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◆4部:運命の空
40章:急襲!! 血に塗れし黒き翼「2」


「――煉獄・滅翔――」



 無数の刀身の欠片たちは弧を描きながらホリンを包みだした。そして、彼の足下に、彼を囲む炎の円環が出現した。
「霊帝の怒りを我が許に統べよ。銀箔の濃霧、漆黒の大地を照らさん」
 ミランダは詠唱を始めた。しかし、もう間に合わない。詠唱が早い!

「ザヴェーロ……眠れ、凍結の棺の中に……」

「空! 上空だ!!」
 僕はすぐさま上を見上げた。小さな光の点がいくつもあり、それがだんだん大きくなり、巨大な氷柱となった。
「逃げる必要はない。僕が、さっきと同じように……」
 僕は空に手をかざした。もう一度、さっきみたいにすればいい。


 ――連続しての聖魔術の使用は、お前の限定されたエレメンタルを削る――
 ――それは即ち、未だ覚醒しきっていないお前にとっては大きな痛手――


 何言ってんだ? この程度……


 ――気付かないのか――?
 ――お前は力に溺れつつあるということを――


「!!!」
 僕は体が止まった。
 力に溺れる……それは、ロキに蝕まれるということ。
 すぐさま、手を引いた。しかし、ミランダの魔法は待ってくれない。氷柱の大群は、僕を目掛けて落ちてくる一歩手前だった。
「空! ……仕方ない」
 僕を見兼ねたリサは、素早く印を結んだ。

「崩せ、無限回帰へと――ザヴェーロ!!」

 リサはまったく同じ魔法を唱えた。しかし、ミランダの時のように氷柱が現れるわけではなかった。だが、奴が作り出した氷柱が消え去っていた。
「これは……相殺か!?」
「またよそ見か、ミランダ!」
 リサはミランダ目掛けてダッシュした。その瞬間、真っ赤な紅蓮の炎が辺りを包みだした。その炎によってリサはミランダの所へ近づけず、跳躍して元の位置に戻って来た。
「な、なんなの?」
 リサも何が起きているのかわかっていない。炎ということは、ホリンか? ホリンの姿を探すが、どこにも見当たらない。巨大な炎が、船の半分を包みだした。
「お、おいおい! 何だこの炎は!!?」
 ルーシーの大声が夜空に響いた。誰もが、この炎がなんなのかわかっていないようだ。いや、ミランダはわかっている……?
 すると、炎がある所に集まり始めた。巨大な烈火の炎は凝縮され、人を包む程度となった。渦巻く炎の中心に、ホリンが立っていた。炎の中にいるのに、焼かれてもいない。

「今まで好き勝手やってくれたなぁ!」

 ホリンは僕たちを睨みつけながら笑った。あれは……ホリンの炎か!?
「さーて、こんがりと焼いてやるよ!!」
 そう叫ぶと、奴は渦巻く炎の中心で片手をかざした。
「焼き尽くしやがれぇ!!!」
 ホリンは勢いよく手を振り下ろした。すると、それとほぼ同時にホリンの周りの巨大な炎が、まるで恐竜のように先端を大きく開き、僕たちへ突撃して来た。
「な、なんじゃありゃ!?」
 僕とリサはそれを走りながら避けた。しかし、炎はすぐに方向転換し、僕たちの方向へ向かって来る。
「どーなってんだ!?」
「……どうやら、奴の意思どおりに動くってことらしいわね」
「冷静に分析すんなよ!」
「あーんたが質問して来たんでしょーが!」
 僕たちが二人でギャーギャーわめいていると、ホリンが叫んだ。
「ハハハ! 理解したって遅い! この煉獄の炎から逃れることはできねぇんだよ!」
 烈火の炎は僕たちを執拗に追いかける。これでは、攻撃することはおろか、奴らに近づくことさえかなわない。
「虚空より来たれ、無数の光。我が盟約を結びし精霊の加護を得、無垢なる者を汝の血肉と化さん。命脈よ、断罪の心にて断ち切れ」
 ミランダの声が聴こえる。これは……

