探索者
鍵を預けて宿屋を出る。
市を冷やかした後、道なりに城門まで進んだ。
城門には、やはり門番も誰もいない。
門を出て、森の方へ進む。
迷宮があるのは森に入ってすぐだと言っていた。
畑の中を歩く。
森に入る直前、左側の木に黒い壁が出現した。
あれは何だ?
と思っていると、壁から人が出てくる。
冒険者Lv19
騎士Lv14
剣士Lv42
探索者Lv41
神官Lv39
魔法使いLv40
おおっ。魔法使いだ、魔法使い。
あれが移動魔法なんだろうか。
すごいな。
使ってみたい。
この六人はパーティーだろうか。
「こちらです」
「うむ」
冒険者が言うと、騎士がうなずき、森の中へと入っていった。
偉そうだな。
騎士が一番レベル低いのに。
六人が向かった方についていくと、道から少しはずれたところに、土が盛り上がった小山があった。その山に、先ほどと同じような黒い壁が張り付いている。
あれが迷宮の入り口だろうか。
山というより、土でできたかまくらという感じ。地下からその部分だけがニョキニョキと顔を出したのだろうか。
入り口のそばに誰か一人立っている。
探索者Lv18
「どこまで進んでいる」
「まだ三階層です。出てきたばかりですから」
探索者二人が会話した。
質問したのが今来た探索者だ。
「どうしますか」
「一階層からでいいだろう」
探索者が騎士に伺い、騎士が指示を出す。
やはりあのパーティーでは騎士が一番偉いようだ。
六人は黒い壁に近づいていくと、そのまま中に消えた。
やはりあそこに入るのか。
俺も行くとするか。
キャラクター再設定と念じ、値引をゼロにして武器六をつける。
2ポイントあまっているボーナスポイントのうち1ポイントを、詠唱短縮に振った。
スキルの呪文を戦いながら唱えることは難しい。
詠唱短縮にチェックを入れると、スキルが詠唱省略に変わる。
次が詠唱時間十パーセント短縮とかじゃなくてよかった。
もう1ポイントは、クリティカル率上昇にでも入れておくか。
クリティカル率上昇にチェックを入れると、スキルがクリティカル率十パーセント上昇に変わる。
こっちは次が十パーセントか。多分最大に入れて三十パーセント上昇。微妙な数値だ。
設定画面を終了した。
デュランダルを腰に差し、入り口に近づく。
なるべく無視するようにしたのが功を奏したのか、入り口そばにいた探索者は別に何も言ってこなかった。
おっかなびっくり、黒い壁に入る。
ぶつかることなく中に進んだ。
一瞬だけ真っ暗な領域を通り、迷宮の中に出る。
出た場所は、小部屋風の洞窟、あるいは洞窟風の小部屋か。
四、五メートル四方はありそうな、正方形に近い小部屋だった。
明るくはないが、全体がぼんやりと光っている。
小部屋からは道が延びていた。
前に一本、右に一本、左にも一本。
後ろには黒い壁がある。
そこが出入り口であり、俺が入ってきた場所だろう。
小部屋から延びる道は、どこかのトンネルのような、薄暗い空間だった。
幅は三メートルもないくらい。割と狭い。
薄暗いため、奥の方まで見通すこともできない。
前に進む道はすぐ先が十字路になっている。
結構複雑にできているようだ。
マッピングの準備もなんにもしていないが大丈夫だろうか。
というか、迷宮の中が真っ暗だったらどうするつもりだったんだ、俺。
まああの六人も特に灯りは持っていなかったしな。
魔法使いが発光魔法を使えるのかもしれないが。
マッピングに関しては、とりあえず常に壁を左側において進むことで対処しよう。
迷路を歩くとき、常に左右どちらか決まった方の壁に沿って進めば、迷うことはない。
小部屋から左側の道に入った。
左側の道は、すぐ先が二つに分岐しており、その向こうに左に折れる道もあるようだ。
壁も床も割としっかりしている。
床を踏むと、踏まれた部分がぼんやりと発光した。
これなら明かりは必要ないだろう。
ただし、魔物に見つかりやすいだけのような気もする。
少し進むと、後ろから物音がした。
振り返ると、小部屋の壁が一部黒くなっており、そこから人が出てきている。
騎士五人と探索者一人の六人パーティーだ。
六人は出入り口の黒い壁に入り消えていった。
やはりあの黒い壁が出口で間違いないようだ。
俺はジョブ設定と念じる。
迷宮に入ったことで、何か獲得したかもしれない。
探索者 Lv1
効果 体力小上昇
スキル アイテムボックス操作 パーティー編成 ダンジョンウォーク
あった。
なるほど、探索者とは迷宮を探索する者なのか。
迷宮に入ることで獲得できるジョブなのだろう。
ジョブをいじってみるが、ファーストジョブには村人Lv3か盗賊Lv3しか設定できない。
前のときと同じだ。これはおそらく、ボーナスポイントを使い切っているからだろう。
インテリジェンスカードのことを考えれば、盗賊をファーストジョブにはしない方がいい。
