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花修理の少女、ユノ 作者:北乃ゆうひ

日常編-02- フルール・ズユニックの日々

52/61

051:老人と魔剣

本日、いつもの時間に更新できそうにないので、今のうちにアップです。

 カイム・アウルーラの商業区。
 その商業区のメインストリートとは別の通りに、露天通りという道があった。

 その名の通り、行政局への申請を出せば誰でも、露天を出すことができる場所だ。

 ふらりとカイム・アウルーラに立ち寄った綿毛人(フラウマー)や、行商人が手持ちの品を並べたり、納品分とは別に余分に採れた野菜や果物、花などを並べる者がいたり――とにもかくにも、商業区の中で、良くも悪くも一番賑やかなところである。

 そんな通りを、ユノはのんびりと歩いていた。
 特に用があるわけではない。ちょっとした散歩のようなものだ。これで、何か良い品でも見つかれば儲けもの――程度のノリである。

 昨晩はらしくなくあれこれ悩んでしまっていたので、その気晴らしも兼ねている部分もあった。

 そんな中、どうにも綿毛人(フラウマー)のような老人が構えている露天の品を見て、ユノは足を止める。

 一振りの剣。
 長剣というには短く、短剣と言うには長い。
 丈で言うなら、ユズリハが使っているコダチと同じくらいであろう。
 もっともこちらは、反りのある片刃剣ではなく、両刃の直剣だが。

「これ、見てもいい?」
「ほう。なかなか見る目があるな嬢ちゃん」

 マナは巡らせるなよ――と、老人から忠告されつつ渡された剣を丁寧に受け取って、じっくりと見る。

 (つば)に黒百合の咲いた、花導武装(フィオレプス)。その百合の根本たる鍔周りが装飾過多になっているのは、そこに組み込まれた基札(エル・ボード)を誤魔化す為だろう。

 刀身や柄の握り心地は申し分なく、単純な剣としてのクオリティも高い。

 だが軽く握ってみても、どんな機能を有しているかは分からなかった。

 マナを巡らせてみたいが、それは先ほど忠告されているので、するわけにもいかない。
 これがどんな花導武装(フィオレプス)かが分かっていれば、気にせずマナを巡らせるが、分からない上に忠告されているので、やめておくべきだろう。

 マナを巡らせるなり突然爆発したり破壊をまき散らす類の花導武装(フィオレプス)も、世の中には少なからず存在しているのだ。

 なのでユノは、ドラが持っていた指輪に使った、花導具(フィオレ)を調べる術式と花導情報板(フィール・ボード)を呼び出す術式を組み合わせて作った一枚の紙を取り出す。

「何だそれは?」
「見慣れない術式が使われてるっぽいから、この子に傷がいっさい付かない方法で調べてみたくって。そういうのを調べる為に作った、あたしオリジナルの花術紋(フルーレム)を施した鑑定紙」
「嬢ちゃん、花鍛冶(フルール・スミス)か?」
「本職は花修理(フルール・リペイア)よ。花鍛冶(スミス)は趣味ね。ついでに珍しい花導具(フィオレ)を集めるのも趣味」
「趣味なら仕方ねぇな」

 何が仕方ないのかはよく分からないが、調べることを止める気はないようだ。
 ならばちょうど良いと、ユノは剣を丁寧に紙の上に載せて、鑑定紙へとマナを巡らせる。

 紙から半透明の花導情報板(フィール・ボード)がいくつも飛び出してきて、ユノの周囲に浮かぶ。それらに素早く目を通していると、左目がチリチリとした痛みを放つ。
 何か訴えるかのようなそれに、思わず目を押さえて顔をしかめると、老人がやや心配そうに声を掛けてきた。

「どうした、嬢ちゃん」
「なんでもないわ。ちょっと、目にゴミが入っただけ。
 ところでお爺さんさ、この剣――どこで手に入れたの?」
「別の商人から買っただけだ。その商人も、別の誰かから買ったとか言ってたから、巡り巡っただけだろうな」