「葬る! ――エヴラハウル!」

 ミランダは再び禁呪を唱えたようだ。くそ、またさっきの小隕石の魔法か!
「どうすんだ!? 小隕石が降ってくるぞ!」
 僕は追ってくる炎を避けながら叫んだ。
「私が相殺すればいいんだけど……お願い、空! この炎をどうにかして!」
「ど、どうにかしてって……無茶言うなって!!」
「この炎は、まだ一つしかいない。だから、一か八か二手に分かれるよ!」
 そうか、二手に分かれれば、炎は2人のうちどちらか一人しか追いかけることはできない。
 アイコンタクトで僕とリサは立ち止まり、炎が迫って来るのを待った。そして、目の前に来た瞬間、二手に分かれた。だが、追いかけてくるかと思ったら、そのまま炎は直進して行ってしまった。
「な、なんかチャンスみたいだぞ!?」
「わかってるよ!」
 リサは自分の体の前で素早く印を結んだ。しかし、さっきの炎がリサへ向かって行った。
「やらせるかってんだぁ!!」
 ホリンは叫んだ。リサが危ない! 僕は手をかざした。


 ――待て、何をするつもりだ――?


 意識の奥で、リュングヴィが叫んでいる。
 決まってるだろ? あの炎を吹き飛ばすんだ!


 ――貴様……正気か? 自分を失っても知らんぞ――


 やる前からうっせぇな! ここで死んでほしくねぇんだろ!? いいから早く教えろ!!


 ――手を前に出し、集中すればいい――


 僕は言われたとおり、手を前に突き出し、掌に力を溜めるかのようにイメージした。そして、あの炎目掛けて、何かを放つようにイメージした。
「!?」
すると、僕の左手から、大きな青透明な光が飛び出て来た。それはレーザー光線のように、一直線だった。
 青い光は巨大な炎に当たり、相殺するかのように弾けて消えた。
「ば、馬鹿な!! 俺の魔炎が消えただと!?」
「よくやった、空!」
 リサは詠唱を再開した。彼女の体を、不思議な魔方陣が囲む。

「崩せ、無限回帰へ! ――エヴラハウル!!」

 一瞬にして印を結び、それを唱えた。すると、さっきミランダが唱えた〈ザヴェーロ〉とかっていう魔法が消えたように、上空に見えていた小隕石が光を放って消えてしまった。
「相殺の詠唱破棄……なんて奴……!」
「くそが!! なんで消えやがった!!」
 ホリンもまた、悔しそうに叫んだ。しかし、再び炎が彼の回りを渦巻きだした。いくらでも、出せるということか。



 ドクンッ



「ぐっ!!?」
 急に、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。それとほぼ同時に、頭を鈍器で叩かれているような痛みも出現した。
「な、なんだ……これ、は……!?」
 僕はその場に崩れた。呼吸がうまくできない……!


 ――馬鹿が、忠告したというに――


「リュ、リュングヴィ……?」
 声がかすれる……まずい。


 ――膨れ上がりすぎた能力に、今の肉体の檻では抑えきれん――
 ――このまま、自我を失って傾いた力に流れ込む――


「なんだ……と……?」


 ――せいぜい足掻くんだな――
 ――じゃあな、(セヴェス)――


 意識の底で呟いていた感覚は消えたその瞬間、視界が歪み始めた。
「ハハハ! 所詮、中途半端な覚醒か。器が力自身に蝕まれてら」
 ホリンは笑いながらゆっくりと近づいてきた。
「ホリン、暴走する前に早く始末しなさい」
「んなの、わかってるよ」
 ホリンは腕を振り回し、炎を獰猛な嵐のように動かした。
ちくしょう……やられるっていうのか? こんなところで……!
「空! 私の声がわかる!?」
 彼女はしゃがみ、僕の背中に手を置いた。
「リサ……」
 ダメだ……彼女の顔さえ、ぼやけてはっきりと見ることができない。
「待ってな。あんたの侵食を食い止めてやるから……」
 と、リサは目を瞑り、僕を抱き寄せた。
「!! リ、リサ……な、にを……」
「黙ってな!」
 そう叫ぶと、彼女の大気を吸い、ゆっくりと吐きだす音が聴こえた。
「何をしようとしてんのか知らねぇが……まとめて死にやがれ!!」
 ホリンは巻き上げた炎を、僕とリサのところに飛ばして来た。炎は勢いよく、唸りを上げながら向かってくる。
 リサ……どうするつもりだ……?