インテリジェンスカードに表示されるジョブはファーストジョブが反映されるみたいだから、ファーストジョブを盗賊にするとインテリジェンスカードを確認されたときに困ったことになる。
ファーストジョブは村人Lv3のままにする。
セカンドも効果の大きい英雄Lv1のままで。
サードジョブを探索者Lv1にセットした。
スキルを唱えてみる。
「アイテムボックスそ」
全部言う前に、手元に箱のようなものが現れた。
箱、もしくは箱の入り口。横から見ると、出入り口だけで奥行きはないようだ。
これが空間魔法だろうか。
アイテムボックス操作と唱えようとしたら、途中で出てきてしまった。
呪文が頭に浮かんでくるのではなく成功したのは詠唱短縮のおかげだろう。
会話の中でアイテムボックスの話になったらどうなるのだろうか。
詠唱短縮の意外な弱点を発見した。
アイテムボックスの出現を念じないから、会話の中に言葉だけ出てきても効果は発現しないのかもしれないが。
腰からシミターをはずして、入れてみる。
何事もなく奥まで入った。
手を離すと、入り口が消える。
もう一度アイテムボックスと唱えると、また箱が現れた。
箱の中にはシミターが入っている。
どうも見た感じ、シミター一本でアイテムボックスがいっぱいになってしまったような印象を受ける。
いろいろと試してみたいが、迷宮内で変な作業はしない方がいいだろう。
魔物から不意打ちを喰らってはことだ。
手を離してアイテムボックスを閉じ、次のスキルを試してみる。
パーティー編成、は一人しかいないから関係ない。
「ダンジョンウォーク」
唱えると、頭の中で何か入力を求められるのが分かった。
どこに行きたいかについての情報だ。
最初に入ってきた小部屋を思い浮かべる。
洞窟の右の壁が黒く変色した。
黒い壁に入り、壁を抜ける。
出たところはさっきの小部屋だ。ダンジョンの出入り口となる黒い壁もあった。
後ろにあった黒い壁は、俺が抜けるとすぐに元の壁に戻る。
なるほど。
思い起こせる場所なら、移動できるようだ。
スキルの名称的に、ダンジョン内だけだとは思うが。
いや。迷宮に入る前に森の入り口のところでも黒い壁を見た。
六人連れのパーティーが出てきた壁だ。
「ダンジョンウォーク」
森の木を思い浮かべながら、スキルを詠唱する。
目の前の壁は、黒くはなったが、入ることはできなかった。
やはりダンジョンの中でないと駄目なのか。
しかし、これで迷子になる心配はない。
マッピングも必要ないのかもしれない。
「ダンジョンウォーク」
もう一度スキルを唱え、さっきいたところに戻ることにする。
元の場所を思い浮かべながらスキルを詠唱し、目の前に現れた黒い壁に入る……ことができなかった。
また失敗?
何故。
MP不足か。
いや、違うな。黒い壁は現れた。
思うに、移動できる場所が限定されているのではないだろうか。
ここみたいな小部屋とか、または出入り口のあるところとかに。
仕方がないので、歩いて移動する。
次に試してみるのは、英雄のスキルであるオーバーホエルミングだ。
しかし、俺はこのスキルを戦闘時に使用するものだとなんとなく思い込んでいたが、正しいのだろうか。
考えてみれば根拠はない。
パッシブスキルで今までずうっと発動していた可能性も。
いや、ないか。詠唱呪文が必要だった。
先に進む。
迷宮の奥で何かが蠢いた。
ニードルウッド Lv1
近寄ると、茶色の体に緑の頭をつけた人型の魔物だ。
そんなに大きくないし、細い。
デュランダルでどこまで通じるか。
剣を抜いて駆け寄る。
「オーバーホエルミング」
掛け声とともに振り下ろし、左の肩口から袈裟切りにした。
茶色の体が倒れ伏す。
うむ。
一撃だ。
はたから見ると多分かっこいい、はず。
必殺技が決まった、ように見える、かもしれない。
最強の魔物をその技で屠った、と想像してみてほしい。
もちろん、一撃だったのはデュランダルのおかげだ。
何も起きなかった。
何も変わらなかった。
いや違う。
MPが足りない。
MP不足で発現しなかったのだろう。
オーバーホエルミングのスキルはLv1で習得しているのだから、英雄Lv1のMPでも使えるはずだ。
スキルは覚えたけどMPが足りないので使えません、ということはない、と思いたい。
多分、ダンジョンウォークでMPを浪費しすぎたのだろう。二回失敗したのが敗因だ。
ブランチ
ニードルウッドが消えると木の枝が残った。
アイテムボックスを出して入れようとしてみるが、やはり無理のようだ。
シミター一本でいっぱいになるアイテムボックス。
なんだ、これ。
しょうがないのでブランチはリュックサックに放り込む。
十センチもないような細い木の枝だ。薪にでもなるのだろうか。
どう見ても高く売れそうにはない。
次の獲物を求めて移動した。
デュランダルのMP吸収でMPも回復しているはずだが、念のためもう二匹くらい狩っておいた方がいいだろう。
