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花修理の少女、ユノ 作者:北乃ゆうひ

日常編-02- フルール・ズユニックの日々

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050:クレマチラス家の人々


「ユノお姉ちゃん、なんか体調が悪いから貴族街にあるお家に直接帰るって――伝言してって頼まれたんだ」
「そっか。伝言、ありがとう」

 ユズリハがうなずいてお礼を告げれば、ライラは嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「少し上がっていって。
 森でひと暴れして汚れてるでしょ? 工房のシャワー使っていいから。出てきたら、おやつもあるよ」
「ほんとッ!? えへへ、お邪魔しまーす」

 シャワーに惹かれたのか、おやつに惹かれたのか、あるいはそのどちらもか。
 ニコニコしているライラを、ユズリハは工房の中の住居部へ案内する。

「カウンターの裏のお家って、こうなってるんだ」
「住居兼用のこの工房は、わりと変わり種らしいよ?」

 実際、この職人街においても、住居と工房が別の親方の方が圧倒的に多いくらいである。

「へー」

 好奇心を隠そうともせず、ライラは周囲を見渡している。
 その途中、ふと足を止めてユズリハに訊ねた。

「そういえば、ユノお姉ちゃんってお貴族様なの?」
「あー……」

 ライラに伝言を頼んでる時点で、バレる要素しかなかった。
 もしかしたらユノはそこまで頭を回すほどの余裕がないくらい体調が悪かった可能性もある。

「ユノ・ルージュは貴族じゃないよ?」
「……それって、忍名(しのびな)ってやつ?」
「ライラは忍名なんて言葉も知ってるんだ……」
「筋肉騒ぎの時にユノお姉ちゃんが教えてくれたの」

 思わずユズリハは頭を抱えた。

(ユノッ! なんか自分で自分の首を絞めまくってるよッ!)

 どうしたものか――と、ユズリハは少し逡巡しながら、答える。

「ユノの正体がお貴族様っていうのは、その通りだよ。だけどね――」
「ユノ・ルージュを名乗って、花修理のお姉さんをしている時は、お貴族様じゃなくて、ユノお姉ちゃんってコト?」
「話が早くて助かる。ライラは本当に頭がいいね」

 安堵するようにユズリハはライラの頭をポンポンとして、シャワールームへと案内を再開した。

「……ユノお姉ちゃん、急にフラっとして膝を付いたんだ……」
「ん?」
「その前にも急にぼーっとする時もあって、その時は考え事してたって言ってたんだけど……」

 ライラはユノが心配なのだろう。

 口では色々言うがユノは面倒見は悪くない。むしろ、がんばってる人に対してはかつての自分のように嫌がらせを受けないで済むように根回しをしたりしていたりもするくらいだ。

 特にエーデルに対しては、そういう面でかなり気を使い、人脈とコネの根回しをしているところがある。

 同じ理由で、ユノがライラを気に入っていることは間違いない。
 いずれはエーデルと同じように、自分と対等に研究の話とかできそうな相手だと思って教えているところはあるだろう。

 そして、ライラは聡明ゆえに、ユノの表面的には隠しているはずのそういう期待や立ち回りを無意識に感じ取って好意を持っている――と、いったところか。

 ユズリハはそこまで考えてから、小さな笑みを浮かべてライラに向き直る。
 ユノは自分の周囲には未だに敵だらけと思っている節があるのだ。こうして好意を持っている人が一人でも増えることは良いことなのだろう。

「だいじょうぶだよ。
 ユノが貴族街に戻ったのは、職人のユノではなく、貴族のお嬢様としてなら、家族や使用人たちが手当や薬の用意を確実にしてくれるから――って考えたからだろうしね。ここだと、私とドラちゃんしかいないから」

 ユズリハに薬学知識があるので、実は貴族街に戻るよりもこの工房の方が確実だったりするのだが、わざわざそれは口にしない。

 それに、ユズリハにはユノがわざわざ貴族街に帰った理由を漠然と理解していた。
 恐らくユノは、体調とは別のところで弱った顔を可能な限り知人に見せたくなかったのだろう。

(原因はライラかな……?
 嫉妬を理由に足を引っ張るようなコトを嫌うユノのコトだから、無意識にライラに嫉妬しちゃったのを自覚して、自己嫌悪で大ダメージとかそんなところだと思うんだけど)