 つまり、出所は分からない。
 だが――

「これ、いくら?」

 これは、自分のモノにするだけの価値ある逸品だ。
 そう思って、ユノが訊ねると、老人が目を眇めた。

「ステラ大金貨一枚――と言ったらどうする」
「王侯貴族くらいしか即決できない額を提示すんじゃないわよ。
 それほどの価値のあるものなら、こんな簡単に見せやしないでしょうが」
「冗談だよ。ステラ小金貨一枚」
「それこそ冗談でしょ? ステラ単位で払う気は無いって言ってるの。フロス単位まで下げなさい」
「値切るならもうちょっと言葉使いを気をつけろよ嬢ちゃん。フロス大銀貨十枚だ」
「それ、ステラ小金貨一枚とイコールでしょうが。そういう言葉遊びにつきあう気はないわ」

 ユノがかなり強気なのは、この老人が、剣を手放したいと思っていると考えたからだ。
 実際、こちらの言葉に対して『ならば売らない』というカードを切って来ない。

 老人の目的は、できる限り高値でこの剣を手放すことなのだろう。
 ユノとしても、できる限り安値で手に入れられるのが理想ではある。

「大銀貨八枚だ」
「小銀五枚くらいにならない?」
「話にならんな」
「なら、お爺さんがそれだけ価値があるんだと思ってる理由を教えて」
「この剣に価値はない。だが、高値で手放さなければならぬ。そういう呪いだ」
「どういうコト?」

 ユノの問いに、老人はしばらく沈黙する。
 ややして、彼は顔を上げてユノを真っ直ぐに見つめた。

「嬢ちゃんも、珍しい花導具(フィオレ)を集めてるんだったな」
「ええ」

 うなずくと、老人はふっと小さく笑った。

「儂も、花導武装(フィオレプス)――とりわけ、魔剣のコレクターでな。
 初めてこの剣を見た時は興奮したもんだ」
「わかるわ」

 観賞用、実戦用――武器としても花導具(フィオレ)としても、どの面であれ非常に良い剣なのだ。

「作成様式から見て、第三文明後期。しかも文明空白期の作品だと言えば、嬢ちゃんにも価値は分かるかな?」
「まじで?」
「ああ」

 第三文明後期の文明空白期。
 クイン・プロテアと、ジャンク・アマナの戦いが終結した直後から、第四文明期が始まる少し前までの間にある、不可解な歴史の空白期。

 これは、第三文明後期から第四文明初期にかけて意図的に、何か封印する為に作られた時期だと言われている。
 歴史的な文書にも、花導具に限らず、あらゆる文化・文明の資料がごっそりと消失しているのだ。

「儂や友人たちとしては、第四文明に移るに辺り、不都合がある第三文明の遺産を消去する為に生まれた期間ではないかと言われており、剣に限らずその時期を生き残ったであろう花導品はどれも様子がおかしい」
「様子がおかしい?」
「ああ。それこそ、この魔剣のように呪いを持っているといっても差し支えがない程度にな。
 だからこそ、そういうモノを破棄するついでに、そうなった原因が後世で甦らないようにと、封印されたのではないか――というのが、儂らの見解だな」

 呪われているから価値がない。
 だが、歴史的資料としては価値がある。
 この剣はそういうものなのだろう。

「それで、この剣の呪いってのは何なの?」
「一言で説明するのは難しいが――その剣自体が、独占欲の化身とでも言うべきかな?」
「もうちょっとわかりやすく」
「その剣は持ち主を選ぶ。そして、持ち主が気に入ると、自分以外の存在が集まるコトを極端に嫌うのだ」
「具体的には?」

