「ぐっ……!!」
修哉は血を大量に流しながら、立ち上がった。すでに、絶命していてもおかしくない傷なのに。
「ハ、ハハ………おめでたい、奴らだ……」
彼はゆらゆらと体を揺らしながら、僕たちを見据える。変異してしまった髪の色はいつもの黒に戻ったが、その双眸だけは、血塗られたかのように紅い。
「終わっただと……? まだ、終わっちゃいない!!」
すると、修哉は後ろにあるセレスティアルの方へ向かって後ずさりを始めた。手をかざし、そこの壁を吹き飛ばす。すると、外から大量の風がフロアに入り込んできた。
「修哉、何を……?」
「……お前は、何も知らないようだな……!」
そう言って、修哉はセレスティアルに触れた。バチバチと、電気がほとばしる。
「これが表すことが、なんなのかを……!」
「……?」
修哉は手を離し、ゆっくりと後ずさりを始めた。その後ろには、さっき自分で空けた大きな穴がある。
まさか――
「来るな!!」
彼は走ろうとした僕を睨みつけ、制止させた。
「修哉……」
「近くに……寄るな!!」
そう言って、修哉はセレスティアルを見上げた。
「……ハハ……俺は、結局のところ……〈貴様〉に翻弄され続けた……ただのピエロだった……つーこと、だな……」
彼は何度もセレスティアルに触れ、呟いている。クスクスと微笑みながら、瞬きもせずに。
「憎い…………? ああ、そうさ!! 俺はお前と同じさ……!」
その時、風が入り込んできたのか、修哉の髪が柔らかく揺れ動いていた。
「お前がこの世界を……己自身もろとも消し去ろうとし続けた、あらゆる歴史と同じようになぁ!!」
「…………」
答えるはずのない物体に、修哉は語りかけ続けている。そして、彼はセレスティアルによりかかるようにして、僕を見つめた。
「なんでだろうな……空」
彼のまぶたは、今にも閉じてしまいそうなのか……半分ほど閉じかけている。
「もがけばもがくほど……深く……深く沈んでいってしまう……」
彼は自分を奮い立たせるかのように、勢いを付けて天井の青空を見上げた。それと同時に、彼の血が宙に舞う。
「どうして……世界はお前を選ぶんだ?」
彼は顔を振る。
「どうして……光を受ける者だけが……ヒトの愛を知る奴だけが、星の愛を享けられるんだよぉ……!」
遠目から見ると、修哉は泣いているようだった。……紅く、黒い鮮血の涙を。
「修哉くん……」
空は僕の隣で、彼を見つめている。それに気付いたのか、修哉は顔を下ろし、僕たちを見ながら微笑み始めた。
「蒼空の巫女……遥か古より、星の在り処を知りし、太古の昔に分かたれた最後の欠片……かぁ」
彼は――彼女を見ながら、何かを悟っているようだった。あるいは、それを知って喜んでいるような……。
「君こそ、この大空に……この世界に祝福された……唯一の女性……なのかも、な……」
優しく微笑み、彼は空を見つめる。そこには、リオンとしての彼はいなかった。ガイアで一緒に過ごしていた時の、修哉そのものでしかない。
――それは、空にも理解できていた。
「なぁ、空…………何もかも、さ……」
彼は僕に視線を移し、名を呼ぶ。
「永い間…………夢を見続けたんだよ……」
「……夢?」
修哉は、小さくうなずく。
「崩れかけた、遥遠なる灯火……古き黄昏の残骸――暁の誓約を……その胸に刻んでさ……」
何かが、聴こえる。
「俺も、カインも…………アベルも」
――暁の誓約――
――崩れてしまった、遠い約束――
――アベル――
一瞬、頭の中に何かがよぎった。黒く……暗い何か……。
「ただ……夢を見ていたんだよ……ただ、純粋にさ……」
目を瞑り、彼は僕に告げた。それは、まるで……最後の言葉のように感じた。自然と、僕の足は動き始めていた。
「来るなっつったろ!!」
どこからそんな声を出す元気があるのか、修哉は再び叫んだ。
「修哉……!」
「お前に……」
ぎりぎりと歯ぎしりをし、僕を睨みつける修哉。
「お前なんかに、手を差し伸べられたくねぇんだよ!」
そう言い放った瞬間、彼の口から大量の血が吐き出された。それはこの真っ白な床を、真っ赤に染め始める。
小さく震えながら、彼は再び僕を見据えた。そこには、修哉の鮮血の眼差しが、僕の全てを憎んでいるかのように、赤く――紅く、燃え盛っていた。
「俺は……俺が望み、願い、求めた全てを手に入れる! 俺の全ては俺だけのもんだ! てめぇらに……あれこれ振り回されるものじゃねぇんだ!!」
修哉は手を広げて、天空を見上げた。彼は――いもしない「何か」に向けて言い放っているんだ。
「俺の人生は……俺だけが、定められる。俺だけが、始まりと終わりを下す権利を持ってんだ!! お前らに、好き勝手にはさせねぇ!!」
そう叫び、彼は血を再び吐き始めた。それでも尚、彼は言葉を綴るのを止めようとしない。
「ククク……ハハハハハ!! お前らが愛した次元って、汚ねぇなァ!! 穢れきった生と血塗れの死が入り混じり、俺は虚無の楔に囚われる!! 歌え、謳え! 唄え、笑え!! 新しい屑どもの未来を嗤え! ハハハハハハハ!!!
しばらく続く、断末魔の笑い声。それが途切れた時、彼は僕を見据えた。
――あの瞳ではなく、碧い瞳で。
修哉としての、あの瞳で。
……お前に出逢わなけりゃ、素直に殺せたのになぁ……
ほんの少しだけ、彼の表情が和らいだ気がした。
「咲希…………今、帰るよ……」
そう言って、修哉は微笑んだ。その時、修哉の体がゆっくりと後ろへ倒れ始める。
「修哉!!」
「修哉くん!!」
僕は走った。彼の姿が、少しずつ消えていく。
「修哉ァァーーーー!!!」
穴に辿り着き、下を見た。けど、もう彼の姿はどこにも無かった。広がる雲と空。どこまでも広がる、青い風景。彼はその中に、沈んでいってしまった。
「……修哉……」
彼が見た世界の姿とは、なんだったんだろうか。
彼が見たかった世界の姿とは、どんなものだったのだろうか。
彼は、どんな夢を見ていたのだろうか……。
今となっては、知る術は無い。
「空、いつか一緒に世界を見て回ろうぜ」
「いつかって……世界回るためには、どんだけお金必要だと思ってんだよ……」
「んなの、少し頑張って働きゃすぐ貯まるっての」
「そんな一朝一夕に貯まるわけないじゃんか」
「お前……夢のねぇ奴だなぁ」
「現実主義って言って欲しいですね」
「ま、そこがお前のいいところだけどな」
「…………」
「ん? なんだよ、その目は?」
「……気色悪いこと言うなっていう目だよ」
「ハハハ、たしかにな」
幼い頃の約束……もう、果たすことはできないんだな……。
「……修哉……」
言ってほしかった。
お前の痛みと苦しみを。
いつも微笑み、隠そうとしていたその想いを。
お前が僕を何度も支え、何度も前へ向かわせてくれたように……
僕もお前を支えたかった。少しでも、お前の想いに近付きたかった。
僕は……お前と、同じ位置に立ちたかった。
お前は、僕の親友だから。
一番の、親友だから――
それだけを、あいつに言いたかった。
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