 ライラがユノが嫉妬するレベルの才能を持っていることに驚きだが、ユズリハはそんなものはおくびにも出さない。

 そうしてユズリハは何事もないかのように、ライラを安心させるように微笑んだ。


     ♪


 元気のない顔をしてユーノストメアお嬢様がお帰りになった。

 そのことに、クレマチラス家の使用人たちは騒然となったが、そこはユズリハをもって使用人の鑑と呼ばれた者たち。

 その胸中とは裏腹に、ユーノストメアお嬢様が嫌という顔をしない範囲――長いこと一人で生活していたお嬢様は、着替えの手伝い等の過剰な貴族扱いはあまり好まないのだ――で、そつなく、それでいて的確に侍従としての仕事をこなす。

 その間にも、侍従たちは、お嬢様のどこか弱った様子に気が気でなかった。

 以前戻ってきた時は、不遜さと優しさ、皮肉さと気遣いを同居させたような力強さを纏っていたお嬢様だったが、今日はそういうものをまったく感じさせないほど弱っている。

 それでも『高嶺の花の種』へと入学する前、侍従たちのみならず奥様と旦那様にすら、余計な心配はさせまいと、何があっても平気な顔をしていた頃を思えば、その弱気な顔を見せてくれることに対して、ようやく気を許してくれたのだと、嬉しく思ってしまうところもあった。

 ともかく。
 帰宅し、シャワーを浴びたあとは、奥様が帰られるまで、自室のベッドの上に横たわり何かずっと考え事をしていた様子。

 久々の家族そろっての夕食後、お嬢様が早々に自室に戻るのを見た奥様は、侍女へお茶の用意をさせて、お嬢様のあとを追いかけた。

 奥様はお嬢様の部屋の中へと入ると、侍女へお茶の用意が終わったら外に出るように告げる。

 何年ぶりか分からない母子二人きりの時間を邪魔するのが無粋であることは、担当侍女も重々承知だったので、一礼すると素直に部屋の外へと出た。

 そして、外に出た時に、思い切り顔をひきつらせた。

「何をなさっているのですか、旦那様?」
「ユノちゃんとネリィがどんなお話してるのかなーと」

 かつて剣の名手たる綿毛人(フラウマー)として名を馳せて、今もなおカイム・アウルーラ守護団長として近隣諸国に恐れられる武将サルタン・セントレアル・クレマチラスが、ドアの前で聞き耳を立てていた。

 壁に耳をぴたりとつけて息を殺している旦那様の姿に、侍女は思わず嘆息する。
 普段の威厳なんてものがキレイさっぱり存在しないその姿は、妻と娘が大好きなだけの男の姿であった。

「旦那様」
「なんだい?」
「本音は?」
「パパだけ仲間外れ良くない」

 キリッとした顔でそう告げたあと、パパは盗み聞きを再開する。

 ダメだこれ――早く何とかしないと。

「旦那様。どうして奥様が、私に席を外させてまで、お嬢様と二人きりになりたがったのかは分かりますか?」
「いいや。分からない。分からないから知りたい」

 そう言って、盗み聞きを続ける。
 知りたいのは分かるがやりかたを考えろ――と侍女は思うが、顔に出してはいけないし、口に出すのはもっと失礼であるので、胸中で嘆息するにとどめる。

「女同士、母と娘だからこそできる話というものもあるのです」
「なるほど。つまりパパも女の子になれば参加できるわけだな!」
「…………」

 さすがにジト目を向けてしまったことくらいは、許して欲しい――と、彼女は思った。
 派手なツッコミができないのだから、許されるギリギリレベルのツッコミをしたのだ。もっとも、旦那様は微塵も気にせずに、女性化するための手段を考えているようだが。

「旦那様」
「なんだい?」
「僭越ながら、過去にお嬢様と同じ年頃の時分あった者として、一つご助言をしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」

 むしろ、その解説に期待する――そんな眼差しを向けてくる旦那様に、彼女は胸中でため息を付いてから、ではと口を開いた。

「私の父も、私のコトが可愛くて仕方がないというタイプの父でした」
「うむうむ。娘は可愛い。間違いない」
「…………それで、ことあるごとに私に関わろうとしていおりました」
「わかる。わかるぞッ!」
「……………………ですが、あまりにも過干渉と言いますか、母との女同士の秘密の話やら、友人たちとのお茶会などにすら干渉しようとしてきました」
「君の父君とは大変気が合いそうだ」
「………………………………ただ、さすがに干渉がすぎた為に、私は常々思っていたのです」
「ふむ?」
「『オヤジうぜぇ邪魔』と」
「…………」