 この剣は持ち主に、幸運をもたらすらしい。だが同時に、孤独をもたらす。

 実際、この老人は剣を手に入れてから、幸運が続いたそうだ。
 魔剣の蒐集にはお金がいる。だから、老人は金を稼ぐ手段を複数持つ。

 単純に綿毛人(フラウマー)として協会(ギルド)の仕事の依頼を受けたり、時には今のように行商人として、ふらりとどこかの街で商いをしたり。

 この魔剣を手に入れてから、とにもかくにも仕事が上手くいくことが増えたという。

 しかし、ある日、自宅にて、コレクションしていた魔剣がなぜか壊れてしまっているものが数本あることに気づいた。

 コレクションルームに賊でも入り込んだのかとも思ったが、そもそも賊の類であるなら、数本壊すだけで、何も盗んでいかないのもおかしい。

 不思議に思い、魔剣蒐集仲間の綿毛人に、自宅の警護を依頼した。
 その綿毛人(フラウマー)は、老人からして孫ほど歳の離れたうら若き女性。だが、腕は確か――そのはずだった。

 そうして、女性が老人の自宅で不寝番を始めた日の翌日。
 コレクションルームのドアに寄りかかるように、首に彼女の愛剣が刺さった姿の旅骸(たびがら)となり発見された。
 さらに、部屋の中の魔剣がまた数本、折れていたのだ。

 ここまでするのに、全てを破壊しようとせず、少しずつ破壊していく。

 老人は地元ではそれなりの有力者であり、人望も厚い。
 魔剣蒐集の趣味さえなければ、理想のリーダーだとまで言われている。
 その為、女性を殺したのが老人であるとは誰も考えなかったが、だからこそ尚更、その不自然な状況に、皆が困惑した。

 そんな中、偶然この魔剣を売ってくれた行商人が街に来ていたので、老人はその行商人に問いかけた。

 この魔剣は何なのかと。

 行商人は答えた。

 気に入った持ち主に幸運と孤独をもたらす魔剣だと。

 老人は問いかけた。

 手放せば呪いは解けるのか、と。

 行商人は答えた。

 購入した金額よりも高い金額で誰かに売りつければ良い、と。
 その差額が大きければ大きいほど、手放した後で呪いが解けるまでの時間が短くなるのだと。

 多大な金を払ってまで手放したいと思うほど、嫌っているのだと見せつけてやらないと、手放した後も剣がなかなか諦めてくれないのだと。

 その話から、老人と仲間である蒐集家たちは結論をつけた。
 女性を殺したものも、剣を破壊してるのも、この魔剣の呪いだと。

 この剣は、黒百合の体言者。
 持ち主を愛し、呪う魔剣。

「だから儂は、この魔剣を手放す旅に出るコトにした。
 家は厳重に封印して、誰も近寄らせないようにしてある。
 街の権力者のままだと、街の者を不幸にしてしまいかねないので、この魔剣の呪いが解けるまでは、街に戻らないと皆に約束した」
「…………」

 世間で魔剣――あるいは、魔装具などと呼ばれている花導武装(フィオレプス)の大半は、基本的にはただの花導武装(フィオレプス)でしかない。
 それの持ち主が、あるいはそれ自身が、悲劇や災害の呼び水となったり原因であったり……もっと言えば、様々な偶然が重なった結果、そういう役割を押しつけられただけだったりすることが圧倒的に多い。

 もちろん逆もある。
 奇跡や希望の体現という役割を与えられたのであれば、聖剣――あるいは聖装具などと呼ばれるわけだ。

 そんな中、稀に本物としか言いようのない聖装具や魔装具が存在する。

 それらは花導具(フィオレ)とは思えないチカラを有しているのだ。

 そして、老人が初めて出会った本物の魔剣が、この黒百合の剣。
 魔剣が魔剣たる理由を、今まさに身をもって体験しているのだろう。

 だけど。
 この人が、自分と同じくらいに魔剣を愛しているのであれば、今の状態というのはあまりにも――

「お爺さん、花一つ(一時間)……いえ花二つ分(二時間)くらいは、ここにいる?」
「ん? 日暮れまではここで、商いをするつもりだぞ?
 別に売り物は魔剣だけではないしな」
「これからちょっと仕事が入っちゃってるのよ。
 また後で交渉にくるから、この魔剣残しといてくれない?」
「残すも残さぬも、お嬢さんくらいしか、買おうとなんて思わぬだろうさ」