「大丈夫……心配しないで」

 もうろうとする意識の中、彼女は僕を強く抱き締めた。
 その時、リサの周りに黄金の光の粒子が浮かび始めた。この甲板の床から、染み出てくるかのように沸々と浮かぶ。
 それらは壁となり、ホリンの炎を弾き返した。
「ど、どういうことだ!? これは一体……」
「光の結界? クリスタルシェルじゃないわね。……あれは……まさか、聖魔術!?」
 なんだろう……痛みが和らいでいく。
「生命の言霊……永遠の礎となりし、あまねく想い……。我が天使の歌声に触れ、覆い尽くす冥い残像を浄化せん……」
 心地良い詠唱……いや、まるで歌のようだ……。激しかった動悸も、痛みも遠のいてゆく。眠くなってきそうなほど、気持ちのいい……歌。
 僕たちを包んでいた光の粒子は、より一層輝きを増し始めた。


「――ジェ・レル・ヴェスナ・セスタ――……悠久なる精霊の灯火よ、我らが幼子を護りたまえ……」


 この詠唱は……!?
 光たちは僕に吸収されるかのように、体に溶け込んでいった。
 完全に、痛みも違和感も……消えていた。


 ――ほぅ、さすがあいつの……あいつらの『影』だけはあるな――


 ほくそ笑むような声が聴こえた。それが何を意味するのかを考えようとした瞬間、
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
 人間の叫び声が聞こえた。僕たちはその方向に目を向けた。一人のインドラの兵士の首から、噴射のように血が吹き出ていた。ホリンが起こした紅蓮の炎によって、辺りは明るくなっていたのでよく見えた。
「ホ、ホリン様! 何者かが、我々の船を……!!」
 一人のインドラ兵士がホリンのもとへ走ってやって来た。
「何ぃ? 誰だ? 誰がやった?」
「そ、それが、顔を隠していてよく見えないのです!」
 兵士はオドオドした様子だった。その言葉で、僕を含めてホリンとミランダは、誰がそれをやったのかを理解した。


「――漆黒の野郎かぁ!!!」


 ホリンは怒りを露わにした。僕たちに背を向け、兵士が指し示した場所へ行こうとした。
「ホリン! 待て!」
 ミランダが走って行き、ホリンを引き止めた。
「何だ!?」
 奴は鬼の形相で、ミランダの方に振り向く。
「……引くぞ。これ以上は危険だ」
「危険だとぉ? 何がだ!?」
「漆黒の剣士の戦闘能力は……認めたくはないが、我々を凌駕している。ここは、一度引いた方が得策だ」
「馬鹿言うな! 俺は以前、あの野郎に負けて逃げたんだ!」
 ホリンは仮面男のことを知ると、頭に血を上らせ、激昂していた。
「リサや空を相手にしながら、漆黒の剣士へ対抗することは無理だ。お前は、敗北すると知っていて戦うのか?」
「るせぇ!! 俺が……この俺があの野郎に負けるか!」
 ホリンはミランダを振り払おうとした。しかし、
「待て! ……ウラノスは今回のことについては、私に決定権があると言った。お前は、私に従わなければならない」
「何だと……!!?」
 ホリンはミランダに向き直った。それと同時に、また誰かの断末魔の叫びが轟いた。たぶん、仮面男がやったのだろう。
「ホリン……今の私の命令に従わないことは、ウラノスに従わないことだ! それが聞けないのか!?」
「……くっ……!!」
 ホリンは歯ぎしりを立てていた。
「どうなんだ? ホリン!」

「……くそがぁ!!」

 最後の悔しさの叫びを残し、彼は空間転移の魔法で光の柱の中へと消えて行った。同時に、燃え上がる炎も消え去った。
「……退却する。残った者たちは、臨時用の船を使って本部へ……」
 ミランダは怪我をした部分を押さえながら、ゆっくりと僕たちの方に向き直った。

「……リサ」
「何よ? 帰るんだったら、早く帰ってくんない?」
 と、リサはめんどくさそうに言う。
 ……どーでもいいんだけど、さっきからずっと抱きしめられたまんまなんですけど……。
「あなたがしようとすることが……正しいと思う?」
 ミランダは内出血で青いあざができている右の二の腕部分を抑えていた。
「正しいと思っていることが、必ずしも最良の結果を生むとは限らない。リサ、あなたが自らがすることを正しいと思うように、私たちもまた、自分たちのことは正しいと思っている……」
「……殺すことが、正しいわけ?」
 リサは小さい声で言った。
「殺さないことが正しいわけ? ……いいえ、どちらも正しく、同時に間違い。そうでなければ、答えなんてとうの昔に悟っているのだから……」
 ミランダはそう言い残すと、ホリンと同じように光の柱を出現させ、その中へと消えて行った。
「……私だって、そんなことわかってるよ……」
 彼女はミランダが消えて行った場所を睨みつけていた。
「そんなの……私だって……!!」
「リサ……」
 その時、一人の男がジャンプして甲板に上ってきた。


 ――漆黒の剣士だ!