 旦那様の動きが凍るように止まった。

「ちょうど私自身、世間に対して色々と斜に構えてしまう年頃だったコトもありまして、我慢の限界を突破する父の行いに対し、思わず口にしてしまったコトもあります。
 『毎度毎度、うぜぇんだよッ、この変態クソオヤジ』……と
 死ね――と口にしなかったのは、なけなしの良心だったかもしれません」

 もちろん、お嬢様は反抗期のようなものはとっくに過ぎているだろうし、それ以上に様々な経験をしていることを思えば、もっと大人な対応をするだろう。だが、侍女はそれを口にするつもりはなかった。

 するべきことは、旦那様の説得であり、奥様とお嬢様が安心して秘密の話ができる状況を作り出すことである。

 自分がお嬢様にそうやって嫌われる未来を想像してウンウンと唸っている旦那様を見ながら、もう一押しだ――と彼女は、続けた。

「女の子としては、父からの過度な干渉というのは煩わしいものなのです。ですので、お嬢様に嫌われず、むしろ好かれようとされるのでしたら、もっと父親らしさや男らしさといった面で、好かれるよう立ち回るのが良いかと思われます」
「つまり、ユノちゃんと仲良くなる為にはもっとユノちゃんと話をしないといけないわけで、そうなると、この部屋にパパが乱入しても問題ないんじゃなかろうか」
「……え?」

 大真面目な顔で、旦那様は何を言っているのだろうか。

「つまり、男らしく堂々と乱入すればいいわけだ。そして、パパらしくユノちゃんの相談に乗り、騎士らしく秘密を厳守すればいい」
「……いや、あの……」

 どうしよう。ツッコミ切れない。
 本気で侍女が頭を抱え始めた時、唐突に第三の声がこの場へと現れた。

「失礼します。旦那様」

 瞬間、くたり――と旦那様は意識を失って倒れた。

「……ハインゼルさん」
「埒が明かない状況のようでしたしね。やむを得ません」

 乱入してきたのは、この家の侍従長でもあるハインゼル。

「旦那様のコトを思う上での最善は、やはり『乱入をさせない』が正解ですので、忠義により乱入できない状況を作ったワケです」

 そりゃ気絶させりゃそうですけどね――喉元まで出掛かったツッコミを飲み込んで、侍女は何とか別の言葉を口にできた。

「あの……どうやって旦那様を?」
「背後に回って、首に手刀を」
「どうやって背後に?」
「私の持つ666種類の執事スキルの一つです。もっとも、今回使用したのは禁忌の技ではありますが」
「侍従長。ツッコミどころはもっと減らしていただけると助かります」

 親馬鹿ならぬ馬鹿親モードだったとはいえ、腐っても、カイム・アウルーラの守護団長。
 容易に背後を取ることも、容易に気絶させることも困難なはずである。

「一流の従者たるもの、主の望みを先読みして動き、必要とあらば気配を殺してお側に立ちて、的確なサポートを行うもの。
 そんな気配遮断お手伝いスキルを、敢えて主の背後に立って気絶させるコトに使うのですから、まさに禁忌でございましょう?」
「まぁ、主を補佐する為の技を、主を背後から襲う為に使うって意味では確かにそうかもしれませんが」

 理屈の上ではそうかもしれないが、それによって生じた結果がデタラメすぎはしないだろうか。

「ハインゼルさんって、実はとても腕が立つ人なのですか?」
「いえいえ。本気を出したご夫妻や、お嬢様には勝てませんよ。私はあくまでも執事ですので」

 朗らかに笑いながら、ハインゼルは旦那様を抱き抱えると、危なげなく廊下を歩いて去っていった。
 方向から考えると、そのまま旦那様を私室に放り込んでくるつもりなのだろう。