 自嘲気味に笑う老人に、絶対にここに居てよ――と言い聞かせて、ユノはその場を後にした。




 花二つ分の時が過ぎ――ユノは約束通り、老人の元へと戻ってくる。

「よかった。ちゃんと居てくれたみたいね」
「別に、お嬢ちゃんの為に居たわけではないがな」

 手を出して――と、ユノは告げて、小さな皮袋を老人の手の上に落とした。

「これは?」
「それで、魔剣を買うわ。文句は言わせないわよ」
「ふむ」

 老人がユノから渡された小さな皮袋を開いて中身を見、思わず目を見開いた。

「ステラ小金貨六枚……ッ!? お嬢さん、正気かッ!?」
「正気も正気よ。そっちは一度提示額としてステラ小金貨一枚って言ったでしょう?
 その六倍持ってきたんだから、売らないだなんて言わせないわよ?」

 しばらくの間、ユノと手元の袋へと視線を行き来させていた老人だったが、やがて観念したように肩を竦めた。

「いいだろう。交渉成立だ。
 その剣にマナを巡らせれば、晴れてその剣はお嬢さんのものだよ」

 呪われた魔剣であり、手放すことが目的であったとしても、これだけの逸品だ。いざ、手元を離れることに名残惜しさがあるのだろう。
 それはユノも理解できる。

 だから――

「持ち主の変更は後でもいいかな。
 ところでさ、六倍も払ってあげたんだから、ちょっとサービス程度につきあって欲しいところがあるんだけど」
「どういうコトだ?」
「この剣の呪いの正体がわかったの。だから、完全解呪しようと思ってね。手放すだけだと、呪いは完全に消えないんでしょ?
 だったら、最後を見届けるのも、悪くないんじゃないの?」

 この魔剣コレクターの老人には、魔剣と正しくお別れをさせてあげたいと思ったのだ。




 貸獣屋(レンタ・ビースト)で馬を借り、老人を連れて向かったのは、常濡れの森海(モイス・ドリュアドス)

 ――その奥にある、聖池だ。

「ここは……」
「あたしのお気に入りの場所にして、統括精霊の住む聖なる池」
「統括精霊……水のアクエ・メリウスか?」
「ええ」

 こともなげにユノはうなずいて、先ほど買った黒百合の剣を取り出した。

「解呪をすると言っていたが、一体何をするつもりなのだ?」
「そうね――まぁその前に、とりあえずこの剣に関するお話をしましょう」

 そう言って、ユノは鍔に花開く百合の不枯れの精花(アルテルール)を老人に示す。

「この子に使われているこの百合ね。黒百合じゃないらしいのよ」
「なんだと?」

 あの時、鑑定紙の情報花導板(フィール・ボード)に表示された花の名前は、黒百合ではなかったのだ。

「この子、元々は白い花だったの。確かに百合だし、今は黒に近い褐色をしてるから、黒百合だって勘違いしちゃう姿だけどね」
「ならば、この花は一体……」
「クリスタルブランカよ」
「クリスタルブランカ?」

 訝しむ老人に、ユノは解説を付け加える。

「どの時代に作られたのかまでは不明だけど、カサブランカの改良種ね。今はほとんど出回ってないわ。
 花が下向きに咲くカサブランカに対して、この子は上向きに花開くそうよ」
「むぅ……」

 じっ――と、老人が花を見つめる。

「確かに言われてみると、この黒百合は黒百合らしくないな……。
 不枯れの精花(アルテルール)ゆえ、そういうモノだと思いこんでいたが……」

 そもそも、不枯れの精花(アルテルール)だからといって、花が本来の姿から大きく形を変えるということはないのだ。
 それならば、この黒百合は確かに不自然な形をしているのは間違いない。

「黒百合だと言われればそう思いこんでしまうけど、そもそも花の大きさが黒百合よりもずっと大きいのよね、これ」
「色を考えなければ、確かにカサブランカの改良種と言われた方がしっくりくる形だが……なぜ、黒くなったのだ?」