 彼は逃げていくグルヴィニアたちを放っておき、僕とリサの所へ歩み寄って来た。
「……あんた、何者? やつらの血相を変えさせるほどなんだから……」
「リサ。以前、フォルトゥナ神殿で僕たちを助けてくれた男だよ」
「ああ……なるほど」
 仮面男はなぜか小さくうなずき、甲板から海に向かってジャンプをした。
「なっ!?」
デルゲンが慌ててその姿を追ったが、すでに彼の姿はどこにも見当たらなかった。どうやら、ミランダたちのように空間転移の魔法でも使ったのだろう。

「……ふぅ、ようやく解けられるね………」
 リサはそう言うと、光の結界を解いた。暖かく感じていた空間が閉じたため、闇夜の寒さが体にまとわり付いてきた。
「……リサ、さっきのは……」
 言いかけた瞬間、彼女は人差し指で、僕の唇に触れた。
「そんなことはどーでもいいから。……ね?」
「…………」
 リサは立ち上がり、ヴァルバたちのもとへ走って行った。どうやら、インドラの兵士たちも全員、姿を消したらしい。


「……まったく、船の上で襲いやがって……」
 朝日が少しだけ頭を出した頃、デルゲンはボロボロになってしまった船を見て、ため息混じりに言った。
「ハハハ、みんな無事だったんだから、よかったじゃないか」
 ヴァルバは大声で、しかも笑顔で言った。
「お前は陽気だなぁ……。ま、たしかに誰も死ななかったから、よしとしようか」
 レンドの仲間たちもみんな、無事なようだ。ただ、その中でリサは疲労が激しい。床に座り込み、大きく、肩で呼吸している。アンナは心配そうに介抱している。
「そうだ……空、あんたミランダの〈ヴェルニスカ〉を喰らったわよね?」
 リサは少し、やつれた声で言った。
「そう言えば……それがどうかしたのか?」
「あの時言ったでしょ? 毒ガスだって」
「わかってるよ。けど、今のところは何ともないし……」
「まったく……ホラ、これ」
 リサは僕に何かを投げつけた。これは……薬?
「それは解毒剤。今は症状が無くても、時間が経つと体を蝕んでくる。魔法でも治せるんだけど……今はちょっと疲れたから」
 そう言うと、リサはぐったりと横なるように寝そべった。魔法や禁呪を使ったりして、体を酷使したのだろう。
 僕はリサからもらった解毒剤を口に運んだ。
「……うぇぇ、不味い……」
 かなり不味い……というより、苦い。思わず、口から舌を出してしまった。だが、体のためだ。ちゃんと飲まないと。

「何かと、お疲れのようだな」
 ヴァルバが歩み寄って来た。
「……かなり疲れた」
 僕は大きくため息をつきながら、甲板で大の字になった。
「奴ら、何が目的で俺たちを襲ったんだ?」
「…目的は、僕とリサを殺すことだったらしいよ。僕の聖魔の力が覚醒する前に、殺そうとしたんだよ」
「なるほどな。どうやら、インドラの連中はよっぽど、お前に覚醒してほしくないんだな」
朝日とは逆の方向を空を見つめ、彼はため息を漏らした。あっちの空は、まだ暗い。
「……あんまりうれしくないな。とはいえ、本人でさえ覚醒するとどうなんのかわかんねぇけど」
 覚醒、覚醒だと言うけど……どうなるんだろ。ユリウスみたいに、全てを破壊し尽くすほどの力を得るってことなのだろうか。
「詳しくはリサに聞いてみたいところだが……今のあの様子じゃあ、無理だろうな」
 ヴァルバはリサに目をやった。リサの額には汗が浮き出ており、アンナに膝枕をしてもらっている。
「……無理させちゃったな」
 そんなリサの姿を見て、声が漏れた。
「リサにか?」
「ああ。……後でお礼言っとかなきゃな」
「……たしかに、あの姿を見ると惚れてしまうのも無理はない」
 ヴァルバは腕組みをして、偉そうに言った。
「何の話だよ……」
 そりゃあ、見惚れるほどの美人でしたけど。
「惚れたろ?」
「惚れてません。見惚れましたけど」
「ほらぁ、やっぱし」
 ニヤついた顔で、ヴァルバは僕の頭を押した。
「はぁ……もう勝手に言ってろよ」
「お? 認めるのか?」
「……疲れたんだよ。もう、部屋行って寝る……」
 僕は立ち上がって、通路のドアへ向かった。すると、誰かが大きな音を立てて倒れた。