「我らが上司ながら、謎な人ですね」

 ハインゼルの後ろ姿を見ながら、思わず彼女は独りごちた。

 ともあれ、危機は去った。
 ならば、自分は奥様とお嬢様に呼ばれるまで、聞き耳は立てずここで、静かに待つだけである。


     ♪


「そう」

 ティーカップをソーサーに置きながら、ネリネコリスは小さくうなずいた。

 何やら外が騒がしかったがそれはさておき――ユノが、ぽつりぽつりと口にしてくれた言葉を繋ぎ合わせ、その気落ちしてる理由が理解できたのだ。

「本当に、不器用な子なんだから」

 ネリネコリスはそう笑い、椅子とともにユノの横へと移動する。
 改めて椅子に腰を掛けると、ネリネコリスはユノの頭に手を回し、自分の方へと抱き寄せた。

 ユノは抵抗することなく身体を傾け、ネリネコリスの肩にその頭を乗せる。
 ネリネコリスはユノの頭を抱いたまま、娘を落ち着かせるように語りかけた。

「嫉妬をしない人なんていないわ」
「だけど……」
「貴女は嫉妬をし、人の足を引っ張るような人が嫌いと言ったわね」
「うん」
「貴女は嫉妬をしたわ。でも、ライラの足を引っ張ろうなんて思ってはいないでしょう?」
「思ったわ」
「言い方が悪かったわね。思っただけで実行はしてないでしょう?」
「……するワケないわ」
「それでいいのよ」

 自分の肩に乗るユノの頭を撫でながら、優しく諭すようにネリネコリスは告げる。

「実行したなら、ユノはユノが一番嫌いな存在に堕ちてしまう。でも、実行をせず、思ったコトも口にしてないのであれば、それを知るのはユノだけよ。
 実行するコトはなく、考えてしまっただけのコトを後悔して反省している貴女なら、そこへ堕ちることはないでしょう」
「でも……」

 もしかしたらこの子は、そんな思考をした自分を罰して欲しいのかもしれない。
 だけど、ただの思考まで罰して雁字搦めにする意味は無い。
 それ故に、母親としてネリネコリスがするべきことは、物事に対しての考え方や感情にまで枷をはめようとする娘の危ういところを、やんわりと矯正することであろう。

「貴族は自分の感情を制御しろと教えられるでしょう?
 でも、自分の感情を操作しろだとは言わないの。だって、操作なんて不可能だもの」

 ユノは、自分のことを歪んでいると思っている。
 実際、様々な悪意に晒され、歪んでしまっているところは多々あるだろう。

 それでも――と、ネリネコリスは思う。

 花導品(フィーロ)への真っ直ぐな思いや、今のように悩む姿などを見るに、性根は微塵も曲がっていないのだと。

 ユノ・ルージュの芯は愚直なまでに真っ直ぐなのだ。
 その芯に様々なしがらみや過去が巻き付いてしまっているから、本人すらも、真っ直ぐなのだと気づけないだけなのだ。

 それに気づいたからこそ、ネリネコリスは、その性根を歪ませないように言葉を選びながら、ユノを撫でる。

「だからね、ユノ。
 貴女にも貴族の血が流れているのであるならば、その嫉妬という感情を制御なさい」
「嫉妬を、制御?」
「嫉妬するコトなく純粋に憧れだけを持ち続けられる人っているでしょう? ああいう人は、無意識に嫉妬を制御できているのよ。
 それを、貴女は意識してやってみるの」
「そうは言われても、難しいわ」
「そうね。それはその通りよ」

 実際、ネリネコリスだってやれと言われて簡単にできるわけがないとは思っている。
 貴族の言う感情の制御だって、感情的にならず、感情を表面上に出すなというだけであって、その腹の底に貯まっていく怒りなどを、消し去れているわけではない。

 怒りに例えるのであれば――
 単に怒り任せに動かない。
 怒った顔をしない。
 怒っているように見える態度を取らない。

 それだけのことであって、別に怒っていないわけではないのだ。

「だからね。まずは認めなさい。自分は嫉妬を抱いているのだと」

 怒ってはいけない――と押さえつけるよりも、怒っているのを認めた上で、怒りを表に出さないようにした方が、まだラクなのだ。

 表面上でニコニコしながら、「後で覚えてろ」「月の無い夜に気をつけろ」などと考えておく。もちろん、実行はしないが。
 それだけでも、だいぶ怒りを抑えやすくなる。

 嫉妬だって同じだろう。

「その上で、嫉妬を態度に出さないように気をつける。
 あとは、嫉妬を上回る何かがあれば良いのだけれど――」
「何かって、何?」
「そうね……嫉妬以外で、ライラに対して思っているコトはあるかしら?」
「あたしみたいになって欲しくない。
 馬鹿に足を引っ張られて、やりたいこともロクにできず、やった結果は奪われて、そういう煩わしいコトに襲われないような対策ばかりに時間をとられちゃってロクに勉強が進まない――そんな本末転倒な馬鹿な状況に、飲み込まれないようにしてあげたい」
「その思いは、嫉妬よりも弱いものなの?」
「そんなコトないッ! 
 ライラもッ、エーデルも、いつぞやの団長もッ! そんな馬鹿な目にあって欲しくないと思ってるッ!」
「うん」