 魔剣を正しく鑑定できなかった悔しさと、新たなる事実に隠しきれない興奮と好奇心が混ざり合った複雑な顔で、老人が訊ねてくる。

 それに、ユノは小さく笑うと、手の中にマナともオドとも違うチカラを集めて、それを池の中へと優しく投げ入れた。

「アクエ・メリウス。レイを捧げたんだから、姿を見せてくれると嬉しいんだけど」
《はい。リクエストにお答えしましょう》

 フランクなユノの呼びかけに、池の中からフランクに答える声がする。
 直後、池の中より水の化身が姿を見せた。

「なんと……本物の統括精霊か?」
《その通りです。あなた方、人間が水の統括精霊・水精母(すいせいぼ)と呼ぶ存在》

 驚く老人を横目に、ユノはアクエ・メリウスに訊ねた。

「ファニネーネの目を通して、状況は把握してるわよね?」
《ええ。見守っておりますので、どうぞ実験なさってください》

 わざわざアクエ・メリウスを呼び出してまで、実験と称される何かをなそうとする少女に、老人は何を言ってよいのかわからないまま、視線だけを向ける。

「剣に眠る精霊よ。あたしのレイ(・・)を捧げるわ。目を覚まして」

 言葉通りに、剣へとレイを与えたあとで、地面に突き刺す。

 レイとはマナの抜け殻とも言われる存在。
 それを認識できる人間は、今のところユノだけだ。
 そして、精霊たちは、人間が作り出すレイを好む。

 そうして、二つの黒い光が、剣から溢れ出た。

 片方は、黒なれど暖かく、穏やかな夜を思わせる光。
 片方は、黒ゆえに冷たく、生者なき夜を思わせる光。

 冷たき光は糸となり、ユノの身体に巻き付こうとするが、暖かな光もまた糸となりそれを防ぐ。

 ぶつかり合い絡まりあう二つの光の糸。

 だが、穏やかな光は劣勢に見える。
 このままでは、ユノを守れないと必死さと悲しみを、滲ませる。

 その暖かな光へ、アクエ・メリウスが声を掛けた。

《よくぞここまで、堪え忍びました。さぁ、解放の時です》

 言葉と共にアクエ・メリウスは視線でユノに合図をする。
 それに、ユノがうなずいた。

 背負っていた原始蓮の杖(プリミティロータス)を手にして、マナを舌に乗せて言葉を紡ぐ。

「水流、守護、浄化、包容、正常、祝福――略式にて六つの言葉を重ねる。加えてさらに一つ。契約の誓い『我は共にあり』」

 閉じていた蓮の蕾が、澄み切った青に染まりながら花を開いた。

「水精笑姫アクエ・ファニーネのチカラをここに」

 ユノの左目と、右足のかつての切断面が、蓮と同じ色に光を放つ。
 花の中心に水が渦巻く。

《契約者と我が分霊(わけみ)に、必要なりしチカラを》

 さらに、アクエ・メリウスが持っていた三つ叉の槍が水となると、杖の先端に集う水塊と同化する。

「……なんだこの光景は……儂は夢でも見ておるのか……」

 精霊とチカラを合わせる人間。
 第三文明期以降、その方法は失われて久しく、現代の人間にとって統括精霊は伝承の存在で、実在しないとまで言われている。

 だというのに――この光景はなんだ。

 信じられないモノを見ている心地で、老人はユノと精霊を眺めている。

「精霊の力添えを得て、我が言葉(コトバ)言花(コトノハ)となる」

 精霊と共に歌うように紡いでいた長い詠唱(コール)を終えて、ユノは黒百合の剣へと杖を向けると、力強く花銘(ワーズ)を口にした。

「その言花(ことのは)()は――盟水(めいすい)の濁流は不浄のみを押し流すッ!!」

 統括精霊のチカラを借りた、人間の限界を超えた術式が発動する。
 その言葉の通り、ユノの杖より放たれた濁流は、剣を飲み込み、そこより生まれている禍々しき黒い光だけを洗い流した。