「お、おい! どうしたんだ、ジョナサン!?」


 サンガの声が響いた。倒れたのは、ジョナサンのようだ。僕はその場へ駆けつけた。ジョナサンは顔を真っ青にして、息が切れている時のように呼吸をしている。
「どうした?」
 レンドが駆けつけた。
「く、苦しい……ゲホ、ゲホッ!!」
 ジョナサンは乾いたせきをしていた。しかも、いきなり震えだした。
「ジョナサン、大丈夫か?」
 デルゲンはしゃがみ、ジョナサンの額に手を置く。
「……熱は無いようだ」
 じゃあ、風邪とか病気とか、そういうもんじゃないのか?
その時、ジョナサンは一層大きなせきをした。そのせきと共に、真っ黒なドロドロの液体が出て来た。
「うっ……な、なんだ? これは……」
 デルゲンは少し体を引いた。ジョナサンには悪いが……すごく気持ち悪い。

「――ジョナサン。あんた、暗黒魔法を喰らったね?」

 リサがジョナサンの横に来ていた。ふら付く足で、アンナに支えられながら。
「暗黒、魔法……?」
「インドラの兵士たちと戦う時に、魔法を受けたかって聞いてるの」
「魔法……たしか、に……受けたな。軽く、触れた、だけだったけど……」
「……そう……」
 リサは眉をしかめた。
「なぁ……どうなるってんだ?」
 サンガが訊ねた。
「……〈暗黒〉に侵されてる。もう、助からない」
「えっ……」
 みんなの動きが止まったかのようだった。
「ど、どういうことなんだ!?」
 レンドはリサに問いかけた。
「……暗黒魔法特有の付加能力で、〈暗黒〉がある。古代ティルナノグ人は、数多くの状態に異常を引き起こさせる魔法を作り出した。さっき、ソラもその類の魔法を受けていた。だから、私は状態を治す薬を渡したの。暗黒魔法も、状態異常を引き起こさせる魔法の一種さ」
「じゃあ、薬で治せるんじゃないのか?」
「……〈暗黒〉は、必ず人を死に至らしめる最悪の状態異常。……治すことはできない」
「そ、そんな……! いや、何か方法があるんじゃねぇのか!? お前、ラグナロクの人間なんだろ!? どうにかしてくれよ!!」
 レンドはすがるように、リサに問い詰めた。
「お、おいレンド……落ち着け!」
「お前はただの人間じゃねぇんだろ!? どうにかできんだろ!?」
 デルゲンの制止も全く効かず、レンドはリサに詰めかかる。
「……2000年以上も前に、今の文明を遥かに凌ぐ文明を築き上げたティルナノグ人が、この〈暗黒〉を治す術を見つけることができず、危険な術として封じたものを、今の私たちで治すことができるわけないだろ!! 現実が見たくないからって、私に当たるな!!」
 リサは今まで見たことがないほど、大声で言った。レンドは、目を見開いたまま、プルプルと震えていた。そうかと思うと、強く目を閉じ、唇を噛みしめていた。

「……お、俺……死ぬのか……」
 ジョナサンが小さく呟いた。
「ジョナサン……」
 レンドはしゃがみ、ジョナサンの手を握った。
「……ああ、お前は死ぬ。もう、どうにもできない」
「レンド……そんな風に言わなくても……」
 僕がそう言うと、彼は首を振った。
「俺はお前のボスだ。……言い残したいことがあるなら、言え。それをお前の『在り処』に送り届けてやる」

「レン、ド……」

 ジョナサンは弱弱しく微笑んだ。
「……あんたに……負けたのが、未だに……悔しく、てよ……」
 ジョナサンの呼吸は、さらに荒くなっていた。
「もう一度…………あんた、と……勝負した、かった……」
「……そんなことが、最後に言いたいことなのか? そんなんじゃねぇだろ……!」
 彼の言葉を振り払うかのように、レンドは顔を振った。
「ハハ……そう……だな……最後……の、最後まで……俺は……意地ばっか……り張って…………ゲホゲホ!!」
 再び、あのどす黒いものが吐き出された。もしかして……これは、暗黒に侵された血液なのか……!?


「ああ……本当……は、謝りた、かったん……だ、よ。わが、まま……ばかり……言って、迷惑かけ……て……親父…………と……お袋に……」


 ジョナサンは、両目のまぶたを静かに閉ざした。
「ジョナサン……!」
 レンドは、もう力がなくなりってしまったジョナサンの右手を、両手で力強く握っていた。彼の目から、ジョナサンの顔に涙が落ちていくのがはっきりとわかった。朝日が、その涙を照らしていたから……。




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