で倒れた。


 アイスストーム、アイスストーム、サンドストームの三連コンボより早い。

 魔物の弱点をつけば、アイスストームよりダートストームの方が威力があるようだ。


 まあそれも当然か。

 弱点属性を突いたのに中級土魔法より下級氷魔法の方が威力があったら、氷魔法は土魔法の完全上位互換になってしまう。

 消費MPが違うという可能性もあるが。

 普通に考えれば、土属性が弱点の魔物には、下級氷魔法よりも中級土魔法をピンポイントで使った方が効果的だろう。


 グミスライム単独の団体には遭遇しなかったので、水属性について確かめてはいない。

 多分水属性でも事情は同じだろう。

 ボス戦前にもMPを補充し、デュランダルを出したまま待機部屋に入った。

 待機部屋でセリーからブリーフィングを受ける。


「タルタートルのボスはトータルタートルです。タルタートルと同じく、水属性に耐性があり土属性が弱点です。トータルタートルは噛みつき攻撃が得意なので気をつけてください。一度噛みついたら雷魔法で攻撃されるまで離さないと言われています」


 それなんてすっぽん。

 食いついたら離さない恐ろしい敵のようだ。


 デュランダルをベスタに渡し、俺のジョブも整えた。

 ボス戦ではミリアの状態異常に頼るから、博徒をつけた方がいい。

 アイテムボックスを使っているので冒険者ははずせない。

 セブンスジョブを取得し、博徒を追加する。


 七個まで全部ジョブをつけたのは初めてだ。

 結構多いと思っていたが、これでも足りなくなりそうだな。

 常識的には、初級魔法しか使えない魔法使いが次のリストラ候補だろう。


 ボス部屋に入ると、煙が集まり、魔物が三匹現れた。

 二匹はタルタートルとグミスライム、中央がトータルタートルか。

 タルタートルは樽のような膨らんだ円筒形の体をしているが、トータルタートルの体は平べったい普通の形をしている。

 亀だ。


 ただし、甲羅は草で覆われている。

 ワニのような頭、ゾウのような足、魚のような尻尾、草で覆われた甲羅、部分部分はあまり亀に見えない。

 しかし全体として見ると、亀だ。

 トータルで亀なのか。


 ダートストーム、サンドストーム、アイスストームの三連コンボを放ち、ミリアが向かった先のグミスライムに状態異常耐性ダウンをかけた。

 トータルタートルとタルタートルは弱点属性が同じだから、ミリアが残りのグミスライムを受け持つのは正解だ。

 ロクサーヌとセリーはボスのところへ、ベスタもタルタートルのところへと走る。


 俺も少し遠回りしてボスの裏に潜り込んだ。

 魔法の合間に聖槍で突く。

 甲羅の部分を攻撃して有効かどうか分からないので、主として足を狙った。

 ゾウというかゾウガメというか、トータルタートルの足はぶっとい肉の柱だ。


 尻尾は警戒しなければならないが、この足で俺のところまで蹴りが飛んでくることはないだろう。

 槍で突くので多少距離は開けている。

 頭の方は噛みついたら離れないらしいが、そっちはロクサーヌが担当だ。 

 ロクサーヌなら安心だろう。


「やった、です」


 尻尾を警戒していると、ミリアがグミスライムを石化させた。

 ほぼ同時に、ベスタがタルタートルを撃破する。

 魔法攻撃力が上がったのでこちらも早い。

 俺がとどめを刺すことはできなかったが。


「さすがだな。その調子で次はボスも頼む」


 トータルタートルに状態異常耐性ダウンをかけた。

 ダートボール、アイスボール、サンドボールをボスに向かって次々に撃ち込んでいく。


「やった、です」


 ボスもすぐに石化した。

 やはりボス戦ではミリアの活躍が光る。

 完勝だ。

 ベスタからデュランダルを返してもらって、ボスとグミスライムを片づけた。


 ボスが倒れ、煙となって消えると、甲羅っぽいものが残る。

 鑑定してみるとソフトシェルというらしい。

 トータルタートルはドロップアイテムまですっぽんなのか。


「ソフトシェルか」

「柔化丸の材料ですね」


 セリーが教えてくれた。

 柔らかい甲羅だから石化の薬になるのか。

 安直のような気はしないでもない。

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