 カイム・アウルーラへの帰路、老人はユノに問いかける。

「なぁお嬢さん。解呪が成功したってのはわかるんだが、一体何が起こってたんだ?」
「この剣をね、光の精霊が宿にしていたのよ」

 鑑定をした時に、黒百合がクリスタルブランカであるのだと知った。
 そして、その情報をユノの目を通して見たアクエ・ファニネーネが、訴えたのだ。
 この剣に宿る、光の精霊を助けて挙げて欲しいと。

 そうして、ユノは一度工房に戻り、アクエ・ファニーネから、話を聞いた。
 その上で、小金貨六枚を支払ってでも、剣を助けてやろうと思ったのである。その金額はコレクションを多数失った老人(同類)への同情が混ざっていなくもないが。


「だけど邪魔モノ――本当に黒かった方のやつね。それが入り込んできた」

 剣に咲いたクリスタルブランカを気に入り、好んで宿にしていた一人の光の精霊。
 統括精霊ではないので、人間と交わす言葉は持たなかったが、それでも気に入った宿と、その持ち主への恩義を忘れず、ほかの精霊よりも多くのマナを残していた。

 だがある日、クリスタルブランカの中で寝ていると、クイン・プロテアに倒されたジャンク・アマナの残滓――眷属とも言うべき存在が、宿へと勝手に上がり込んできたのだ。

 ジャンク・アマナの眷属は精霊を容易の邪精へと変え、自らの糧とするチカラを持っていた。
 だが、この剣に宿る光の精霊は、完全に堕ちずひたすらにあらがっていた。

 やがて、その光の精霊が、精霊でも邪精でもない別の存在へとその在り方が変質すると、ついに逆襲ができるようになる。

 剣の持ち主に悪さをしようとするジャンク・アマナの眷属に対し、それを妨害するようになったのだ。

 持ち主に幸運を与え、欲にまみれさせ、欲が肥大化した者を飲み込もうとするジャンク・アマナの眷属に対して、ささやかな不幸を持ち主に与え、手放すことを促す光の精霊。

 持ち主に気づかれぬように、周囲の存在を殺し、壊そうとするジャンク・アマナの眷属に対して、その被害を小さくするために奮闘する光の精霊。

 完全に防ぎきることはできなかったが、それでも――自らが愛した宿たる剣(居場所)を守る為に、光の精霊はずっと戦ってきていたのだ。

「魔剣――なんてのは、光の精霊にとっちゃ不名誉な名だったのか」
「そうでもないみたいよ。そう呼ばれたコトで、人があまり近寄ってこなくなったのは、ありがたかったって」
「だが、人がいなくちゃレイとやらは得られないんだろう?」
「それは邪精も同じみたい」

 長い刻の中で、変質したのは光の精霊だけでなく、眷属もであった。
 持ち主以外にも、ある程度の影響を与えることができるようになったのだ。

「ジャンク・アマナが自身のチカラでレイを収集するのを、申し訳ないと思いながら光の精霊は盗み取って生きながらえてきたんだってさ」
「なら、コレクター仲間の嬢ちゃんが殺されたのも、家の魔剣が壊れてたのも……」
「ええ。ジャンク・アマナの眷属のチカラだったみたい。
 本当は一気に全部壊そうとしていたみたいだけど、それをこの子が抑えてたみたいね。
 お仲間さんの方は、守りきれなかったのは申し訳ないってさ」

