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国護りの夜

作者: かんなぎ

「夜の娘。そなたは皆を守れ」

命じられたのは、みんなを守る事。



「夜様。国を護ってください」

頼まれたのは、国を護る事。



「国護り様。どうか、どうかこの平和を永遠に続けてくださいませ」

願われたのは、永劫の時。



夜の娘、夜、国護り。

それは夜色の髪を持つ娘の呼び名。

それは歳を取らない美しい娘の呼び名。

それは神の如き娘の呼び名。


命じられるままに、頼まれるままに、願われるままに奇跡で国を護る娘。

英雄を護る為に天から降り立ったと言われる娘。




* * *




夜の帳が下り、部屋の中は蝋燭に火が灯され、ゆらゆらと影が踊る。

夜色の髪に櫛を通し、柔らかな神衣の上にさらさらと髪を下ろしていると、からり、と引き戸が開けられた。

ゆっくりと姿勢を正して礼の形を取ると、息を呑むような微かな音が頭上から聞こえた。


この人こそが未来の王であり、自分が守るべき新しき王。

顔を上げると、自分と変わらない背丈の少年が困ったように佇んでいた。



「貴女はーー天から降りられた、女神と教わりました」

「いいえ。私は【国護りの娘】。私に出来る事は結界を張ることだけです」



他国に、魔の者に国が侵されぬように結界を貼り続けるのが役目。

未来の王となる者は、国護りの娘に自らの治世の平穏を願う為にこの場へと連れられる。

娘は願われた事を拒んだ事は、一度たりともない。

だから、形式ばかりの儀式ではあるが、どの王も必ず国護りの娘と面会をしなければならなかった。

この歳若き少年も、その一人。




「貴方の先祖は皆、よく国を治められました」

「あなたを、生贄にして?」



曖昧な笑みを浮かべ、小さく首を振ると、次代の王は眉をひそめた。



私は世界を渡らされた、【この世界に在るはずのない存在】。

時間の流れが違う、この世界に私の身体は馴染む事はなく。

どれだけ傷つけられてもすぐさま傷跡が消え、いつまでも幼いままにある身体に違和感を覚えた時には、もう遅かった。

三十年で一つ、ようやく歳を取る。

奇跡を使う異世界の娘。

不老不死の異世界の娘。

異質な存在に恐怖し、誰も彼もが神と称え、【国護りの娘】という型に押し込めた。


右も左も分からない五つの娘をこの世界に引き入れたあの時の王も、もう土に還って久しい。

彼が命じたのは、皆を守る事だった。

彼の息子が頼んだのは、国を護る事だった。

彼の孫が願ったのは、永劫の平和だった。

与えられる願いを叶えるまま、時代は巡る。

死ぬ事も出来ず、ただ一人きりで永劫の平和を維持させられる様子は生贄にも見えるだろう。



「……貴方は英雄王の若い頃によく似ておいでだと聞いております。きっと良い王になるでしょう」

「英雄王を、本当にご存知なのですか?」

「はい。英雄王の腕に抱えられて、戦場を走り回った時もありました」



何代も重ね、彼の面影のある王も少なくなってはいた。

けれども間違えようもなく、彼等は英雄王の子孫だった。

なればこそ。



「貴方の御代もまた、平穏であるよう。私がこの国をお護り致します」






「……寂しくは、ないのですか」


黒曜の瞳で少年の目を見ると、哀しみを含んだような色合いが揺れていた。


「御伽噺には英雄王が神に願い、貴女が天から降り立ったとあります。けれど」



王が喪われた時代の召喚陣を用いて、異世界から幼子を現したと。

親元から無理やりに引き離した幼子を、戦場に連れ、結界を張らせ、祀り上げ、国護りの娘としたと。

国の歴史書には、正しく書いてある。


あれから幾年も経ったが、私は未だ少女の姿のまま。

まだ親許で庇護されているのが似合っているような外見は、その役目を考えれば他者には酷く儚く映るだろう。

自分と変わらぬ背丈の少女に、少年は覚悟の色を潜めた瞳で約束をする。



「こんなにも永く、我等を御守りくださった恩を返したいーーーきっと。きっと僕が貴女を神の世界にお戻し致します」



ーーああ、何度、その言葉を聞いただろう。

そんな事、望んでなどいないのに。

私が失った未来を憐れみ、手を差し伸べようとする心優しい者は幾らでも居た。

それが果たされる事はなかったが、そんな事に何も思いはしなかった。

ただ、誰も彼もが私を置いて逝く現実に、絶望する。


最早、親兄弟の顔など思い出せず、あの世界の記憶は靄にかかったように曖昧だ。

この世界に攫われた事に対する恨みなど、最初から抱いてはいない。

何故なら、数百年を生きた自分の記憶は、常にこの世界の誰かと共にあるのだから。


幼い私を腕に抱え、剣を振るった【英雄王】

戦火が去った後、国を建て直した【賢王】

文化を創り上げ、世を発展させた【文学王】

私を神と祀り、人々を導いた【聖霊王】


誰も彼もが、私を家族のように大事にしてくれた。

けれど、幾人も幾人も、私を置いて先立つばかりで、別れの哀しみが募る。

どんなに願っても叶わない望みばかりが、募る。




何でも叶えてあげる。

どんな苦難も弾いてあげる。

だからどうか、ーーー今度は私を置いていかないで。



叶わない祈りを胸に、ありがとう、と夜色の少女は笑う。

せめてこの心優しい少年が幸せな未来を歩めるように、と【国護りの娘】は夜空に願う。

沈黙するばかりの空は、今宵も静かに星を瞬かせた。

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