MPがどれだけあるか把握できないのは不便だ。
ニードルウッド Lv1
現れた魔物に近づく。
近づくと、ニードルウッドは左の枝を振り上げ、こちらを攻撃するかまえを見せた。
しかし俺の攻撃の方が速い。
右肩から左の脇腹にかけて、一刀の元に斬り捨てる。
ニードルウッドが煙となって消え、ブランチが残った。
リュックサックに突っ込み、先に進む。
さらに一匹を屠り、次の分岐点を左に曲がった。
前に別のパーティーがいる。
全員でニードルウッドを囲み、ぼこっていた。
しょうがないので、この分岐はまっすぐ進む。
常に左側の壁に沿って進むのはここまでになってしまったが、大丈夫だろう。
ダンジョンウォークがあれば最初の小部屋に戻れる。
次の四つ角も、開き直ってまっすぐに進んだ。
奥で何か蠢く。
ニードルウッド Lv1
やはり足元が微妙に光っているこちらは不利だ。
不意打ちを喰らわないように気をつけなければいけない。
魔物が視覚を頼りに動いているかどうかは知らないが。
「オーバーホエルミング」
魔物に駆け寄りながら、スキルを唱えた。
何も起こらない。
いや、違う。何かが変わった。
魔物の動きが遅くなる。
一瞬、ほんの一瞬、魔物の動きがスローモーション再生しているかのようにのろくなった。
俺はその間に魔物に近づく。
何もやりたくないというネガティブな思考が何故か浮かんでくるが、それを押さえつけた。デュランダルを振り上げる。
魔物の動きが遅かったのはいつまでだったか。
いや、俺の動きが速かったのはいつまでだったか。
デュランダルを振り下ろし、まだこちらを攻撃する態勢に入っていないニードルウッドを斬り捨てた。
魔物が煙となって消える。俺の気持ちも落ち着いた。
スキルの効果は、加速、時間延長、もしくは体感時間の緩慢化、といったところだろうか。あるいはステータスの敏捷をアップさせているだけかもしれない。
敵よりも速く動けるようになるなら、相当に使えるスキルだろう。
思考が落ち込み、また元に戻ったのはMPの関係か。
MPが残り少なくなると、気分が大きく落ち込むようだ。
スキルを唱えたときにMPをごっそりと持っていかれ、デュランダルのMP吸収でいくらか回復したのだろう。
躁鬱の波がジェットコースターのように激しく上下した。
精神的にきつい。
繰り返したらほんとに病気になりそうだ。
MPに余裕ができるまでは、あまり頻繁には使わない方がいいだろう。
気を落ち着かせ、自分の腕を見て鑑定と念じる。
加賀道夫 男 17歳
村人Lv4 英雄Lv1 探索者Lv1
装備 デュランダル 皮の鎧 サンダルブーツ
レベルが上がっていた。村人だけ。
英雄と探索者のレベルは上がっていない。
ここまでニードルウッドを四匹倒した。
必要経験値五分の一×獲得経験値五倍が生きているなら、通常の二十五倍、ニードルウッド百匹分の経験値を得ている計算になるはずだ。
結構レベルを上げるのは大変なのか。
この世界のレベルは、全般にあまり高くないような印象を受ける。
ゲームと違って、何十年もかけてコツコツとレベルを上げていくのだろう。
百匹狩ってもレベルが上がらないということは、一日に一匹狩るとして、探索者は三ヶ月以上かかってもLv2にならないことになる。
さすがにもうそろそろではないだろうか。
あるいは、経験値の二十五倍が巧く働いていないか。
探索者のレベルが特別上がりにくいのか。村人がLv2からLv4になっても英雄はLv2にならないのだから、ジョブによって必要な経験値に違いはあるはずだ。
セカンドジョブ、サードジョブは傾斜配分されて入る経験値が少ないということも考えられる。
もっといえば、三つのジョブをつけることで経験値が三分の一ずつになっているのかもしれない。
ああ。攻略本がほしい。
ないものはしょうがないので、また残ったブランチをリュックサックに入れる。
キャラクター再設定と念じた。
ファーストジョブの村人がレベルアップしたので、やはりボーナスポイントが1ポイントあまっている。
使い勝手が分からないクリティカル上昇をはずし、詠唱省略を入れた。
まだ四回しか攻撃していないから、クリティカル率が五パーセントだとすると、今までクリティカルが出ていなくても変ではないが。
というか、全部一撃で倒しているのだから、クリティカルが出てもしょうがない。
2ポイントあったボーナスポイントが0になり、詠唱省略がかすれ文字になった。
わずか3ポイントで無詠唱のスキルが獲得できるのか。
素晴らしすぎるな。
まあ、詠唱十六.六七パーセント短縮とかあっても、わけが分からないだろうが。
詠唱短縮の場合、呪文ではなくスキルの名前を唱えればいいようだ。
詠唱省略なら念じるだけでいいだろう。
試しに、アイテムボックスと念じると、手元に出し入れ口が現れた。