 剣の契約者となったユノには、剣に宿る光の精霊と会話を交わすことができるようになったそうだ。

 これからは、呪われた魔剣ではなく、精霊の宿る剣として、扱われることだろう。

「申し訳ないなんて思う必要はないな。そんだけがんばってたやつが、申し訳ないなんて思っちゃいけねぇよ」
「それでも、ごめんなさい――だって」
「そうかい」

 剣を売ってしまったことは残念だが、それでも、もしかしたら正しい持ち主の手に渡ったと思うべきかもしれない。

「ジャンク・アマナの眷属が居なくなったのに、百合の花は黒いままなんだな」
「もう、これで定着しちゃったからどうにもならないみたい。
 この子も、光属性ながら黒色しか纏えなくなっちゃったみたいだし――何より、今の自分は精霊でもあり剣でもあるから、問題ないってさ」
「変質した結果、剣そのものの精霊になっちまったってワケか。
 剣からあまり離れるコトができなくなっちまったのは、可哀想ではある」
「そのあたりはあまり気にしてないみたいね。
 精霊としての意識と剣としての意識が混ざり合ってるから、ちゃんと扱ってくれる持ち主の側にいるのが一番嬉しいんだってさ」
「悲しくないってなら、何よりだ」

 カイム・アウルーラの外壁が見えてきたので、そろそろユノとのお別れの時間が近づいてきたと言える。

 そこで、老人はユノに一番気になっていることを訊ねた。

「その剣の本当の銘は、なんて言うんだ?」
「元々は、白百合の純白剣(リリアン・ズピュア)って名前だったらしいけど、今はその名前は相応しくないから、どうしよう――って悩んでるみたいね」

 お爺さんに付けて欲しいみたいよ――と、ユノに言われて、老人は目を瞬いた。

「なんで、儂なんだ?」
「今までの持ち主は不幸に襲われると、剣を罵倒してたらしいけど、お爺さんはどんな状況でも罵倒しなかった。そのコトが嬉しかったんだってさ」
「なんともまぁ、魔剣好き冥利に尽きる言葉だ」
「だから、お礼になるか分からないけど、名前を付けて欲しいって」
「魔剣の命銘者か――悪くないな」

 ユノは契約者は自分なれど、いずれはカイム・アウルーラの守護剣として、どこかに安置する予定だと言う。
 語り継がれる剣になるなら魔剣でも聖剣でも良いのではないか――と笑うユノに、老人もうなずいた。

「ならば、カイム・アウルーラにちなんだ名前が良かろう」

 表のリリティア、裏のサレナ。そう言えばどちらも百合を意味する言葉であったか――と、老人は思いだし、小さく笑う。

 黒でありながら白。闇のように見えて光。
 清濁合わせ持つ街の守護者となりうる未来を持つ剣。

「魔剣でも聖剣でもなく、光でも闇でもなく、表も裏も守り抜く剣――カイム・アウルーラを見守るのに相応しき者。
 そうだな……『守護剣・陰も日向も(リリサレナ)護るべき居場所(・ガーデン)』というのはどうだ?」

 老人の口にした名前に、剣は力強く輝いてみせた。

「なら、宿る精霊にも名前をあげた方がいいわね。
 リサ――だとちょっと短いから……剣の精霊リリサル・ガディナ。リサは愛称ね」

 自分に付けられた名前も気に入ったのだろう。
 リサは、その花から光を放った。

 その光景を見ながら、老人が笑う。 

「手放すのが惜しいくらい、良い剣に出会えたよ」
「あら? 魔剣コレクターなんでしょう? この子は守護剣になっちゃったんだから、もうお爺さんの蒐集対象からも外れちゃったんじゃないのかしら?」
「かっかっか。違いない」

 二人で笑い合ったあと、ユノはまだ外でやることがあるからと、老人を先に街へと帰す。
 老人は何か釈然としないものを感じたのだが、それでも深く追求せずに、街へと戻っていった。




「さてと」

 そうして、老人の姿が小さくなっていくのを見遣り、ユノは馬から降りた。

 しばらくその場で待っていると、ゆらりとした足取りで、見慣れぬ男が一人、ユノの前に姿を現す。

「来たわね」

 この男が、老人に魔剣を売った商人なのだろう。
 だが、目は虚ろで、纏っている空気は気味が悪い。

 精霊の加護を受けて色の変わった左目は、その男が纏う黒いチカラの正体を見抜く。

「この目――こんな機能を持っちゃってたのね」

 苦笑しながら独りごちる。

「リサ。アンタは人を斬るコトに抵抗はある?」
《今のわたしは剣です。主が斬りたいと思うモノを斬るコトに反対など致しません》
「そ。なら、ここでアンタ自身も、眷属の呪いとの決着と行きましょう」