 ネリネコリスはうなずいて、ひときわ力を入れてユノの頭を抱いた後、解放する。

「貴女のその考えが、嫉妬より強いうちは大丈夫ね」
「……大丈夫、なのかな……あたし、ライラを傷つけたりしない?」
「大丈夫よ。私が大丈夫って判子を押してあげる。行政局長が押す判子よ? 効果は絶大でしょう?」

 冗談めかして言うネリネコリスに、ユノも小さな笑みを浮かべた。

 とりあえず落ち着いてきたようだ。

 とはいえ、娘の精神的な危うさのようなものは完全に払拭できていない。
 すぐにそれを何とかできるとは思っていないが、その脆い土台を補強するための種くらいは蒔いておくべきだろう。

「ユノ、貴女はライラを傷つけたいの?」

 首を横に振るユノを確認してから、ネリネコリスは続ける。

「でもね。人は生きてる限り誰かを傷つけるわ。それはどうしようもないコトよ」
「…………」
「だから、意識なさい。
 無意識や無自覚なら仕方がないわ。だけど、自覚があるなら反省し、意図して相手を傷つけないようにする、と」

 別に全員に対してそうしろというわけではない。
 自分が護りたいと、傷つけたくないと思った範囲で、それをすれば良いのだ。

「自分の居場所は自分で作って、自分で護っていくものよ。
 本来、そういうものって生まれてから成長する中で無意識のうちに学習していくものなんだけど、貴女の場合はそういう技能を得るはずの時期を、大人の悪意に晒されて育ってるから……今から意識しようとすると、難しいかもしれないけど」
「ううん。それでも、今からでも教えてもらえて良かったと思ってる」

 そう言ってユノは首を振る。
 先ほどまで涙が浮かび潤んでいた瞳は、だいぶ落ち着きを取り戻していた。

「えっと……その……」

 逆に今は何か恥ずかしいものでもあるのか、照れているのか、頬を朱に染めながら、そっぽを向いている。

「ユノ?」
「あり、がと……」
「どういたしまして」

 ユノがお礼を口にするのが苦手だと聞いていたネリネコリスは、この場で精一杯その言葉を口にしているのだと分かると、顔に満面の喜色を浮かべて娘を抱きしめた。

「貴女のママだもの。当然のコトをしただけよ」
「それでも、よ」

 自分の胸の中で、難しい顔をしながら照れている娘が可愛くて仕方がない。

 幼い頃から聡明であったが故に、相談などをあまり持ちかけて来なかったユノが、どうにもならない思いを抱えて逃げてきた先が、工房ではなく、この屋敷であり、自分の元であったのだ。

 ネリネコリスとして――母として、これほど嬉しいことはない。
 ユノの思惑がどうであれ、相談に乗ってあげれたことそのものが、ようやく親として認めてもらえたような気分なのだ。

「困ったらいつでも帰ってきていいからね。そうしたらまた、こうやって二人でお話しましょう」
「……うん」

 他人に頼り、甘えることがあまり得意ではない娘の帰還。
 それはもしかしたら、彼女なりの精一杯の甘えだったのかもしれない。

「貴女は今まで甘えずに生きてきたのだから、成人しても気にしないで甘えに来ていいのよ?」
「……うん」

 小さくうなずいてから、ユノは、でも――と苦笑した。

「あたしの場合、誰かに甘やかされるとそのままズルズルと甘え続けちゃいそうだから、ほどほどにしておくわ」
「そう」

 そんな皮肉っぽい顔で苦笑する娘の言葉すら、今のネリネコリスには嬉しかった。

 ネリネコリスお母様とのお話。
 ユノからすると、精一杯の甘えでした。

 なおユノが支配者事件前に同じ悩みに襲われていた場合、工房に引きこもり悩み抜いたあげく自分の心をひたすら責め抜いたあとで、ユズリハを追い出し、お客さんともまともに接するコトが出来なくなって、工房を畳んで、師匠に対して罪悪感だけを募らせながら世捨て人として行方をくらませてた可能性があります。
 行動力のある面倒くさい子って、本面倒くささに拍車が掛かるよね……

 それはそれとして、パパのキャラが作者にも掴めなくなってきました……なんだ、この人……

 ここ最近、連作が続いたので次回は一話完結系のお話をやりたいところ。
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