 独占欲の魔剣という話も、創り出したのはジャンク・アマナの眷属だ。
 それを聞いても、恐れても、なお幸運を欲する欲深いものを集める為の悪夢。

 マナを巡らせるということは、巡り終えたマナがレイへと変化するということだ。
 マナを巡らせることで幸運が増し、孤独を引き出すという話を、ジャンク・アマナの眷属が夢という形で持ち主に与えるのである。

 眷属がレイを喰らう為のウソ。
 お金をより掛けなければ呪いが残るという話も、手放し辛くなればなるほど長い間、持ち主を喰らうことができるからというだけだ。

 そして、長い間ジャンク・アマナの眷属にレイを捧げ続けていたものは、やがて取り込まれて人でなくなっていく。
 自分が人でなくなり掛けているのに、剣を恐れて捨ててしまえば、目の前の商人のように、人間として生きていけず、なれの果てと化してしまう。

 老人はコレクターだ。
 商人のように、頻繁に幸運を引き寄せる為にマナを巡らせたりしなかったからこそ、大きな影響を受けずに済んでいたのだろう。

「ところで、あいつって元に戻せる?」
《浸食が深いですからね……延々と悪夢を見ながら彷徨うだけの存在と化しています。
 なので、せめて安らかな旅立ちを与えてあげるコトこそが、救いになるのです》

 第三文明期では、ジャンク・アマナの影響を受けて、ああいう存在になり果てた人間や動植物、魔獣なども多数いたそうだ。

「それこそ悪夢ね」

 ちょっとした歴史の勉強をした気分だ。

「まぁとりあえず――『守護剣・陰も日向も(リリサレナ)護るべき居場所(・ガーデン)』の、デビュー戦と行きましょうか」

 師匠やアレンから、多少の剣の手ほどきは受けている。それなりに自信はあるつもりだ。
 ゆえに、動く旅骸(ゾンビ)もどきなどには、負けるはずもない。

 剣にマナを巡らせると、柔らかな黒い光がユノを包む。
 この剣のチカラは、身体能力の向上と、肉体の強度強化のようだ。

 全身に力が巡って行くことに高揚感を覚えながら、ユノは地面を蹴った。
 ユノvs商人(眷属の抜け殻)は、瞬殺でユノの勝ちなので割愛。

 第一部で少しだけ触れましたが、ユノの発明品は、師匠が各種協会で色々な登録や契約などをこまめにしていました。
 その為、設計図などが売れる度に権利者であるユノにお金が入るようになっているので、未成年ながら実は何気に資産家だったりします。
 細かいパーツをなくしづらくする花術紋とか、大ヒット商品ですしね。

 守護剣やリサの命名に辺り、黒百合(ブラックサレナ)だからという理由で、アキトやユリカ、エステバリスとかも脳内候補にあがりましたが速攻没にしたというのは、口にできない内緒話。
 名前を考えるって難しいです。

 次回も、今回みたいな一話完結モノをやりたいかなと思ってます。

     ♪

 以下、余談。

 本編中で語る機会が無さそうなので、お金の話。

 お金の単位は「フロス」です。
 10万フロスで、1ステラとなります。

硬貨は
 1フロス銅貨(小銅貨)
 10フロス銅貨(中銅貨)
 100フロス銅貨(大銅貨)
 1000フロス銀貨(小銀貨)
 10000フロス銀貨(大銀貨)
の5種類が一般的に使われている硬貨になります。

また
 1ステラ金貨(小金貨)
 10ステラ金貨(中金貨)
 100ステラ金貨(大金貨)
も存在していますが、これらは主に商人や貴族たちが利用する硬貨であり、滅多に使いません。

 今回のユノと老人のやりとりの通り、金額の額面よりも、硬貨の枚数でやりとりするのが一般的な感じです。

 地球とは物価がだいぶ違うので参考になるかは分かりませんが、1フロス=3円くらいのイメージ。
+注意+
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